2024/11/30 DiD カブライ / Blue Blood EngagementDBHパロディアンドロイドカブルー×人間ライオス続きを読む ライオスの子供時代は孤独だった。 仕事ばかりで振り返ってくれない父、ライオスを産んですぐに亡くなってしまった母。愛想は良いが、腹で何を考えているのか分からない使用人たち。 そういった大人たちに囲まれて育ったせいか、ライオスの幼少期は外との繋がりがなかった。 転機はライオスが五歳になった頃に訪れた。父が人型のアンドロイドの開発に成功したのだ。 ライオスが初めて父からもらったものは、女性の子供型アンドロイドのファリンだった。 髪が長く、ライオスと同じくらいの年齢の見た目をしたライオスにどこか似たアンドロイド。彼女をライオスの前に差し出すと父は短く「お前の妹だ」と言った。 妹。絵本で読んで知っている。本来なら亡くなった母から生まれるはずの妹を父からプレゼントされた。最初は父が何を考えているのか分からなかったが、ライオスは初めての同じくらいの歳の子供と出会えて嬉しかった。それがたとえアンドロイドであっても。 ライオスはファリンを連れて遊び回った。本を読んであげたり、木登りをしたり。 しかしそんなライオスを、周囲は奇異の目で見るようになった。アンドロイド相手にまるで本当の人間のように接するライオスのことを気味悪がったのだろう。 学校に行くようになっても友達を作らず、というよりもうまく馴染むことができず、結局ライオスの遊び相手はファリンだけだった。子供というのは残酷なもので、ライオスがアンドロイド相手に遊んでいることを理由にライオスを虐め始めた。 忘れもしない十一歳の冬、ファリンを連れて外を出歩いていたあの日のことを。ライオスのことが気に入らなくて仕方がないらしい連中が、ファリンのことを馬鹿にしてきたのだ。 そして五歳の姿の女の子を連れ歩くライオスを気持ちが悪いと言った。別にそれは構わない。ライオスは無視してファリンとその場を去ろうとした。するとライオスのその対応に怒りを覚えたらしい一人が、近くに落ちてあった木の棒を持ってライオスに殴りかかろうとした。「兄ちゃん危ない!」 殴られそうになったことに気づいていなかったライオスはファリンに突き飛ばされ、代わりにファリンが殴られた。ぼこりと音を立て、ファリンの頭が割れる。青い液体と機械仕掛けの体内が見える。 ライオスはそれを見てショックを受けた。「ファリン! ファリン!!」 ファリンが、ファリンが死んでしまう。どうしよう。すぐに気体になる青い血は止められなくて、こめかみのLEDリングが赤く光っていて。 ライオスは混乱していた。殴ってきた奴らも、アンドロイドを破壊してしまったことと、ライオスの異常なまでの動揺に怖気付いたのか走って逃げていった。 ライオスはファリンを抱え上げて父の元へ走った。走って、走って、ようやく父の元についた時。ライオスは出せる限りの声を張り上げた。「父さん! ファリンが怪我をしたんだ! ファリンを治して!」 父は冷めた目でライオスを見下ろし、ファリンのことを確認する。そうしてライオスの腕からファリンを受け取ると、どこかへ去ってしまった。 家の中、膝を抱えてファリンが帰ってくるのを待っていた。ファリンが死んでしまったらどうしようと頭の中ではそれだけしか考えられなかった。 食事を摂ることも忘れて、ただ父の帰りを待った。元気になったファリンを連れて父が帰ってくるのを待っていた。けれど、いつだって現実は残酷だった。 夜が明ける頃、父が一体のアンドロイドを連れて帰ってきた。アンドロイドはライオスと似た見た目をしていて、髪は肩くらいまでの長さ。年はライオスと同じか少し下くらいか。ライオスは嫌な予感がした。「ライオス、このアンドロイドがお前の妹だ」「兄ちゃん。ただいま」 にこりと笑う妹を名乗るアンドロイド。アンドロイドが歳をとることがないことぐらいライオスだって知っている。彼女は、ファリンではない。「お前がファリンに読み聞かせていた本のデータなどは入れておいた」 それだけ言うと父は去っていった。残されたのは、ライオスと子供型のアンドロイドだけ。ライオス自身が本の読み聞かせをしてやったり、一緒に木登りをしたファリンではないファリン。 一緒に遊んだ記憶がないのに、それをファリンと言えるのだろうか? ライオスはそんな疑問を抱きそうになるが、すぐにその疑問を掻き消した。代わりに自分より少し幼いファリンを抱きしめる。「……おかえり、ファリン」 アンドロイドに罪はない。罪があるのはファリンを壊した人間だ。アンドロイドを人間のように扱うだけで嘲笑し、馬鹿にしてライオスの尊厳を踏み躙ろうとする人間たちだ。 “新しい“ファリンを抱きしめながら、ライオスはファリンの頭を撫でてやった。 ライオスはこの時、初めて自分が涙を流していたことに気づいた。 時は流れていく。あの出来事があってからはファリンを家の敷地から出さないようにした。使用人たちにも極力会わせないようにして、ライオスは外の世界では一人で過ごすようにした。 “家“に帰れば自分を受け入れてくれるファリンがいる。代わりにファリンが家で寂しくないよう、犬を飼うことにした。父に頼んで大型犬を何種か、それぞれライオスとファリンで名前をつけ可愛がっている。 犬は良い。感情表現が直情的で何を求めているのか、何を嫌がるのかが分かりやすい。 ファリンとの仲も良好だった。ファリンはよくライオスのことを「兄ちゃん、兄ちゃん」と言って後を付いてくる。時折鬱陶しいと思うこともあったが、それ以上に可愛さが勝った。 相変わらず外の人間たちのライオスを見る目は冷たいが、ライオスはそんなことどうでもよかった。外の人間なんてどうでもいい。自分にはファリンがいる。 けれどもそれだけでは生きていけないのが人生である。万が一ファリンに何かあった時のために、ライオスは父の会社を継ぐため、勉強をしている。幸いにしてライオスはアンドロイドに対する意欲は強く、他の学問が駄目でもアンドロイド学に関しては抜きん出ていた。 おかげで父にも後継と認められ、大学に通いながらアンドロイドについて学んでいる。 父のことはあれから苦手意識から変わって、嫌悪を抱くようになった。けれど、アンドロイドと関わっていく上では必要な人物ではある。特に、ファリンのような型落ちしたアンドロイドの修理をするためにはその型番にあったパーツを用意する必要がある。 少しずつ部位を上位互換させていっているが、要所の大事なパーツは古いまま。アンドロイド製作者の息子という立場にいなければ手に入らないパーツもある。だから今の立場を重宝している。 そんなライオスの家を目的に近づいてくる人間は多々いたが、ライオスの人間に対する拒絶の空気を感じ取るとすぐに逃げていく。ライオスが信頼できるのは、愛玩動物やアンドロイドだけになっていた。 ある日のことだった。父から新しいアンドロイドを作ってみろと突然言われたのだ。 ライオスはしばらく混乱したが、一から自分が設計するということになって確かに嬉しかった。ライオスが初めて作るアンドロイドはきっとラインには乗らないだろう。つまり自分で自分専用のアンドロイドを作れと言う意味だった。 父なりのライオスを認めた証だったのだが、ライオスはそのことには気づいていない。 とにかく自分自身で理想のアンドロイドが作れると言うことに期待でいっぱいだった。 一体どういうアンドロイドを作ろうか? ライオスは考える。 万が一壊れてしまっても大丈夫なように記録媒体を移植できるようにしよう。今の技術では完璧にデータを保持することは無理だろうが、いつか完全にデータが移植できるように。 そうすれば、人間の成長に合わせて体を変えていくアンドロイドもできるんじゃないか、なんて。ライオスは夢を見る。 さて、それならばファリンが子供ではあるが女性型だから、男性型でも作ってみようか。 どう言うアンドロイドにしようか、などと街中で考えていると、ふいにスクリーンに映された青年が目に入った。 褐色の肌と青い目、くるりと巻き毛が特徴の黒髪。十人が十人振り返るほどの端正な顔立ち。「か、ぶ、るー……?」 映し出されたスクリーンに記された名前を読み上げ、ライオスはモデルか俳優かと考える。端正な顔立ちだが、ライオスは特に惹かれなかった。どんなに端正な顔立ちをしていても、彼は人間である。 ライオスはすぐに視線を背け、どんなアンドロイドを作るか考えるために急いで家に帰った。「ただいま、ファリン」「おかえり兄ちゃん!」 家に入るなりファリンが勢いよく出迎えてくれた。抱きついて、嬉しそうにしているファリンに、ライオスも思わず口元が緩む。ファリンは女性型のアンドロイドだから、自分で作るのは男性型のアンドロイドにしよう、そう頭の中でメモをした。 子供型ではなく、大人型で。それでもファリンの良き弟になるように。「ファリンはもうすぐお姉ちゃんになるんだぞ」「ファリン、お姉ちゃんになるの?」「そうだよ。今度俺がアンドロイドを作ることになったんだ。完成したら、ファリンはお姉ちゃんになる」「そうなんだ……! 嬉しい、楽しみにしてる!」 随分と下にあるファリンの頭を撫でると、ファリンは不意に部屋に置いてある大きなくまのぬいぐるみのところに行くと、「私、お姉ちゃんになるんだって」と語りかけていた。それが終わると、飼っている犬たちにまで報告に行ってくる! と駆け出してしまった。 よほど嬉しいのだろう。そんなファリンの姿を微笑ましく眺めつつ、設計に入る。ライオスの持つ知識を最大限に活用して、最新のアンドロイドを作り上げる。それを目標に、タブレットに筆を走らせた。 そうしてライオスがアンドロイドが作ることが決まって一年近く経ってから、アンドロイドが完成した。 ライオスは自分の研究室で起動する前にアンドロイドの外見を考えた時、ふと青い瞳が頭を過ぎった。 黒い巻き毛と褐色の肌、青い瞳。名前は……。「カブルー、そうだ。君の名前はカブルーにしよう」 なんとなく思いついた名前に決め、外見の設定も決めると早速準備した。 ブルネットの巻き毛、瞳の色の設定、肌の色の設定、名前の設定。どれも問題ない。 それならばライオスの作ったアンドロイドの、カブルーの目覚める時間だ。そっと電源を入れると、吸い込まれそうな青い瞳に光が宿る。 こめかみのLEDリングが緑色に光り、ぼんやりとしていた表情がしっかりしたものになっていく。「おはよう、君の名前はカブルーだよ」「カブルー……かしこまりました、マスター」 目覚めたばかりでどこか他人行儀なカブルーの物言いに、そんな設定したかなと思いつつ苦笑する。「そんな他人行儀な喋り方しなくていいよ。俺のことはライオスと呼んでくれ」「ですが……いや、分かりました。ライオス」「だから敬語もいらないよ、カブルー」「それはさすがに」 ぐいぐいと寄ってくるライオスに今度はカブルーが苦笑した。 彼には最新の機能をありったけ搭載している。それに適応するまでに数秒かかったのだろう。「調子はどうだい。機能の設定なんかは終わったかな」「はい、機能は正常に起動しています。問題ありません」 視線を左右に彷徨わせた後、カブルーは頷く。ライオスはそんなカブルーの様子にホッとして、それじゃあ自分たちの家へと離れに案内することにした。 離れに行く途中で使用人がカブルーを何度か見直していたが、ライオスは気にしなかった。しかしカブルーは気にしたようで、ライオスにそっと伺う。「……どうして僕をこの外見にしたんですか?」「うん? どうしてって……なんとなく思いついたから?」 顎に手を当てながらカブルーの外見を決めた時のことを思い出す。考えていた時にパッと思い浮かんだのが今のカブルーの外見、名前だ。 思ったまま伝えると、カブルーはじっとライオスを見つめた後ににこりと笑いながら「そうなんですね」と納得してくれた。 変なことを聞くなと思い、カブルーにどうしてそんなことを聞くのかと尋ねようとしたところでカブルーが早く家に案内して欲しいと言った。だからライオスの疑問は飲み込むことになった。「――兄ちゃん! ……と、誰?」 離れに着くと早速ファリンが出迎え、そしてライオスの後ろにいるカブルーについて聞く。 ライオスはファリンの目線に合わせるように膝を着くとカブルーの全身を見せるようにファリンを一歩前へと踏み出させた。 優しくファリンの背に手を添えると、ライオスはファリンとカブルーを向かい合わせる。「ほら、ファリン。前に言ってただろ? ファリンはお姉ちゃんになるんだって。彼はカブルー、俺の作ったアンドロイドだよ」「兄ちゃんが作ったアンドロイド!? じゃあこの人……カブルーがファリンの弟になるの?」「そうだぞ。カブルー、彼女はファリン。俺の妹だ」 カブルーはぱちりと目を瞬かせるとファリンとライオスを交互に見比べ、すぐに笑顔を浮かべるとライオスと同じように膝を折り、ファリンと目線を合わせる。「初めまして、カブルーです。えぇと……ファリン姉さん?」 姉さんと呼ばれたファリンは嬉しそうに瞳を輝かせると、カブルーの手を掴んだ。「ファリン姉ちゃんがお家を案内してあげる! ついてきて、カブルー!」 そのままライオスの許可も得ずファリンはカブルーを引っ張って言ってしまう。カブルーは一瞬だけライオスに視線をやったが、ライオスは見送るように微笑みながら手を振るからカブルーはおとなしくファリンの後をついて行くことになった。 ライオスは書斎にでも引っ込もうかと立ち上がった。 書斎に向かう途中、家中で少女の喜びに満ちた声と少し戸惑う青年の声が響く。その音はライオスにとって幸せで満ちていて、自然と笑顔が溢れた。 書斎に入って本を取り、ファリンがよく横になるソファに座る。途中、扉の外からファリンの「ここは兄ちゃんの書斎だよ! 今は兄ちゃんが中で本を読んでるから静かにね」という元気な声が聞こえたが、それ以降は静かだ。 しばらく本を読み耽っていたが、扉が開く音がしてそちらに意識が向かう。ファリンが来たのだろうかと思っていたが、予想を裏切ってそこに立っていたのはカブルーだった。 ソファの近くのサイドランプしか点けていなかったため、カブルーの青い瞳が暗がりに浮かび上がっているように見えた。 カブルーはライオスに近づき、ライオスの隣に腰を下ろす。「ファリン姉さんは随分と表情が豊かですね」「そうかな、ファリンは昔からああだよ」「昔って?」「俺が十一の時からかな」 ファリンが来てからもう十年以上経つと説明すると、カブルーは驚いた表情をした。「十年以上!? 最新のアンドロイドかと思いました……」「まぁ、定期的にメンテナンスしてるからね」 ファリンは大事な妹だからね、と語るライオスをカブルーは目を細めて見つめた。 カブルーの質問に答えたライオスは再び本に視線を落とそうとするが、カブルーが身を乗り出してライオスを見つめてきたので遮られてしまう。「なら……俺は?」 どこか不安げに聞いてくるカブルーに、ライオスはきょとんとする。何を聞いてくるのかと思えば、そんなことかと笑ってしまいそうになるが、カブルーの表情は真剣だ。 これはちゃんと答えないといけないとライオスは表情を引き締める。「もちろん、カブルーも大事な家族だよ」 カブルーの目を見つめ返して言うと、カブルーの目が一瞬見開かれて、それから柔らかい笑みの形になった。とても自然で、思わず美しいと思ってしまうような笑みだ。 カブルーはライオスの開いていた本の上に乗っかって、そのまま猫のように懐いてくる。 見た目に反して幼い行動に、こんな設定にしたかなと疑問を持ちつつ、それでもカブルーの自由にさせる。こうなっては本を読むのは中断するしかない。 膝の上に乗っかってくるカブルーの髪を撫でる。これはこれで穏やかな時間だ。 カブルーを作ることになってからお姉さんぶってファリンはライオスの膝で眠ろうとしないが、代わりにカブルーがしてくるようになるとは。想像もしていなかったが、こう言うのも悪くない。 傍から見たら成人男性同士の膝枕という構図に見えるが、ライオスにとってはカブルーも可愛い自分の弟のような存在だった。それにここにはファリンとライオス以外、誰もいない。 誰にも文句を言われないし、言わせない。ここはライオスだけの箱庭だ。 窓から差し込む夕焼けの光を浴びながら、ライオスは静かにカブルーの頭を撫でていた。畳む
2024/11/29 DiD カブライ / 翡翠に口付け続きを読む 眠りにつくと不安になるのは昔からだった。ウタヤが魔物に襲われる前は、眠りとは安寧をくれるものだったのに。あの日を境に眠りとはカブルーにとって悪夢という形で過去を見せつけてくる時間となった。 迷宮から魔物が溢れ出て、人を喰らい、そして死んだ人が魔物になってまた人を襲う。あれ以上の悪夢が果たして存在するのだろうか。 今はもう顔も思い出せない実母の亡骸を、泣き縋ることすらできずにカナリア隊に引き取られた。 その日から忘れるなとばかりに悪夢が追いかけてきて、カブルーの不眠症は発症した。養母はひどく心配し一緒に眠ることが多かったし、カブルーの成長にも悪影響を与えた。 歳を追うごとに眠るという作業には慣れていったが、悪夢には慣れることはなかった。いつも限界まで起きて、気絶するように眠るか寝酒をすることで無理やり眠りにつく。そうすることで深く眠りに落ち、夢を見ることはない。 そんな日々を何年も送ってきた。きっとこれからもそうなのだろうと思っていた。 だから、とても意外だった。ソファに横になって、いつの間にか眠りに落ちていた自分に。 腹の上には読んでいた仕事の書類が束になっていた。ここはどこだ、とあたりを見回すと、我らがメリニ王、ライオスの私室であることに気づく。 確か雑談をしながら作業をしていたはずだ。簡単な仕事だからお互い執務室に赴くまでもないとカブルーはソファで、ライオスはよく魔物の絵を描いたりする机に着いて話しながら。 それが気がつけばカブルーは眠りに着いていた。外を見ると日も傾いていて、結構な時間眠っていたことが窺える。顔を青くし、ライオスはどこにいるのかと探していると、部屋の扉が開かれた。 そこには手にティーセットを持ったライオスがいて、ライオスはカブルーが起きているのを見て嬉しそうに笑う。「目が覚めたのか。随分と気持ちよさそうに寝てたから起こすのが忍びなくてそのままにしてしまったが、大丈夫だった?」「え、はい、あの。仕事に支障はないですが……気持ちよさそうに寝ていた? 俺が……?」 こんなにすっきりとした目覚めはいつ以来だろうと考えるほど、カブルーの頭は冴えていた。同時に困惑もした。 あんなに眠るのが苦手なのに、気がついたら眠っていたなんて。初めての経験だった。否、もしかしたら実母に育てられていた時はそんな日もあったかもしれないが、ウタヤが壊滅してからは初めてだ。 頭がすっきりした状態で困惑するカブルーを他所に、ライオスは持っていたティーセットに紅茶を淹れている。甘い香りが立ち、カブルーはソファから立ち上がりふらふらとライオスに近づいた。「はい。珈琲の方が良かった?」「いいえ、気にしません。ありがとうございます」 ライオスが手ずから淹れてくれた紅茶に文句があるわけがない。むしろ主君にそんなことをさせてしまったことに恥いるくらいだ。きっと寝起きのカブルーのために用意してくれたのだろう。 暖かな湯気の立つティーカップを受け取り、一口、口の中に含む。爽やかなフルーツの香りが鼻腔を通り、これが非常に美味しい。目覚めにはピッタリだ。「すみません、王にさせることじゃなかった」「王とか臣下とか、そんなことは関係ないよ。俺はゆ、友人のカブルーにお茶を淹れてあげたかっただけだから」 柔らかく笑うライオスに、なんだか照れ臭くなる。彼に年下扱いされるのは癪だ。実際に四つほど歳が離れているが、たかが四つの差。それに普段はどちらかといえばカブルーの方がライオスの面倒を見ているのに。 たまに兄のように振る舞うライオスに、カブルーは少しばかり不満を抱いていた。 実際、三つ歳の離れた妹がいるライオスにとっては四つも歳が離れていたら弟のように感じるのかもしれないが。カブルーはライオスの弟になりたいわけではない。 唯一無二の臣下として、友人として、一人の男として。そう扱って欲しい。言えばライオスはきっとそのように扱っていると言ってくれるだろうが、たまに出てくる「兄らしさ」をどうにかしてほしい。カブルーに兄はいないのに、無性に甘えたくなってしまう。そう思うのがまた悔しくもあった。「この紅茶、西方から取り寄せた茶葉ですか?」「ああ、マルシルが気に入ってて。俺もこの爽やかな口当たりの良さが気に入ったから分けてもらっているんだ」「へぇ……」 マルシル。メリニの顧問魔術師であり、ライオスが冒険者だった頃の仲間の一人だ。ティーカップを傾けながら相槌を打つ。 マルシルはカブルーが勝手に絶対に勝てない相手と思い込んでいる相手でもある。ライオスはよくマルシルの笑顔が好きだと言う。その度にカブルーは彼女には勝てないと思う。そもそも勝つ勝たないとはなんだ、と言う話になるのだが。 美味しかった紅茶に渋味を感じるようになってしまった。カブルーはその紅茶を一気に飲み干す。「それじゃあ仕事に戻ります」「俺もまだ終わってないから、一緒にしよう」 再び書類に手に持ち、ライオスは机に、カブルーもソファに座り直して仕事に取り掛かる。簡単な書類だったから、あっという間に終わったがモヤモヤが残る。今夜は眠れそうにないなと思った。 とっぷりと日が落ちて、月と星が煌めく頃。カブルーはやはり寝付けずにいた。ベッドに横になったのに目を閉じるが、眠気がやってくることはない。 昼間に寝てしまったのもあるだろうけれど、それだけではない。 夜が来るたびに、魔物に怯える幼い自分が顔を出す。ここではライオスのおかげで魔物は現れないと言うのに、未だトラウマは治らない。 寝酒でもしようと厨房に向かうと、灯りがついていた。誰がいるのかとこっそり近づき、中を覗く。 そこにいたのはライオスだった。美味しそうな香りが漂い、何か作っていることが伺える。「何してんですか、あんた」 思わず出た声にライオスはびくりと反応した。こっそり隠れて夜食を摂ろうとしたのだろう。食事の管理を徹底しているのに何をしているのだと咎めるような声になってしまった。「か、カブルー……ちょっとお腹が空いてしまって……」「だからと言ってこっそりと夜食を作るのは駄目ですよ。何のために食事制限していると思ってるんですか」「分かっているよ……でも小腹が空いて仕方がないだ」 切なそうに腹を撫でるライオスに、カブルーもしょうがないと苦笑した。 カブルーはライオスの隣に立って何を作っているのか覗いてみる。鍋の中は黄金色したスープに、均等に切り分けられた野菜が漂っていた。 鍋から美味しそうな香りが漂ってくると、カブルーの腹も空腹を訴え出した。カブルーの腹がぐぅと鳴ると、ライオスが目を細めて「一緒に食べる?」と言った。優しげに微笑まれながら言われてしまうと、断ることなんてできなくなる。「……食べます」「やった。これでカブルーも共犯だ」 嬉しそうに笑って鍋をかき混ぜるライオスの姿に、カブルーの眦が下がる。 ――こういうところが可愛いんだよな、この人。カブルーは思う。 懐に入れた人間にはとことん甘く、甘やかせてくるし甘えてくる。その代わりにここまでくるのにどれだけ大変だったかと思うと、涙が浮かびそうだ。 スープの器を二つ用意して、スープを分ける。元々一人分だったものを二人分にしたせいか量は少なくなってしまった。 それでもライオスは嬉しそうに器とスプーンを持ってテーブルに着く。しかしすぐに食べ出したりはせず、カブルーを見つめてくる。カブルーが同じようにテーブルに着くのを待っているらしい。カブルーもスプーンを持ってライオスの正面に座った。「いただきます」「――いただきます」 ライオスが自然といただきますを言うから、カブルーも釣られて言う。そうして二人はスープを食べ始める。野菜の甘味と調味料の塩気の塩梅が美味く、スープを飲む手が止まらない。 一人分を二人で分けたからかすぐに器は空になってしまった。そのことを勿体なく、まだ食べたいと言う欲が出てくる。「美味しかった?」 顔を上げるとすでにスープを完食したライオスが頬杖をついてカブルーのことを見つめていた。小首を傾げて問いかけられて、カブルーの頬が熱くなる。ずっと見られていたのかと思うと恥ずかしくなった。頬をぐいっと拭って返事をする。「美味しかったですよ。料理が上手いんですね」「それはセンシのおかげかな。迷宮攻略中に色々と料理を作ってきたから」 懐かしげに空になった器の縁をなぞるライオスの瞳は、どこか寂しそうでもある。 迷宮が恋しいのだろう。だが、彼はもう迷宮に行くことは叶わない。先日は自然迷宮に勝手に行ってヤアドに怒られていたが、あれで王としての自覚が芽生えたのかそれ以降は勝手に城から抜け出すことがなくなった。 正直、冒険者として自由だったライオスをメリニという檻に縛り付けているとカブルーは思っている。彼はもっと自由でありたいのに、国民やカブルー達のことを思ってこの城に留まってくれているのだ。 そのことが申し訳ないと思ったことがないと言えば嘘になる。けれど、おかげでメリニは魔物に襲われる心配もなく、多種族の人々が飢えることなく暮らせる国になっているのだから、彼がいなくなってしまったらこの国は立ち行かなくなるのも事実。 複雑な気持ちになりながら、カブルーはライオスを見つめた。ライオスの代わりなどどこにもいない。「ライオス……」「さ、夜食も食べたし寝ようか」 なんと声をかければ良いのかと悩んでいるうちに気持ちを切り替えたらしいライオスが、明るい声で部屋に戻ろうと促す。カブルーはそれに頷くことしかできなかった。 部屋に戻ってベッドに横になると、スープのおかげで体が温まったからなのか、過去のことを思い出さずに寝入ることができた。 翌日。謁見と会議を終えてぐったりとしているライオスの元に重なった書類を置く。それを見たライオスはどこから出したのか分からないような声を上げた。「これ、今日中にやらなきゃいけない書類?」「はい。今日中に承認していただかなければならない書類です」 俺も手伝うんで頑張りましょう、と言えばライオスはしおしおになりながら羽ペンを手に取った。 これでもライオスの元に届く前に厳選した書類だが、何せメリニは生まれたばかりの国。王の承認をもらわなければならないことがまだまだたくさんある。 もっと楽に仕事をさせてやりたいとカブルーも思っているが、なかなかそうはいかない時期だ。 嫌そうな顔をするもののライオスは逃げようとしない。それは彼自身、この国を大切に思っているからだろう。そんな彼の頑張りに報いなければと自然と思わされる。こういった求心力が彼を王たらしめるのか。 かりかりと羊皮紙にライオスの名前が刻まれる音が響く。それを聴きながらカブルーも仕事を始める。「そういえばカブルーにあげたいものがあったんだ」 ふと思い出したようにライオスが顔を上げ、ごそごそと机の引き出しを漁り出した。それに釣られてカブルーは立ち上がり、ライオスに近づく。しばらくしてライオスは「あったあった」と言うと何かを取り出した。 机の上にことりと小さな音を立てて置かれたのは、翠色の綺麗な宝石だった。宝石とは珍しいと思っていると、ライオスはカブルーを見上げてにこりと笑う。「これを君にあげるよ」「これを……俺に?」 まさか魔物が結晶化したものじゃないだろうな、と疑いの目を向けると、ライオスは慌てたように両手を振った。「違う違う。これはファリンが持って帰ってくれた物なんだ。翡翠という宝石で、君の誕生月の宝石らしい」 誕生月の宝石なんてそんなロマンチックな物をよこしてくるとは、何を考えているのかとやはり疑いの眼差しをむけてしまう。「信用がないな……まぁいいけど。この石は心の平穏を与えてくれたり、邪気を払うと言われているらしい。君、不眠症だろ?」「え、なんでそれを……」「遅い時間なのに部屋の明かりがついているのをよく見るから、そうかなって」 だから、それ。そう言って机の上に置かれた翡翠を指差す。「気休めだけれどお守りにどうだろうと思って。この国には魔物は現れないし、カブルーにとっても安らかに過ごせるようになってほしい」 窓から差し込む光を鈍く反射させるその石を、カブルーは目を見開いて見つめていた。ライオスに不眠症のことがバレていたことに驚いたし、それを和らげようと思ってくれていたことにも驚いていた。 カブルーはライオスからたくさんのものを貰っているのに、それでもなおライオスはカブルーに与えようとしてくれる。本当に身内に入れた人間にはとことん甘い人だ。その甘さを独り占めしたいと思ってしまうこの感情はどこからきているのか。思考を放棄して、机に置かれた宝石を手に取った。 小粒のそれを光に翳して、まじまじと見つめる。翠色が綺麗に光を反射させてカブルーの頬を一部同じ色に染める。「嫌だった?」「いいえ! そんなわけありません!」 ライオスに石を取り上げられないようにカブルーは手を背後に隠した。まるで子供じみた仕草だったが気にしていられなかった。ライオスがわざわざ用意してくれた物を取られたくなかった。 これはもう自分の物であると主張するように警戒していると、ライオスが両手を上げて「取らないよ」と苦笑した。「そんなに気に入ってくれたなら嬉しい」「……あんたがこういうのよこしてくるなんて珍しいですね」「言っただろう? 君が安心してこの国で過ごして、この国を第二の故郷にしてくれたらいいと思っただけだよ」 そうやって優しく笑って見せるライオスに、カブルーの涙腺は緩みそうになった。もうとっくに、メリニは自分の第二の故郷だと言いたかったが、今声を出したら情けない声になってしまえそうで言えなかった。手の中の翡翠をぎゅっと握りしめる。それだけで胸の中にある不安が消えていくようだった。 ライオスから翡翠をもらった日の夜、カブルーは今日中に終わらせなければならい全ての仕事を終わらせ、湯浴みも済ませて服を脱ぎ散らかすといそいそとベッドに潜り込んだ。枕元には翡翠を置いて。 やがて眠りに落ちたカブルーは、メリニの街に魔物が雪崩れ込んでくる夢を見た。 ライオスが魔物の手によって殺されそうになったところで飛び起きる。冷や汗が止まらず、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。 ――今日はもう眠れそうにない。そう思って枕元を見ると、翠の石が窓から差し込む月明かり受けて鈍く光っている。それを見ただけで悪夢で感じていた不安が解消されていくのを感じた。 ばたりとまたベッドに倒れ込んで、翡翠をじっと見つめる。すると昼間に交わしたライオスとの会話を思い出す。それだけで安心感に包まれていき、自然と瞼が重くなった。 動かすのも億劫になった手を持ち上げて、翡翠を手に掴み、顔の近くに取り寄せる。そして温度をもたない宝石にそっと口付け、カブルーは眠りについた。 その日を境に、カブルーは悪夢を見ることがなくなったのだった。畳む
2024/11/29 DiD カブライ / 年下の男の子続きを読む 都内にある某高校の前にて。詰襟の制服と、成長途中の体躯が目立つ中学生と思わしき少年が立っていた。 少年とはいえその顔はひどく整っており、横を通り過ぎる女子高生たちはひそひそと声を立て、少年に声を掛けるか掛けまいかと色めき立っている。高校生と中学生で些か歳が離れているが、それを無視しても良いと思えるほど少年は端正な顔立ちに、顔を赤める女子高生もいた。 そんな少年は芯が入っているように背筋をピンと伸ばし、誰かを待っているようだった。その雰囲気が声を掛けるかどうかを迷わせるのだ。 校門から昇降口をじっと見つめていた青の瞳がきらりと光る。そして片手を挙げ、ぶんぶんと大きく振る。「ライオス!」 呼ばれたのはその高校で一番の変人と有名な生徒の名前だった。薄茶の髪をした青年は、自分に向けられた声に下に向けていた視線を上げる。「カブルー?」 少年の名を呼んだ。ライオスにカブルーと呼ばれた少年は早く来いとばかりに手を振る。ライオスは不思議そうに首を傾げた後、駆け出してカブルーの元へと行く。 カブルーは走り出したライオスを見ると腕を振るのをやめ、今度は腕を組んであからさまに怒っています、という態度を取り出した。「どうしたんだ、カブルー。学校まで来て」 やっとカブルーの元に辿り着いたライオスの一声に、カブルーはギャンと喚き始めた。「どうしたんだ、じゃないですよ! 今日は一緒に買い物に行こうと約束してたじゃないですか! いつまで待っても来ないから迎えに来たんです!」 そういえばそうだった、と今更になって思い出したような顔をするライオスを、カブルーはじとりと睨みつけた。「今度は何があったんですか」「いや、具合が悪いから掃除当番を代わってくれと言われて」「それでおとなしく代わったんですか?」「そうだけど……」 カブルーはこれみよがしに大きなため息を吐く。それからびしりと伸ばされた人差し指をライオスに向ける。 ライオスはそれに対して「人を指差ししたら駄目だぞ」と指を降ろさせる。そんな理由で手を握られたカブルーはなぜか顔を赤らめながら、それでも口を開く。「今度からは俺と約束があるから交代できないと言ってください」「でも困っていたら助けてやるべきじゃないか?」「あんたにそう言ってくる人間は大抵困っている人間じゃありません。そんな奴より俺を優先してください」 傍から聞けばまるで恋人同士のような会話である。彼女のわがままに振り回される彼氏のようだ。 どういう関係? と奇異の目が向けられるが、二人はお構いなしに会話を続ける。「どうして困っていないとわかるんだ? 俺には本当に困っていたようにしか見えなかった」「ライオスにはそう見えていたかもしれませんが違います。これは断言できます。良いから俺の言うことを聞いて。俺が言ったことで間違ったことはありますか?」「……ないな」 でしょう、とどこか得意げなカブルーは「今度からは断ってくださいね」とライオスに釘を刺す。ライオスは困惑した表情だ。「君との約束がない時は?」「それでも俺との約束があると言って良いですよ」「嘘を吐くのは苦手なんだが……」「嘘じゃなければ良いんですね。それじゃあ明日からもちゃんと俺に付き合ってください」「まあ良いけど……」 この会話を聞いていた周囲の一部は、これで今度からライオスに掃除当番を押し付けても断られるんだろうなと思う。それにしても、カブルーという名の少年は何者なんだ? ライオスに対して馴れ馴れしくあり、親しげでもある。 興味を持ったらしい二人組の女子生徒が、ライオスたちに寄って行った。「トーデンくん、その子って誰? 凄く格好いいじゃん! 紹介してよ〜」 まずは軽いジャブ。どういう関係か、あわよくばカブルーにお近づきになりたいという欲を隠さずに――ライオス相手に何かを隠すという行為は無意味であると知っているからだ――近づく。 ライオスに声を掛けたのだが、それに答えたのはカブルーの方であった。「初めまして、カブルーと申します。ライオスの幼馴染です」「えっ、こんな格好いい幼馴染がいたの!?」 教えてくれてもよかったじゃん! ときゃらきゃらと色めく女子高生に、ライオスは誰だろうという視線を向けている。そんなライオスの脇を肘で小突いたカブルーは、「あんたのクラスメイトだよ」と小声で伝えていた。どうしてそんなことをカブルーが把握しているのかというと、文化祭の折に覚えたらしい。カブルーは物覚えがいいなぁとライオスは感心しきりである。「格好いいと言っていただけて光栄です。では、僕たちは用があるのでこれで」 そう言ってカブルーはライオスの腰に手を回して立ち去ろうとする。それがあまりに自然な動きだったため、女子高生たちも、周囲から見ていた者たちもそのまま見送ってしまいそうになった。 いやいやおかしいだろう。中学生男子が高校生男子の腰を抱き、エスコートしていくのは。「ま、待ってよカブルーくん! あたし達と一緒にお茶とかしない?」 女子高生は慌ててカブルーたちを引き止めようとした。しかし、返ってきたのはぞっとするような冷たい視線だった。「あなた達も確かライオスと同じ受験生ですよね? 悪いですが、お茶をする余裕はライオスにはないので」「う、そう言われると辛い……」 がくりと肩を落とすライオスと、相変わらず冷たい視線のカブルーに、女子高生達は何も言えなくなった。ライオスの勉強の進み具合を知っているような物言いや、これ以上自分達に関わるなという空気に当てられてしまったのだ。「さ、ライオス。まずは本屋に行きましょう。そしたら家で勉強ですよ」「君はまだ受験生じゃないじゃないか」「来年は俺も受験生ですから。今から勉強を始めても問題ありません」「でもここを受けるんだろ? 言っちゃなんだが、君ならもっと頭のいい学校を狙えると思うんだけど……」「俺がここがいいと言ってるんです。いいから行きましょう」 そうやって言い合いながらカブルーとライオスは去っていった。好奇心でやり取りと見守っていた生徒を残していって。 結局、あの二人はただの幼馴染だったのだろうか? それにしては、カブルーという少年のライオスを見つめる目つきやライオスを触れる手つきがそれだけではないと感じさせるものだった。 その日から学校一の変人に、彼には厄介な幼馴染がついていると噂が立つようになったのだった。畳む
2024/11/29 DiD カブライ / 痛いの痛いの飛んでいけ続きを読む 夜になると脚がしくしくと痛む。最近はその痛みがひどく、新生メリニが建国して数年が経ち、ようやく不眠症が治ってきたと思ったらこれだ。カブルーは本を抱え直して黄金城にある自室を目指す。 今日も膝の辺りが痛む。早くベッドに入って休みたい。ベッドに入ったところで治るわけではないが。かといって朝になったら痛みは治っているから医者に見せるほどでもない。 なんだこれはと思っていると、その答えは彼の王にあっさりと齎された。「君、身長伸びたか?」 ライオスが身長を測るように手をかざす。 はぁ? とトールマンの男性平均身長に満たないことがコンプレックスであるカブルーが、喧嘩でも売ってるのかと若干苛立って返事をしようとするが、はたと止まる。以前はしっかりとライオスを見上げていたが、今では目線の位置が近い。 確かに身長が伸びているようだと気づいたカブルーは、最近起こる自分の体の異変に納得がいった。「だから脚が痛むのか……」 この歳で成長痛で悩んでいたのかと思うと少し恥ずかしい。そんなカブルーの声を耳聡く拾ったのか、ライオスがカブルーの脚を見る。「脚が痛む? 成長痛かな」「聞こえたんですか……実はここのところ毎晩脚が痛くてなかなか眠れなくて」「カブルーの体が大きくなっている証拠だけれど、眠れないのはいただけないな……よし。今夜、君の部屋に行ってもいいかい?」「えっ?」 痛みで夜眠れないのと、部屋に来るのと何の関係が? いや、ライオスが部屋に来てくれるのは嬉しいけれど。そうやってぐるぐる考える複雑な表情をカブルーが見せると、ライオスは微笑む。「脚を摩ってやったら少しはマシになるかもしれないだろう? 俺の手は人より暖かいし、効果はあるんじゃないかなって」 下心も何もない善意を寄せられて、カブルーは少しがっかりしたものの、それ以上に驚嘆する。「それは王がすることじゃないです!」「王としてではなく、友人としてカブルーの役に立ちたいんだ」「その気持ちは嬉しいですが、実際に俺はあんたの臣下であんたは王なんだから、そこらへんのとこちゃんとしてくださいって言ってんですよ!」 そう言うと、ライオスが少し剥れた表情になる。友人のために行動を起こせないとは、王というのはなんて面倒くさい職業なんだとでも言いたげだ。 かといって特に難病を患っているわけでもないのに王自ら臣下の部屋に赴くなんて、あってはいけないだろう。 そう重ねて言えば、今度はライオスはこう言い出した。「じゃあ君が俺の部屋に来ればいいんだ」 臣下が王の部屋に赴くのは別に良いだろうと言うライオスに、確かにそれはそうだけれどと考えかけたが、それがどういう意味を持つのかと言うことに気づく。「それって、俺にライオスの部屋で一夜明かせと言うことですか……?」 恐る恐る尋ねると、ライオスは何を当たり前のことをとばかりにあっさりと頷く。「そうに決まっているだろう。大丈夫だ、俺の部屋のベッドは広いから」 ベッドが広いとかそういう問題ではない! 暴れ出したくなるのを堪えてカブルーは頭を抱えた。王が臣下と同衾したとなれば、一体どんな噂が流れるだろうか。 カブルーとしては外堀を埋めていくために噂が流れることぐらい構わないが、それでライオスに不名誉なレッテルが貼られたりしたら自分が許せない。 うんうんと悩んでいると、ライオスがおずおずと上目遣いでカブルーの瞳を覗き込んだ。「俺に摩られるのは嫌か……?」 自分より背が高いくせにどうして上目遣いなんてできるんだ、とか、そんな顔すればなんでも許されると思うなよ、とか。言いたいことは山ほどあったが、カブルーが言えたのはただ一言だけ。「今夜、部屋にお伺いします……」 ライオスの部屋に赴き、痛む脚を摩ってもらうことが確定した。 そうして夜を迎える。 カブルーは王の寝室の前で、扉をノックすることもできずに立ち尽くしていた。ライオスから話を聞いていたであろう守衛が、カブルーの存在を気にしてちらちらと視線を向けてくる。その視線は早くノックでもして中に入れと言っていた。約束しているんだろう、と。 そうなのだが、中に入ってしまえば最後。ライオスの匂いでいっぱいの部屋で、ライオスのベッドの上で、ライオスに脚を摩られることになる。果たして耐えられるのか、己の理性。 今も脚が痛むが、それ以上に心臓が痛い。非常に早鐘を鳴らしている心臓を、どんと胸の上から強めに叩いた。 ライオスにその気がないことは分かっている。自分たちはまだ良き友人だ。しかし、だからと言ってカブルーは好いた相手の部屋のベッドの上で何もしないでいられるほど自分が聖人ではないことも理解していた。 だから迷っている、このままライオスの部屋に入ることに。しかし訪ねなければ約束を反故することになる。そうすればライオスは悲しむだろうと思うとここから立ち去るわけにもいかず。 何度もノックをしようと手を持ち上げ、待て待てと理性がそれを降ろさせる。守衛の視線が、いっそ代わりにノックでもしようか? と言いたげなものに変わり始め、カブルーの足の痛みも限界を見せ始めた頃。 扉は開かれた。それも内側から。「カブルー? なんだ、来ていたのか。迎えに行こうかと思っていたよ」「仕事が溜まっていて。ちょうど今来たところです」 嘘を吐けもう十分は立ち尽くしていただろうと守衛の視線が語っていたが、カブルーは笑顔で無視をする。だが、これでもうあとには引けなくなった。扉は開かれてしまったのだ。他の誰でもない、ライオスの手によって。 この一晩、何事もなく過ごすということを固く決意して、カブルーは足を踏み出した。 ――そして分かりきっていたことだが、決意も覚悟も今や風前の灯となっていた。 ライオスにベッドに招かれ、横になり、脚を優しく摩られる。痛む箇所を的確に摩ってくれて、その手の温度も相まってか、カブルーの脚の痛みが和らぐ、と同時にどこかが硬くなりそうになるのを必死に堪えていた。カブルーの頭の中は今、主要国家の都市名がずらりと並んでいる。「痛みは引いてきたかい?」「ええ、おかげさまで脚の痛みが引いてきました」 代わりに別の部分が痛いですとは決して言わない。そんなこと思っていないという笑顔で答える。「ふふ、君の役に立てたなら嬉しいな。いつもカブルーには助けてもらってばかりだから」「そんなことないですよ。ライオスだって良き王として頑張っています」「そうかな。カブルーに言ってもらえると自信がつく」 逃走癖があるというライオスが投げ出さずに玉座に着いているだけでありがたいのに、苦手な書類仕事も人と関わることも、全部頑張っているではないかと思いながら言うと、ライオスは頬を染めて照れくさそうに微笑んだ。 今この瞬間には大変よろしくない笑顔である。カブルーは咄嗟にかつて食べたハーピーの卵焼きの味を思い出してなんとかことなきを得た。「カブルー、このまま眠ってしまってもいいんだよ」 我が君よ、この状況では全然眠れないです。むしろ起きそうなんです。カブルーはそんなことを心の中で訴えながらも、健気に「主君が起きているのに眠れません」と答えた。忠臣としては百点満点の答えだが、実際は残念な理由である。「そういえばカブルー、髪も伸びてきたね」「そうですね……切りに行く余裕がなくて。たまに自分で切っているんですけど」 言った通り、一応横に広がりすぎないように自分で髪を切ってはいるが、じっくりと専門の職人に切ってもらっていない。 ライオスに指摘されて急に変ではないかと心配になってきた。カブルーは自身の手先が器用なつもりではいたが、もしライオスに変だと思われたら耐えられないかもしれない。「へぇ、自分で切っているのか! うまいなぁ、よく似合っているよ」 今度、俺の髪も切ってもらおうかなぁ。なんて言いながら脚を摩ってくれるライオスに、カブルーは呼吸を止めて一秒、真剣な表情になってしまった。ライオスはカブルーの表情の変化には気づかなかったが。 声が震えそうになるのを堪え、「ライオスの髪が伸びてきたら切ってあげますよ」となんとか答えることができた。切り落としたライオスの髪を自分はどうするのだろう。なんて飛んでいきそうになる思考を必死に掴みながら。「あの、ライオス。もう脚の痛みは十分取れたので……」 これ以上ここにいるのはまずい、と思って切り出す。本当に痛みは取れたし、今からなら自室に戻って安らかに眠れる気がする。そう思って言ったのだが、ライオスは「そうか?」と言うと、「じゃあ寝ようか」 とカブルーの隣に身を寄せて横になってしまった。これにはもう、カブルーにとって呼吸が止まるどころの話ではなかった。思考も止まったし時間も止まったような気がした。 しかし伊達に次期宰相候補と呼ばれているわけではないカブルーである。「いやあの、俺、自分の部屋に戻るんで」「なぜ? そうしたらまた脚が痛みだした時に俺が摩ってあげられないだろう? それに言っただろう、今夜はこの部屋で一夜を明かせって」「えっ、でも、えっえっ」「ほらほら、睡眠は大事なんだから眠れるうちに寝よう」 ぽんぽんと背中を優しく叩かれ、寝かしつけられる。 ――こんな近距離で眠れるか! そう思っていたのに、ライオスの体温が心地よく、自然と瞼が重くなってくる。ライオスの声がだんだんと遠くなっていき、気がついたら朝を迎えていた。実に健全な夜だった。 噂が流れることもなく、ライオスに変なレッテルが貼られることはなく。カブルーの成長痛が治るまで健全な夜は続いたのだった。 不健全な夜を迎えられるようになったのは、それから更に一年経った後のことである。畳む
2024/11/27 DiD カブライ / 誕生祭のその後で続きを読む ライオスは部屋へと戻ってくると、ベッドの上にぐったりと倒れ込んだ。 朝は祭りの開催を待つ国民たちの前で自分の誕生日に挨拶をし、諸外国から来たお偉方の面談をやっと終えたかと思えば立食パーティー。主役でありながらもやはり挨拶などで食事を楽しむ暇もなく。 善意も悪意も含まれた視線をずっと感じているのは居心地が悪く、早々に立食パーティーも辞した。「疲れた……誕生日ってこんなに疲れるものだったのか……」「お疲れ様です。立派でしたよ」 言いながら部屋に入ってきたのは、立食会場から立ち去ったライオスを追ってきたであろうカブルーだった。 その腕には籠と取り皿とカトラリーを持っている。それをぼんやりと見ていると、先日カブルーが言っていたことを思い出した。 ――特別なチーズケーキと、チーズケーキにぴったり合うワイン。 ベッドから降りて窓際にあるテーブルに近づく。カブルーはテーブルの上にワンホールのチーズケーキと、ワインのボトルを一本。グラスを二脚それぞれ用意すると、持っていたであろうナイフを取り出した。 綺麗に切り分けられたケーキを取り皿に分けられ、ライオスの前に供される。「……どうぞ、今日は本当にお疲れ様でした」「ありがとう。カブルーやヤアドのおかげで助かったよ……」 カブルーがテーブルに着くのを待って、ライオスはフォークを手に取った。ベリーのソースが掛かっていてとても美味しそうだ。 翼獅子の呪いによって常に小腹が空いている状態のライオスは食べすぎないように食事制限をしている。だからこれは久しぶりの甘味になる。「そんなに見つめてないで食べて良いですよ」「なんというか……感動して……本当にありがとう、カブルー」 言われたままにケーキをフォークで切り分け、口に含む。ベリーの酸味とチーズケーキのほんのりとした甘さが合ってとても美味しい。久しぶりの好物に相合が崩れる。「美味しいですか?」「うん、すごく。誰が作ってくれたんだ?」「実はセンシさんに。材料に魔物は使われていませんが、センシさんはお菓子を作るのも上手いんですね」「センシが!? いつ来ていたんだろう、俺にも会いに来てくれたら良いのに」 久しぶりの仲間の名前を聞いてテンションが上がる。同時に、自分を訪ねてくれなかったことに肩も落とす。 するとカブルーが少し照れ臭そうにしながら「センシさんは城に来ていないですよ」と答えた。 ならばどこで? とライオスが首を傾げると、カブルーは少し考える仕草をし、ややあって口を開いた。「実はファリンさんやミスルンさん……転移魔術を使うエルフの人です。二人に最近センシさんを見かけなかったか聞いて、頼みに行ったんですよ」 ちょうど近くの自然迷宮にいてくれて助かった、と言うカブルーに、ライオスはますます感動した。 カブルーが己のためにそこまでしてくれたことが嬉しくて。こんな風に祝って貰ったのはいつぶりだろう。 冒険者時代は誕生日どころじゃなかったし、あってもファリンにちょっとしたプレゼントを貰ったくらいだ。 ファリンのプレゼントも嬉しかったが、カブルーからのプレゼントもとても嬉しい。ちゃんと友人と呼べる人からの初めて誕生日プレゼントだからだろうか。嬉しさからか、ライオスはワインを飲むペースを早めていった。「ところでライオス、プレゼントも用意しているんですが」「プレゼント? これ以上もらっても、俺はカブルーに返せるものなんてないよ」 確かにプレゼントもあると言っていた気がするが、チーズケーキとワインだけでも十分だ。 これ以上もらってしまったら、本当にライオスがカブルーに返せるものなんてなくなってしまう。すでにこんなにも幸せで、贅沢な時間をもらっているのに。 けれどカブルーは首を振って、「俺が受け取って欲しいと思っているだけです」と籠の中から小さな箱を取り出した。 目の前に差し出されたそれを手に取ると、視線で開けてほしいと促される。 細かい細工の施された、きっとこの箱自身にも価値があるんだろうと思わせる箱を開けてみると、綺麗な青い宝石が嵌ったネックレス。 装飾の類をつけないライオスにネックレスを送る意味を問うようにカブルーを見つめると、カブルーは真剣な表情になっていた。「ライオス、俺はあんたが好きだ」 面と向かって好きだと言われて、すでにワインのおかげで赤くなっていたライオスの白い肌がさらに赤く染まる。 真剣な表情でそんなことを言われてしまえば、何か変な勘違いをしてしまいそうになる。カブルーは顔が良いから余計に。「お、俺も好きだよ」 それでも照れながらライオスはなんとか答えた。なんだろう、好きだと言い合うのは恥ずかしいなと思っていると、カブルーの手がライオスの手を掴んだ。「俺の好きはあんたの好きとは違うんですよ」 それはどういう意味だ? と思っていると、急にカブルーの顔が近づいてくる。 ちゅっと音がして唇から少し外れた場所にキスをされて、ライオスは固まる。「本当は唇にしたかったんですけど、我慢しました」「唇に……」「恋愛的な意味で好きってことですよ」 ふ、とどこか諦めを含んだ笑顔で、カブルーはライオスの持つ箱を見た。「それは俺の気持ちです。ずっと変わらず、あんただけに捧げます。だから、持つだけ持っておいてくれませんか?」 身につけてくれなくていい、ただ持っていてほしい。そう呟くカブルーに、ライオスはどこか寂しくなってしまう。近くにいるのに、距離を感じてしまう。 ライオスがカブルーに声をかけようとする前に、カブルーは自分の分の取り皿とグラスを持って立ち上がった。「残りのケーキは全部食べてもいいですよ、今日だけは特別です。明日からはまた食事制限しますから」「あ、うん……いや、待ってくれ、カブルー!」「それでは、失礼します。ライオス、あなたが生まれてきてくれて本当に良かった」 ぱたんと扉が閉じられる。残されたチーズケーキとワイン、それからネックレス。 ライオスは再びフォークを取り、チーズケーキを口に含む。センシの作ったケーキは美味しい。けれど、なぜだかさっきよりも美味しいとは思えなかった。畳む
2024/11/26 DiD カブライ / 誕生祭前日譚続きを読む ライオスが王に名乗りあげてから七日七晩が明けた後、ヤアドに真っ先に誕生日はいつかと聞かれた時はなんだと思っていた。 だが、誕生日が近づくにつれて城下が、城の中が祭りの準備で盛り上がっていく様子を見て、その理由を察した。 なるほど、王の誕生日は国民にとっての祝日か。ライオスは衣装係に着せ替え人形のように衣装を取っ替え引っ替えに着せ替えられながら鏡をぼんやりと見つめていた。 もう何着目だろう。こんなに衣装を用意するぐらいならもっと別のところに使った方がいいんじゃないか? 衣装係はああでもない、こうでもないと嬉々として衣装を選び続けている。一体着せ替え人形はいつまで続くのだろう。そう遠い目をしていると、部屋にノックの音が響いた。「失礼します。陛下、衣装は決まりましたか?」「カブルー……見ての通りだよ」 いくつも並び立つ、衣装を着たトルソーを横目にライオスはぐったりとしながら応える。そんなライオスの様子にカブルーは笑いつつ、一枚の紙を差し出した。 少しでも着せ替え人形状態から逃れられるのならばと縋るようにその紙に手を伸ばしたが、その内容を見てまた顔を顰めた。 誕生日当日のスケジュールがぎっしり詰まっている。国民に向けた挨拶はまぁ良い。その後の諸外国からの使者との面談の多さときたら、頭が痛くなる。しかもその後は城の広間で立食形式の食事になるらしい。 きっとここでも挨拶だのなんだので、ライオスはまともに食事を取ることができないだろう。 せっかくの誕生日だと言うのに、ライオスにとって楽しい一日にはならなそうだ。 がっくりと項垂れるライオスとは対照的にカブルーはどこか楽しそうだ。それもそうだろう、彼は人と関わるのが大好きなのだから。 自分もカブルーのような能力が欲しかったと以前二人で飲んでいた際に愚痴をこぼしたことがあるが、カブルーはそれを「あんたにはそんな能力必要ないですよ」と笑い飛ばした。 普段あれだけ人の顔を覚えろと言うのに。矛盾していないかと問えば、「ライオスが出来るようになったら、俺はいらなくなっちゃうでしょ?」なんて返された気がする。 そんなことはないのに。ライオスがカブルーのようにすぐに他人の顔や特徴が覚えられるようになっても、カブルーのようにうまく立ち回れる気がしない。 だからカブルーはライオスにとって必要だ。そう述べた時のカブルーの顔は、どんな顔をしていたっけ?「現実逃避しないで、誕生祭での立ち回りについて考えてください」「うぅ……わかったよ」 衣装係の者たちにこのトルソーの中から衣装を選んでくれと頼むと、ライオスは衣装部屋からカブルーと共に出た。 ずらりと並ぶ外国の名前と、聞いたことがあるようなないような分からない人名が連なっている紙をペラペラと捲る。「王様の誕生日って大変なんだな」「何を他人事に言ってるんですか。あなたの誕生日ですよ」 おかしそうに笑うカブルーにムッとする。ライオスは本当に困っていると言うのに、カブルーは相変わらず楽しげだ。「ところで、ライオス」 人気がない場所だからか、カブルーが畏まったように陛下と呼ぶことなくライオスの名を呼ぶ。ライオスはカブルーに名を呼ばれるのが好きだった。 なぜかカブルーはライオスの名前を大切なものを扱うように呼ぶのだ。その響きが気持ち良い。「そのスケジュールは一応夕方までのスケジュールなんですよ」「それはつまり……夜は空いているってこと?」 期待しながらカブルーに問うと、カブルーはこっくりと深く頷いた。そして悪戯な笑みを浮かべる。 もし近くに侍女などがいたらその魅力的な笑みに腰を抜かしてしまう者もいただろう。カブルーは城内の侍女たちに人気があった。「そして俺は王のための特別なチーズケーキと、チーズケーキにぴったり合うワインを用意してます」 まるで内緒話でもするように語るカブルーに、ライオスの瞳に光が戻る。「誕生日の夜は俺と二人でケーキを食べながら飲みましょう。プレゼントも用意してるんで期待しててください」 だから頑張って覚えましょうね、と紙を指さされる。 目の前に餌を釣り下げられたなら仕方がない。ライオスは紙に載っている貴族や氏族の名前を頭に叩き込むことにしたのだった。畳む
2024/11/24 DiD,理想郷諧謔曲 カブライ / シャンフロパロ / 東奔西走第二話続きを読む「最近のブラウずっとログインしてんな」「めちゃくちゃレベルアップしてんじゃん、廃ゲーマーになっちゃった?」「確か学生だろ? あんま無理すんなよー」 などなど。ブラウこと、カブルーを心配してくれるフレンドの言葉にカブルーはにこりと笑ってウィンクを一つ、「無理のない範囲でやってるなら大丈夫だよ」とだけ答える。 嘘だ。だいぶ無理をしている。しかしカブルーは少しの暇でもあろうものならシャングリラ・フロンティアにログインするようになっていた。 ライオスの噂があればその場に駆け参じ、未到達の街でライオスの情報を聞けば野良パーティを組んでエリアボスを無理に倒して到達し、気がつけばレベルがかなり上がってレベル八〇もすぐそこ、と言うところまで来た。 装備の強化もライオスに追いつくためにやってきた。自分は軽戦士だからそれに見合うようビルドをしつつ、武器を作ってもらうためにフレンドの鍛治師のレベルを上げる手伝いまでした。どれもこれも、ライオスに再び出会うためだ。 彼に再会し、彼に見合うアタッカーでいられるように反射神経を上げるアプリをスマートフォンに入れて移動時間はプレイヤースキル向上のために当てている。 ライオスの情報を探しつつも時間がある時は苦手意識を持っているモンスターを相手にいかに効率よくキルできるかを考察する日々。 この執着心はなんだ、ライオスの何がこんなにも自分を執着させるんだ。そんな自問自答をしてもカブルーはシャングリラ・フロンティアにログインし続けた。誠に不健康である。 そしてその不健康が祟って、風邪を引いてしまった。風邪を引いたという知らせを聞いた幼馴染はすぐに駆けつけて、文句を言いながらお粥を作ってくれたことは覚えている。そのお粥を食べて薬を飲んで――カブルーはシャングリラ・フロンティアにログインしていた。 いつもの日課を行わなければ。技術というのは日々の鍛錬によって研鑽されていく。一日でも休めばその分、技術に曇りが出る。カブルーの心持ちはもはや匠の域まで達していた。 千紫万紅の樹海窟でカブルーはエンパイアビーに囲まれて戦っていた。相手はエンパイアビー・ハンターとは言え多対一。気を抜けばやられてしまう。カブルーはこういった集団モンスターを相手にするのが苦手だった。 もっと視界を広く持ち、情報を得て、的確に倒していかねば……。そう思うものの、熱に茹った頭ではうまくいかず。 いつもよりキレの悪い動き、避けられるはずの攻撃に当たってしまう苛立ち、増えていく敵の数に対する焦り。 ああ、今日はもう駄目かもしれない。インベントリに大切なアイテムが入っていなかったかをカブルーは頭の中で考えながら、だらりと腕を下ろした。 狙ったように頭に攻撃を仕掛けてこようとするエンパイアビーの針が頭を貫くかと思った時。 パキン、と何かが折れる音がした。同時に周囲に爆裂系の魔法が発動したのか、エンパイアビーが数匹まとまって爆発する。 何が起こっているのか分からずにいると、どこかライオスに似た女性プレイヤーが近づいてくる。「大丈夫? 今回復するから」 そう言うと、彼女はカブルーに回復魔法を掛けてくれる。名前を見ればレベルはカブルーよりも上で九十二。遠くから魔法を打っている女性プレイヤーも同じくらい。そして何より――「ライオス……!」 先ほどのエンパイアビーの攻撃からカブルーを守ってくれたのはライオスだったらしい。 数々の攻撃を受け流しては器用に爆発に巻き込まれるように弾き飛ばしている。その姿を呆然と見つめていた。 相変わらず無駄のない動きでエンパイアビーを弾いていくライオスに、まだまだ実力が追いついてないと実感してしまう。「だ、大丈夫?」 心配そうにライオスに回復魔法を掛けてくれたヒーラーらしき女性プレイヤーがカブルーに問う。何の事かと思っていたら、どうやらカブルーは泣いていたらしい。 涙がぽたりぽたりと伝う。こんなところまでゲームで再現してくれなくても良いのに、と考えつつ、何とか涙を止めようと目元を拭い続けるが、涙は止まらない。 熱で感情が上手く抑えられないのだろう。カブルーの脳波を正確に拾い上げるシステムは、アバターのカブルーに涙を流させ続ける。これは現実でも泣いているだろうなとカブルーはどこか冷静に思考した。 やがてエンパイアビーが全部片付くと、こちらに気がついたライオスともう一人の遠距離アタッカーの女性プレイヤーがぎょっとした顔で固まっている。 泣いているカブルーに驚いているのがよく分かる。それはそうだろう、助けに入ったら泣かれるなんて想定もしていなかったはずだ。ライオスはあからさまにきょどきょどし始めた。「だ、大丈夫かい?」 先ほどのヒーラーとまるで同じ質問をしてくるのに、思わず笑いそうになったがそれ以上に悔しさが勝って涙が更にぼろりと落ちた。 ライオスはそれはもう慌ててここを離れたそうにしていて、それをアタッカーが止めている。面倒臭いと思われているのだろうと考えると呼吸まで引き攣り始めた。 本格的に声を上げて泣くまであと……と言ったところで、カブルーはなんとか声を張り上げた。「パーティに入れてくだざいッ!」「えっ?」「あと九回パーティに入らないとフレンドになってくれないって……っ!」 ライオスを見つめながら言うと、アタッカーが仕方なさそうにライオスを睨みつける。「ライオス……あんたこの子のこと覚えてる?」「え? えーと……?」 まるで覚えていないという反応に、分かっていてもカブルーはショックを受けた。これも熱のせいだろうか。 するとヒーラーが即座に「ごめんなさい」とカブルーに謝る。「兄さんはちょっと人の顔を覚えるのが苦手なの。きっと前に兄さんのクエストを手伝ってくれた人なんだよね?」 兄さん。その単語に、ヒーラーがライオスに似ている理由がわかった。きっとリアルでも本当の兄妹なのだろうとカブルーは察する。ライオスがNPC以外にロールプレイをするわけがないし、する理由もないだろう。 彼女たちが、ライオスの言った一緒にプレイしてくれる人たちなのか。羨ましくて吐き気までした。 こんなに頑張っているのに、ライオスは自分をパーティに入れてくれない。それどころかフレンドにもなってくれない。 もうどうしたら良いのか分からなくて、混乱して、今にも暴れ出したい気持ちになった。 そんな時だ。ぽこんと音を立ててポップアップが目の前に表示される。 見慣れたフレンド申請のポップアップ。だがそれは、ライオスからのフレンド申請だった。 思わずライオスとポップアップを見比べると、ライオスは頬を掻きながらどこか照れ臭そうにしている。「もしかして、最近聞いた俺を追っているプレイヤーって君なのかな、と思って……悪いことをした。これで償いになるか分からないけど……」 そんな噂が立っているのか、とか、償いだとか、そんなことは頭に入ってこなかった。カブルーは震える手で、ただ承認ボタンを押した。 そして自分のフレンドリストを慌てて開き、その一番上に燦然と輝くようにして載っているライオスの名前。それを確認した後、カブルーは気絶して強制ログアウトを喰らったのだった。 現実でカブルーが目覚めた時には幼馴染が憤怒の表情で立っていた。その手にはカブルーのVRヘッドギアが握られていて、無理やり取られたから目が覚めたんだと察する。 窓の外を見ると日は高く、時間を確認すれば短針が二を通り越していた。 昨日も同じくらいの時間にログインした気がするから、つまり気絶から睡眠に移行してまる一日程度経っているということだ。「あっきれた! 風邪を引いたら少しはゲームしなくなると思ったら、ヘッドギアしたまま気絶してるなんて馬鹿じゃないの?!」「ごめ、ゲホッ、ゴホッ、ごめん、リンシャ……」 咳を交えつつ幼馴染のリンシャに謝る。しかし彼女は怒り心頭らしくカブルーの謝罪をさらりと受け流してしまった。「駄目、絶対許さない。何のために薬持ってお粥作りに来たと思ってるのよ……これはカブルーが風邪を治すまで私が預かっておくから」「リンシャ!? それはちょっと……!」「そうでもしなければまたゲームする気でしょ。最近カブルーはずっとゲームしっぱなしだったんだから、ちょうどいいわ」 嘘だろ!? せっかくライオスとフレンドになれたのに……?! と衝撃を受ける。 そして、あれは本当に現実だったのか? という疑問が生じる。ライオスからフレンド申請してくるなんて、熱が見せた都合のいい夢だったんじゃないか、と。 そうなると俄然不安になってきて、フレンドリストを確認しないと気が済まなくなってくる。「リン! お願いだ、少しだけログインさせて欲しいんだ! 確認したいことがあって……」「さっき言ったこと、もう覚えてないの? 駄目に決まってるでしょ」「頼むよリン、一生のお願い……!」「こんなことに一生のお願い使わないでよ……」 呆れながらも、それでもリンシャはカブルーにヘッドギアを返してくれることはなく。リンシャはまたお粥を作ると颯爽と帰っていってしまった。カブルーのヘッドギアを持ったまま。 絶望の淵を漂うカブルーは空な目でベッドに横たわる。こうなったら全力で風邪を治すしかない。 あまり食欲がなかったがお粥を飲むように食べ、薬を飲み込んで布団に潜り込んだ。 熱のせいか薬のせいか、眠気はすぐにやって来た。すぐに意識を失い、夢を見ることのない深い眠りについた。 ――次に目を覚ました時は頭がすっきりとしていた。代わりに体はべとべととしていて汗をひどくかいている。服を脱ぎ、リンシャが枕元に用意しておいてくれたタオルで体を拭く。 どこにあったか分からなくなっていた体温計も出されていて、本当に彼女は面倒見が良くて頭が上がらない、姉のような存在だ。 脇に体温計を挟み、ピピっと音がしたタイミングで脇から離す。体温は三十七度。カブルーの平均体温からすると微熱だ。この状態だとまだヘッドギアを返してもらえそうにない。 せっかくライオスとフレンドになれたかもしれないのに、それからログインしていないとなるとどうなるだろう。嫌なやつだと思われてないだろうか。 そう考えただけで胃がキリキリと痛みだし、今すぐにでもリンシャの元に行ってヘッドギアを返してもらいたくなる。 返してもらえないのならば新しいヘッドギアを手に入れるか、とまで考えが飛ぶ。どうしても今すぐにライオスとフレンドになっているか確認がしたい。 だって、あのライオスが! ライオスからフレンド申請をしてくれたというのに! すぐにでもログインして先日は気絶してログアウトしてしまって申し訳なかったことや、ライオスとフレンドになれて嬉しいということを伝えたい。 ライオスに見合うようにどれだけ頑張ってきたか聞いてもらいたい。ライオスとパーティを組んだ時からどれだけライオスのプレイに魅了されてしまったかを語りたい。 おかしい、普段は自分はこんな人間ではないはずなのに、ライオスに関しては色々と話したいことがいっぱいあった。ライオスにとってはくだらないことも、きっと楽しくないであろうことも、ライオスには聞いて欲しいと思ってしまう。 ああ駄目だ。自分が抑えられない、これも熱のせいだろうか? スマートフォンで新しいVRヘッドギアを眺めながら、やはりまずは熱を下げることに専念した方がいいかもしれないと頭が冷静になってくる。 ライオスとフレンドになった時、随分と情けない姿を晒してしまった。次はそうならないように気をつけなければ――思い出しただけで顔から火が吹きそうだ。 子供のように泣いて縋って、そうしてフレンドになってもらった。まるでおもちゃ屋の前で泣き喚いて親に仕方なくおもちゃを買ってもらった子供のようだった。 次はそんな粗相をしないために、カブルーは冷蔵庫にしまってあるゼリー飲料を流し込み、残った薬を飲むとベッドに横になる。次にライオスに会った時のイメージトレーニングをしていると、すこんと眠りに落ちてしまった。不眠症気味なのにこんなに眠るのは初めてだ。 夢の中でカブルーは、ライオスが引き付けている大型のモンスターに確実にダメージを与えていく。そうして倒れ伏したモンスターが消えてドロップアイテムだけになる。 アイテムは非常にレアなもので、カブルーはそれをライオスに渡そうすとした。けれどライオスはそれを受け取ろうとせず、むしろカブルーに譲ろうとする。 カブルーはそれに対して、あなたが敵を引き付けてくれていたから勝てたのだと力説し、ライオスこそがそれを受け取るべきだと熱弁して今度こそライオスにアイテムを渡した。 戸惑いつつ、ライオスがそれを受け取るのを確認したところでカブルーは満足し、ライオスの顔を見上げるとライオスが微笑んで……微笑んで? というところで目が覚めた。ライオスの微笑んだ顔が見れずに目を覚ましたことに悔しくなる。しかし、ライオスの微笑んだところなんて見たことがなかったから夢の中でもよく見えなかった。 早くライオスに会いたいという気持ちで体温計を脇に挟み込む。結果は三十六度前半、カブルーの平均体温だ。これならVRヘッドギアを返してもらえるとカブルーは適当に脱ぎ捨てていた服を選んで着込むと、鍵とスマートフォンだけを掴んで家から飛び出した。 リンシャの家までバスで十五分程度、待ち時間すら惜しくていっそ走っていくかと思ったが、病み上がりだからと我慢する。 やっとやって来たバスに飛び乗ってリンシャの家に向かう。ウォレットアプリの残高が片道分しかなくて、急いでチャージもしておく。 流れていく景色を眺めるが一時一時が惜しくて仕方がない。目的地について急いで降りると、リンシャの家に真っ直ぐと向かい、扉の前に立つとすぐにインターホンを鳴らす。 本当は何度も鳴らしたくなったけれど、彼女とそのご近所さんに迷惑をかけるわけにはいかない。 しばらく待つと、「カブルー!?」と中から声が聞こえて扉が開かれた。 ちゃんとドアスコープで確認してから出てることに感心しながら、それよりも、とカブルーはリンシャに近づく。「リンシャ! ちゃんと風邪を治したからVRヘッドギアを返してくれないか?!」「……来て早々にそれ? 本当に治したんでしょうね……」 呆れたように呟くリンシャに、ちゃんと治したから! とアピールした。 ほら、とリンシャの手を掴んでカブルーは自身のおでこに当てさせる。少し冷たいリンシャの手に、急いできたから熱が上がってしまっただろうかと焦るが、それよりも先にリンシャの手が引いた。「わ、分かったから! 返すわよ、ヘッドギア!」「ありがとうリンシャ!」 部屋の中に戻っていくリンシャに部屋に上がっていなさいと言われるが、カブルーは玄関先で大丈夫だと言ってただただ待つ。「ほら、これでしょ? ゲームするのもほどほどにしなさいよ」 持って来られたのは袋に大事に仕舞われているヘッドギア。受け取って中身を取り出し、特に問題がないことを確認し再度リンシャに感謝を述べるとさっさと帰ろうとした。「ちょっと! 待ちなさいよ、いきなりうちに来てそれだけ!?」「あ。ごめん、リン。看病してくれたお礼は今度するよ。今スマホと鍵しか持ってなくて……」 そういえば彼女には世話になったのだから、ちゃんとお礼の品を持って来なければいけなかった。 失態を詫びると、リンシャは片手で目元を覆ってしまい、長いため息を吐くと「もういい」と言ってまるでどこかへ行けとばかりにしっしっと手を振った。 それに甘えてカブルーはリンシャに背を向ける。ただし、扉から出る直前に振り返って一言だけ、「今度、リンシャが行きたがってたカフェで奢るから」 パチンとウィンクして言うと、リンシャは顔を赤くして「早く行け!」と大声で追い出される。カブルーは袋を大事に抱え、帰路へと着いた。 歩みは早足に、早足は駆け足に変わり、バス停を目指す。走っていけば次の便に間に合うだろう。早く帰ってシャングリラ・フロンティアにログインしたい。その思いがカブルーの足を急がせた。 帰って早々、カブルーはヘッドギアを装着し、ベッドに横になった。ライオスがログインしていたら彼に会いに行くだけ……それからちょっとパーティを組んでみたいと思いながら。リンシャに言われた事はとうに頭から抜けている。 久しぶりの幻想的な世界に、たった二日ほどのことだったのに懐かしさを感じた。フレンドリストを確認すると、確かにライオスの名があった。 そのことに感激しながら、とりあえずメールバードを先日のことについて謝る。無理やりフレンドにさせてもらったようなものだ。しかもその後、約二日も音沙汰がないなんて失礼すぎる真似をしてしまった。 一番早いがその分、金がかかる鳥にメッセージを託して飛ばすと、思いの外早くライオスから返事があった。一行目から誰何されるかと思ったが、どうやらカブルーのことを覚えてくれたらしい。 エンパイアビーに囲まれて死にそうになり、助けたら泣きながらフレンドになりたいと言って、フレンドになった途端に気絶した奴のことは流石にライオスも忘れたりはしなかったようだ。嬉しいよりも恥ずかしさが勝った。 ライオスのメッセージにはこの間のことは気にしていないと言うことと、むしろカブルーの心配をしてくれていて、しかも最後にはこれから会えないかと言う内容で締められていた。会えないか、のところでカブルーの心臓は跳ね上がった。 会いたい? ライオスからの誘いだと!? と混乱する一方で、震える手は「会いたいです」と打ち込んでいた。 カブルーが最後にセーブしていた宿屋のある街を書いてメールバードを送ると、またすぐにメールバードが返ってくる。そこには一言、「今すぐ向かう」とだけ。 確かにライオスに会いたいとは思っていたがいざ会うとなると緊張する。嬉しさで顔が緩みそうになるのを堪えて、自分の装備を見直した。 気絶によるリスポーンにはデスペナルティは特にないらしくステータスの下降は見られない。インベントリの中身も変わりはない。 装備を見直して特におかしいところがないことを確認した後、カブルーは街の入り口の方へ向かいライオスを待つことにした。 入り口付近でうろうろして、怪しいプレイヤーに思われただろう。ライオスを待ってると思っていると落ち着かなくて仕方がない。 時間にして五分くらいだろうか、街の外を眺めているとゆったりと歩いてくるライオスの姿を見つけた。見つけた瞬間、駆け寄りたくなる衝動を抑えてぎゅっと手を握りしめる。 しばらく待ってみるとライオスはきょろきょろと誰かを探す仕草をして、カブルーを見つけるとパッと表情が変わった。 カブルーに近づいて来て、口を開く。「えーと、……この間は大丈夫だった?」 ちらちらとカブルーの頭上を確認しているところから、名前はやはり覚えられていないのだろうと思いつつ、それでも顔は覚えられていたらしいことに感動する。「はい。この間はどうも、醜態を晒してしまってすみません」 メールバードでも伝えていたことをもう一度口頭でも伝える。するとライオスは驚いたような表情をして首を振る。「とんでもない、というか本当に大丈夫だった? しばらく様子を見てたが、あの時の君の動きはあまり良くなかったし、反応も悪そうだった」「あの時は……ちょっと熱を出していたので調子が悪くって……」 そう言うとライオスはもっと目を瞠って「熱が出てたのにゲームしてたのか!?」と声を挙げた。その声に驚いて思わず「はい!」と答えた。「駄目じゃないか! ゲームは健康だからこそできるものであって、無理をしてするものじゃない……って、すまない。君の場合は俺のせいだったな……」 しょんぼりと肩を落とすライオスに、逆に申し訳ない気持ちになる。カブルーが勝手にライオスを追いかけて、無理をして気絶したのだから。 あの時は焦りすぎていた。どうしてもライオスのフレンドになりたくて、寝る間も惜しんでゲームにログインして。 しかし怪我の功名というべきか、おかげで念願のライオスのフレンドになれたのだから無理をしても良かったかもしれないと思ってしまう。口には決して出さないが。「ライオスさんの言うとおり、あの時は僕が悪かったんです。今後は無理をしませんからたまにパーティを組んでくれますか?」 ライオスに見合うアタッカーになれたかはわからないが、これから一緒にパーティを組んだりして行動を共にしたい。期待しながら見上げると、まだカブルーに慣れていないらしいライオスはぎこちなく微笑む。「ああ、是非頼む。最近ファリンにもマル……アンブロシアからもフレンドと組めって言われているから」 やはり注意を受けていたのか、とカブルーは考える。それはそうだろう。ライオスにくっついて美味しい思いをしようとする奴なんて探せばいくらでもいそうだ。 それにしても是非と言われて、カブルーの気分は一気に浮上する。と、同時にはっとしてカブルーはライオスに詰め寄る。「も、もしかして俺のこともライオスさんをカモにしようとしているような奴だと思っていますか?!」 もしそう思われているなら由々しき事態だとカブルーは慌てる。そんな奴らをライオスに近づけないようにするためにここまで努力してきたのを、否定されてしまったら怖い。 きょとんとするライオスは、今度は自然な笑みで「そうは思ってないよ」とカブルーの不安を払拭してくれた。「君は……ブラウはそんな人には見えない。それに、噂では俺に会うために色々と頑張っていると聞いていたから、そんな人が俺をカモにしようなんて思わないよ」 本当にどんな噂が流れているのか……と聞きたくなったが、やめておくことにした。万が一ライオスのストーカーなんて呼ばれてたら凹む自信がある。いや、ある意味違くはないかもしれないが。「ああ、そうだ。ライオスさんなんて敬称はいらないから。普通にライオスで構わない。俺もブラウと呼ばせてもらうし」「えっ、あ、はい。よろしくお願いします、……ライオス」「うん、よろしく。ブラウ」 そう言って差し出された手に、一瞬だけ躊躇しながらもカブルーは手を差し出した。 ぎゅっと握られる手の感触に、やっとこの人の内側に入れたのだと思うと感動も一入で涙が浮かびそうになるのをぐっと堪える。 でもまだスタート地点に立っただけだ。これからどんどんこの人のことを知って、学んで、彼の隣に相応しいプレイヤーになろう。「じゃあこれからクエストを受けに行こうと思うんだけど、体調は大丈夫?」「大丈夫です! しっかり治してきました!」 じゃあ行こうか、とライオスに促されてカブルーはライオスの後をついていくのだった。畳む
2024/11/24 DiD,リィンカーネーションの輪 カブライ / 転生・聖剣LOMパロ / 第二話記憶なしカブルー×記憶ありライオスの続きです。続きを読む やってきた酒場には、ライオスにとって見慣れた人物がいた。 かつてカブルーの仲間達だった者が全員揃っている。それぞれ記憶はなさそうなのに、みんな集まっているところを見るに、それだけ縁が濃かったのだろうと思うと、それならライオスはなぜ一人なのだろうと考えてしまう。 これも悪魔の呪いなのだろうかと落ち込みかけるが、突然大の男が落ち込み出したらきっとみんな驚くだろうと我慢した。 カブルーに案内され、椅子に座る。じろじろと向けられる視線が痛い。「みんな、この人はセンシだ。どうやら街道で盗賊に遭ったらしい」「……え? あ、あー……センシだ。よろしく」 一気にライオスを見るみんなの視線が冷たくなった。カブルーに紹介されたものの、一瞬誰のことを言われたのか分からなくて間が空いてしまったのが原因だろう。 偽名を名乗るにしてももっと近い名前にすべきだったなと今更ながら後悔する。怪しまれているのを実感し、視線をうろうろと彷徨わせる。 カブルーはそんなライオスや仲間達の様子を気にした風でもなく、給仕に飲み物を頼んでいた。ややあってライオスの前にも果実水が置かれた時、一緒に頼んでくれたのかと感動する。さすがカブルーである。「――で? そいつ、センシ? が街道で盗賊に遭ったからってどうするつもりなのさ」 ハーフフットのミックベルが胡散臭そうにライオスを指差す。その問いに、カブルーは当たり前のように「盗賊の討伐に行こうかと思って」と答えた。 そんなカブルーの返事に、ミックベルはというと「はぁっ!?」と大声をあげて立ち上がった。「何、そんな怪しい奴のために盗賊倒して荷物でも返してもらおうっての? うげー、僕そんな慈善事業嫌だからね!」 そう言うとミックベルはライオスをジロリと見遣り、「だいたい金も持ってなさそーだし」と付け足した。事実である。「金を持っているかどうかは関係ないだろ? それに、僕たちは金儲けのために冒険者をしているわけじゃない」「そうだけどさ……」 拗ねたように言うミックベルをカブルーは嗜めると、ミックベルは首を竦めた。 彼らが冒険者をしている理由はなんだろう? そんなライオスの疑問が顔に出ていたのか、カブルーがにこりと笑う。「僕たちはある人達を探しているんです」「探している?」「ええ。七賢人を」「七賢人……?」 聞いたことのない単語だ。七賢人というのだからとりあえず七人いるのだろう。悩み始めてしまったライオスに、カブルー達は驚く。まるで信じられないものを見るように。「え、七賢人を知らないんですか?」「う、うん……知らない」 知らないことがそんなにおかしいことなのだろうか。焦っていると、カブルーがこほんと咳払いをする。「七賢人は二百年前に五期続いた戦争を終結させた英雄たちのことですよ」「学校の教科書にも載ってるぜ〜」「ミックベルは学校に行ってないでしょ」 学校の教科書に載っているような人物たちなのか、それなら知恵のドラゴンたるライオスに挨拶に来てくれても良いのに。二百年前だったらだいぶ暇をしていたと思い出しながら頷く。「その中でもガイアは街道にいるらしく、僕達はまずガイアに会おうと思っています」「ガイア……」 名前を聞いて、少し考え込むと不意に大きな岩に顔が浮かび上がった映像が頭の中を過ぎる。それがなんだったのか分からず、驚いているとカブルーたちの視線が再びライオスに集まっていることに気づく。 慌てたライオスは両手をあげて「なんでもない!」と言うが、誰も信じていないようだ。当然だろう。偽名を使っている一文無しの冒険者だ。 ライオスは頬を掻きながら「えーっと……」と言葉に詰まる。「ガイアって、岩に顔があったりするのかな」「ガイアのことご存知なのですか?!」 カブルーが前のめりになってライオスに問う。ライオスはその勢いに驚きつつも「うぅん」と唸った。「知っているというか……頭に浮かんできたというか……」「頭に浮かんできた?」「うん……信じてもらえないかもしれないけど」 これは知恵のドラゴンの特性なのだろうか。世界の番人として知るべき知識を携えているのかもしれない。だとしたら他の七賢人とやらも分かるのかも?「他の七賢人の名前も教えてくれないか?」 机の上に乗り出して聞いてみると、カブルー以外のパーティは身を引いたが、カブルーだけはライオスの疑問に答える。「詩人のポキール」「……鳥みたいな人?」「奈落の主オールボン」「球根みたいな頭をしている? 背景は……真っ暗だ」「海を渡る亀トート」「歳を取った海亀……湖みたいなところにいる気がする」「獣王ロシオッティ」「格好いい獣が眠ってる姿……場所は森の中かな」「ちょっと! 待ちなさいよ!」 ぽんぽんとやり取りするカブルーとライオスの間にリンシャが割り込んだ。 そして先刻よりも疑いを深めた眼差しでリンシャはライオスを見る。その眼差しには怯えも含まれている。「七賢人のことを知らないのになんで名前が分かったら姿が思い浮かぶのよ!」 しかもだんだん場所が具体的になってきてる! リンシャ以外のパーティメンバーも気味悪そうにライオスを見ていた。ライオスは調子に乗ってしまったことに、失態を犯したと気づく。 もしこれで己が知恵のドラゴンであることがバレでもすれば、元の森へと戻されてしまうかもしれない。それはいやだ。あの洞窟の前でただ一人、いつ終わるかも分からない役目のためにいるだけなんて。 せめてドラグーンを見つけてから、と考えていると、いよいよカブルーのパーティの中から不満が噴出し始める。「やっぱり怪しいやつのために盗賊狩りなんてごめんだね」「ミックが言うなら、クロも」「私もちょっと……」「僕も少し気が引くかなぁ」 どんどんライオスに対しての信頼が失われていく。それはそうだ、気味が悪くて当然だろう。本名を名乗らず、金も持っていない、七賢人を知らないと言うのに名前を上げられればどんな人物か分かるなんて訳の分からない人間を助けようだなんて誰も思わないはずだ。「何を言ってるんだ、みんな! これだけ七賢人に詳しい人なんてそういない!」 しかし、カブルーは違ったようだ。嬉しそうにライオスの手を握る。「それにセンシが悪人ではないことぐらい分かるだろう?」 何を以てして悪人ではないと言い切れるのかとライオスは思ったが、どうやら他のメンバーもライオスのことを怪しいとは思いつつも悪人とは思っていないらしい。何故だろうか。 疑問符を浮かべているライオスにお構いなしでカブルーはずいずいとくる。「他には? 傀儡師アニュエラなどは?」「アニュエラ……うーん、彼女の姿は見えないかな……」 アニュエラと聞いてもぼんやりとしか面影しか浮かばない。なんとなく、もう彼女はこの世にはいないのだろうという確信があった。 そう答えると、ライオスの手はさらに強く握られた。少し痛みを覚えるくらいだ。カブルーを見ると彼は瞳孔を開いてライオスのことを見ていた。なんとなく懐かしい気持ちになる。他国との会食の時などで様々な貴族などが来るときに、ライオスに重要人物を教えるときのカブルーによく似ていた。「アニュエラはすでに亡くなっているという話です。あなたが本当に七賢人について詳しいことがよく分かりました。それなのに、七賢人が分からなかったふりをしていたわけでもないことも」 何か特別な力を持っているのかも、とどきりとするようなことを言い当てるカブルーに、ライオスは視線を逸らすことしかできない。 万が一でも自分が人間とは異なる存在であると知られてはまずいが、今でも嘘をつくのが苦手だ。 ライオスが視線を泳がせながら「どうかな……」と誤魔化してつつ、カブルーに手を離してもらえないかと少し手を引いてみるが、カブルーの力は強く抜け出せない。 他人の機微に聡い彼が、あからさまに手を離して欲しそうにしているのに手を離さないということは、何か理由がある時だ。「センシ、あなたが良ければ僕たちのパーティに入りませんか?」「え……?」「何を言ってるのよ、カブルー!」 カブルーからのパーティの誘いに、リンシャから反対の声が上がる。他のパーティメンバーも困惑しているようだ。ライオスにとって、一時でもカブルーの傍にいられることは嬉しいが、だからと言って他のメンバーに迷惑をかけたり不快にしたいわけではない。「申し出は嬉しいが、それで君が仲間からの信頼を失うことは望んでいない」「その程度で失う信頼を築いてきたつもりはありません」「いや、でも、話し合いはした方がいいんじゃないか?」 ちらちらと威嚇してくるミックベルなどを見ながらライオスが言うと、カブルーは「それもそうですね」とようやくライオスから手を離してくれた。「みんなはどう思う?」「だからさっき言ったじゃん! そんな怪しいやつと一緒なんてお断りだね!」 ミックベルが勢いよく立ち上がって言う。机の上に乗っていた食べ物などが揺れ動くが誰もそれに意義がないようで黙っている。 やっぱりそうなるよなぁとライオスが思っていると、カブルーが薄らと笑う。とても軽薄な笑みだった。「センシには申し訳ないのですけど、俺はセンシが利用できると思っている」 ライオスの前で堂々と利用できると宣言するカブルーに、ライオス含めみんながギョッとした。それを本人の前で言ってしまうのかと驚いてしまう。「七賢人がどこにいるか、俺たちは知らない。だけどセンシが入ってくれればそのヒントを手に入れることができる。なんでか分からないけど彼はどこに七賢人がいるか分かるらしいし、今までのように闇雲に探すよりも効率がいい」「ちょっ、カブルー! いくらなんでもその言い方は――!」 流石にリンシャが止めるが、ライオスとしてはなるほどと頷いていた。打算目的で一緒にいようと言われる方が、今のライオスにとっては逆に安心材料にもなる。 知恵のドラゴンだとバレてマナストーンを奪われると言うのが一番あってはならないことだ。だから探知機だか道具扱いだかの方が安心できるというものだった。 カブルーの口からそう言われると少し悲しいけれど、今の関係性では仕方ない。前世の仲を覚えているから寂しくなってしまうが、前世のほぼ全てをライオスに捧げてくれたカブルーを、ドラゴンとして生まれたライオスの生に縛りつけようとは思わない。 ライオスはカブルーの提案に笑顔で頷いた。「それなら俺は別に構わないよ。世界を見て回りたいと思っていたから、ちょうどいいし」 そう、ライオスはこの世界に生まれてからマナストーンのある洞窟と森しか知らない。だから外の世界を旅したかった。それが叶うなら、道具扱いだって構わない。何より、道具と言ってもカブルーたちなライオスに対して酷い扱いをしようなどとは微塵も思っていない。 軽く承諾したライオスに、今度はリンシャたちたから心配そうな視線が寄せられた。 そんな心配されるようなことなのかな、とライオスが頬を掻いていると、実際にライオスを道具扱いしようとしたカブルーにさえ本当にいいのかと言う目で見られてしまい、君が言い出したことだろうと思わず言いたくなった。「さっきも言った通り、俺は世界を見て回りたいんだ。俺は、その――冒険者と言っても田舎から出てきたばかりで、世界のことには詳しくない。だから君たちが案内人になってくれると嬉しい」 どうかな。そうぎこちなく笑うと、カブルーもどこか安心した様子で、それならばと再度手を差し出してきた。「パーティ結成ですね。センシ、よろしくお願いします」「ああ、こちらこそよろしく頼む」 結局、他のパーティの意見を聞かなかったけれど、道具扱いを受け入れたライオスに同情的になったのか反対の声は上がらなかった。 そのまま、その日のうちに街道に行こうと言う話になったのだった。 街道に向かう道中、ライオスはあらゆる質問をされた。どこ出身なのかとか、なんでそんなに世間知らずなのかとか。 ライオスは自分の住んでいた森の方角に小さな村があり、排他的な村の空気に耐え変えねて飛び出したのだと嘘を吐いた。嘘を吐くのが苦手だったライオスも、こうして簡単な嘘を吐けるようになったのは前世でカブルーに教わったからだ。 嘘にはほんの少しの真実を交えて嘘を吐けばいい。それだけで人は信じてくれると。 ライオスは村はないが本当に自分が過ごしていた方角を教えたし、村を飛び出した理由は前世であったことを言っている。ライオスの吐いた嘘は一つだけ。カブルーもそれを信じたらしく、ライオスは自分が成長したなぁと感慨深く思った。「それにしても、魔物が出なさすぎじゃない?」 ドワーフのダイアが不思議そうに呟いた。確かに、街道もしばらく歩いているのに一回も魔物に出くわさないのは珍しいのを超えてありえないことだとホルムが同意する。「いるにはいるっぽいんだけどさー、なんか隠れてるみたいなんだよね」 それに対してミックベルが持ち前の感覚の鋭さで魔物の気配はすると断じた。けれど、何かに怯えているのか出てこないと言うことも。 ライオスは思わず体が跳ねるのを堪えた。やはり人間の姿になってもライオスが恐ろしいのか、それとも前世からの呪いか。魔物との縁がさっぱり切れてしまったライオスは、迂闊に「そうなのか?」と言い出しそうになるのを、必死に堪えた。 そんなことを言えば、自分が原因であることがバレてしまう。挙動不審にならないように気をつけ足を進める。こう言う時、前世の記憶があって良かったと思う。伊達に数十年の間、一国の王をしていたわけではない。少しくらい腹芸はできるようになっていた。「いいじゃないか、魔物が出ない方が安全で。センシ、どの辺りで盗賊に襲われたか覚えてます?」「えぇと……俺は反対側から来たから、もう少し先かな……」 冷や汗が出そうになるのを必死で堪えていると、分かれ道に出た。カブルーたちは当然ライオスが来たであろう道を行こうとしたが、それをライオスが止める。 反対の道の向こう側に、何か大きな気配を感じたからだ。「待ってくれ。あっちに行こう」「え……でもセンシが襲われたのはこっちの道、ですよね?」「この向こうに何か……多分、君たちが求めているものがある……いや、いる気がする」「それって……!」 カブルーの顔が輝く。だがすぐにそれを引き締め、首を振る。「いや、今はセンシの荷物を取り戻すのが先だ。そっちの道は後にしよう」 正義感の強いカブルーらしい言葉だ。けれど、ライオスには困る言葉でもあった。 なんと言ってもライオスは盗賊に襲われていないのだから。盗賊とはいえ、無関係な人たちを巻き込むのは申し訳ない。 慌ててライオスはカブルーたちを止めに入る。「俺の荷物は剣と少しの食料くらいだ。それよりも、この道は来た時にはなかった気がする。今だけしか現れていないのかもしれないし、後回しにしたら後悔してしまうかもしれない」 荷物の件も道のことも、今度は大嘘だらけだ。もしかしたら視線が泳いでいるかもしれないし挙動不審になっているかもしれない。実際に怪しいものを見るような視線でダイアやリンシャには見られている。反対にカブルーは真剣な表情で、何か考えているようだった。 そうして決断の時。「分かった、センシの言った道の方に行ってみよう」 カブルーがそう言い、ライオスが促した方の道へと進むことになった。 他のメンバーはやれやれと肩をすくめてカブルーの後について行く。ライオスはと言うと、最後尾でホッとしていた。これで盗賊たちには迷惑はかからないだろう。 しばらく歩き続けていると――相変わらず魔物は現れなかった――、大きな岩山が道を塞いでいた。そこから先へは行けそうにない。「ほら見ろ、何もないじゃないか! それにさっきの分かれ道だって昔からあったし、やっぱりそいつ怪しいやつだ! そんなやつパーティから追い出せよ!」 ミックベルが癇癪を起こしたように叫んだ。その通りすぎてライオスは耳が痛くなったが、それ以上に岩山が気になった。 なんの変哲もない岩山だけど、確かにそこに“いる”。「あなたがガイアなのか……?」 ライオスは岩山に近づいていき、そっと声をかける。そんな姿を、不気味そうに見られていたことは分かっていたが、それでも言わずにはいられなかった。 するとどうだろうか、岩の凹凸が開き、目が現れた。横に入った裂け目が動き出し口になる。「おや、珍しいお客様だ。どうしたんだい、子供達よ」 大きく、低く、よく響く声だった。ライオスはやっぱり、と納得していたが、他の面々はそれはそれは驚いたようで。 特にカブルーは目を見開いて口をあんぐりと開けていた。「さぁ、子供達。もっと近くにおいで」 ライオスが地面が土から岩になっているところに立つと、カブルーや他のみんなも同じように岩の上に乗った。直後にごごご、と地響きが鳴って岩がせり上がり、ガイアの顔に近づく。 ライオスは呆然としているカブルーに視線をやり、「会いたかったんだろう?」と促した。 ハッとしたカブルーが、ようやく呆然とした顔から少し慌てたような顔になり、ガイアへと話しかける。「あ、あの……俺……僕はどうしても昔から会いたい人がいて、でもそれが誰だかわからなくて……教えて欲しいんです。僕が誰に出会いたいのか」 会いたい人がいる。そう聞いて、ライオスの胸が苦しくなる。そうか、カブルーにはどうしても会いたい誰かがいるのか。 わからないと言うことは、きっと前世に由来する誰かなのだろう。昔のパーティメンバーにはもう出会えている。では誰に会いたいんだろう、とライオスは考えた。メリニの関係者だろうか。マルシル、ファリン、ヤアド、それとも――。 考え込んでいると、ガイアがなぜかライオスを見つめていた。「君の求めている人はすぐ近くにいる。けれど、早く気がつかなければすぐに遠くへ行ってしまうよ」「近く……?」「私から言えるのはそれだけだよ。大事なことは自分で気づかなければいけない」 それだけ言うと、足場がどんどん低くなっていき、ガイアの顔が遠のいていく。「待ってください! もっと、もっと教えてください!」 もっと教えてほしいと訴えかけるカブルー。しかし無情にもガイアはただの石山に戻ってしまった。 カブルーの両手がだらりと下ろされた。「カブルー……」 リンシャがそっとカブルーを呼ぶと、カブルーの瞳に光が戻る。「凄い、七賢人と出会えた……! 俺の会いたい相手は、近くにいるって!」「か、カブルー?」 ホルムが不安げに名前を呼ぶ。カブルーはと言うと、ライオスに近づきがしりと手を掴んだ。「センシ、あなたのおかげだ! 今まで街道を何度も来たのに、なんで気づかなかったんだろう? でもこれで光明が見えた、これからも一緒にお願いします!」 歓喜するカブルーに、ライオスは複雑な気持ちになりながら頷いた。頷くしかなかった。 カブルーが会いたい相手とは誰だろう。それだけがライオスの心に残っていた。畳む
2024/11/24 DiD,R18 カブライ / R18 / 来世も一緒性癖パネルトラップ6番「目隠し+現パロ歳の差カブライ」です。高校生×大学生のカブライです。鍵はカブルーの誕生日です。 投稿を見るには鍵を入力:
2024/11/24 DiD,R18 カブライ / R18 / 結婚初夜性癖パネルトラップの3番、「女体化子宮姦+ハーフフットカブルー×ハーフフットライオス」です。※子宮姦苦手な方はご注意ください鍵はカブルーの誕生日です。 投稿を見るには鍵を入力:
DBHパロディ
アンドロイドカブルー×人間ライオス
ライオスの子供時代は孤独だった。
仕事ばかりで振り返ってくれない父、ライオスを産んですぐに亡くなってしまった母。愛想は良いが、腹で何を考えているのか分からない使用人たち。
そういった大人たちに囲まれて育ったせいか、ライオスの幼少期は外との繋がりがなかった。
転機はライオスが五歳になった頃に訪れた。父が人型のアンドロイドの開発に成功したのだ。
ライオスが初めて父からもらったものは、女性の子供型アンドロイドのファリンだった。
髪が長く、ライオスと同じくらいの年齢の見た目をしたライオスにどこか似たアンドロイド。彼女をライオスの前に差し出すと父は短く「お前の妹だ」と言った。
妹。絵本で読んで知っている。本来なら亡くなった母から生まれるはずの妹を父からプレゼントされた。最初は父が何を考えているのか分からなかったが、ライオスは初めての同じくらいの歳の子供と出会えて嬉しかった。それがたとえアンドロイドであっても。
ライオスはファリンを連れて遊び回った。本を読んであげたり、木登りをしたり。
しかしそんなライオスを、周囲は奇異の目で見るようになった。アンドロイド相手にまるで本当の人間のように接するライオスのことを気味悪がったのだろう。
学校に行くようになっても友達を作らず、というよりもうまく馴染むことができず、結局ライオスの遊び相手はファリンだけだった。子供というのは残酷なもので、ライオスがアンドロイド相手に遊んでいることを理由にライオスを虐め始めた。
忘れもしない十一歳の冬、ファリンを連れて外を出歩いていたあの日のことを。ライオスのことが気に入らなくて仕方がないらしい連中が、ファリンのことを馬鹿にしてきたのだ。
そして五歳の姿の女の子を連れ歩くライオスを気持ちが悪いと言った。別にそれは構わない。ライオスは無視してファリンとその場を去ろうとした。するとライオスのその対応に怒りを覚えたらしい一人が、近くに落ちてあった木の棒を持ってライオスに殴りかかろうとした。
「兄ちゃん危ない!」
殴られそうになったことに気づいていなかったライオスはファリンに突き飛ばされ、代わりにファリンが殴られた。ぼこりと音を立て、ファリンの頭が割れる。青い液体と機械仕掛けの体内が見える。
ライオスはそれを見てショックを受けた。
「ファリン! ファリン!!」
ファリンが、ファリンが死んでしまう。どうしよう。すぐに気体になる青い血は止められなくて、こめかみのLEDリングが赤く光っていて。
ライオスは混乱していた。殴ってきた奴らも、アンドロイドを破壊してしまったことと、ライオスの異常なまでの動揺に怖気付いたのか走って逃げていった。
ライオスはファリンを抱え上げて父の元へ走った。走って、走って、ようやく父の元についた時。ライオスは出せる限りの声を張り上げた。
「父さん! ファリンが怪我をしたんだ! ファリンを治して!」
父は冷めた目でライオスを見下ろし、ファリンのことを確認する。そうしてライオスの腕からファリンを受け取ると、どこかへ去ってしまった。
家の中、膝を抱えてファリンが帰ってくるのを待っていた。ファリンが死んでしまったらどうしようと頭の中ではそれだけしか考えられなかった。
食事を摂ることも忘れて、ただ父の帰りを待った。元気になったファリンを連れて父が帰ってくるのを待っていた。けれど、いつだって現実は残酷だった。
夜が明ける頃、父が一体のアンドロイドを連れて帰ってきた。アンドロイドはライオスと似た見た目をしていて、髪は肩くらいまでの長さ。年はライオスと同じか少し下くらいか。ライオスは嫌な予感がした。
「ライオス、このアンドロイドがお前の妹だ」
「兄ちゃん。ただいま」
にこりと笑う妹を名乗るアンドロイド。アンドロイドが歳をとることがないことぐらいライオスだって知っている。彼女は、ファリンではない。
「お前がファリンに読み聞かせていた本のデータなどは入れておいた」
それだけ言うと父は去っていった。残されたのは、ライオスと子供型のアンドロイドだけ。ライオス自身が本の読み聞かせをしてやったり、一緒に木登りをしたファリンではないファリン。
一緒に遊んだ記憶がないのに、それをファリンと言えるのだろうか? ライオスはそんな疑問を抱きそうになるが、すぐにその疑問を掻き消した。代わりに自分より少し幼いファリンを抱きしめる。
「……おかえり、ファリン」
アンドロイドに罪はない。罪があるのはファリンを壊した人間だ。アンドロイドを人間のように扱うだけで嘲笑し、馬鹿にしてライオスの尊厳を踏み躙ろうとする人間たちだ。
“新しい“ファリンを抱きしめながら、ライオスはファリンの頭を撫でてやった。
ライオスはこの時、初めて自分が涙を流していたことに気づいた。
時は流れていく。あの出来事があってからはファリンを家の敷地から出さないようにした。使用人たちにも極力会わせないようにして、ライオスは外の世界では一人で過ごすようにした。
“家“に帰れば自分を受け入れてくれるファリンがいる。代わりにファリンが家で寂しくないよう、犬を飼うことにした。父に頼んで大型犬を何種か、それぞれライオスとファリンで名前をつけ可愛がっている。
犬は良い。感情表現が直情的で何を求めているのか、何を嫌がるのかが分かりやすい。
ファリンとの仲も良好だった。ファリンはよくライオスのことを「兄ちゃん、兄ちゃん」と言って後を付いてくる。時折鬱陶しいと思うこともあったが、それ以上に可愛さが勝った。
相変わらず外の人間たちのライオスを見る目は冷たいが、ライオスはそんなことどうでもよかった。外の人間なんてどうでもいい。自分にはファリンがいる。
けれどもそれだけでは生きていけないのが人生である。万が一ファリンに何かあった時のために、ライオスは父の会社を継ぐため、勉強をしている。幸いにしてライオスはアンドロイドに対する意欲は強く、他の学問が駄目でもアンドロイド学に関しては抜きん出ていた。
おかげで父にも後継と認められ、大学に通いながらアンドロイドについて学んでいる。
父のことはあれから苦手意識から変わって、嫌悪を抱くようになった。けれど、アンドロイドと関わっていく上では必要な人物ではある。特に、ファリンのような型落ちしたアンドロイドの修理をするためにはその型番にあったパーツを用意する必要がある。
少しずつ部位を上位互換させていっているが、要所の大事なパーツは古いまま。アンドロイド製作者の息子という立場にいなければ手に入らないパーツもある。だから今の立場を重宝している。
そんなライオスの家を目的に近づいてくる人間は多々いたが、ライオスの人間に対する拒絶の空気を感じ取るとすぐに逃げていく。ライオスが信頼できるのは、愛玩動物やアンドロイドだけになっていた。
ある日のことだった。父から新しいアンドロイドを作ってみろと突然言われたのだ。
ライオスはしばらく混乱したが、一から自分が設計するということになって確かに嬉しかった。ライオスが初めて作るアンドロイドはきっとラインには乗らないだろう。つまり自分で自分専用のアンドロイドを作れと言う意味だった。
父なりのライオスを認めた証だったのだが、ライオスはそのことには気づいていない。
とにかく自分自身で理想のアンドロイドが作れると言うことに期待でいっぱいだった。
一体どういうアンドロイドを作ろうか? ライオスは考える。
万が一壊れてしまっても大丈夫なように記録媒体を移植できるようにしよう。今の技術では完璧にデータを保持することは無理だろうが、いつか完全にデータが移植できるように。
そうすれば、人間の成長に合わせて体を変えていくアンドロイドもできるんじゃないか、なんて。ライオスは夢を見る。
さて、それならばファリンが子供ではあるが女性型だから、男性型でも作ってみようか。
どう言うアンドロイドにしようか、などと街中で考えていると、ふいにスクリーンに映された青年が目に入った。
褐色の肌と青い目、くるりと巻き毛が特徴の黒髪。十人が十人振り返るほどの端正な顔立ち。
「か、ぶ、るー……?」
映し出されたスクリーンに記された名前を読み上げ、ライオスはモデルか俳優かと考える。端正な顔立ちだが、ライオスは特に惹かれなかった。どんなに端正な顔立ちをしていても、彼は人間である。
ライオスはすぐに視線を背け、どんなアンドロイドを作るか考えるために急いで家に帰った。
「ただいま、ファリン」
「おかえり兄ちゃん!」
家に入るなりファリンが勢いよく出迎えてくれた。抱きついて、嬉しそうにしているファリンに、ライオスも思わず口元が緩む。ファリンは女性型のアンドロイドだから、自分で作るのは男性型のアンドロイドにしよう、そう頭の中でメモをした。
子供型ではなく、大人型で。それでもファリンの良き弟になるように。
「ファリンはもうすぐお姉ちゃんになるんだぞ」
「ファリン、お姉ちゃんになるの?」
「そうだよ。今度俺がアンドロイドを作ることになったんだ。完成したら、ファリンはお姉ちゃんになる」
「そうなんだ……! 嬉しい、楽しみにしてる!」
随分と下にあるファリンの頭を撫でると、ファリンは不意に部屋に置いてある大きなくまのぬいぐるみのところに行くと、「私、お姉ちゃんになるんだって」と語りかけていた。それが終わると、飼っている犬たちにまで報告に行ってくる! と駆け出してしまった。
よほど嬉しいのだろう。そんなファリンの姿を微笑ましく眺めつつ、設計に入る。ライオスの持つ知識を最大限に活用して、最新のアンドロイドを作り上げる。それを目標に、タブレットに筆を走らせた。
そうしてライオスがアンドロイドが作ることが決まって一年近く経ってから、アンドロイドが完成した。
ライオスは自分の研究室で起動する前にアンドロイドの外見を考えた時、ふと青い瞳が頭を過ぎった。
黒い巻き毛と褐色の肌、青い瞳。名前は……。
「カブルー、そうだ。君の名前はカブルーにしよう」
なんとなく思いついた名前に決め、外見の設定も決めると早速準備した。
ブルネットの巻き毛、瞳の色の設定、肌の色の設定、名前の設定。どれも問題ない。
それならばライオスの作ったアンドロイドの、カブルーの目覚める時間だ。そっと電源を入れると、吸い込まれそうな青い瞳に光が宿る。
こめかみのLEDリングが緑色に光り、ぼんやりとしていた表情がしっかりしたものになっていく。
「おはよう、君の名前はカブルーだよ」
「カブルー……かしこまりました、マスター」
目覚めたばかりでどこか他人行儀なカブルーの物言いに、そんな設定したかなと思いつつ苦笑する。
「そんな他人行儀な喋り方しなくていいよ。俺のことはライオスと呼んでくれ」
「ですが……いや、分かりました。ライオス」
「だから敬語もいらないよ、カブルー」
「それはさすがに」
ぐいぐいと寄ってくるライオスに今度はカブルーが苦笑した。
彼には最新の機能をありったけ搭載している。それに適応するまでに数秒かかったのだろう。
「調子はどうだい。機能の設定なんかは終わったかな」
「はい、機能は正常に起動しています。問題ありません」
視線を左右に彷徨わせた後、カブルーは頷く。ライオスはそんなカブルーの様子にホッとして、それじゃあ自分たちの家へと離れに案内することにした。
離れに行く途中で使用人がカブルーを何度か見直していたが、ライオスは気にしなかった。しかしカブルーは気にしたようで、ライオスにそっと伺う。
「……どうして僕をこの外見にしたんですか?」
「うん? どうしてって……なんとなく思いついたから?」
顎に手を当てながらカブルーの外見を決めた時のことを思い出す。考えていた時にパッと思い浮かんだのが今のカブルーの外見、名前だ。
思ったまま伝えると、カブルーはじっとライオスを見つめた後ににこりと笑いながら「そうなんですね」と納得してくれた。
変なことを聞くなと思い、カブルーにどうしてそんなことを聞くのかと尋ねようとしたところでカブルーが早く家に案内して欲しいと言った。だからライオスの疑問は飲み込むことになった。
「――兄ちゃん! ……と、誰?」
離れに着くと早速ファリンが出迎え、そしてライオスの後ろにいるカブルーについて聞く。
ライオスはファリンの目線に合わせるように膝を着くとカブルーの全身を見せるようにファリンを一歩前へと踏み出させた。
優しくファリンの背に手を添えると、ライオスはファリンとカブルーを向かい合わせる。
「ほら、ファリン。前に言ってただろ? ファリンはお姉ちゃんになるんだって。彼はカブルー、俺の作ったアンドロイドだよ」
「兄ちゃんが作ったアンドロイド!? じゃあこの人……カブルーがファリンの弟になるの?」
「そうだぞ。カブルー、彼女はファリン。俺の妹だ」
カブルーはぱちりと目を瞬かせるとファリンとライオスを交互に見比べ、すぐに笑顔を浮かべるとライオスと同じように膝を折り、ファリンと目線を合わせる。
「初めまして、カブルーです。えぇと……ファリン姉さん?」
姉さんと呼ばれたファリンは嬉しそうに瞳を輝かせると、カブルーの手を掴んだ。
「ファリン姉ちゃんがお家を案内してあげる! ついてきて、カブルー!」
そのままライオスの許可も得ずファリンはカブルーを引っ張って言ってしまう。カブルーは一瞬だけライオスに視線をやったが、ライオスは見送るように微笑みながら手を振るからカブルーはおとなしくファリンの後をついて行くことになった。
ライオスは書斎にでも引っ込もうかと立ち上がった。
書斎に向かう途中、家中で少女の喜びに満ちた声と少し戸惑う青年の声が響く。その音はライオスにとって幸せで満ちていて、自然と笑顔が溢れた。
書斎に入って本を取り、ファリンがよく横になるソファに座る。途中、扉の外からファリンの「ここは兄ちゃんの書斎だよ! 今は兄ちゃんが中で本を読んでるから静かにね」という元気な声が聞こえたが、それ以降は静かだ。
しばらく本を読み耽っていたが、扉が開く音がしてそちらに意識が向かう。ファリンが来たのだろうかと思っていたが、予想を裏切ってそこに立っていたのはカブルーだった。
ソファの近くのサイドランプしか点けていなかったため、カブルーの青い瞳が暗がりに浮かび上がっているように見えた。
カブルーはライオスに近づき、ライオスの隣に腰を下ろす。
「ファリン姉さんは随分と表情が豊かですね」
「そうかな、ファリンは昔からああだよ」
「昔って?」
「俺が十一の時からかな」
ファリンが来てからもう十年以上経つと説明すると、カブルーは驚いた表情をした。
「十年以上!? 最新のアンドロイドかと思いました……」
「まぁ、定期的にメンテナンスしてるからね」
ファリンは大事な妹だからね、と語るライオスをカブルーは目を細めて見つめた。
カブルーの質問に答えたライオスは再び本に視線を落とそうとするが、カブルーが身を乗り出してライオスを見つめてきたので遮られてしまう。
「なら……俺は?」
どこか不安げに聞いてくるカブルーに、ライオスはきょとんとする。何を聞いてくるのかと思えば、そんなことかと笑ってしまいそうになるが、カブルーの表情は真剣だ。
これはちゃんと答えないといけないとライオスは表情を引き締める。
「もちろん、カブルーも大事な家族だよ」
カブルーの目を見つめ返して言うと、カブルーの目が一瞬見開かれて、それから柔らかい笑みの形になった。とても自然で、思わず美しいと思ってしまうような笑みだ。
カブルーはライオスの開いていた本の上に乗っかって、そのまま猫のように懐いてくる。
見た目に反して幼い行動に、こんな設定にしたかなと疑問を持ちつつ、それでもカブルーの自由にさせる。こうなっては本を読むのは中断するしかない。
膝の上に乗っかってくるカブルーの髪を撫でる。これはこれで穏やかな時間だ。
カブルーを作ることになってからお姉さんぶってファリンはライオスの膝で眠ろうとしないが、代わりにカブルーがしてくるようになるとは。想像もしていなかったが、こう言うのも悪くない。
傍から見たら成人男性同士の膝枕という構図に見えるが、ライオスにとってはカブルーも可愛い自分の弟のような存在だった。それにここにはファリンとライオス以外、誰もいない。
誰にも文句を言われないし、言わせない。ここはライオスだけの箱庭だ。
窓から差し込む夕焼けの光を浴びながら、ライオスは静かにカブルーの頭を撫でていた。畳む