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レオカリ / 運命の赤い糸の話 / お前が俺の運命

 ぽかぽかと柔らかい日光が差し込む植物園にて、レオナはいつも通り微睡んでいた。今日は特に昼寝に適した気候だ。適度に空調管理された植物園、生い茂る葉によって出来た木陰、授業中だから煩い音もしない。
 授業も特にサボっても問題ない授業だったし、最高の昼寝日和だ。
 右腕を枕に、左腕を投げ出して横になって惰眠を貪っていると、レオナのライオンの耳がちりりん、と鈴の音を拾い上げた。同時に投げ出した左手の小指に違和感を覚える。目を開くのが億劫だったが、自分に何かが起きているとなると話は別だ。
 ぱちりと目を開いて左手を見てみると、そこにはきらきらと存在を主張する小さな妖精がいた。妖精はレオナの左手の小指を見るとくすくす笑って、その度にちりんちりんと音を立てる。
 レオナは妖精がレオナが起きている事を悟られないようにしつつ、突然左手で妖精を掴んだ。掴まれた妖精は驚いたように手の中で暴れたが、逃すわけにはいかない。
「テメェ、人の指に何してやがる」
 妖精というだけで誰かさんを思い出し、不愉快な気分になる。妖精は手の中でちりんちりんと喚いては暴れるだけだ。生憎、翻訳機なんて便利なものを持っているわけではないので何を言っているのか分からない。
 仕方ないので自分で状況を理解するために左手に掴んだ妖精を放して手を見てみる。これ幸と妖精はすぐに逃げ出してしまうが、気にしない。
 すると左手の小指、手袋の上から赤い糸が垂れ下がっていた。その赤い糸はどこまでも伸び、先が見えない。
「あ? なんだこれは」
 手袋を外してみるが、赤い糸はそれをすり抜けて指に巻きついたまま。掴んで千切ってみようにも異様なほど頑丈で、試しに“王者の咆哮“を糸にかけてみたが、無駄だった。厄介な悪戯をされたものだ。大体なんだ、この糸は。
 レオナは「チッ」と短く舌打ちをして手袋を付け直すと、ご丁寧に手袋越しに赤い糸がぴょこんと結ばれていた。小さな蝶結びが可愛らしく揺れるのが腹立たしい。どうしても見えるようになっているようだ。
「面倒くせぇ……」
 はぁ……と溜め息を吐くと図書館へと向かうことにした。悪戯を仕掛けた妖精はさっき逃がしてしまったし、とにかく情報が欲しかった。
 小指からぷらぷらと赤い糸が垂れ下がっているのがレオナ以外にも見えるのか、授業終わりの生徒が遠巻きでなんだあれとでも言いたげな視線が鬱陶しい。睨めばすぐにその視線は逸らされるがすぐにまた突き刺すような好奇の視線が集まる。
 早く図書館に、と向かおうとした時だ。逆さまになった幼い容貌が目の前に現れた。突然逆さまの姿で現れた相手に一瞬、目を見開いたが知っている人物だったため、すぐに眉間に皺を寄せる。
「いきなりなんの用だ、リリア」
 不機嫌だと言う気分を露わにしつつ、逆さまの人物の名前を呼ぶ。するとリリアは、くすくすと笑いながら地に足をつけた。
「くふふ、随分と可愛らしい悪戯をされておると思ってのぅ」
「……テメェ、これが何なのか知ってんのか」
 そう言えばこいつも妖精族だったなと思い出し、睨みながら問いただすとリリアは更に面白そうに笑みを深めた。レオナにとって嫌な笑いだと思った。
「そう警戒するでない。赤い糸の先にいる運命の相手とキスすればすぐに見えなくなる悪戯じゃ」
「あ? 運命の相手だと?」
「知らんのか? 人間、誰しも運命の相手がいるものなんじゃよ。その相手は普段は誰か分からなくなっておるが、お主がかけられた悪戯はその赤い糸を通して一時的に相手が見えるようになっているようじゃな」
 なんだその迷惑な悪戯は。レオナは頭が痛くなって米神に手を当てる。すると視界に赤い糸が見えて思わず舌打ちをした。
「その悪戯を解除したら運命の相手と一生を添い遂げられるらしいぞ?」
 運命の相手と添い遂げられる、だと。頭に浮かんだ恋人の太陽のような笑顔を、そんな都合の良いことがあるわけがないと掻き消す。何せお互い雁字搦めの立場だ。
 片や夕焼けの草原の王になることができない第二王子。もう一方は世界有数の大富豪の跡取り。今は恋人同士であるが、学園を卒業したらどうせ離れ離れになる。学園にいる間だけの関係だとお互い割り切っている……そう、自分に言い聞かせている。
 じっとりとした恋心だった。叶うはずがないと諦めていたものが、どうも相手も――カリムも同じ気持ちだったようでまさか実を結んで始まった関係。学生の間だけ、とお互いに言いながら過ごしてきた。
 そんな時に、運命の相手? レオナは左手の小指の先から伸びる赤い糸の先に誰がいるのか、急に恐ろしくなった。
 図書館に向かおうとしていた足はすぐに寮の方へと向き直り、カリムに会わないように足早に歩く。幸い寮への帰り道には特に誰にも会わずにレオナは自室へと戻れた。寮長室用の大きなベッドに身を投げ、両手を頭の後ろに回して枕にする。そうすれば赤い糸は見えない。
 今日の昼はカリムと昼食を摂る予定だったが、レオナは行く気にならなかった。否、なれなかった。カリムの左手の細い小指に何もないと考えただけで、気でも狂いそうになる。
 それだけ己がカリムに溺れているのだという事実に、今更ながらレオナは驚いた。怯えて会うこともできなくなるなんて。
 運命なんて馬鹿らしい。そう思いつつも取っている行動は真逆だ。糸がカリムと繋がっていないという事実を分かっていながら、怯えて巣に籠っている。
 それに、レオナ自身に赤い糸が巻き付いているのを見られるのも嫌だった。カリムから何か言われるのも、何も言われないのも考えたくない。
 深く深く溜め息を吐き、レオナは瞼を閉じた。

「――さん、……レオ……さん! レオナさん!」
 近くから大きな声で自分の名前を呼ばれる。うっすらと目を開いて、不機嫌だとグルルと唸った。普段なら寝ているレオナを起こそうなんて真似をしないラギーがレオナを起こしたからだ。一体何の用だと睨みつけると、ラギーは一瞬たじろいだが、負けじとこちらを見つめてきた。
「もう放課後っスよ! 今日の昼はカリムくんと飯食う約束をしてたんじゃないんスか? カリムくん、ずっと弁当食わずに待っててオレだけ飯食ってて申し訳なくなったじゃないスか」
 眠りについてもうそんなに時間が経っていたのか。窓の外が赤くなっているのを見て、随分と寝ていたのだと自覚する。同時に、弁当を持って食堂でレオナを健気に待つカリムの姿が目に浮かび心が痛んだ。罪悪感を覚えて思わずふい、とラギーから視線を逸らし、ごろりと寝返りを打つとラギーは何かに気づいたように不思議そうにレオナの手を見た。
「あれ? レオナさんも小指に糸巻きつけてるんスか? って何この長い糸!?」
「……は? 俺以外に誰か小指に赤い糸巻き付けてるヤツがいたのか?」
 今更糸が扉の先まで伸びていることに気づいたのか、驚いているラギーを無視して問いかける。半身起こして早く答えろと促せばラギーは糸に視線をやりつつ応えた。
「いや、カリムくんの左手の小指にも赤い糸が巻いてあったんスよ。カリムくん曰く、午前中の授業を受けてたら急に糸が巻き付いててーって笑ってて……ってちょ、レオナさん?! どこ行くんスか!?」
 ラギーの言葉を全て聞き終わる前にレオナは起き上がって部屋から飛び出した。走って向かう先はスカラビアだ。
 糸を追うように走っていると、寮生たちが驚いたようにレオナを見て道を開ける。サバナクローから鏡舎に出て、スカラビアの鏡に飛び込むように入り込んだ。糸はスカラビア寮内へと続いている。心臓がどくどくと大きく鳴っているのが分かる。
 糸の方向を目指せば、長かった糸はレオナの左手の小指の糸に吸い込まれるようにどんどん短くなっていく。途中、全力で走る多寮の寮長の姿にスカラビア寮生が「なんでキングスカラーがここに!?」と驚く声が聞こえたが、無視した。
 奥へ、奥へと進んでいけば、糸はとある扉の向こうに伸びていた。大きくてやたらと豪華な扉は、スカラビア寮の寮長室だ。
 ノックをすることも忘れて扉を開く。そこには長い黒髪の男がいた。
 カリムの従者のジャミルだ。ジャミルは目を見開いてレオナを見た。レオナもレオナでジャミルがいるとは思ってもおらず、そしてまさかと思いすぐにジャミルの左手を確認する。褐色の男らしいその手から糸は垂れておらず、心から安堵した。
 気を取り直して糸の先を探せば部屋の奥の方にあるベッドまで伸びている。ベッドは天蓋が閉じられており、この部屋の主人の姿が見えない。
 一歩踏み出そうとすれば、ジャミルが前に出てきてレオナを止める。
「なんでレオナ先輩がここにいるんです?」
「恋人に会いに来るのに理由が必要か?」
 はっ、と鼻で笑って見せるとジャミルは不愉快そうに顔を顰める。
「生憎、カリムは今は何らかの呪いに掛かっているため会うことができません。お引き取りください」
 なおも立ち塞がり、ジャミルはレオナを追い返そうとする。レオナはレオナで、呪いと称されたこの赤い糸に思わず笑いが込み上げた。呪い、確かに先ほどまでレオナもそう思っていた。しかし今はその呪いは、レオナにとって祝福となった。
 だからジャミルに見せつけるように左手を持ち上げて手の甲を見せるように掲げた。
「呪いってのはこれのことか?」
 レオナの小指から垂れ下がる糸は確かにベッドの方に……正確には、ベッドの上にいるであろうカリムの元に伸びている。
「なんでレオナ先輩にもそれが……」
 驚きで目を丸くするジャミルの肩に手を置き、扉の方へと押し出した。押されるまま、ジャミルはレオナが開いた扉の向こうへと蹈鞴を踏む。
「悪ぃがこれからは恋人同士の時間だ。従者サマは部屋で休んでな」
 そう言って扉を閉める。ペンを取り出し、入ってこられないように施錠の魔法をかけた。いくら優秀だとカリムが褒め称えるジャミルでも解けないように魔法を構築して。同時に防音の魔法も掛ける。外から扉を叩いたり、カリムを呼んでいるであろうジャミルの声が部屋の中に聞こえてこないように。
 そうして、ようやくレオナはベッドに近づき、天蓋のカーテンを贈り物の包み紙を破らないような手つきで丁寧に開いた。そこには左手を目の高さまで掲げて、小指から伸びる赤い糸を見つめるカリムがいた。
「うーん、何なんだ? これ……ってレオナ?!」
 どうやらカーテンにも防音の魔法がかけられていたようでカリムは先ほどのジャミルとレオナのやりとりを聞いていなかったらしく、開かれたカーテンの隙間から入ってきた明かりでレオナの存在に気づいたようだ。
「レオナ、昼間は体調でも悪かったのか? 今は大丈夫か?」
「ああ……」
 カリムの心配そうな声を耳にしつつ、レオナは自分の糸が、カリムの左手の小指に伸びているのをその目で確認した。堪らずベッドに乗り上げカリムを抱きしめる。
 突然の抱擁に驚くカリムに頬擦りをする。抱きしめる腕に力が入る。少し苦しそうにカリムが声を上げたから、少しだけ腕の力を抜いてやった。
「突然どうしたんだ? オレ、何かやっちまったか?」
「お前は何もしてねぇよ。やったのは妖精だ」
「妖精……あ、もしかしてこの赤い糸に関係があるのか?」
 そう言って左手を見せるカリム。糸はひどく短くなっていて、レオナとカリムを繋いでいる。
「レオナの指にも糸が巻き付いてる! これ、呪いか何かなのか」
「いや? 運命の相手が誰か分かるようになる、可愛い可愛い悪戯らしいぜ?」
 左手を重ね合わせると、糸がゼロ距離になってカリムの指の糸とレオナの指の糸が混ざってしまったように直接繋がる。
「糸が繋がった者同士、キスをすると消える……いや、見えなくなるらしい。そんで、キスをした相手と一生を添い遂げられるんだってよ」
 この糸がどういうものなのか説明すると、カリムはぱちぱちと瞬いた。そしてどこか不安そうにレオナを見上げる。
「一生……って、でも、レオナ、オレたち……」
「妖精サマお墨付きの(まじな)いだ。雁字搦めな俺らはそいつに肖ってやろうじゃねぇか」
 何か言いたげなカリムの言葉を遮って、レオナは続けた。いずれ来る別れの時に怯えながら過ごすのは辞めだ。カリムがレオナの運命だと分かったから。
 運命なんてクソ喰らえだと、そう思って生きてきたが、こんな運命なら受け入れてやってもいい。
 右手でカリムの頬を包む。そして少し上を向かせると、レオナはカリムの唇に噛み付いた。
 すると赤い糸が伸びて、くるりくるりと二人を包み込むように円を描いた後、見えなくなってしまった。それでもレオナは口付けをやめず、カリムの口内を貪るように舌を伸ばした。
「ん……んんぅ……ふっ、ぁ、れぉな……」
 カリムの少し苦しそうな声を聞いてから唇を離す。カリムは肩で息をしながらレオナを見つめていた。その表情を見て、たとえ妖精の悪戯がなかったとしても、もうレオナはカリムのことを放せないのだと自覚した。
「一生、俺の傍にいろ」
「……オレもレオナの傍にいたい、けど、できるのかな」
「できか、じゃねぇ。どうにかする」
 口角を上げてカリムを見下ろせば、カリムはふにゃりといつもの快活な笑顔とは違う、レオナにしか見せない笑顔で頷いたのだった。畳む
    

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