2025/11/25 twst レオカリ / 生贄なレオナと神様なカリム設定 / 砂上の運命続きを読む カラカラに乾いてひび割れた大地に横たわり、世界に対する呪詛を紡ぐ。 何が神への生贄だ、神なんているわけがない。こんな国に雨なんて降るわけがない。 水の気配なんて欠片もない洞窟の最奥。岩が重なり合ってできたような洞窟で、岩の隙間からレオナを照らすように月明かりが差し込んでくるのが鬱陶しくて仕方がなかった。乾いた唇で、ちっ、と今にもかき消えそうな舌打ちをした。 雨が降らなくなってもうどれだけの月が過ぎたか。元からこの国は雨が少ない土地だったが、それにしたって酷い。 どれだけ雨乞いの儀式を行なっても雲ひとつない晴天は変わらず。干上がった水場が両手で数えきれなくなった頃、神の怒りだと誰かが言い始めた。どんなものでも乾いた砂に変えてしまうユニーク魔法を持つ忌み子が王族にいるのが間違いだと民達が吠え出したのは。民どころか王宮にいる者までもレオナの姿を見てはひそひそと、ライオンの獣人であるレオナには聞こえている声量で嘯く。 ――人さえも砂に変えてしまうなんて恐ろしい。 ――生まれつき砂に愛されている、呪われた御子だ。 ――レオナ様がお生まれになってから、雨が降らない日が多くなった気がする。 最後なんて完全に思い込みだ。レオナはまだ齢十歳だが、頭がよく過去にどれだけ雨が降ったかなどの記録を調べてみたが、レオナが生まれた年以降も他のどの年とも雨の降った回数は似たり寄ったりだった。 今年が異様に雨が降らないだけだ。しかし、自然の水が手に入らなくなった国民達からすればそんなことは関係のないことなのだろう。 第二王子を神への生贄にしろ、などと。不敬極まりない発言が許されてしまう程、民は追い詰められていた。 レオナの父や兄は必死に民を止めていたが、このままでは暴動が起きかねない。王宮に民が押し寄せ、レオナを無理に何処かへと連れて行きどこかで殺される可能性が上がってきた。日を追うごとに父や兄の焦燥に駆られて行くのが分かった。 だから、レオナから言ってやったのだ。「わたしが神の贄になりましょう」 それからは早かった。神に相応しいようにと貴重な水を惜しみなく使って身を整えられ、綺麗な服や――魔力を封じるアクセサリなどで着飾られ、そうして両腕と足を後ろできつく縄で縛られて神聖だといわれている洞窟に連れてこられたのは。 レオナを最奥の部屋に連れてきて横たわらせた者たちは、何かを成し遂げたとでも言うような高揚感に包まれながらレオナを置いて帰って行った。 最後の別れの際、父と兄は泣きながらレオナに謝った。レオナはそれを何の感情もなく見下ろしていた。 なにも二人を思ってあんなことを言ったわけではない。神などいないのだと、証明してやりたかった。自分が生贄になったからと言って現状は変わらないのだと教えてやりたかった。逃げるつもりなどなかったが、まさか魔力封じの首輪を着けらるとは思っていなかったが。そこだけが計算違いだ。 レオナが洞窟に捧げられてから三日間、未だ雨は降らない。もちろん神なんてものも現れない。空腹で腹が痛み、喉も口の中もからからに乾いて唇はひび割れている。 それでも、どうか雨なんて降ってくれるなよ、と。そんな願いを抱きながら瞼を閉じる。眠ってしまえば空腹も喉の渇きも気にならない。砂埃混じりの空気を深く吸い込み、同じように深く吐き出す。腹はぐるぐると鳴るし、乾いた空気が喉を傷めたがそんなことは気にしない。 ――そんな時だった。シャラン、と金属が擦れ合うような音が近くでしたのは。「おーい、大丈夫か?」 レオナ以外誰もいない筈の場所に、聞いたことのない声が響いた。レオナは目を見開き、声の主を探そうとしたが、探すまでもなくレオナの目の前にしゃがみ込んでいた。 白銀の髪にガーネットのような真っ赤で大きな瞳、褐色の肌。二の腕あたりには白い紋様が刻まれている。天井から差し込まれる月光を浴びて、きらきらと輝いているように思えた。見たことがない人間だった。「……誰だ、テメェは」「オレか? 悪いな、簡単には名乗れないんだ」 掠れた声で問えば、男は困ったように短めの眉をハの字にした。レオナはそんな男の様子に「そうじゃねぇ」と渇き切って喋りにくい口を動かした。「何者だって、聞いてるんだ」「ん? ああ、それなら答えられるぜ! オレは所謂、神サマってやつだな!」「は……ぁ? 神……?」 頭をガツンと殴られた気分だった。神なんて存在しないと証明するために生贄になったのに、まさか本当に神が現れるなんて。そんな馬鹿げたことがあってたまるか。「神なんて、いるわけねぇだろ」 けほり、と咳き込みながら言う。しかし男は少し難しい顔をしながら首を振った。「そんなことはないぜ? 現に、オレは声が聞こえたからここに来たんだ」「声? まさか、雨乞いを願う声でも、聞こえたのか?」 己を嘲るように男に言うと、男はこてん、と音がしそうに首を傾げた。まるでそんなこと聞いたことでもないようにと。「雨が欲しいのか? でもオレが聞いた声は、雨なんか降るなって声だったけど」 不思議そうに腕を組む男に、レオナは動揺した。それは自分が願っていた声だ。 第二王子を呪われた子と決めつけ、生贄に捧げてしまえと訴えた民や役人たちに対する恨みを、雨が降らないことを願うことで晴らしていた。このまま雨が降らずに朽ちていけばいい。そう思っていた。「この国は雨が欲しいのか? それとも、欲しくないのか?」「……もしも欲しいと言ったら、お前はそれを出来るのか」 不思議そうに呟いた男に、レオナは問いかけた。声が震えかけたのは隠せただろうか。酷く気弱になっていることを自覚しながら男の答えを待つ。「雨を降らせることくらいならできるぜ!」 男の答えはレオナに絶望を齎した。目の前が真っ暗になったような気さえした。だが、続いた男の言葉に顔をあげることとなる。「うーん、でもなぁ。この国に雨を降らすことはできないな」 難しい顔で、どこか申し訳なさそうに言う。それはどういうことだと聞こうとしたところで、レオナは咳き込んだ。さっきから乾いた喉で喋っていたから無理が出たのか。そんなレオナを見た男は慌てたようにレオナを起き上がらせる。 それから縛られた両手足の縄を見て困ったような表情をしたあと、男はくるりと指を回した。それだけで縄が消えてなくなり、手足が自由になる。 同じ体勢でいたせいで手足の痺れが酷いが、そんなことよりも先ほど男がしたことが気になった。縄を解いたのは魔法だろうか? それにしては魔力を感じなかった。「随分と手が汚れてるなぁ。まずは洗わないといけないな」 手を差し出せと言う男に、恐る恐る両手を出す。まだ魔力封じの首輪は取れていない。何があっても相手を砂にしてやることもできないのが癪だ。 何をされるのか、と思っていると、レオナの両手の上に水球が現れ、そこから綺麗な水が溢れ出した。重力に従い落ちていく水が、レオナの手を濡らす。勿体無さから掬おうと両手を器の形にしたが、男がそれを叱る。「まずはちゃんと手を洗うんだぜ! ほら、両手を合わせてゴシゴシって擦るんだ」 レオナの手を掴んで器の形を壊すと、一緒になって手を洗う。水はとめどなく溢れ、レオナは乾き切った口から唾液が滲みて出てくるのが分かった。「よし、そろそろ綺麗になったかな? ほら、喉が乾いてるんだろ。いくらでも水を飲んでくれていいんだぜ!」 男はレオナの手を離すとにこりと笑って見せた。手が自由になった瞬間、レオナは勢いよく水に口を付けた。喉を鳴らして水を飲み込む。水に毒が含まれているかどうかなんて気にならなかった。乾いていた喉が潤されていく。 男はにこにこと笑いレオナが必死に水を飲むのを見守っている。喉が潤ったことで周りに気をやれるようになったレオナは、慌てて水から口を離した。レオナが水から離れたタイミングで水球が小さくなっていき、なくなってしまう。 泥水でも、虫が浮かんでもいない綺麗な水だった。喉が乾いていたからかもしれないが、味もとびきり美味しくて、その水球がなくなってしまったのが一瞬惜しくなる。「美味かっただろ? 随分と喉が乾いてたんだなぁ」「……この国には雨を降らせられないってどう言うことだ」 先ほど聞けなかったことを漸く口にする。男はきょとんと瞬くと、「うーん」と唸り出した。「ここはオレの領域じゃないんだ。もしオレの領域だったり、誰の領域でもない場所なら雨を降らすこともできるんだけどなぁ。さっきみたいに小さな水球を出すくらいしかできないぜ」「誰の領域でもない……と言うことは、この国には神がいるのか?」「んー? そうだな。今は不在にしてるみたいだけど、いるにはいるみたいだな。この感じだと、数十年くらいはいなさそうだ。力になれなくてごめんなぁ」 もう数十年も神は不在にしている。つまり、レオナが生まれるよりもずっと前からこの国には神なんていなかった。「ハ……ハハハハハッ!!」 何が神の怒りだ、この国はとっくのとうに神から見放されていたんじゃないか。――何が忌み子だ、呪われた子だ。勝手に決めつけて、生贄に祀り上げて、結局は何の意味もなかった! 突然笑い出したレオナに男は驚いたように目を瞬き、大丈夫かとオロオロしている。そんな男を無視して、さらに問いかける。「ハハハ、ハッ、神サマよォ、この国に雨が降りそうかどうかなんてのは分かるか?」「へっ、雨か? そうだなぁ、水の精霊の気配が遠いから、次の雨が降るのは数ヶ月は先になるんじゃないか」 更に笑いが込み上がるかと思った。次は一体誰を生贄にするつもりだろうか? 皮肉げに口を歪ませる。「安心しろよ、どうせここの神もちょっとしたバカンスに出てるだけだって! 戻ってきたらちゃんと加護を与えてくれるだろ」 うんうんと頷く男に、ちょっとしたバカンスで数十年も加護を与えられないなんて、人種にとっては酷な話だとは伝えなかった。神にとって数十年なんて瞬きをする瞬間のようなものだろう。 とにかく上機嫌になったレオナは立ち上がろうと足に力を入れようとして、結局立ち上がることができなかった。ぐらりと傾いた体を男が抱き止める。水分は補給できたが、未だ空腹のせいでうまく体に力が入らないのだ。ぐうぅと腹から音が鳴る。喉の渇きが潤ったら他の欲求が顔を出してきたようだ。 男が微笑ましそうにレオナの背中を叩いて「腹が減ってるのかぁ」と笑うものだから、必死に抵抗しようとしたが腕に力が入らない。諦めて抱きしめられていると、男はレオナの顔を覗き込んできた。「何か食えばちゃんと家に帰れそうか?」 なんて呑気な質問だろう。両手足を縛られて放置されていた時点で察せられないのか。レオナは呆れたように目を眇めて縄で縛られた痕を男に見せる。「俺は生贄としてここで放置されてたんだ。帰れる場所なんてあるわけないだろ」「こっ、ここの神は子供を供えさせるのか? 随分と怖い神なんだな!?」 男は驚きつつ、今度はレオナを抱えたままゆらゆらと揺れ出した。何やら考え込んでいるようだが、抱き込みながらゆらゆら揺れるのはやめて欲しいとレオナは男の薄い胸を叩く。すると「そうだ!」と男が何か閃いたように声を上げた。「ならうちに来るか!」「……は?」「行く宛がないんだろ? だったらオレのところに来ればいい!」「おい、待て。話が急すぎるだろ――おい!」 それが良い! と言うや否や、レオナの腕を掴んで男は立ち上がった。レオナの意思などまるで無視だ。神というのは随分と勝手な存在らしい。 男が歩き出すと、ひび割れていた地面から一変して真っ白な空間が広がった。突然景色が変わったことにレオナは驚き、男に手を引かれるままついて行くしかない。 ふと男は振り返り、レオナを見下ろして口を開いた。「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ?」 きらきら輝く紅玉がレオナを見下ろす。そこには悪意も嫌悪、敵意も何もなくて、そんな風に見てくれるのは家族か侍従長のキファジぐらいだった。だからだろうか、いつもならそんな質問は軽く無視するのに、するりと名前が出てきた。「……レオナだ」 もう王族ではない。だからキングスカラーの姓は名乗らなず、名前だけ伝えた。すると男は嬉しそうに微笑む。「レオナか! 良い名前だなぁ。オレの名前はカリム。ここでは名前が道標になるから、もし迷ったらオレの名前を呼ぶんだぞ」「……簡単には名乗れないんじゃなかったのか?」「ここはもう神域だからな。いくらでも呼んでくれていいぜ!」 あ、でも現世では気安く呼んじゃダメだからな。と付け加えるカリムに、レオナはどこか呆れたようにため息を吐いた。 不本意にも手を繋いだまま白い世界を暫く歩いていると景色が変わってきた。 地面はレオナにとって慣れ親しんだ砂に青い空。少し離れたところに玉ねぎ型の屋根が特徴の白亜の宮殿が見える。レオナの国では見たことがない様式の建物だ。それもレオナが暮らしていた王宮よりも大きいかもしれない。 思わず見上げていると、不意に浮遊感に襲われる。カリムに抱き上げられたのだ。「今日からここがレオナの家で、オレがレオナの家族になるんだ。よろしくな、レオナ!」 間近で満面の笑顔を浮かべるカリムに、レオナは目を瞠る。来た道を振り返るが真っ白な道はもうなくなっていた。 生贄になると決めた時、もう帰ることはないだろうと思っていたが、それでもほんの少しの郷愁に駆られた。だがそんなことは気にしていられない。 まさか本当に神が現れて、殺されることなく生きているのなら、精々その生にしがみ付いてやる。どんなに生き汚いと言われようと、そうすると決めた。 そのためにはこのお人好しな神だって利用してやろう。「……ああ、よろしくな。カリム」 素直にそう言い返してやれば、カリムは殊更嬉しそうに微笑むのだった。畳む
カラカラに乾いてひび割れた大地に横たわり、世界に対する呪詛を紡ぐ。
何が神への生贄だ、神なんているわけがない。こんな国に雨なんて降るわけがない。
水の気配なんて欠片もない洞窟の最奥。岩が重なり合ってできたような洞窟で、岩の隙間からレオナを照らすように月明かりが差し込んでくるのが鬱陶しくて仕方がなかった。乾いた唇で、ちっ、と今にもかき消えそうな舌打ちをした。
雨が降らなくなってもうどれだけの月が過ぎたか。元からこの国は雨が少ない土地だったが、それにしたって酷い。
どれだけ雨乞いの儀式を行なっても雲ひとつない晴天は変わらず。干上がった水場が両手で数えきれなくなった頃、神の怒りだと誰かが言い始めた。どんなものでも乾いた砂に変えてしまうユニーク魔法を持つ忌み子が王族にいるのが間違いだと民達が吠え出したのは。民どころか王宮にいる者までもレオナの姿を見てはひそひそと、ライオンの獣人であるレオナには聞こえている声量で嘯く。
――人さえも砂に変えてしまうなんて恐ろしい。
――生まれつき砂に愛されている、呪われた御子だ。
――レオナ様がお生まれになってから、雨が降らない日が多くなった気がする。
最後なんて完全に思い込みだ。レオナはまだ齢十歳だが、頭がよく過去にどれだけ雨が降ったかなどの記録を調べてみたが、レオナが生まれた年以降も他のどの年とも雨の降った回数は似たり寄ったりだった。
今年が異様に雨が降らないだけだ。しかし、自然の水が手に入らなくなった国民達からすればそんなことは関係のないことなのだろう。
第二王子を神への生贄にしろ、などと。不敬極まりない発言が許されてしまう程、民は追い詰められていた。
レオナの父や兄は必死に民を止めていたが、このままでは暴動が起きかねない。王宮に民が押し寄せ、レオナを無理に何処かへと連れて行きどこかで殺される可能性が上がってきた。日を追うごとに父や兄の焦燥に駆られて行くのが分かった。
だから、レオナから言ってやったのだ。
「わたしが神の贄になりましょう」
それからは早かった。神に相応しいようにと貴重な水を惜しみなく使って身を整えられ、綺麗な服や――魔力を封じるアクセサリなどで着飾られ、そうして両腕と足を後ろできつく縄で縛られて神聖だといわれている洞窟に連れてこられたのは。
レオナを最奥の部屋に連れてきて横たわらせた者たちは、何かを成し遂げたとでも言うような高揚感に包まれながらレオナを置いて帰って行った。
最後の別れの際、父と兄は泣きながらレオナに謝った。レオナはそれを何の感情もなく見下ろしていた。
なにも二人を思ってあんなことを言ったわけではない。神などいないのだと、証明してやりたかった。自分が生贄になったからと言って現状は変わらないのだと教えてやりたかった。逃げるつもりなどなかったが、まさか魔力封じの首輪を着けらるとは思っていなかったが。そこだけが計算違いだ。
レオナが洞窟に捧げられてから三日間、未だ雨は降らない。もちろん神なんてものも現れない。空腹で腹が痛み、喉も口の中もからからに乾いて唇はひび割れている。
それでも、どうか雨なんて降ってくれるなよ、と。そんな願いを抱きながら瞼を閉じる。眠ってしまえば空腹も喉の渇きも気にならない。砂埃混じりの空気を深く吸い込み、同じように深く吐き出す。腹はぐるぐると鳴るし、乾いた空気が喉を傷めたがそんなことは気にしない。
――そんな時だった。シャラン、と金属が擦れ合うような音が近くでしたのは。
「おーい、大丈夫か?」
レオナ以外誰もいない筈の場所に、聞いたことのない声が響いた。レオナは目を見開き、声の主を探そうとしたが、探すまでもなくレオナの目の前にしゃがみ込んでいた。
白銀の髪にガーネットのような真っ赤で大きな瞳、褐色の肌。二の腕あたりには白い紋様が刻まれている。天井から差し込まれる月光を浴びて、きらきらと輝いているように思えた。見たことがない人間だった。
「……誰だ、テメェは」
「オレか? 悪いな、簡単には名乗れないんだ」
掠れた声で問えば、男は困ったように短めの眉をハの字にした。レオナはそんな男の様子に「そうじゃねぇ」と渇き切って喋りにくい口を動かした。
「何者だって、聞いてるんだ」
「ん? ああ、それなら答えられるぜ! オレは所謂、神サマってやつだな!」
「は……ぁ? 神……?」
頭をガツンと殴られた気分だった。神なんて存在しないと証明するために生贄になったのに、まさか本当に神が現れるなんて。そんな馬鹿げたことがあってたまるか。
「神なんて、いるわけねぇだろ」
けほり、と咳き込みながら言う。しかし男は少し難しい顔をしながら首を振った。
「そんなことはないぜ? 現に、オレは声が聞こえたからここに来たんだ」
「声? まさか、雨乞いを願う声でも、聞こえたのか?」
己を嘲るように男に言うと、男はこてん、と音がしそうに首を傾げた。まるでそんなこと聞いたことでもないようにと。
「雨が欲しいのか? でもオレが聞いた声は、雨なんか降るなって声だったけど」
不思議そうに腕を組む男に、レオナは動揺した。それは自分が願っていた声だ。
第二王子を呪われた子と決めつけ、生贄に捧げてしまえと訴えた民や役人たちに対する恨みを、雨が降らないことを願うことで晴らしていた。このまま雨が降らずに朽ちていけばいい。そう思っていた。
「この国は雨が欲しいのか? それとも、欲しくないのか?」
「……もしも欲しいと言ったら、お前はそれを出来るのか」
不思議そうに呟いた男に、レオナは問いかけた。声が震えかけたのは隠せただろうか。酷く気弱になっていることを自覚しながら男の答えを待つ。
「雨を降らせることくらいならできるぜ!」
男の答えはレオナに絶望を齎した。目の前が真っ暗になったような気さえした。だが、続いた男の言葉に顔をあげることとなる。
「うーん、でもなぁ。この国に雨を降らすことはできないな」
難しい顔で、どこか申し訳なさそうに言う。それはどういうことだと聞こうとしたところで、レオナは咳き込んだ。さっきから乾いた喉で喋っていたから無理が出たのか。そんなレオナを見た男は慌てたようにレオナを起き上がらせる。
それから縛られた両手足の縄を見て困ったような表情をしたあと、男はくるりと指を回した。それだけで縄が消えてなくなり、手足が自由になる。
同じ体勢でいたせいで手足の痺れが酷いが、そんなことよりも先ほど男がしたことが気になった。縄を解いたのは魔法だろうか? それにしては魔力を感じなかった。
「随分と手が汚れてるなぁ。まずは洗わないといけないな」
手を差し出せと言う男に、恐る恐る両手を出す。まだ魔力封じの首輪は取れていない。何があっても相手を砂にしてやることもできないのが癪だ。
何をされるのか、と思っていると、レオナの両手の上に水球が現れ、そこから綺麗な水が溢れ出した。重力に従い落ちていく水が、レオナの手を濡らす。勿体無さから掬おうと両手を器の形にしたが、男がそれを叱る。
「まずはちゃんと手を洗うんだぜ! ほら、両手を合わせてゴシゴシって擦るんだ」
レオナの手を掴んで器の形を壊すと、一緒になって手を洗う。水はとめどなく溢れ、レオナは乾き切った口から唾液が滲みて出てくるのが分かった。
「よし、そろそろ綺麗になったかな? ほら、喉が乾いてるんだろ。いくらでも水を飲んでくれていいんだぜ!」
男はレオナの手を離すとにこりと笑って見せた。手が自由になった瞬間、レオナは勢いよく水に口を付けた。喉を鳴らして水を飲み込む。水に毒が含まれているかどうかなんて気にならなかった。乾いていた喉が潤されていく。
男はにこにこと笑いレオナが必死に水を飲むのを見守っている。喉が潤ったことで周りに気をやれるようになったレオナは、慌てて水から口を離した。レオナが水から離れたタイミングで水球が小さくなっていき、なくなってしまう。
泥水でも、虫が浮かんでもいない綺麗な水だった。喉が乾いていたからかもしれないが、味もとびきり美味しくて、その水球がなくなってしまったのが一瞬惜しくなる。
「美味かっただろ? 随分と喉が乾いてたんだなぁ」
「……この国には雨を降らせられないってどう言うことだ」
先ほど聞けなかったことを漸く口にする。男はきょとんと瞬くと、「うーん」と唸り出した。
「ここはオレの領域じゃないんだ。もしオレの領域だったり、誰の領域でもない場所なら雨を降らすこともできるんだけどなぁ。さっきみたいに小さな水球を出すくらいしかできないぜ」
「誰の領域でもない……と言うことは、この国には神がいるのか?」
「んー? そうだな。今は不在にしてるみたいだけど、いるにはいるみたいだな。この感じだと、数十年くらいはいなさそうだ。力になれなくてごめんなぁ」
もう数十年も神は不在にしている。つまり、レオナが生まれるよりもずっと前からこの国には神なんていなかった。
「ハ……ハハハハハッ!!」
何が神の怒りだ、この国はとっくのとうに神から見放されていたんじゃないか。――何が忌み子だ、呪われた子だ。勝手に決めつけて、生贄に祀り上げて、結局は何の意味もなかった!
突然笑い出したレオナに男は驚いたように目を瞬き、大丈夫かとオロオロしている。そんな男を無視して、さらに問いかける。
「ハハハ、ハッ、神サマよォ、この国に雨が降りそうかどうかなんてのは分かるか?」
「へっ、雨か? そうだなぁ、水の精霊の気配が遠いから、次の雨が降るのは数ヶ月は先になるんじゃないか」
更に笑いが込み上がるかと思った。次は一体誰を生贄にするつもりだろうか? 皮肉げに口を歪ませる。
「安心しろよ、どうせここの神もちょっとしたバカンスに出てるだけだって! 戻ってきたらちゃんと加護を与えてくれるだろ」
うんうんと頷く男に、ちょっとしたバカンスで数十年も加護を与えられないなんて、人種にとっては酷な話だとは伝えなかった。神にとって数十年なんて瞬きをする瞬間のようなものだろう。
とにかく上機嫌になったレオナは立ち上がろうと足に力を入れようとして、結局立ち上がることができなかった。ぐらりと傾いた体を男が抱き止める。水分は補給できたが、未だ空腹のせいでうまく体に力が入らないのだ。ぐうぅと腹から音が鳴る。喉の渇きが潤ったら他の欲求が顔を出してきたようだ。
男が微笑ましそうにレオナの背中を叩いて「腹が減ってるのかぁ」と笑うものだから、必死に抵抗しようとしたが腕に力が入らない。諦めて抱きしめられていると、男はレオナの顔を覗き込んできた。
「何か食えばちゃんと家に帰れそうか?」
なんて呑気な質問だろう。両手足を縛られて放置されていた時点で察せられないのか。レオナは呆れたように目を眇めて縄で縛られた痕を男に見せる。
「俺は生贄としてここで放置されてたんだ。帰れる場所なんてあるわけないだろ」
「こっ、ここの神は子供を供えさせるのか? 随分と怖い神なんだな!?」
男は驚きつつ、今度はレオナを抱えたままゆらゆらと揺れ出した。何やら考え込んでいるようだが、抱き込みながらゆらゆら揺れるのはやめて欲しいとレオナは男の薄い胸を叩く。すると「そうだ!」と男が何か閃いたように声を上げた。
「ならうちに来るか!」
「……は?」
「行く宛がないんだろ? だったらオレのところに来ればいい!」
「おい、待て。話が急すぎるだろ――おい!」
それが良い! と言うや否や、レオナの腕を掴んで男は立ち上がった。レオナの意思などまるで無視だ。神というのは随分と勝手な存在らしい。
男が歩き出すと、ひび割れていた地面から一変して真っ白な空間が広がった。突然景色が変わったことにレオナは驚き、男に手を引かれるままついて行くしかない。
ふと男は振り返り、レオナを見下ろして口を開いた。
「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ?」
きらきら輝く紅玉がレオナを見下ろす。そこには悪意も嫌悪、敵意も何もなくて、そんな風に見てくれるのは家族か侍従長のキファジぐらいだった。だからだろうか、いつもならそんな質問は軽く無視するのに、するりと名前が出てきた。
「……レオナだ」
もう王族ではない。だからキングスカラーの姓は名乗らなず、名前だけ伝えた。すると男は嬉しそうに微笑む。
「レオナか! 良い名前だなぁ。オレの名前はカリム。ここでは名前が道標になるから、もし迷ったらオレの名前を呼ぶんだぞ」
「……簡単には名乗れないんじゃなかったのか?」
「ここはもう神域だからな。いくらでも呼んでくれていいぜ!」
あ、でも現世では気安く呼んじゃダメだからな。と付け加えるカリムに、レオナはどこか呆れたようにため息を吐いた。
不本意にも手を繋いだまま白い世界を暫く歩いていると景色が変わってきた。
地面はレオナにとって慣れ親しんだ砂に青い空。少し離れたところに玉ねぎ型の屋根が特徴の白亜の宮殿が見える。レオナの国では見たことがない様式の建物だ。それもレオナが暮らしていた王宮よりも大きいかもしれない。
思わず見上げていると、不意に浮遊感に襲われる。カリムに抱き上げられたのだ。
「今日からここがレオナの家で、オレがレオナの家族になるんだ。よろしくな、レオナ!」
間近で満面の笑顔を浮かべるカリムに、レオナは目を瞠る。来た道を振り返るが真っ白な道はもうなくなっていた。
生贄になると決めた時、もう帰ることはないだろうと思っていたが、それでもほんの少しの郷愁に駆られた。だがそんなことは気にしていられない。
まさか本当に神が現れて、殺されることなく生きているのなら、精々その生にしがみ付いてやる。どんなに生き汚いと言われようと、そうすると決めた。
そのためにはこのお人好しな神だって利用してやろう。
「……ああ、よろしくな。カリム」
素直にそう言い返してやれば、カリムは殊更嬉しそうに微笑むのだった。畳む