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フロカリ / 人はそれを萌えと言う

「ラッコちゃんはさー、ちゃんと制服着ないよね。オレが言えることじゃないけど」
 昼休みの中庭で。暖かそうで触り心地も最高級な白いカーディガンの端を摘んでひらひらと揺らすと、カリムはきょとんとした顔でフロイドを見上げた。
「んー、だってジャケットだけだと寒いだろ?」
「寒い? 寒いのラッコちゃん。裾は捲くってんのに?」
「暑いのは得意なんだけど寒いのは苦手なんだよなぁ。ここは熱砂の国と比べると寒いから。あと、窮屈な服装って好きじゃないんだ」
 確かに熱砂の国と比べるとナイトレイブンカレッジは寒いだろう。というか、どこと比較しても寒いに違いない。
 もう一つの理由はフロイドも理解できた。窮屈な格好はフロイドも好きではない。だから制服も寮服も着崩している。きっちりと着こなしている片割れを見ると、息苦しくないかと思ってしまうときだってあるくらいだ。
 そういえばスカラビアの寮服は随分とゆったりとした服装だったなと思い返す。あの格好に慣れていたら、確かに学校の制服は窮屈で仕方ないだろう。
「センセーとかに怒られたりしねーの?」
「先生に怒られたことはないけど、リドルにならあるぜ!」
 突然出てきたもう一人のお気に入りの名前を出されて、すぐに確かにと納得する。リドルという少年は規律に関して非常にうるさい。
 からかうと真っ赤になって、まるで金魚のようで面白いが、規律についてつらつらと説教してくるところは少しうざいと思っている。
 しかしそんなリドルに説教されたであろうカリムが、未だに正しく制服を着ようとしていないあたり、どうやらリドルのほうが折れたということが伺える。自分もそうだが、カリムにはつい甘く接してしまう生徒がこの学校には多い気がするとフロイドは思った。
 カリムの太陽のようにそこはかとなく明るい笑顔に浄化されてしまうのか、どんな嫌味を言っても前向きに捉えられてしまうからか。自然とカリムの望むように話は展開する。
 これはもう、彼の持って生まれた才能だろう。そのせいでカリムの従者はオーバーブロットしてしまったが、フロイドとしてはそういったところも気に入っているところである。また、こちらもたまにうざいと感じることには違わないが。
「それにジャケットがどこにあるかわからないしな。多分、ジャミルは知ってるんだろうけど」
 オレにジャケット着る気がないってことも知ってるから、ジャケットは永久に行方不明だ、とあっけらかんと言い放つところに笑ってしまう。
 しかしそうなると逆にジャケットを着せてみたくなるのがフロイドだった。
 フロイドは自分が来ていたジャケットを脱いで、カリムに投げ渡す。いきなり飛んできたそれを慌てて受け取ったカリムは不思議そうにフロイドのジャケットに視線を落とした。
「オレのジャケットでいいから着てみてよ、オレのサイズなら窮屈じゃないでしょ? ラッコちゃんがちゃんと制服着てるの見てみたい」
「なんかわからないが、フロイドが見たいってんならいいぜ!」
 言うが早いか、カリムはもともと着ていたカーディガンを脱いでフロイドに渡した。手の中にあるカーディガンはふわふわしていて、それでいて滑らかで、先程も感じたが触り心地がとても良い。いつまでも触っていたくなるような中毒性がある気がする。
 ラウンジでの日々の売上を計算しているアズールを思い浮かべながらいったいこれだけでいくらするのだろうと考えてしまう。
 が、大富豪の長子たる彼にとっては大したことのない額なのだろう。なにせ色が白だ。それを普段から着ている。汚れなんて全く気にせず、汚れたら買い換えられる程度のものなのだ。
 それなら一着もらえないかなぁと触り心地に夢中になっていると、「フロイド!」とカリムに名を呼ばれる。
 もふもふと手の中で遊ばせていたカーディガンから視線を上げ、フロイドのジャケットを来たカリムを見て、フロイドは固まった。
 肩幅の位置がそもそも違うため、ダボッとした印象が与えられる。袖もだるだるでカリムの指先すら見えない。裾は短めのワンピースほどある。とてもではないが似合うとは言えない状態だった。だが、
「なっはっはっ、やっぱりフロイドのサイズだとこうなるよな! どうだ? これでも似合ってるか?」
 見えない指先をひらひらさせて、その場で一度くるりと回転するカリムに、フロイドは胸に去来する感情に戸惑う。
 ぐっ、と何かがこみ上げてくるような衝動を抑え込む。言葉にできない、なんとも言えない感情に戸惑いつつも、フロイドは本能的に思った。
 これは、他の人間には見せてはいけないものだと。
「ラッコちゃん」
「おう、……どうしたんだフロイド、そんな真剣な顔して」
「オレのことはいいから。とにかく、その格好、他の雑魚には見せちゃ駄目だから」
「え、そんなに似合わなかったか?」
「似合うとか似合わないとかじゃねーから。あと、ジャケット着てとかお願いされても着ちゃ駄目。絶対」
「そんなこと言うやつあんまいないと思うけど……わ、わかった。もう着ないから怖い顔しないでくれ」
「オレの前だけなら着てもいーよ」
 ただし着るのはオレのジャケットね、と付け足すと、カリムは不思議そうにしながらも頷いた。
 これでフロイド以外がカリムのちゃんとした――サイズが全くあっていないが――制服姿を見ることはなくなった。そのことになぜか安堵する。しかし、それで話は終わらないのだ。
「あ、」
 安堵したのもつかの間、何かに気づいたようにカリムが声を上げた。どうかしたのかと思うと、カリムの手先をすっかりと隠してしまっている袖にカリムは顔を埋めるようにして嬉しそうに言う。
「これ、フロイドの匂いがするな。オレ、フロイドの匂い好きだからもうちょっと着てていいか?」

 再び去来した激しい感情に、フロイドは近くにあった木に頭を打ち付け、中庭にフロイドを心配するカリムの声が響いた。畳む
    

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