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フロカリ / 初

「あのさぁ、付き合うって何すればいいの〜?」
 どこか情けない色味を帯びた声がモストロラウンジのVIPルームに響いた。
 ラウンジが閉店してから今日の売上を集計していたアズールと、同じように事務仕事をしていたジェイドは思わずその声の発生源を見る。
 そこには気怠そうに横になりながらどこか深刻そうな表情をしているフロイドがいる。
 つい先日、初恋がどうのと騒いでジェイドたちを巻き込んだ挙げ句、あっさりと想い人と想いを通わせることができたとお花畑になっていた張本人。
 今度は何事かとアズールとジェイドは一瞬だけ目を合わせる。とかくめんどくさいことには間違いないだろうと、内心ではため息が漏れそうだった。
「どうしたんですか、フロイド。この間は嬉しそうにカリムさんと恋人同士になったと報告してきたではないですか」
「もうすでに倦怠期にでも入ったんですか」
 彼の片割れであるジェイドは、事務仕事の手を止めフロイドの話に乗る、下手に放置したほうが面倒だと判断したためだ。そして同じ判断をしたアズールが面倒臭そうに問う。
 ジェイドもアズールも、フロイドとカリムの関係に異を唱えることはない。寧ろ歓迎しているくらいだ。
 フロイドがカリムに「今日のラウンジの仕事、頑張ってな!」などと言われた日にはいつも以上に調子がよくなるし、アズールとしては将来のことを考え、カリムとは良い関係を築いておきたいためにフロイドとカリムの仲が拗れることは良しとしない。
 閑話休題。
 アズールの発言にムッとしたように、フロイドは一度顔を上げて「そんなんじゃねーし!」とふてくされたように言ったあと、またソファに顔を埋めた。
 そうしてもごもごと何か呟いたと思ったら、今度は弱々しい声が上がった。
「自然に手ぇ繋ぐとか、どうすんのかなって思っただけだし」
 ぴしり、と空気が凍るような音をジェイドとアズールは聞いた気がした。
 付き合う前は距離感がどうなっているんだ、と思うほどベタベタと抱きついたり持ち上げたり、それこそ手を繋ぐなんて呼吸をするより当たり前だと言わんばかりにしていたくせに、いざ恋心を自覚して、恋人として付き合うようになった途端にどうすればよいか悩んでいるなんて。
「フロイド……あなた、意外と初心だったんですね」
「……あなたとカリムさんのことですから、すでに一線くらい超えてると思ってましたが……」
 知らなかった片割れの意外な姿に、どこか感心したようにジェイドは呟く。もし自分が誰かに恋をしたらこうなるのだろうか、などと真剣に考えてしまう。
 アズールは意外だとばかりにフロイドを見つめながら、思っていたことを口に出した。その言葉にフロイドは勢いよく体を起こして反論する。
「はぁっ?! ラッコちゃん相手にそんなのすぐできるわけねーじゃん!」
 人魚故に白すぎる顔を真っ赤にしながら反論するフロイドに、そんな彼は見たくなかったとジェイドとアズールは目を逸らす。
 状況は思っていた以上に深刻そうだ。なにせあのフロイド・リーチがここまで拗らせているなど、そうそうないし、彼のキャラクター的にあってはならない。
「もしや、人間の雄同士の交尾の仕方が分からないとか?」
「そんなんラッコちゃんと付き合い始めてからすぐ調べた」
「手を出す気満々じゃないですか……ならばどうしてそんなことになってるんです? あなたらしくない」
「だって……」
 子供のようにでもでもだってと言いそうなフロイドを、見たこともない生き物でも見るようにして続きの言葉をジェイドとアズールは待つ。
 数秒か数分か、ようやく口を開いたフロイド曰く、
「ラッコちゃんが前よりもっと可愛くなってるし、前よりもずっとキラキラしてるから手ぇ出せないんじゃん! なんであんなに可愛くなってんの?! しかもそれでオレのこと「大好きだ!」って言ってくるし、眩しくて目も開けらんないじゃん!」
 なんとも理不尽な言いようである。確かにカリムは可愛いか格好いいかなどで区別するならば、可愛いにカテゴライズされるだろうが、ジェイドとアズールからしてみれば以前と変わりない。
 つまり惚れた欲目によるフィルターがかかっているようだった。そんなことで以前よりも接触が少なくなっているなんて、カリムのほうが可哀想ではないか? という疑問も浮かんでくる。
 というか単に惚気を聞かされたジェイドとアズールは、まるでカリムが入れてくれるお茶でも飲んだ気分になった。
 甘ったるいことこの上ない。幸せそうで何よりですと他人事な――間違いなく他人事ではあるが――ことを聞かされて、今すぐにでもブラックコーヒーを飲みたい気分になった。仕事が終わったらコーヒーを淹れるようにアズールはジェイドに目配せした。
 そしてそんな砂糖製造機と化したフロイドは頭を抱えながら「可愛すぎるラッコちゃんに触れなくなって嫌われたらどうしよう」などと供述しており……、とにかく今日は休むようにジェイドが悩んでばかりいても仕方がない。案ずるより産むが易しという言葉も陸にはあると言葉巧みにフロイドをVIPルームから追い出し、自室に戻るように促した。
 ようやく訪れた静寂に、残ったアズールとジェイドは一つため息をこぼした。
「フロイドがああなってしまうとは……恋とは恐ろしいものですね」
「あんな姿は始めてみましたね……僕もああはならないように気をつけたいと思います」
 とりあえずコーヒーを淹れますね、と席を立ったジェイドの後ろ姿を見送ったアズールは、止めていた集計の仕事にようやく戻ることができた。


 翌朝、フロイドは若干、フラフラとした足つきでオクタヴィネル寮を出た。
 鏡を通って鏡舎に出ると、そこにはいつの間にかフロイドの心をすっかりと奪っていった恋人の姿――カリムの姿があった。
 カリムはフロイドに気がつくと、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。ただそれだけでフロイドの目が灼かれるかと思った。
 太陽を直接見たような眩しさを覚えて思わず目を細める。
 誰かの笑顔が眩しいなんて思うことは、カリム以外では絶対にないであろうとフロイドは密かに思う。
「おはよう、フロイド!」
 その声はまるで天上から鳴り響く音楽のように聞こえて、さすがのフロイドも自分がどうにかしてしまったのではないかと考え始めたが、脳内の彼の片割れと幼馴染からは今更だと言われた。
「……おはよー、ラッコちゃん」
 なんとか返事を返すと、いつもとは違うフロイドの様子に気づいたらしいカリムが、心配そうにフロイドの顔を下から見上げた。普段は鈍感なくせに、こんなときばかり彼はよく気がつくのだ。
 そして、これはよくない、とフロイドは思った。上目遣いに、心配そうに寄せられる眉。これが己のためのものだと思うと、心臓の奥でぐわりと何かがこみ上げてくる。
「どうした? どこか具合が悪いのか? 保健室に行くか?」
 純粋な好意から心配してくるカリムに罪悪感を覚えると同時に、彼のことが好きだという気持ちがますます膨らんでいった。
 もうこれ以上はないと思っていたのに。カリムはどんどんフロイドの初めてを奪っていく。衝動的に抱きしめたくなるが、そこはぐっとこらえた。
 感情のままに動いてしまったら、まだ人間二年生であるフロイドはカリムを傷付けてしまうのではないかと不安になってしまうのだ。
 きらきら輝くカリムに――これはフロイドの惚れた欲目であるフィルターがかなり掛かっている――なんとか大丈夫であることを告げることができた。
 カリムが好きすぎてどうにかなってしまいそうどなどと、言えるはずもなく、フロイドにしては珍しく口を閉ざすしかない。
 相変わらず心配気なカリムは、それでもフロイドの気持ちを優先してから、「そっか」と納得したように頷いてくれた。ああ、そんなところも愛おしい。
 思わず手が伸びそうになったところ、なんと逆にカリムからぎゅっと手をにぎられてしまいますフロイドは目を丸くした。
 フロイドがあんなに悩んでいたことをあっさりとやってのける。さすがはカリム・アルアジーム。
「……久しぶりに手を繋いだな」
 やはりカリムもフロイドからの接触がなくなっていたことを気にしていたのか、少し寂しそうに、そして照れくさそうに笑う。
 その笑顔たるや、可愛らしさのあまりに崩れ落ち無かったことを、フロイドは自分を褒め殺したくなった。それから、やはり不安にさせていたのだと申し訳なくなった。
「ら、ラッコちゃん……」
 じわじわと繋いだ手から体温が上がっていくような気がして、フロイドの声が上擦る。頬が赤くなってないか心配になった。
「なぁ、今日はこのまま学校に行かないか?」
 不安げに、恐る恐る上目遣いでのお願いに、フロイドが否と言えるはずもない。頬が熱い。顔はきっと、分かりやすいほど赤くなっていることだろう。
 こんなとき、人魚特有の白い肌を恨むことになるとは思ってもみなかった。
「…………いーよぉ」
  なんとか絞り出した声に、カリムは嬉しそうに「ほんとか!」と花が綻ぶように笑った。ああ、その表情は駄目だ。愛しいが過ぎる。
 人魚は愛情深いと、いつか聞いたことがある。まさか自分がこうなってしまうなど露程も思ってなかったフロイドは、あの言葉は本当だったんだなと実感を籠めて思った。
 こうしてフロイドとカリムは、仲良く手を繋ぎながら登校することとなる。
 
 方や満面の笑顔で、もう片方は頬を赤らめながら歩く姿はNRCの生徒達にかつてない衝撃を与えたのは言うまでもないことだった。畳む
    

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