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フロカリ / ノート

 テストで満点が取れるなら授業なんて受けなくてもいいじゃん、というのはフロイドの持論である。
 しかし現実はそうもいかなくて、仕方なく受けたくもない授業を受けなければならない。学生とはままならないものだ。
 早々に教師の話す歴史の話を右から左へと流すことにしたフロイドは、ノートに落書きをすることにした。
 この間はタコとウツボの落書きをした。じゃあ今日は何を描こうかな、と悩む。
 ぐるぐると指の上でペンを回して、不意に頭に浮かんだ動物をノートに描き始める。
 フロイドが描くのはたいてい海の生き物だ。当然、今回も同じである。
 円な瞳と、小さな両手に貝を持った愛くるしい姿をノートに描きこむ。フロイドがペンをノートから離れさせると、そこには小さなラッコがいた。
 意外と上手く描けたそれに満足しつつ、でも何かが足りないと頭を傾ぐ。じっと己の描いたラッコを見て、ピンときたそれを描き足した。
 小さなラッコの頭にターバンを描き加えて、これでラッコは完成だ。うんうんと納得の出来に頷く。
 ノートに浮かぶラッコ一匹。納得の出来ではあるけれど、広いノートに一匹だけでは少し寂しそうだとフロイドは思った。
 それならばと隣にもう一匹描き足すことにした。今度はラッコではない生き物だけれど。
 左右の目の色が異なるウツボを一匹、ラッコに寄り添うように描いた。これでもうノートのラッコは寂しくないだろう。なんてったってウツボは愛情深い生き物なのだから。こんなに可愛らしいラッコを一匹にしておくはずがない。
 ノートの海に浮かぶ二匹が、どことなく楽しそうに見える。内心で自画自賛していると、フロイドが真面目に授業を受けていないことに気づいたトレインに問題を解くように当てられた。
 当然、話を聞いていなかったフロイドがそれに応えられるわけもなく。放課後に補習を受けるようにと注意された。

 補習から逃げようとしたけれど、放課後になった途端に教室にトレインが現れ、そのまま引っ張られるようにして補習を受けことになった。
 真面目に授業を受ければ優秀なフロイドである。面倒くさいのを我慢すればすぐに補習は終わった。
 早く補習から開放されたいと頑張った甲斐もあって、まだ空の色は十分明るい。
 今日は何をしようかと二つに割れた尾びれを動かす。部活には行く気になれないし、モストロ・ラウンジに顔を出すにはまだ早い。それに今日はシフトも入ってないので、別に行く必要もない。
 何か楽しいことがないかと学園の中をブラブラしていると、進行方向に目立つ白色を見つけた。
 ジャケットの代わりに白いカーディガンを着ている人物など、フロイドは一人しか知らない。
 フロイドにとってお気に入りでもある彼に、にんまりと笑みが浮かぶ。今日は彼と一緒に遊んで過ごそう。
「ラ〜ッコちゃん! オレと遊ぼぉ」
「うわっ、フロイド?」
 後ろから勢いよく抱きついて、でも彼が倒れてしまわないように抱え込む。
 フロイドから「ラッコちゃん」と呼ばれた少年こと、カリム・アルアジームは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに「いいぞ!」と頷いてくれた。こういうところがお気に入りなのだ。
 カリムはフロイドを否定しない。フロイドの自由なところも、飽きっぽいところも、束縛されるのが嫌いなことも。なんだって受け止めて、フロイドの好きなようにさせてくれる珍しい人物だ。
 だからフロイドはカリムのことを気に入っている。アズールからもカリムと仲良くすることをなぜか推奨されているし、双子であるジェイドもカリムのことを気に入っているようだった。
 そういえば、と魔法史のノートの存在を思い出した。今日描いた落書きはラッコの落書きだ。自分でもよく描けたと思ったそれを、腕の中にいるカリムにも見せようと思った。
「ラッコちゃん、こっち来て」
 カリムを抱きしめてた腕を離して、今度は手を掴んだ。フロイドよりも小さい手に、なんだか胸の内側が暖かくなる。
 カリムは「どこに行くんだ?」と聞いても嫌がる素振りはまったく見せず、フロイドにおとなしくついていく。目的地はすぐそこだ。
 ついたのは教室で、先程までフロイドが補習を受けていた場所である。フロイドが勝手に荷物を置いている席に行き、そこをガサゴソと漁って目的のものを取り出す。
 取り出した魔法史のノートを、カリムは不思議そうに見ている。フロイドは、そんなカリムが落書きを見てどう反応するのか楽しみになった。
 ぺらぺらと白い部分が多いノートをめくって、今日描いたばかりの落書きのページを開く。そこには相変わらずラッコとウツボが仲良く寄り添っていた。
「見て〜、今日の授業中に描いたんだぁ」
「おおっ、フロイドは絵も上手いな!」
 何でもできて本当にすごいなぁと感心するカリムに、気分が上昇する。もっと褒めていいよぉと促せば、促した分だけカリムはフロイドを褒めてくれた。
「それにしても可愛いラッコとウツボだな! これ、オレとフロイドのことを描いてくれたんだろ、ありがとうな」
「へぁ? なんでオレとラッコちゃんなの?」
 突然、このラッコのモデルは自分とフロイドではないかと言い始めたカリムに疑問を持つ。フロイドは全くそのつもりはなかったので、どうしてそう思ったのかと問うた。
「だってこのラッコはターバンを巻いてるし、ウツボは右目に色を塗ってなくて、左目に色を塗ってるから、フロイドのことだろ?」
 言われてみて、改めてノートを見直す。確かにラッコに描き足したターバンはカリムが身に着けているものと同じに見えるし、左右で色の違うウツボは自分の目の色と同じに見えた。
 全くそんなことを意識せずに描いていたフロイドは、再び「可愛く描いてくれてありがとな!」と礼を言うカリムに何も言えなくなった。
 ウツボは愛情深い生き物だから、このラッコはもう寂しくないだろう。
 描いたときに思ったことが頭の中を巡って、フロイドは勢いよくノートを閉じた。
「わっ、どうしたんだ? フロイド」
「……なんでもない」
 不思議そうに見つめてくるカリムに、フロイドは何も言えなかった。

 なにせ、今しがた自覚したばかりのカリムへの気持ちに、フロイドの感情が追いつかなかったものだから!畳む
    

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