カブライ / シャンフロパロ / 東奔西走
第二話

「最近のブラウずっとログインしてんな」
「めちゃくちゃレベルアップしてんじゃん、廃ゲーマーになっちゃった?」
「確か学生だろ? あんま無理すんなよー」
 などなど。ブラウこと、カブルーを心配してくれるフレンドの言葉にカブルーはにこりと笑ってウィンクを一つ、「無理のない範囲でやってるなら大丈夫だよ」とだけ答える。
 嘘だ。だいぶ無理をしている。しかしカブルーは少しの暇でもあろうものならシャングリラ・フロンティアにログインするようになっていた。
 ライオスの噂があればその場に駆け参じ、未到達の街でライオスの情報を聞けば野良パーティを組んでエリアボスを無理に倒して到達し、気がつけばレベルがかなり上がってレベル八〇もすぐそこ、と言うところまで来た。
 装備の強化もライオスに追いつくためにやってきた。自分は軽戦士だからそれに見合うようビルドをしつつ、武器を作ってもらうためにフレンドの鍛治師のレベルを上げる手伝いまでした。どれもこれも、ライオスに再び出会うためだ。
 彼に再会し、彼に見合うアタッカーでいられるように反射神経を上げるアプリをスマートフォンに入れて移動時間はプレイヤースキル向上のために当てている。
 ライオスの情報を探しつつも時間がある時は苦手意識を持っているモンスターを相手にいかに効率よくキルできるかを考察する日々。
 この執着心はなんだ、ライオスの何がこんなにも自分を執着させるんだ。そんな自問自答をしてもカブルーはシャングリラ・フロンティアにログインし続けた。誠に不健康である。
 そしてその不健康が祟って、風邪を引いてしまった。風邪を引いたという知らせを聞いた幼馴染はすぐに駆けつけて、文句を言いながらお粥を作ってくれたことは覚えている。そのお粥を食べて薬を飲んで――カブルーはシャングリラ・フロンティアにログインしていた。
 いつもの日課を行わなければ。技術というのは日々の鍛錬によって研鑽されていく。一日でも休めばその分、技術に曇りが出る。カブルーの心持ちはもはや匠の域まで達していた。
 千紫万紅の樹海窟でカブルーはエンパイアビーに囲まれて戦っていた。相手はエンパイアビー・ハンターとは言え多対一。気を抜けばやられてしまう。カブルーはこういった集団モンスターを相手にするのが苦手だった。
 もっと視界を広く持ち、情報を得て、的確に倒していかねば……。そう思うものの、熱に茹った頭ではうまくいかず。
 いつもよりキレの悪い動き、避けられるはずの攻撃に当たってしまう苛立ち、増えていく敵の数に対する焦り。
 ああ、今日はもう駄目かもしれない。インベントリに大切なアイテムが入っていなかったかをカブルーは頭の中で考えながら、だらりと腕を下ろした。
 狙ったように頭に攻撃を仕掛けてこようとするエンパイアビーの針が頭を貫くかと思った時。
 パキン、と何かが折れる音がした。同時に周囲に爆裂系の魔法が発動したのか、エンパイアビーが数匹まとまって爆発する。
 何が起こっているのか分からずにいると、どこかライオスに似た女性プレイヤーが近づいてくる。
「大丈夫? 今回復するから」
 そう言うと、彼女はカブルーに回復魔法を掛けてくれる。名前を見ればレベルはカブルーよりも上で九十二。遠くから魔法を打っている女性プレイヤーも同じくらい。そして何より――
「ライオス……!」
 先ほどのエンパイアビーの攻撃からカブルーを守ってくれたのはライオスだったらしい。
 数々の攻撃を受け流しては器用に爆発に巻き込まれるように弾き飛ばしている。その姿を呆然と見つめていた。
 相変わらず無駄のない動きでエンパイアビーを弾いていくライオスに、まだまだ実力が追いついてないと実感してしまう。
「だ、大丈夫?」
 心配そうにライオスに回復魔法を掛けてくれたヒーラーらしき女性プレイヤーがカブルーに問う。何の事かと思っていたら、どうやらカブルーは泣いていたらしい。
 涙がぽたりぽたりと伝う。こんなところまでゲームで再現してくれなくても良いのに、と考えつつ、何とか涙を止めようと目元を拭い続けるが、涙は止まらない。
 熱で感情が上手く抑えられないのだろう。カブルーの脳波を正確に拾い上げるシステムは、アバターのカブルーに涙を流させ続ける。これは現実でも泣いているだろうなとカブルーはどこか冷静に思考した。
 やがてエンパイアビーが全部片付くと、こちらに気がついたライオスともう一人の遠距離アタッカーの女性プレイヤーがぎょっとした顔で固まっている。
 泣いているカブルーに驚いているのがよく分かる。それはそうだろう、助けに入ったら泣かれるなんて想定もしていなかったはずだ。ライオスはあからさまにきょどきょどし始めた。
「だ、大丈夫かい?」
 先ほどのヒーラーとまるで同じ質問をしてくるのに、思わず笑いそうになったがそれ以上に悔しさが勝って涙が更にぼろりと落ちた。
 ライオスはそれはもう慌ててここを離れたそうにしていて、それをアタッカーが止めている。面倒臭いと思われているのだろうと考えると呼吸まで引き攣り始めた。
 本格的に声を上げて泣くまであと……と言ったところで、カブルーはなんとか声を張り上げた。
「パーティに入れてくだざいッ!」
「えっ?」
「あと九回パーティに入らないとフレンドになってくれないって……っ!」
 ライオスを見つめながら言うと、アタッカーが仕方なさそうにライオスを睨みつける。
「ライオス……あんたこの子のこと覚えてる?」
「え? えーと……?」
 まるで覚えていないという反応に、分かっていてもカブルーはショックを受けた。これも熱のせいだろうか。
 するとヒーラーが即座に「ごめんなさい」とカブルーに謝る。
「兄さんはちょっと人の顔を覚えるのが苦手なの。きっと前に兄さんのクエストを手伝ってくれた人なんだよね?」
 兄さん。その単語に、ヒーラーがライオスに似ている理由がわかった。きっとリアルでも本当の兄妹なのだろうとカブルーは察する。ライオスがNPC以外にロールプレイをするわけがないし、する理由もないだろう。
 彼女たちが、ライオスの言った一緒にプレイしてくれる人たちなのか。羨ましくて吐き気までした。
 こんなに頑張っているのに、ライオスは自分をパーティに入れてくれない。それどころかフレンドにもなってくれない。
 もうどうしたら良いのか分からなくて、混乱して、今にも暴れ出したい気持ちになった。
 そんな時だ。ぽこんと音を立ててポップアップが目の前に表示される。
 見慣れたフレンド申請のポップアップ。だがそれは、ライオスからのフレンド申請だった。
 思わずライオスとポップアップを見比べると、ライオスは頬を掻きながらどこか照れ臭そうにしている。
「もしかして、最近聞いた俺を追っているプレイヤーって君なのかな、と思って……悪いことをした。これで償いになるか分からないけど……」
 そんな噂が立っているのか、とか、償いだとか、そんなことは頭に入ってこなかった。カブルーは震える手で、ただ承認ボタンを押した。
 そして自分のフレンドリストを慌てて開き、その一番上に燦然と輝くようにして載っているライオスの名前。それを確認した後、カブルーは気絶して強制ログアウトを喰らったのだった。

 現実でカブルーが目覚めた時には幼馴染が憤怒の表情で立っていた。その手にはカブルーのVRヘッドギアが握られていて、無理やり取られたから目が覚めたんだと察する。
 窓の外を見ると日は高く、時間を確認すれば短針が二を通り越していた。
 昨日も同じくらいの時間にログインした気がするから、つまり気絶から睡眠に移行してまる一日程度経っているということだ。
「あっきれた! 風邪を引いたら少しはゲームしなくなると思ったら、ヘッドギアしたまま気絶してるなんて馬鹿じゃないの?!」
「ごめ、ゲホッ、ゴホッ、ごめん、リンシャ……」
 咳を交えつつ幼馴染のリンシャに謝る。しかし彼女は怒り心頭らしくカブルーの謝罪をさらりと受け流してしまった。
「駄目、絶対許さない。何のために薬持ってお粥作りに来たと思ってるのよ……これはカブルーが風邪を治すまで私が預かっておくから」
「リンシャ!? それはちょっと……!」
「そうでもしなければまたゲームする気でしょ。最近カブルーはずっとゲームしっぱなしだったんだから、ちょうどいいわ」
 嘘だろ!? せっかくライオスとフレンドになれたのに……?! と衝撃を受ける。
 そして、あれは本当に現実だったのか? という疑問が生じる。ライオスからフレンド申請してくるなんて、熱が見せた都合のいい夢だったんじゃないか、と。
 そうなると俄然不安になってきて、フレンドリストを確認しないと気が済まなくなってくる。
「リン! お願いだ、少しだけログインさせて欲しいんだ! 確認したいことがあって……」
「さっき言ったこと、もう覚えてないの? 駄目に決まってるでしょ」
「頼むよリン、一生のお願い……!」
「こんなことに一生のお願い使わないでよ……」
 呆れながらも、それでもリンシャはカブルーにヘッドギアを返してくれることはなく。リンシャはまたお粥を作ると颯爽と帰っていってしまった。カブルーのヘッドギアを持ったまま。
 絶望の淵を漂うカブルーは空な目でベッドに横たわる。こうなったら全力で風邪を治すしかない。
 あまり食欲がなかったがお粥を飲むように食べ、薬を飲み込んで布団に潜り込んだ。
 熱のせいか薬のせいか、眠気はすぐにやって来た。すぐに意識を失い、夢を見ることのない深い眠りについた。
 ――次に目を覚ました時は頭がすっきりとしていた。代わりに体はべとべととしていて汗をひどくかいている。服を脱ぎ、リンシャが枕元に用意しておいてくれたタオルで体を拭く。
 どこにあったか分からなくなっていた体温計も出されていて、本当に彼女は面倒見が良くて頭が上がらない、姉のような存在だ。
 脇に体温計を挟み、ピピっと音がしたタイミングで脇から離す。体温は三十七度。カブルーの平均体温からすると微熱だ。この状態だとまだヘッドギアを返してもらえそうにない。
 せっかくライオスとフレンドになれたかもしれないのに、それからログインしていないとなるとどうなるだろう。嫌なやつだと思われてないだろうか。
 そう考えただけで胃がキリキリと痛みだし、今すぐにでもリンシャの元に行ってヘッドギアを返してもらいたくなる。
 返してもらえないのならば新しいヘッドギアを手に入れるか、とまで考えが飛ぶ。どうしても今すぐにライオスとフレンドになっているか確認がしたい。
 だって、あのライオスが! ライオスからフレンド申請をしてくれたというのに!
 すぐにでもログインして先日は気絶してログアウトしてしまって申し訳なかったことや、ライオスとフレンドになれて嬉しいということを伝えたい。
 ライオスに見合うようにどれだけ頑張ってきたか聞いてもらいたい。ライオスとパーティを組んだ時からどれだけライオスのプレイに魅了されてしまったかを語りたい。
 おかしい、普段は自分はこんな人間ではないはずなのに、ライオスに関しては色々と話したいことがいっぱいあった。ライオスにとってはくだらないことも、きっと楽しくないであろうことも、ライオスには聞いて欲しいと思ってしまう。
 ああ駄目だ。自分が抑えられない、これも熱のせいだろうか?
 スマートフォンで新しいVRヘッドギアを眺めながら、やはりまずは熱を下げることに専念した方がいいかもしれないと頭が冷静になってくる。
 ライオスとフレンドになった時、随分と情けない姿を晒してしまった。次はそうならないように気をつけなければ――思い出しただけで顔から火が吹きそうだ。
 子供のように泣いて縋って、そうしてフレンドになってもらった。まるでおもちゃ屋の前で泣き喚いて親に仕方なくおもちゃを買ってもらった子供のようだった。
 次はそんな粗相をしないために、カブルーは冷蔵庫にしまってあるゼリー飲料を流し込み、残った薬を飲むとベッドに横になる。次にライオスに会った時のイメージトレーニングをしていると、すこんと眠りに落ちてしまった。不眠症気味なのにこんなに眠るのは初めてだ。
 夢の中でカブルーは、ライオスが引き付けている大型のモンスターに確実にダメージを与えていく。そうして倒れ伏したモンスターが消えてドロップアイテムだけになる。
 アイテムは非常にレアなもので、カブルーはそれをライオスに渡そうすとした。けれどライオスはそれを受け取ろうとせず、むしろカブルーに譲ろうとする。
 カブルーはそれに対して、あなたが敵を引き付けてくれていたから勝てたのだと力説し、ライオスこそがそれを受け取るべきだと熱弁して今度こそライオスにアイテムを渡した。
 戸惑いつつ、ライオスがそれを受け取るのを確認したところでカブルーは満足し、ライオスの顔を見上げるとライオスが微笑んで……微笑んで?
 というところで目が覚めた。ライオスの微笑んだ顔が見れずに目を覚ましたことに悔しくなる。しかし、ライオスの微笑んだところなんて見たことがなかったから夢の中でもよく見えなかった。
 早くライオスに会いたいという気持ちで体温計を脇に挟み込む。結果は三十六度前半、カブルーの平均体温だ。これならVRヘッドギアを返してもらえるとカブルーは適当に脱ぎ捨てていた服を選んで着込むと、鍵とスマートフォンだけを掴んで家から飛び出した。
 リンシャの家までバスで十五分程度、待ち時間すら惜しくていっそ走っていくかと思ったが、病み上がりだからと我慢する。
 やっとやって来たバスに飛び乗ってリンシャの家に向かう。ウォレットアプリの残高が片道分しかなくて、急いでチャージもしておく。
 流れていく景色を眺めるが一時一時が惜しくて仕方がない。目的地について急いで降りると、リンシャの家に真っ直ぐと向かい、扉の前に立つとすぐにインターホンを鳴らす。
 本当は何度も鳴らしたくなったけれど、彼女とそのご近所さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
 しばらく待つと、「カブルー!?」と中から声が聞こえて扉が開かれた。
 ちゃんとドアスコープで確認してから出てることに感心しながら、それよりも、とカブルーはリンシャに近づく。
「リンシャ! ちゃんと風邪を治したからVRヘッドギアを返してくれないか?!」
「……来て早々にそれ? 本当に治したんでしょうね……」
 呆れたように呟くリンシャに、ちゃんと治したから! とアピールした。
 ほら、とリンシャの手を掴んでカブルーは自身のおでこに当てさせる。少し冷たいリンシャの手に、急いできたから熱が上がってしまっただろうかと焦るが、それよりも先にリンシャの手が引いた。
「わ、分かったから! 返すわよ、ヘッドギア!」
「ありがとうリンシャ!」
 部屋の中に戻っていくリンシャに部屋に上がっていなさいと言われるが、カブルーは玄関先で大丈夫だと言ってただただ待つ。
「ほら、これでしょ? ゲームするのもほどほどにしなさいよ」
 持って来られたのは袋に大事に仕舞われているヘッドギア。受け取って中身を取り出し、特に問題がないことを確認し再度リンシャに感謝を述べるとさっさと帰ろうとした。
「ちょっと! 待ちなさいよ、いきなりうちに来てそれだけ!?」
「あ。ごめん、リン。看病してくれたお礼は今度するよ。今スマホと鍵しか持ってなくて……」
 そういえば彼女には世話になったのだから、ちゃんとお礼の品を持って来なければいけなかった。
 失態を詫びると、リンシャは片手で目元を覆ってしまい、長いため息を吐くと「もういい」と言ってまるでどこかへ行けとばかりにしっしっと手を振った。
 それに甘えてカブルーはリンシャに背を向ける。ただし、扉から出る直前に振り返って一言だけ、
「今度、リンシャが行きたがってたカフェで奢るから」
 パチンとウィンクして言うと、リンシャは顔を赤くして「早く行け!」と大声で追い出される。カブルーは袋を大事に抱え、帰路へと着いた。
 歩みは早足に、早足は駆け足に変わり、バス停を目指す。走っていけば次の便に間に合うだろう。早く帰ってシャングリラ・フロンティアにログインしたい。その思いがカブルーの足を急がせた。

 帰って早々、カブルーはヘッドギアを装着し、ベッドに横になった。ライオスがログインしていたら彼に会いに行くだけ……それからちょっとパーティを組んでみたいと思いながら。リンシャに言われた事はとうに頭から抜けている。
 久しぶりの幻想的な世界に、たった二日ほどのことだったのに懐かしさを感じた。フレンドリストを確認すると、確かにライオスの名があった。
 そのことに感激しながら、とりあえずメールバードを先日のことについて謝る。無理やりフレンドにさせてもらったようなものだ。しかもその後、約二日も音沙汰がないなんて失礼すぎる真似をしてしまった。
 一番早いがその分、金がかかる鳥にメッセージを託して飛ばすと、思いの外早くライオスから返事があった。一行目から誰何されるかと思ったが、どうやらカブルーのことを覚えてくれたらしい。
 エンパイアビーに囲まれて死にそうになり、助けたら泣きながらフレンドになりたいと言って、フレンドになった途端に気絶した奴のことは流石にライオスも忘れたりはしなかったようだ。嬉しいよりも恥ずかしさが勝った。
 ライオスのメッセージにはこの間のことは気にしていないと言うことと、むしろカブルーの心配をしてくれていて、しかも最後にはこれから会えないかと言う内容で締められていた。会えないか、のところでカブルーの心臓は跳ね上がった。
 会いたい? ライオスからの誘いだと!? と混乱する一方で、震える手は「会いたいです」と打ち込んでいた。
 カブルーが最後にセーブしていた宿屋のある街を書いてメールバードを送ると、またすぐにメールバードが返ってくる。そこには一言、「今すぐ向かう」とだけ。
 確かにライオスに会いたいとは思っていたがいざ会うとなると緊張する。嬉しさで顔が緩みそうになるのを堪えて、自分の装備を見直した。
 気絶によるリスポーンにはデスペナルティは特にないらしくステータスの下降は見られない。インベントリの中身も変わりはない。
 装備を見直して特におかしいところがないことを確認した後、カブルーは街の入り口の方へ向かいライオスを待つことにした。
 入り口付近でうろうろして、怪しいプレイヤーに思われただろう。ライオスを待ってると思っていると落ち着かなくて仕方がない。
 時間にして五分くらいだろうか、街の外を眺めているとゆったりと歩いてくるライオスの姿を見つけた。見つけた瞬間、駆け寄りたくなる衝動を抑えてぎゅっと手を握りしめる。
 しばらく待ってみるとライオスはきょろきょろと誰かを探す仕草をして、カブルーを見つけるとパッと表情が変わった。
 カブルーに近づいて来て、口を開く。
「えーと、……この間は大丈夫だった?」
 ちらちらとカブルーの頭上を確認しているところから、名前はやはり覚えられていないのだろうと思いつつ、それでも顔は覚えられていたらしいことに感動する。
「はい。この間はどうも、醜態を晒してしまってすみません」
 メールバードでも伝えていたことをもう一度口頭でも伝える。するとライオスは驚いたような表情をして首を振る。
「とんでもない、というか本当に大丈夫だった? しばらく様子を見てたが、あの時の君の動きはあまり良くなかったし、反応も悪そうだった」
「あの時は……ちょっと熱を出していたので調子が悪くって……」
 そう言うとライオスはもっと目を瞠って「熱が出てたのにゲームしてたのか!?」と声を挙げた。その声に驚いて思わず「はい!」と答えた。
「駄目じゃないか! ゲームは健康だからこそできるものであって、無理をしてするものじゃない……って、すまない。君の場合は俺のせいだったな……」
 しょんぼりと肩を落とすライオスに、逆に申し訳ない気持ちになる。カブルーが勝手にライオスを追いかけて、無理をして気絶したのだから。
 あの時は焦りすぎていた。どうしてもライオスのフレンドになりたくて、寝る間も惜しんでゲームにログインして。
 しかし怪我の功名というべきか、おかげで念願のライオスのフレンドになれたのだから無理をしても良かったかもしれないと思ってしまう。口には決して出さないが。
「ライオスさんの言うとおり、あの時は僕が悪かったんです。今後は無理をしませんからたまにパーティを組んでくれますか?」
 ライオスに見合うアタッカーになれたかはわからないが、これから一緒にパーティを組んだりして行動を共にしたい。期待しながら見上げると、まだカブルーに慣れていないらしいライオスはぎこちなく微笑む。
「ああ、是非頼む。最近ファリンにもマル……アンブロシアからもフレンドと組めって言われているから」
 やはり注意を受けていたのか、とカブルーは考える。それはそうだろう。ライオスにくっついて美味しい思いをしようとする奴なんて探せばいくらでもいそうだ。
 それにしても是非と言われて、カブルーの気分は一気に浮上する。と、同時にはっとしてカブルーはライオスに詰め寄る。
「も、もしかして俺のこともライオスさんをカモにしようとしているような奴だと思っていますか?!」
 もしそう思われているなら由々しき事態だとカブルーは慌てる。そんな奴らをライオスに近づけないようにするためにここまで努力してきたのを、否定されてしまったら怖い。
 きょとんとするライオスは、今度は自然な笑みで「そうは思ってないよ」とカブルーの不安を払拭してくれた。
「君は……ブラウはそんな人には見えない。それに、噂では俺に会うために色々と頑張っていると聞いていたから、そんな人が俺をカモにしようなんて思わないよ」
 本当にどんな噂が流れているのか……と聞きたくなったが、やめておくことにした。万が一ライオスのストーカーなんて呼ばれてたら凹む自信がある。いや、ある意味違くはないかもしれないが。
「ああ、そうだ。ライオスさんなんて敬称はいらないから。普通にライオスで構わない。俺もブラウと呼ばせてもらうし」
「えっ、あ、はい。よろしくお願いします、……ライオス」
「うん、よろしく。ブラウ」
 そう言って差し出された手に、一瞬だけ躊躇しながらもカブルーは手を差し出した。
 ぎゅっと握られる手の感触に、やっとこの人の内側に入れたのだと思うと感動も一入で涙が浮かびそうになるのをぐっと堪える。
 でもまだスタート地点に立っただけだ。これからどんどんこの人のことを知って、学んで、彼の隣に相応しいプレイヤーになろう。
「じゃあこれからクエストを受けに行こうと思うんだけど、体調は大丈夫?」
「大丈夫です! しっかり治してきました!」
 じゃあ行こうか、とライオスに促されてカブルーはライオスの後をついていくのだった。畳む
    
カブライ / シャンフロパロ / 楽園開拓
第一話

 世の中にはたくさんのゲームが溢れている。フルダイブゲーム、VRが流行りだしてからは加速度的に様々なゲームが販売されていった。
 特にVRMMORPGというジャンルの中には、発売から半年もしないうちにVRMMORPGの金字塔とも呼ばれるゲームがあった。
 その名もシャングリラ・フロンティア。
 玉石混交のVRMMORPGの中で、間違いなく至上のゲームの一つと呼ばれている。発売されてからわずか半年で世界で最もプレイされたゲームとして世界記録に載っているのがその証だ。
 NPCにも軍用AIなどを惜しげもなく搭載しており、まるで本物の人間と会話しているようだと評判である。
 そんなゲームを、カブルーは友人たちの勧めですプレイしていた。
 もともとゲームなどには興味はなかったが、友人たちがこぞって神ゲーであると語るのならば、その話に置いていかれないようにするためにカブルーはプレイしてみることにしたのだ。
 初めて買ったVR機器やゲームの代金など初期費用は高かったが、始めてみるとこれは買ってよかったとゲーム初心者であるカブルーでもシャングリラ・フロンティアの面白さにのめり込んでいった。
 初めてのフルダイブ型のゲームは、まるで自分の普通に体を動かすようにゲームのアバターであるカブルーの体も動いた。初めての体験に心が躍ったのを覚えている。
 何かと器用に熟すカブルーはすぐにゲームに適応して、友人と一緒にパーティを組んではモンスターの討伐をしたり、新たな街を探したりと楽しんでいた。NPCがほぼ人間と変わらないことから、NPCとの会話も大事にしていたカブルーはプレイヤー、NPC間の間でも顔が広い。
 現実でも人間好きが高じて友人が非常に多くいるカブルーの才は、ゲーム内でも遺憾なく発揮される。
 そんな、ゲームも私生活も満喫していたカブルーの耳に一つの噂が聞こえてきた。
 何でも、モンスター愛好家のクランに入らず、一人でモンスターについて調査しているプレイヤーがいるらしい。
 そのプレイヤーはタンク職をしていて、その能力は非常に高いのだとか。たまたま一緒にクエストに同行したプレイヤー達は口々に一緒に戦っていてあんなに楽に戦えたのは初めてだったと言うのだ。
 ただし相当な変人かつ人嫌いのようで、クランに勧誘してもフレンド申請しても素気無く断られるのだとか。
 一人で受注できないクエストが発生した時のみ、その場限りのパーティを組むために向こうから声をかけてくるのが常らしい。
 なんてそんなことを、カブルーこと、プレイヤー名「ブラウ」は己に声をかけてきたプレイヤー名を見ながら思い出していた。
 変人プレイヤーの名は「ライオス」。そしてカブルーに声をかけてきたプレイヤーの名もまた、「ライオス」だった。

「すまないが、一人では受注できないクエストが発生してしまったんだ。一時的でいいから俺とパーティを組んでくれないか?」
 重戦士の鎧を装備した灰白色の髪をしたプレイヤーことライオスは、どこか冷めた眼差しでそう声をかけてきたのだ。それが人にものを頼む態度なのかと思うような物言いだったが、そんなことよりも噂の人物と出会ったかもしれないという好奇心が勝った。
 カブルーは人好きのする笑顔を浮かべて彼の提案を受け入れる。
「いいですよ、ちょうど素材でも狩りに行こうと思っていたところなんです」
「ありがとう。アタッカーがいないと厳しいと思っていたんだ」
 腰にロングソードを差した明らかに軽戦士の姿のカブルーに戦力を求めていたようだ。ちらりと見たライオスのレベルは五〇を超えている。カブルーはシャンフロを始めたばかりで、レベルはまだ三〇を少し超えたところだった。
 レベルの違いは気にしないタイプなのだろうか。それとも三つ目の街、サードレマで受注するクエストなのだから、そこまで実力は求めていないのか。
 人間という生き物が好きなカブルーは、噂を聞いた時からライオスという人物がどのような人間なのか気になっていた。こうして機会が来たのだからそれを逃す手はない。
 ライオスからパーティーの申請が来たのを確認し、もちろん了承する。
「ついて来てくれ」
 そう言って歩き出したライオスの後をついて行くと、上級階層が住む上層エリアへと向かい始めた。
 サードレマはファンタジーでよく想像されるタイプの大都会だ。中心に城があり、そこから街が円形のように広がっている。中心部はもちろん太公など城に住まう者たちが住んでおり、そのすぐ外側に貴族達が住む上層エリアがある。さらにそこから門を挟んで一般市民が住むような下層エリアがあるのだ。
 上層に行けるのは太公の許可証がなければならない。入ろうとすれば門兵に止められてしまう。しかしライオスは、門兵のNPCに止められるどころか軽く挨拶を交わして上層エリアへと足を踏み入れた。
 まさか上層エリアに行くとは思わず固まってしまったカブルーだったが、ライオスの「どうしたんだ?」という声にハッとして、ライオスと同じように門兵に頭を下げて上層エリアへと踏み込んだ。
 初めて来る場所、平民達が住む下層エリアとは違った雰囲気にカブルーの興味がそそられたが、ライオスに置いて行かれるわけにはいかない。
 カブルーでさえ貴族のNPCとの繋がりはないのに、ライオスは一体何者なんだ、ということの方が気になった。
 やがて大きな屋敷の前に着くと、ライオスはドアノッカーをごんごんと鳴らして扉から少し離れる。すると中から老齢の執事が現れ、ライオスのことを確認すると顔を綻ばせた。
「おお、ライオス様。よくいらっしゃいました。ご主人様がお待ちです」
「待たせて申し訳ない。ようやく連れが見つかったんだ」
「それは良かった。お連れ様も是非中へどうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
 そう言って開かれた扉の奥は、一目で高価だとわかる調度品が並んでいる。ここにあるものをいくつか売るだけで、どれだけいい武器が買えるか。
 そんなことを一瞬考えたけれど、それ以上に。ライオスが微笑んでNPCの対応を受け入れいたことの方に驚いた。
 プレイヤー相手にはあんなに冷たい目をするのに、NPCには親しみを持って相手をしている。
 それに。冷たくカブルーを射抜いた琥珀色の垂れ目が、ふにゃりと柔らかく笑みを浮かべたことに、カブルーは息を呑むほど見惚れてしまった。
 ネタプレイに走らない限りキャラクリエイトは普通に行うものだ。ライオスの容貌は灰白色の短い髪に、琥珀色の垂れ目、身長は一八〇を超えたくらいか。
 高身長だが特出するほど美形というわけではない。パーツが綺麗にあるべき場所に嵌まっているだけだ。
 なのにカブルーはライオスの柔らかく笑った表情が衝撃を受けるほど美しいと思った。他のプレイヤーは彼のあの表情を知っているのだろうかと思うと胃の腑がむかつく気がした。
 この感情はなんだとぐるぐると考えていると、執事のNPCが言っていたところのご主人様の元へ連れて行かれた。
「やあライオス! 来てくれて助かったよ!」
「こちらこそ、新しい魔物の情報と聞いて」
 にこやかに挨拶し合う二人は仲の良い友人のように見えた。いや、友人なのだろう。こんな立派な豪邸を持つNPCと友人になるなんて、一体どんな伝手があったらなれるのかと疑問に思う。
 しかしライオスは今ロールプレイ中。話しを遮るわけにはいかない。
「私の持つ別荘の付近にある湖に魔物が出てね……対処してくれないか?」
「魔物とは、どんな?」
「ナックラヴィーだ」
 ナックラヴィーと聞いてライオスの目が輝く。反対に、カブルーの顔は青ざめる。
「湖にナックラヴィーが? 淡水はナックラヴィーの弱点のはずだ」
「そうなんだ。きっと変異種かなにかだと思う。ライオス一人では心配だったが、連れもいるようだし、どうか君たちに処理を任せたい」
 NPCの言葉と同時にポップアップが現れ、そこに書かれた内容にカブルーは絶句した。
『クエスト「湖畔の狂馬」を受注しますか? 推奨レベル:65』
 ライオスのレベルすら超えた推奨レベルと、変異種のモンスターという言葉に目眩がした。カブルーのレベルを三〇も上回る、それも変異種を相手にしろだ? 死ににいくようなものだ。
 カブルーは喜んで『はい』を押そうとするライオスの手を止める。
「待ってください! こんなの、無謀です!」
「? どうしてだ? タンクとアタッカーがいればなんとかなるだろう」
「……っ推奨レベルがどう考えても僕たちには見合いません!」
「なんだ、そんなことか」
 そんなことと言われ、カチンとくる。もっと高レベルの人を連れてくるべきだと進言しようとした時だった。
「大丈夫だ。何があったとしても、俺が君を守りきる」
 真顔で、真っ直ぐと視線を向けられて、そんなことを言われたのは。
 現実のカブルーの顔が熱くなるのを感じた。咄嗟にアバターの頬を抑えて熱くないかを確認してしまった。きっと表情に変化はない、はずだ。
 しかしなんて恥ずかしいことをさらりと言ってのける男なんだと、カブルーの中でライオスに対する認識を改める。本人は意識していないのだろうが、異性が聞いたら勘違いを起こしてしまいそうだ。
 そうやって熱を持った頬を冷ましていると、ライオスがクエストを受注してしまった。こうなってしまえばカブルーも覚悟を決めるしかない。どうにでもなれ、という気持ちで『はい』を押した。


 受注が決まったのならとカブルーはインベントリに入る限り武器を揃えた。勿体なくて普段使わないような武器も、今回は出し惜しみしている場合ではない。ライオス曰く、カブルーに回復薬は必要ないということを言っていたのを信じて。もしもこれで死んだら晒してやる、という気概も持ちながら。
 貴族のいう別荘の場所は、サードレマからセカンディルに向かう道から逸れた森の中にあった。
 森の中は木漏れ日がさして、小動物などの生き物の気配もして心地がいい。確かにここなら別荘を建てたくなると思うような場所だった。
 その別荘で一度装備を整え、向かうは湖だ。湖に近づくにつれ、気配を殺して進むようになる。
 森の向こうにきらりと光るものが見えたと同時に、ライオスがばっと手を伸ばしてカブルーに止まるよう合図する。
「……ナックラヴィーがいる」
 小声で呟くライオスの瞳は、先ほど何かが光った方向へ向いていた。どうやら光は湖面を反射したものだったらしい。つまり、湖がある。それがどういうことかわかって、カブルーは緊張した。
 ナックラヴィーは本来は海の近くに出るモンスターだ。つまり旧大陸の最後の街、フィフティシアの近くで出るモンスターである。
 そんなところに出るモンスターが、こんな場所に、しかも変異種として現れている。本当に倒せるのかと不安が襲ってくる。ちらりとライオスを見上げると、その表情にカブルーは目を瞠った。
 ライオスの瞳は爛々と輝いて、じっと湖畔を見つめている。いや、視線の先を追うと、ナックラヴィーを見つめていた。
 初めてナックラヴィーを見たカブルーはその姿に思わずえずきそうになった。
 上半身は首のない人間のような姿をしており、皮膚がないため筋肉や血管がよく見える。腕の長さは地面に届きそうなほど長く、それが異様さを引き立てている。
 下半身は馬のような四本脚ではあるが、とても馬とは思えないほど脚が太かった。
(どこが狂馬だよ……! 化け物じゃないか……!)
 シャングリラ・フロンティアはグラフィックもリアルに寄せているし、綺麗なせいで筋肉の動きや血管の脈動がよくわかる。気持ち悪さに口元を覆い、ライオスの方へと視線を戻したがそちらにも驚くことになった。
 ライオスが嬉しそうに笑っているのだ。それもどこか興奮したように。
「ナックラヴィー……フィフティシアまで行ったことがないから初めて見たが、凄いな。フィフティシア付近ではあれが普通のモンスターとしてポップしているのか」
 嬉しそうに早口で言う姿は本当に嬉しそうで、写真を撮ったりメモを取るのに夢中になっている。
「そういえば、言うのを忘れていたがナックラヴィーは毒の息を吐くから気をつけてくれ。一応毒消し薬は持ってきているが、念のために伝えておく」
 ナックラヴィーの顔のあたりを覆う霧のようなものが何かと思っていたら、毒の息らしい。そういう情報はもっと早く言え! とカブルーは文句を言いたくなった。
「ナックラヴィーは本来、淡水が弱点なんだ。だから出会ったら川に逃げ込むといいんだが、この変異種はきっと逆に海水に逃げた方がいいんだろう。もっとも、この近くに海水なんてないけれど」
 だから倒すしかない、と。声に出さないライオスの言葉の続きをカブルーはしっかりと聞き取れた気がした。
「ナックラヴィーの後ろには回らない方がいい。後ろ蹴りされたらきっとそれだけでHPを持ってかれてしまう」
「正面は毒の息があるんでしたっけ?」
「正面は俺が対処するから問題ない、横から攻撃をしてくれ。大丈夫。俺と君ならあいつを倒せる」
 ぽんとライオスに肩を叩かれて、言われる。たったそれだけでカブルーは出来るという気持ちになれた。
 なんの確証もないのに、どうしてこんなにもこの人を信じたくなってしまうのは何故だろう。
 カブルーはインベントリから片手剣を取り出し、準備をする。カブルーの準備が済んだのを確認したライオスは、カブルーの方へと向き直ると、詠唱を始めた。
「わたしの歌よ、カバノキの歌、芽吹き、葉がしげり、やがて花をつけ、そして木々の間からのぼる太陽は森を温め、樹皮の下にかくされた命の液をくみあげる」
 その呪文はカブルーのステータス全体を上昇させた。サブ職に付与術師でも設定しているのか詠唱に淀みがない。詠唱を全部覚えていることをに驚きつつ、その声の聞き心地の良さにもっと聞いていたいと思ってしまった。
「よし、行こう」
「は、はい。わかりました」
 ぐっと片手剣を持つ手に力を入れ、ライオスと同時にナックラヴィーに向かって茂みから飛び出す。
 バックアタックの形を取れたのが幸いしてまずはカブルーの一閃が入る。そこでようやくカブルーたちの存在に気づいたナックラヴィーが怒ったように体を赤く染め上げ、暴れ出した。
 カブルーは咄嗟にバックステップでそれを避けライオスは真っ向から盾で受け止める。そのまま流れるようにシールドバッシュを発動させ、ヘイトをカブルーから奪う。
「沼地の島として、平原の丘として、妖精丘の木として、月が欠けゆく空の星として、手の中の静かな剣として、先祖に愛される子どもとして、森の真ん中で、あらゆるものを前に勇敢でいられますように」
 ナックラヴィーをいなしつつ、再びライオスの詠唱が聞こえる。しかしカブルーにはなんの効果もなかったからあれはライオス自身にかけたバフなのだろう。魔法職を取っていないカブルーにはどんな効果があるのかわからなかったが、それでもライオスの詠唱を再び聴けたのが場違いにも嬉しくなってしまう。
「君っ! 攻撃を!」
 ライオスの声でカブルーはハッと止めていた思考を戻し、ナックラヴィーへと向き直った。DPSが圧倒的に低いのだから長時間掛かると覚悟していたのに何をやっているのか。
 ライオスの詠唱に聞き惚れている場合ではない。カブルーは剣を構え、ナックラヴィーへと走り出した。

 ――戦闘が始まって数十分、カブルーは驚いていた。こんなにも戦いやすいのは初めてだ。ナックラヴィーのヘイトがこちらに向きそうになった途端、ライオスがヘイトを集めるスキルを発動させてナックラヴィーの攻撃を全て受け持ってくれる。おかげでこちらはやりたい放題だ。
 まだ慣れていないスキルを試したり、新しい武器を試したり、やりたい放題だ。ここまでくると逆に楽しくなってくる。
 最初にライオスがかけてくれたバフはなくなってしまったけど、無詠唱での同じバフが定期的に掛かることがあり、ライオスの視野が広いことが窺えた。
 戦闘狂ではないが、まだまだ戦っていたいと思ってしまう。そんな一方的な戦いだった。
 それもついに終わりを告げ、カブルーが覚えたての斬撃スキルを発動した際にクリティカルが発生し、それがトドメとなった。
 巨躯はゆっくりと倒れ伏し、やがて光となって消える。ナックラヴィーの落とした素材はどれも貴重品ばかりで、どう使うか迷ってしまいそうだった。
「凄いですよ、ライオスさん! こんな珍しい素材がたくさん……きっとフィフティシア近辺にいるナックラヴィーでも落とさないような素材ばかりです!」
 興奮冷めやらぬカブルーに対して、ライオスはと言うと、素材に興味がないのか「全部君に譲るよ」と言ってきた。その発言にカブルーは驚く。
「何を言っているんですか、これはほとんどあなたのおかげで手に入れたようなものです! あなたがヘイトを稼ぎ続けてくれたから倒せたのに、いらないなんて……」
「でも君がいなければこのクエスト自体受けられなかった。それに、アタッカーは君一人に任せっぱなしだったし……俺にはこれくらいしか礼ができない」
「礼なんてそもそも……要りませんよ! こんなの、僕しか得していない」
 一方的に殴るだけの敵に対してスキルや武器の検証ができた上に、カブルーのレベルを三〇は上回る
敵だったため、経験値がかなり入ってカブルー自身のレベルも上がっている。
 それなのにお礼などと、むしろこちらが言いたいくらいだ。
 しかしそれでもライオスは首を横に振る。そこでカブルーは気がついた。
「もしかして……今までもクエストの報酬をほとんど他の人に渡してきたんですか?」
「ん? そうだけど……それが何か問題があるのか?」
 ありまくりだ! とカブルーは怒りたくなった。そんなのは公平ではない。報酬目当てでライオスに近づいてくる奴らがいくらでもいるそうだ。というより、確実にいる。
「あなたのプレイスタイルを否定する訳ではありませんが、そんなカモになるような真似はやめてください。あなたのそのタンクとしての才能は素晴らしいものです。おかげで僕はレベルも上がりましたし、スキルの検証などもできました。とてもじゃないけど全部の素材を受け取るなんてできません」
 そう言い切ると、ライオスはぽかんとした表情になり、その後ふわりと微笑んだ。
「君は優しい人なんだな」
 NPCに見せていたような、いや、それ以上に柔らかい微笑みを向けられ、カブルーは固まった。優しいなんて、当たり前のことを言ったまでだ。
 そんな固まっているカブルーを放っておいて、ライオスは「それならこれとこれを貰おうかな」と素材を選んでいる。そしてなかなか動き出そうとしないカブルーに疑問を持ちつつ、残りの素材を拾い集めカブルーに譲渡してきた。
 カブルーは衝撃を受けたまま、譲渡された素材を受け取る。その中には一番レアな素材もあったが、その時は気づかなかった。

 NPCの別荘について、報告をした時点でクエストが終了した。クエスト報酬もかなり美味しいもので、カブルーはますますライオスのことが心配になる。ライオスに寄生してレベル上げやレアな素材を集めようとする輩が湧くのではないか。
 ライオス自身は気にしていないようだが、カブルーがいい気がしなかった。ほんの少し一緒に行動して、会話を交わしただけでわかる。ライオスはお人好しで、自分に頓着しない。まさにカモがネギと鍋を抱えて歩いているようなものだ。
 別荘から出て、ライオスがいざパーティを解散させようとした時に、カブルーはライオスの手を掴む。
「あの」
 ごくりと息を呑む。こんなことは滅多にしないけれど、今しかないと思ったのだ。
「フレンドになってくれませんか? お役に立てるように頑張りますので」
 カブルーからこうやってフレンド申請するのは初めてだった。大抵、誰とでも何度かパーティを組んだ後に相手がカブルーのことを気に入ってフレンド申請されることが多かった。
 自分からフレンド申請をしたのなんてそれこそリアルの友人くらいだ。けれど、ライオスは特別だった。どうしても放っておけない。それに、先ほど見せてくれた笑顔。あれが忘れられなかった。
 ライオスの目の前に表示されているであろうフレンド申請のポップを、ライオスは驚いたような目で見た後、ゆっくりと指が動いた。
『フレンド申請を断られました』
 ――は?
「フレンド申請してくれるのはありがたいんだけど。こう見えてフレンドがいない訳じゃないんだ。心配してくれてありがとう」
 いやいや、ここはフレンド申請を受理する流れだっただろう。違ったか? ――違ったか!?
 呆然とするカブルーを置いて、ライオスはさっさとパーティを解散してしまった。
 そして片手をあげて「それじゃ」と去ろうとする。慌ててカブルーはライオスにしがみ付いた。
「待ってください! 俺の何が気に入らないというんですか!? 確かにまだシャンフロを始めたばかりの若輩者ですが、そこは慣れていきますしレベルも追いつきます。なんだったらライオスさんのクエストにいつだって着いて行きますし、インベントリ係になったって構いませんよ?!」
「えっと、何が君をそんなに必死にさせているか分からないんだが……一回しかパーティを組んだことがない相手とはフレンドにならないことにしているんだ」
 必死に縋って見せたがライオスはなんてことないように断ってきた。
「それじゃあ何回パーティを組んだらフレンドになってくれるんですか?!」
 もう形振り構っていられなかった。彼とフレンドになりたい。その一心でカブルーはライオスからフレンドになる条件を聞き出そうとする。
「うーん……とりあえず、十回以上、かな……」
 十回。今回たまたまライオスから声をかけられたが、次がある確証がない。そもそもライオスは噂になる程度に人嫌いだったということを思い出した。
「多分もうないと思うけど……次一緒にクエストを受けることがあったらよろしく」
 そう言うとライオスは颯爽と去っていった。残されたカブルーはふと気がついた。
 ライオスから一度も、カブルーのアバター名である「ブラウ」と呼ばれなかったことを。
 わかったことがある。ライオスは人嫌いな訳ではない。他人に興味がないのだ。そうでなければ初めて会ったプレイヤーにクエストに着いてきてくれるように頼まないだろう。いるらしいフレンドに頼めばいい。
 武器や防具から判断して必要な時に必要な相手を適当に決めている。そんな相手と、十回以上パーティを組めと?
 カブルーはぎりぎりと現実でもゲーム内でも歯を食いしばった。
 いいじゃないか、絶対にライオスのフレンドになってやる。そしてカブルーのアバター名「ブラウ」と呼ばせてやる。
 この時、ただ友人たちとシャングリラ・フロンティアを楽しんでいただけのカブルーは死んだ。
 ライオスのフレンドに、あの琥珀色の瞳に入ることが目標となった。それは下手したらユニークモンスターを討伐することよりも難しいことかもしれないが、それでもカブルーはそれを目標とした。してしまった。それがどんな感情からくるものか、この時のカブルーは気づかなかった。畳む
    

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