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フロカリ / ほころぶ口元を隠しきれない

 ずっと憧れていたことがある。
 キラキラと色とりどりの装飾、通りに並ぶ様々な出店に、街中を練り歩くパレード、軽業を披露する曲芸師たち。それらを楽しそうに見つめるたくさんの笑顔。
 熱砂の国で、サマーホリデー中に行われる祭り。誰もが笑顔で溢れていて、どんなことにもみんなが楽しんでいるのがよくわかる。
 その様子を、カリムはいつも自室のバルコニーから眺めていた。否、眺めていることしかできなかった。
 なにせカリムは世界に名を轟かせる大富豪、アジーム家の長子だったものだから、常にその命を狙われている。
 だからカリムはどれだけ強請っても、あんなに人が多いところに行ったら命がいくらあっても足りないからと、アジーム家に仕える者たちに止められた。
 自分を心配し、心苦しそうにする従者たちの顔を見ると、カリムはそんな我侭を言わなくなった。もしもあの場に行ってカリムに何かあったとき、罰せられるのは彼らだから。
 だから、想像するのだ。バルコニーから見える色彩豊かな光と、人々であふれる祭りの中に、自分がいたのならと。
 たくさんの出店に並んでいる商品や食料に目を輝かせ、パレードが目の間を通り過ぎていく様を、曲芸師の技術に目を奪われることを。想像の中の自分はいつも楽しそうで、けれど現実の自分はそうではなかった。
 パレードなら命じればいつだって開催できる。曲芸師だって家に直接呼び出してしまえばいい。料理は一流の職人によって最高級のものが供される。
 けれど、そうではないのだ。家の名を翳して呼びつけるのではなく、見知らぬ誰かと笑い合いながら楽しみたいのだ。カリムの知らない人たちと、カリムを知らない人たちと一緒に楽しさを分かち合いたいのだ。
 だからだろうか、宴が好きで、ついつい定期的に開催してしまうのは。
 楽しさを分かち合うのは寮生のみんなで、誰も彼もがカリムのことを知っているけれど、それでもたくさんの人で楽しむのがカリムは好きだ。
 たくさんのおいしい料理と、豪華なパレード。音楽に合わせて踊ったり歌ったり、宴だってもちろん楽しい。
 けれども、一度だけ。一度だけでいいから祭りというものに行ってみたかった。カリムの従者に言えば、当たり前のように却下されてしまうが、それでも小さな頃に抱いた憧れはいつまで経っても消えてくれなかった。


 ◆ ◆ ◆
 
 
 それを見たのはたまたまだった。もうすぐサマーホリデーを迎えるNRCの近くで、祭りが開催されるという主旨のポスター。カリムはそれに釘付けになった。
 開催されるのはちょうど休みの日で、行こうと思えば行ける場所だった。
 しかし学園の外にはカリムにとって危険で溢れている。常に命を狙われ、誘拐の危機がそこかしこにあるのだ。この祭りに参加したいと言おうものなら、彼の従者――ジャミルになんと言われるだろうか。あまりにも容易に想像できてしまって、カリムらしくない苦笑いが浮かんでしまう。
 諦めなければいけないと思うほど、行きたくなってしまうのは人間の性だろうか。せめて雰囲気だけでも知りたいと、ポスターの前に立ち止まってそれを眺め続けていた。
 そんなときだ。聞き覚えのある声に呼ばれたのは。
「ラッコちゃん、そんなとこにぼーっと立ってなにしてんの? 邪魔なんだけど」
「フロイド、」
 ラッコちゃん、と自分にあだ名をつけた人物――正確には人魚だが――は一人しかいない。
 その声に振り返ると予想通り、フロイドがいた。
 邪魔だなんて辛辣なことを言われても、カリムはにこりと笑い、「ごめんな!」と言いながらその場を離れようとした。けれど、それはできなかった。
「なぁに見てんの……夏祭りぃ?」
 カリムが見ていたポスターをフロイドが読み上げる。それからニヤニヤと笑みを浮かべ、カリムの顔を覗き込んできた。
「ラッコちゃんはこれに行きたいの?」
 答えがわかっていながら聞いてきているのだろう。カリムは一度、誤魔化そうとして、すぐに諦めた。
 己が壊滅的に嘘が下手だと言うことを、自分自身よく知っているからだ。素直なのが取り柄だと胸を張って言える程度にカリムは自分の心に素直であった。
「ああ、こういうの、楽しそうだろ? オレは行ったことがないから行ってみたくてさ」
 子供っぽいと思われただろうか、少し気恥ずかしくなりながら頬を指先で掻きながら頷く。
「え〜? ラッコちゃんてばこういうの好きそうなのに、行ったことがないの?」
 フロイドは不思議そうにそう言ったあと、「あ、」と何かに気づいたように言葉を飲み込んだ。言葉を飲み込むなんてフロイドにしては珍しいが、カリムが祭りに行ったことがない理由に思い当たったのだろう。
 カリムは眉をハの字にしながら笑った。笑う以外にどうすればいいのかわからなかったからだ。
 気分屋で自由人なフロイドに気を使われたくはない。だから何かと理由をつけて、この場を離れようとしたときだった。
「じゃあさ、オレと一緒に行っちゃう? お祭り」
「え……?」
 ポスターを指差しながらカリムに問う。そんなフロイドにカリムはついていけず、なにを言われたのかすぐにはわからなかった。
 そんなふうに呆然としているカリムの右手を徐にフロイドが取り、彼の小指がカリムの小指へと絡まる。
「オレと一緒にこの祭りに行くこと、約束だよ。ラッコちゃん」
 指切った、と手が離れていく。それを見守ったあと、フロイドが言ったことを漸く理解して、カリムは慌てた。
 大変な約束をしてしまった。今すぐ取り消してもらわないといけない。
「フロイド、オレは祭りには行けな……っ」
「あ、あとぉ、このことは他の誰にも言っちゃ駄目だから。これも約束ね」
「ええっ、でも……」
 ジャミルになにも言わずに祭りになんて行ったら後が怖い。
 だからこそなんとか断ろうとするも、突然フロイドが悲しそうに目を細める。
「約束したのに、指切りまでしたのに。ラッコちゃんはオレと一緒に祭りに行ってくれないんだぁ」
「う、うう、そんなことはないぞ! でも外は危険だから……」
 あからさまに悲しそうなそれが演技であると誰もが気づくだろうが、お人好しであるカリムはそれが見抜けない。
「オレといるのに危険なんてあるわけないじゃん。じゃあ次の休みの日にここに集合ね。約束だから絶対だよ」
 またしても右手を取られて指切りされてしまった。絶対だとまで言われて、カリムはますます困った。
 約束は大切だ。約束を破ってしまったら相手が傷つくし、傷つけてしまった自分の心も痛む。これが商談だったら信用の問題にも繋がる。
 困った様子のカリムを放って、フロイドは「またね〜」と手を振ってどこかへと行ってしまった。鏡舎の方だったから、寮に帰るのだろう。
 追いかけて約束をなかったことにしてもらおうとしたが、悲しげなフロイドの表情を思い出すとそれもできない、
 次の休みの日、カリムはこの場に来ることになるだろう。そのときにこそ祭りには行けないのだと言うしかない。
 でも――ちらりとポスターに目を向けた。
 心の奥で祭りに行きたいと駄々をこねる幼い自分がいた。飲み込むしかできなかったかつての我侭を、叶えてやることができるかもしれない。
 本当はいけないことなのに、どうしても期待してしまう。どうしようと悩んでいるのに、心の中の天秤は一方に今にも傾いてしまいそうだ。
 とにかく、当日までジャミルには秘密にしておかなければ。祭りに行くことができなくても、その約束くらいは守らなければと、カリムは自分に言い聞かせた。

 そうして迎えた休みの日。カリムは普段は着ないようなシンプルな服装に、顔を隠すための帽子を深く被ってポスターの前に立っていた。
 寮を出るときにジャミルが自室にいたことを確認し、魔法の絨毯を使って己の部屋から出てきたから、ジャミルはきっとカリムは部屋にいるものと思っているだろう。
 フロイドと祭りに行く約束をしたことを黙っているのは大変だったが、ジャミルは気づかなかったようだ。いつも以上にニコニコと顔が笑顔を作ろうとするのを堪えていたが、カリムが変な行動をするのはよくあることだと気にしなかったらしい。
 おかげで気づかれずにここにいる……と、そこまで考えて、ぶんぶんと頭を振った。
 ここへはフロイドと祭り行くことはできないと告げるために来たのだ。決して祭りを楽しむためではない。
 ……しかし、斜めがけの鞄には何かがあったとき用にと、いくらかのマドルが入っている。断じて大した意味はないが。
「あは、ラッコちゃん祭りに行く気まんまんじゃん」
 背後から聞こえた声に、カリムは振り返る。そこにはラフな格好をしたフロイドが立っていた。
 楽しそうに口元を緩めてカリムを見下ろす姿に、カリムはハッとした。
「ち、違う! やっぱり祭りには行けないんだって言いに来たんだ。誘ってくれて嬉しかったけど、やっぱりオレは……」
「ウミヘビくんに祭りのこと秘密にして、そんな顔隠すような帽子被って言い訳しても説得力ないからさ、早く行っちゃおうよ」
 フロイドとの距離が縮まって、約束をした日のように手を取られる。今度は小指を絡めるのではなく、そっと握りしめられた。
「オレ、陸の祭りって初めてなんだよね〜。なにがあんのかな? 楽しみだね、ラッコちゃん」
「ふ、フロイド、待ってくれ。だからオレは行けないって……」
「口元がめちゃくちゃ緩んでるのに何言ってんのぉ? 大丈夫だよ、危ないことがあったらオレがラッコちゃんのこと守ってあげるから」
 口元が緩んでると言われて、空いている手で抑える。確かに言われたとおり、カリムの思考とは全く逆に口角が上がって、どうみても笑顔になっているとしか思えなかった。
「これは……その、」
「いーから、ラッコちゃんは祭りの会場に行くまで黙ってて。オレも今日のこと楽しみにしてたんだから、今更行くのなしとかねーから」
 ね? と帽子の下のカリムの顔を覗き込んだフロイドもまた楽しそうな――普段の悪いことを考えているようなものではなくて、とても純粋な――笑顔だった。
 そんなフロイドの表情を見てしまっては、もう駄目だと思った。
 フロイドの笑顔に釣られたようにカリムもくしゃりと顔を綻ばせ、握られた手を握り返した。畳む
    

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