2024/11/24 DiD,リィンカーネーションの輪 カブライ / 転生・聖剣LOMパロ / 第一話記憶なしカブルー×記憶ありライオスです。続きを読む 穏やかな最期であった、とライオスは思う。トールマンの平均年齢よりも数年も生きながらえた。 看取ってくれたのは旅の仲間であったマルシル、竜の血が混ざりトールマンよりも長命となった妹のファリン。 そして、我が半身と言っても過言ではない、愛すべき伴侶。また宰相として長く支えてくれたカブルー。彼もまたよく長生きしてくれたと思う。彼の方がライオスよりもいくらか若かったから、見送ってくれるだろうとは思っていたが些か長く付き合わせすぎた。 彼らは涙を浮かべてはいたが、全員が微笑んで、ライオスの今際の際を見届けてくれた。 視界が見えなくなっても声だけは最後まで聞こえていた。泣き出してしまったマルシルの頭を撫でてやりたかった。泣くのを堪えるように鼻を啜るファリンの肩を抱いてやりたかった。 何より、「お疲れ様でした、我が王」と言ってくれたカブルーを強く抱きしめたかった。 そこで意識はなくなり、ライオスは自分が死んだのだと分かった。人は死ぬとどうなるのだろうか。ライオスの魂は体から離れると、長いこと、昔の夢を見ることとなった。 海に沈んでいたメリニがだんだんと発展していく様。悪魔の欲望を喰らった瞬間。妹のファリンを蘇生するために最低限の荷物だけを持って迷宮へと潜り込んだ日。人間嫌いが決定打となった学生時代。――そして、自分自身が生まれる瞬間。 記憶にはないだろうに、黄金色の髪を僅かに生やした赤ん坊の自分が目を覚ました瞬間を、確かにライオスは見た。 刹那、ライオスの瞳は、再びライオスの意思を持って開いたのだ。 頭を動かし、ここはどこだとあたりを見渡す。周囲は見渡す限りに木々が植っている。 しばらくして、ライオスがいる場所は深い森の奥のようであると気づく。森の中に潜む生き物の気配が色濃く感じられる。不思議な感覚だった。 ライオスは混乱した。確か己は、仲間を、妹を、最愛の人を残して死んだはずだ。なのになぜ生きているのだろう。 混乱していたが、それでも喉の渇きを感じてライオスは身を起こした。そこでようやく違和感に気づく。己の体が、人の形をしていないことに。 ライオスが自身の体に目を向けると、黄金の鱗が見えた、その鱗に覆われた尾も、爬虫類のような足も。ぱちぱちと瞬きしてもそれらは消えなかった。 急いでライオスは近場の湖を探した。感覚が鋭くなっているのか、どこに水場があるかすぐに分かった。 四足の足で走る。走る。走る。 あっという間に湖についた。湖はまるで鏡のように空や森を映していた。ライオスは恐る恐るその湖に近づく。そうして、そうっと湖を覗き込んだ。 そこには四本の角を持った黄金の竜がいた。 ライオスは驚いた。何度も身を起こしては体を確認し、湖を見遣り、くるくるとその場を回ってしまいには湖に落ちた。 湖は大きな水飛沫を上げ、ライオスは這々の体で湖から這い出ることになったが、これで確定した。 ライオスは、憧れていた竜に生まれ変わったのだと。 三つ首ではないことには多少不満を持ったが、秀でて頭がいいわけではないライオスが複数の頭を持ったところで喧嘩してしまいそうだから良かったのかもしれないと考え、湖の水をごくごくと飲むと上機嫌に元いた場所に戻った。 見よ、この黄金の翼を。ばさりと広げた翼を、首を回して見る。空を飛べそうだ。実際、試してみたところ飛ぶことができた。 それならばブレスもできるのだろうかと試そうとしたが、空から見た森の美しさに、自然破壊はいけないと諦めた。 それから数日はライオスは己が竜であることに現を抜かして過ごした。森の生物たちはライオスを恐れてか近づいてこないが、ライオスはその事に全く気づかずに。 そんな日々を送っていたある日のことだ。 鳥のような姿をした二足歩行の生き物が複数現れた。彼らは風読み士と名乗り、知恵のドラゴン、メガロードのドラグーンだという。 知恵のドラゴンとはなんだ、ドラグーンとはなんだ。あまりにも格好いい響きに羨ましくなる。「貴方が新しく生まれた知恵のドラゴンですね」 すると一人がライオスのことを知恵のドラゴンと呼んできた。そんなものになった覚えはないが、ライオスがドラゴンであることには変わりない。「えーと、知恵のドラゴンとは?」 竜に生まれ変わって初めて声を発して、ちゃんと人語が話せることに驚いた。思わず目をまん丸にして前足で口元を覆う。もっと格好いい咆哮などを想像していたから、少し残念だ。「……本当に知恵のドラゴンか?」「知識が足りないように見える」「威厳も足りていないな……」 風読み士たちはヒソヒソと話しているが、ドラゴンになったおかげか聴覚が鋭くなっているため、丸聞こえである。王であった頃もよく言われたなぁなどと呑気に考えていると、一人が咳払いをしてライオスの前に出てきた。「まずはお名前を伺っても良いでしょうか」「あ、ああ。俺の名前はライオスだよ」「ライオス様ですね。まずは知恵のドラゴンの説明からしましょう」 そう言って風読み士たちはあたりを見渡すと、ライオスの体で隠れている洞窟の入り口を見つけた。ライオスは居座りがいいからここにいただけで、別に隠していたわけではないのだが。 それを確認した風読み士はふむ、と頷く。「ちゃんと役割は果たしているようですね」「……ああ、もちろん」 よく分からないがとりあえず頷いておくことにした。それらしく自分を見せるのは大事だと前世でよく言われたものだから、そうしておくことにする。「安心しました。金のマナストーンを放置してどこかに行くほど馬……愚……知識が足りていないわけじゃないことがわかって」 彼らがライオスのことをなんとか貶めないように言葉を探していたらしいが、十分貶めていることに気づいているだろうか。ライオスは気にしていないのだから、いいのだが。 はて、金のマナストーンとは? 疑問を抱いていると、風読み士が再び口を開く。「マナストーンは奈落から死者を蘇らせることもできる膨大な力を持つ特別な石。知恵のドラゴンは世界秩序の番人として、それを守らなければいけません」 確かにあの洞窟の奥からは力強い何かを感じ取っていたが、死者を蘇らせることができる代物があったなんて。 前世では迷宮内では当たり前のように蘇生ができていたが、それはシスルが迷宮に不死の呪いをかけていたからだ。悪魔がいなくなり、迷宮が崩壊後は死んだものは死んだまま。生き返らせることなんてできない。 それは生き物としての成り立ちを、世界の秩序を壊すようなことだ。なるほど、世界秩序の番人。確かにそんな大それたものを任されているのなら、そう呼ばれるのも納得である。 にしても、生まれ変わってもまた面倒な役割を担わされてしまったのかとライオスはがっかりする。 ドラゴンに生まれ変わって、自由気ままに過ごせるかと思っていたが、そうもいかないらしい。ドラゴンという存在もどうも特別なものらしく――ライオスはそう聞いた時に大変興奮したが、なんとか表に出さないように気をつけた――人里に姿を現すことはないそうだ。 もし人の世界に介入したいのであれば、自分自身のドラグーンを見つけることだとも教えられた。 ドラグーンとはドラゴンと契約を交わした人間のことをいう。ドラゴンの命が絶えない限り何度でも蘇り、また歳も取らないらしい。それはすごい、ずるいんじゃないのか? とライオスは思った。 しかし、ドラグーンか。これから長く生きていくことになるだろうライオスには、話し相手として欲しい存在だなとぼんやり思った。 何せライオスはここから離れられないらしいので。 最初の百年は自分の身体を検分して過ごした。ドラゴンという存在がどれだけ強いのか気になった。 試しに一発、空に向かってブレスを放ってみたが、黄金の一閃によって綺麗に空が割れた。風読み士たちがやってきて苦情を言ってきたから、もうしないと約束した。 次の百年はマナストーンについて研究した。眩く黄金に光るマナストーン。まさに金の名に相応しいそれは、ライオスが触れることを戸惑うほどの力を持っていた。 どんな力が満ちているのか、それが悪用されたら世界はどうなってしまうのか、様々な思考を繰り返した。これは前世でいう、悪魔の力に似ているのだろう。そう考えるとぞっとしてしまう。 これは絶対に守り切らねばならいと決意を固くすることになった。 次の百年は戦いに明け暮れることとなった。人間たちがマナストーンを求めて森に進軍してきたのだ。大抵の人間は森の魔物たちが排除してくれるが、それでも奥まで到達してしまう人間はいる。 この世界ではどんな姿をしていてもトールマンやハーフフットなど種族関係なく人間というらしい。色々な人種の人間がライオスの姿を見て怖気づき、しかし襲いかかってきた。 伊達に一度魔物の姿になったわけじゃない。ある程度自分の耐久力も知っているし、この世界での魔力の力――マナと呼ぶらしい――についても使い方を覚えた。 尻尾を振るい、前足で薙ぎ払い、呪文を詠唱してマナストーンを狙う人間たちを退けた。血に汚れる森に悲観しては、早く諦めてくれないかと祈るばかりだった。 次の百年は、なんでも他の知恵のドラゴンが反乱を起こそうとしているらしいと情報が入った。しかしライオスはそんなこと言われてもどうすればいいのか分からない。何を思って反乱を起こそうとしたのかも分からないし。とにかくマナストーンを守らねばとだけ考えていた。 だからライオスはただ静観を貫いた。そうしていたら、いつの間にか事は片付いたらしく、風読み士から噂のドラゴン――ティアマットというらしい。格好いい名前だ――は奈落に封じられたと知らされた。 奈落に封じられたということは、死んだということではないのか? と思ったがライオスは特に何も言わず、ただ「そうか」とだけ告げた。 それから――数百年と時が過ぎていった。 外界との交流はなく、あったとしてもマナストーンを狙う不届きものばかり。ライオスはいい加減、一人でいることに飽きていた。前世では人に興味を持とうとしなかったライオスが、である。最近では前世であったことばかり思い出している。 知恵のドラゴンとして生まれたからか、記憶は衰えず、今も鮮やかなまま。 特に王として過ごしてきた日々を思い出していた。あの頃は大変だったけど、楽しくもあった。 ブルネットの巻き毛の彼、ライオスの伴侶、若い身の上で宰相となったカブルーが支えてくれたおかげで、どんなに辛かった時もなんとか乗り越えることができた。彼が自分のために奔走してくれていたのをよく知っている。 彼だけじゃない。妹のファリンも、マルシルも、センシも、チルチャックも、イヅツミも、ヤアドも、それから、それから。みんなが恋しい。 ライオスが竜に転生したように、他のみんなもこの世界に転生していないのだろうか。そうだったらいいのに。 それとも、もしかしたらみんなは他の世界に転生してしまったのだろうか。だとしたら一人ぼっちになってしまったようで、とても悲しい。 けれど、それ以上にみんなには健やかに生きていてほしい。みんなには幸せにでいてほしいから。 ぽとりと涙が一粒こぼれ落ちた。 ドラゴンの存在は伝説とされ、人間が訪れることがなくなってきた。 それならもう、いいんじゃないか。役目を投げ出して外の世界に行ってみても。そう考え始めたのは、孤独に耐えきれなくなったから。 黄金に輝くマナストーンの近くにやってくる。ライオスはそっと目を閉じてマナストーンに触れた。 ドラゴンという強大な存在のマナがマナストーンに流れ込んでいく。同時に、魔法陣をいくつも展開させて特殊な結界を作っていく。 要するに、誰の手にも渡らなければいいのだ。ライオスの持ち得るマナを使って封印してしまえばいい。生半可な力では封印は解けないだろうし、そうすればライオスは自由の身だ。 この世界であまりに長い時間を一人で過ごしてきた。もしかしたらマルシルよりも長生きしているかもしれない。 詠唱を止めて魔法陣がぐるぐると回りだす。次の瞬間、眩い輝きに包まれていた。「……うぅ」 チカチカと真っ白に染まった世界がだんだんと視界が戻ってくる。洞窟内の冷たい剥き出しの岩肌。特に美味しくもなかった苔。そして一番に目に入ってくる……。 そこではっとしてライオスは身体を起こした。マナストーンがあった場所に何もなくなっている。いや、何かがあるのはわかるが何も見えない。これはライオスや他のドラゴンだったらわかるが、他の生命体では気づけないだろう。「うまくいった……!」 やった! と力強く握り拳を作り、そこで違和感を覚える。ライオスは両手を自分の目の前に持ち上げた。 そこには五本の指がそれぞれある人間の手が見えた。驚いてひっくり返ると自然と「グェッ」とカエルが潰れるような声が出て、また違和感を覚えた。 ライオスは立ち上がって自分の身体を見回した。しなやかに動く体を纏う鉄の鎧。見覚えのあるそれはライオスがかつて人間で、そして冒険者であった時に纏っていた鎧と一緒だと気づいた。 ぺたぺたと両手で顔を触ると頭部に毛髪、目と鼻と口を確認。急いでかつて水を求めて湖まで走っていった。 随分と小さく、そして二足歩行になってしまったからか足が遅い。それでもやっとの思いでついた湖で、いつかのように水面を覗き込んだ。 そこには遥か昔の、ライオスが人だった頃の姿が映っていた。年齢的には悪魔を倒した時と同じくらいだろうか。マナを流し込み過ぎたせいで、竜の姿を保てなくなったようだ。 懐かしい己の姿に、しばしこんな顔だったか? と眺めること数時間。日が傾き始めた頃になってようやく自分を見つめすぎだと気がついた。 ライオスは洞窟の方を一度だけ見遣り、顔を背けた。少しだけ、少し世界を回ってきたら戻るから。 そんな言い訳をして、ライオスは森を後にした。 ライオスは街道の遠くに町が見えてきたことに気づく。よく見ようと手をかざして遠くを眺めるようにすると、きゅるりと眼球が回ったような感覚の後に町の様子がよく見えるようになる。随分と牧歌的な町であった。村と呼んでもいいのではないかと思う規模の町。 規模はともかく、ライオスにとって久しぶりの、今世では初めての人里だと思うと緊張してきた。まともに誰かと話すのは風読み士以来だ。 自然と足が早くなっていき、気がつけば走り出していた。相変わらず森と同じで魔物は現れないためライオスの邪魔をするものはいない。 疲れも空腹も感じないらしい今のライオスの体はまっすぐ最短距離で町に向かっていき、あっという間に町に着いた。 しかしライオスは、町の入り口で立ち尽くしてしまう。喜び勇んでやってきたが、ライオスはこの世界の金を持っていなかった。風読み士曰く、金(きん)を司る知恵のドラゴンらしいのに金(かね)がないとはこれいかに。 どうしよう、と悩んでいると背後に誰かが立ったのがわかる。相手も気配を隠そうとしていないのでやましいことがあるわけではないのだろう。 ゆっくりと振り返って、ライオスは息を呑んだ。 ブルネットの巻き毛に、綺麗なアーモンドの形をしたロイヤルブルーの瞳。彼には見覚えがあった。いや、あり過ぎた。「か、」「どうかしましたか、こんな町の入り口に立って」 名前を呼びそうになった瞬間、被せるようにかつての恋人によく似た青年は笑った。ライオスもよく見たことのある愛嬌のある愛想笑いで。 その笑顔を見てライオスは悟った。彼は何も覚えていない。いや、ただよく似ているだけの他人かもしれないことを。「あ……その……」「冒険者の方ですか? 宿屋はそこの道を左に行ったところにありますよ」「え、いや、その……俺は金、を、持っていなくて」 何を言っているんだろうとライオスは思った。そんなどうでもいいことを喋って。しかも久しぶりに喋るものだから声の出し方も忘れている。 けれど青年は目を丸くすると、すぐにライオスのことを心配そうに下から覗き込む。「街道で盗賊にでも遭ったんですか? 最近噂になっていますし」「盗賊……そう! その、金を、払えば、許してくれるって……」 言葉尻にいくほど声が小さくなっていく。名も知らない盗賊には申し訳ないが、悪者になってもらおう。 それにしても盗賊なんているんだな、と呑気に考える。ライオスが街道を歩いていた時は誰とも、何とも遭遇しなかった。もはやこの世界でも魔物に嫌われているのだろうか。薄々と気づいていたが、とてもがっかりしてしまう。 そのライオスの反応をどう受け取ったのか分からないが、青年は「許せませんね」と呟いた。どうやら盗賊に遭って落ち込んでいると取られたらしい。ますます名も知らない盗賊に対して申し訳なくなる。「とりあえず酒場に行きませんか? お金のことは心配しなくて大丈夫です。俺もこう見えて冒険者をやっていて、パーティを待たせてるところで……」「ちょっと、カブルー! いつまで待たせるつもり!?」 酒場と思われる建物の入り口から濡羽色の長髪の女性が出てきた。ライオスは彼女のことも知っていた。カブルーのパーティにいた魔術師の女性だ。 名前は確か――、「リンシャ! ごめん。待たせるつもりはなかったんだけど、この人が困っているみたいだったから。なんでも街道で盗賊に遭ったみたいで」「盗賊? またなの?」 そうだ、カブルーが姉のように慕っていると言っていた女性、リンシャだ。そして先ほど、ただ容姿が似ているだけだと思った青年の名は。「ああ、申し遅れました。僕の名前はカブルー。気軽に呼びすてで呼んでください」 そう言って握手を求められる。やはり彼はカブルーだった。記憶は、ないけれど。 数百年ぶりの再会に喜べばいいのか、それともすっかり忘れられていることに悲しめばいいのか。複雑になりながらもライオスはカブルーから差し出された手を握り返す。「カブルー……よろしく」「よろしくお願いします。ところで、あなたの名前をお聞きしても?」「え、俺? ……あー、俺の名前は」 そうだ、名乗られたのだから、こちらも名乗り返さなければ失礼に当たる。「俺の名前は……センシだ。こっちも、呼び捨てでいい」 気がついたらセンシの名前を名乗っていた。自分でも驚いたが、なんとか表情には出さなかった。けれど、リンシャの視線とカブルーの何か伺うような目から、偽名であることはばれているだろう。「わかりました、センシ。では酒場に行きましょう」 離れていく手の温度に寂しく思いながら、カブルーとリンシャに連れられて酒場へと向かうのだった。畳む
記憶なしカブルー×記憶ありライオスです。
穏やかな最期であった、とライオスは思う。トールマンの平均年齢よりも数年も生きながらえた。
看取ってくれたのは旅の仲間であったマルシル、竜の血が混ざりトールマンよりも長命となった妹のファリン。
そして、我が半身と言っても過言ではない、愛すべき伴侶。また宰相として長く支えてくれたカブルー。彼もまたよく長生きしてくれたと思う。彼の方がライオスよりもいくらか若かったから、見送ってくれるだろうとは思っていたが些か長く付き合わせすぎた。
彼らは涙を浮かべてはいたが、全員が微笑んで、ライオスの今際の際を見届けてくれた。
視界が見えなくなっても声だけは最後まで聞こえていた。泣き出してしまったマルシルの頭を撫でてやりたかった。泣くのを堪えるように鼻を啜るファリンの肩を抱いてやりたかった。
何より、「お疲れ様でした、我が王」と言ってくれたカブルーを強く抱きしめたかった。
そこで意識はなくなり、ライオスは自分が死んだのだと分かった。人は死ぬとどうなるのだろうか。ライオスの魂は体から離れると、長いこと、昔の夢を見ることとなった。
海に沈んでいたメリニがだんだんと発展していく様。悪魔の欲望を喰らった瞬間。妹のファリンを蘇生するために最低限の荷物だけを持って迷宮へと潜り込んだ日。人間嫌いが決定打となった学生時代。――そして、自分自身が生まれる瞬間。
記憶にはないだろうに、黄金色の髪を僅かに生やした赤ん坊の自分が目を覚ました瞬間を、確かにライオスは見た。
刹那、ライオスの瞳は、再びライオスの意思を持って開いたのだ。
頭を動かし、ここはどこだとあたりを見渡す。周囲は見渡す限りに木々が植っている。
しばらくして、ライオスがいる場所は深い森の奥のようであると気づく。森の中に潜む生き物の気配が色濃く感じられる。不思議な感覚だった。
ライオスは混乱した。確か己は、仲間を、妹を、最愛の人を残して死んだはずだ。なのになぜ生きているのだろう。
混乱していたが、それでも喉の渇きを感じてライオスは身を起こした。そこでようやく違和感に気づく。己の体が、人の形をしていないことに。
ライオスが自身の体に目を向けると、黄金の鱗が見えた、その鱗に覆われた尾も、爬虫類のような足も。ぱちぱちと瞬きしてもそれらは消えなかった。
急いでライオスは近場の湖を探した。感覚が鋭くなっているのか、どこに水場があるかすぐに分かった。
四足の足で走る。走る。走る。
あっという間に湖についた。湖はまるで鏡のように空や森を映していた。ライオスは恐る恐るその湖に近づく。そうして、そうっと湖を覗き込んだ。
そこには四本の角を持った黄金の竜がいた。
ライオスは驚いた。何度も身を起こしては体を確認し、湖を見遣り、くるくるとその場を回ってしまいには湖に落ちた。
湖は大きな水飛沫を上げ、ライオスは這々の体で湖から這い出ることになったが、これで確定した。
ライオスは、憧れていた竜に生まれ変わったのだと。
三つ首ではないことには多少不満を持ったが、秀でて頭がいいわけではないライオスが複数の頭を持ったところで喧嘩してしまいそうだから良かったのかもしれないと考え、湖の水をごくごくと飲むと上機嫌に元いた場所に戻った。
見よ、この黄金の翼を。ばさりと広げた翼を、首を回して見る。空を飛べそうだ。実際、試してみたところ飛ぶことができた。
それならばブレスもできるのだろうかと試そうとしたが、空から見た森の美しさに、自然破壊はいけないと諦めた。
それから数日はライオスは己が竜であることに現を抜かして過ごした。森の生物たちはライオスを恐れてか近づいてこないが、ライオスはその事に全く気づかずに。
そんな日々を送っていたある日のことだ。
鳥のような姿をした二足歩行の生き物が複数現れた。彼らは風読み士と名乗り、知恵のドラゴン、メガロードのドラグーンだという。
知恵のドラゴンとはなんだ、ドラグーンとはなんだ。あまりにも格好いい響きに羨ましくなる。
「貴方が新しく生まれた知恵のドラゴンですね」
すると一人がライオスのことを知恵のドラゴンと呼んできた。そんなものになった覚えはないが、ライオスがドラゴンであることには変わりない。
「えーと、知恵のドラゴンとは?」
竜に生まれ変わって初めて声を発して、ちゃんと人語が話せることに驚いた。思わず目をまん丸にして前足で口元を覆う。もっと格好いい咆哮などを想像していたから、少し残念だ。
「……本当に知恵のドラゴンか?」
「知識が足りないように見える」
「威厳も足りていないな……」
風読み士たちはヒソヒソと話しているが、ドラゴンになったおかげか聴覚が鋭くなっているため、丸聞こえである。王であった頃もよく言われたなぁなどと呑気に考えていると、一人が咳払いをしてライオスの前に出てきた。
「まずはお名前を伺っても良いでしょうか」
「あ、ああ。俺の名前はライオスだよ」
「ライオス様ですね。まずは知恵のドラゴンの説明からしましょう」
そう言って風読み士たちはあたりを見渡すと、ライオスの体で隠れている洞窟の入り口を見つけた。ライオスは居座りがいいからここにいただけで、別に隠していたわけではないのだが。
それを確認した風読み士はふむ、と頷く。
「ちゃんと役割は果たしているようですね」
「……ああ、もちろん」
よく分からないがとりあえず頷いておくことにした。それらしく自分を見せるのは大事だと前世でよく言われたものだから、そうしておくことにする。
「安心しました。金のマナストーンを放置してどこかに行くほど馬……愚……知識が足りていないわけじゃないことがわかって」
彼らがライオスのことをなんとか貶めないように言葉を探していたらしいが、十分貶めていることに気づいているだろうか。ライオスは気にしていないのだから、いいのだが。
はて、金のマナストーンとは? 疑問を抱いていると、風読み士が再び口を開く。
「マナストーンは奈落から死者を蘇らせることもできる膨大な力を持つ特別な石。知恵のドラゴンは世界秩序の番人として、それを守らなければいけません」
確かにあの洞窟の奥からは力強い何かを感じ取っていたが、死者を蘇らせることができる代物があったなんて。
前世では迷宮内では当たり前のように蘇生ができていたが、それはシスルが迷宮に不死の呪いをかけていたからだ。悪魔がいなくなり、迷宮が崩壊後は死んだものは死んだまま。生き返らせることなんてできない。
それは生き物としての成り立ちを、世界の秩序を壊すようなことだ。なるほど、世界秩序の番人。確かにそんな大それたものを任されているのなら、そう呼ばれるのも納得である。
にしても、生まれ変わってもまた面倒な役割を担わされてしまったのかとライオスはがっかりする。
ドラゴンに生まれ変わって、自由気ままに過ごせるかと思っていたが、そうもいかないらしい。ドラゴンという存在もどうも特別なものらしく――ライオスはそう聞いた時に大変興奮したが、なんとか表に出さないように気をつけた――人里に姿を現すことはないそうだ。
もし人の世界に介入したいのであれば、自分自身のドラグーンを見つけることだとも教えられた。
ドラグーンとはドラゴンと契約を交わした人間のことをいう。ドラゴンの命が絶えない限り何度でも蘇り、また歳も取らないらしい。それはすごい、ずるいんじゃないのか? とライオスは思った。
しかし、ドラグーンか。これから長く生きていくことになるだろうライオスには、話し相手として欲しい存在だなとぼんやり思った。
何せライオスはここから離れられないらしいので。
最初の百年は自分の身体を検分して過ごした。ドラゴンという存在がどれだけ強いのか気になった。
試しに一発、空に向かってブレスを放ってみたが、黄金の一閃によって綺麗に空が割れた。風読み士たちがやってきて苦情を言ってきたから、もうしないと約束した。
次の百年はマナストーンについて研究した。眩く黄金に光るマナストーン。まさに金の名に相応しいそれは、ライオスが触れることを戸惑うほどの力を持っていた。
どんな力が満ちているのか、それが悪用されたら世界はどうなってしまうのか、様々な思考を繰り返した。これは前世でいう、悪魔の力に似ているのだろう。そう考えるとぞっとしてしまう。
これは絶対に守り切らねばならいと決意を固くすることになった。
次の百年は戦いに明け暮れることとなった。人間たちがマナストーンを求めて森に進軍してきたのだ。大抵の人間は森の魔物たちが排除してくれるが、それでも奥まで到達してしまう人間はいる。
この世界ではどんな姿をしていてもトールマンやハーフフットなど種族関係なく人間というらしい。色々な人種の人間がライオスの姿を見て怖気づき、しかし襲いかかってきた。
伊達に一度魔物の姿になったわけじゃない。ある程度自分の耐久力も知っているし、この世界での魔力の力――マナと呼ぶらしい――についても使い方を覚えた。
尻尾を振るい、前足で薙ぎ払い、呪文を詠唱してマナストーンを狙う人間たちを退けた。血に汚れる森に悲観しては、早く諦めてくれないかと祈るばかりだった。
次の百年は、なんでも他の知恵のドラゴンが反乱を起こそうとしているらしいと情報が入った。しかしライオスはそんなこと言われてもどうすればいいのか分からない。何を思って反乱を起こそうとしたのかも分からないし。とにかくマナストーンを守らねばとだけ考えていた。
だからライオスはただ静観を貫いた。そうしていたら、いつの間にか事は片付いたらしく、風読み士から噂のドラゴン――ティアマットというらしい。格好いい名前だ――は奈落に封じられたと知らされた。
奈落に封じられたということは、死んだということではないのか? と思ったがライオスは特に何も言わず、ただ「そうか」とだけ告げた。
それから――数百年と時が過ぎていった。
外界との交流はなく、あったとしてもマナストーンを狙う不届きものばかり。ライオスはいい加減、一人でいることに飽きていた。前世では人に興味を持とうとしなかったライオスが、である。最近では前世であったことばかり思い出している。
知恵のドラゴンとして生まれたからか、記憶は衰えず、今も鮮やかなまま。
特に王として過ごしてきた日々を思い出していた。あの頃は大変だったけど、楽しくもあった。
ブルネットの巻き毛の彼、ライオスの伴侶、若い身の上で宰相となったカブルーが支えてくれたおかげで、どんなに辛かった時もなんとか乗り越えることができた。彼が自分のために奔走してくれていたのをよく知っている。
彼だけじゃない。妹のファリンも、マルシルも、センシも、チルチャックも、イヅツミも、ヤアドも、それから、それから。みんなが恋しい。
ライオスが竜に転生したように、他のみんなもこの世界に転生していないのだろうか。そうだったらいいのに。
それとも、もしかしたらみんなは他の世界に転生してしまったのだろうか。だとしたら一人ぼっちになってしまったようで、とても悲しい。
けれど、それ以上にみんなには健やかに生きていてほしい。みんなには幸せにでいてほしいから。
ぽとりと涙が一粒こぼれ落ちた。
ドラゴンの存在は伝説とされ、人間が訪れることがなくなってきた。
それならもう、いいんじゃないか。役目を投げ出して外の世界に行ってみても。そう考え始めたのは、孤独に耐えきれなくなったから。
黄金に輝くマナストーンの近くにやってくる。ライオスはそっと目を閉じてマナストーンに触れた。
ドラゴンという強大な存在のマナがマナストーンに流れ込んでいく。同時に、魔法陣をいくつも展開させて特殊な結界を作っていく。
要するに、誰の手にも渡らなければいいのだ。ライオスの持ち得るマナを使って封印してしまえばいい。生半可な力では封印は解けないだろうし、そうすればライオスは自由の身だ。
この世界であまりに長い時間を一人で過ごしてきた。もしかしたらマルシルよりも長生きしているかもしれない。
詠唱を止めて魔法陣がぐるぐると回りだす。次の瞬間、眩い輝きに包まれていた。
「……うぅ」
チカチカと真っ白に染まった世界がだんだんと視界が戻ってくる。洞窟内の冷たい剥き出しの岩肌。特に美味しくもなかった苔。そして一番に目に入ってくる……。
そこではっとしてライオスは身体を起こした。マナストーンがあった場所に何もなくなっている。いや、何かがあるのはわかるが何も見えない。これはライオスや他のドラゴンだったらわかるが、他の生命体では気づけないだろう。
「うまくいった……!」
やった! と力強く握り拳を作り、そこで違和感を覚える。ライオスは両手を自分の目の前に持ち上げた。
そこには五本の指がそれぞれある人間の手が見えた。驚いてひっくり返ると自然と「グェッ」とカエルが潰れるような声が出て、また違和感を覚えた。
ライオスは立ち上がって自分の身体を見回した。しなやかに動く体を纏う鉄の鎧。見覚えのあるそれはライオスがかつて人間で、そして冒険者であった時に纏っていた鎧と一緒だと気づいた。
ぺたぺたと両手で顔を触ると頭部に毛髪、目と鼻と口を確認。急いでかつて水を求めて湖まで走っていった。
随分と小さく、そして二足歩行になってしまったからか足が遅い。それでもやっとの思いでついた湖で、いつかのように水面を覗き込んだ。
そこには遥か昔の、ライオスが人だった頃の姿が映っていた。年齢的には悪魔を倒した時と同じくらいだろうか。マナを流し込み過ぎたせいで、竜の姿を保てなくなったようだ。
懐かしい己の姿に、しばしこんな顔だったか? と眺めること数時間。日が傾き始めた頃になってようやく自分を見つめすぎだと気がついた。
ライオスは洞窟の方を一度だけ見遣り、顔を背けた。少しだけ、少し世界を回ってきたら戻るから。
そんな言い訳をして、ライオスは森を後にした。
ライオスは街道の遠くに町が見えてきたことに気づく。よく見ようと手をかざして遠くを眺めるようにすると、きゅるりと眼球が回ったような感覚の後に町の様子がよく見えるようになる。随分と牧歌的な町であった。村と呼んでもいいのではないかと思う規模の町。
規模はともかく、ライオスにとって久しぶりの、今世では初めての人里だと思うと緊張してきた。まともに誰かと話すのは風読み士以来だ。
自然と足が早くなっていき、気がつけば走り出していた。相変わらず森と同じで魔物は現れないためライオスの邪魔をするものはいない。
疲れも空腹も感じないらしい今のライオスの体はまっすぐ最短距離で町に向かっていき、あっという間に町に着いた。
しかしライオスは、町の入り口で立ち尽くしてしまう。喜び勇んでやってきたが、ライオスはこの世界の金を持っていなかった。風読み士曰く、金を司る知恵のドラゴンらしいのに金がないとはこれいかに。
どうしよう、と悩んでいると背後に誰かが立ったのがわかる。相手も気配を隠そうとしていないのでやましいことがあるわけではないのだろう。
ゆっくりと振り返って、ライオスは息を呑んだ。
ブルネットの巻き毛に、綺麗なアーモンドの形をしたロイヤルブルーの瞳。彼には見覚えがあった。いや、あり過ぎた。
「か、」
「どうかしましたか、こんな町の入り口に立って」
名前を呼びそうになった瞬間、被せるようにかつての恋人によく似た青年は笑った。ライオスもよく見たことのある愛嬌のある愛想笑いで。
その笑顔を見てライオスは悟った。彼は何も覚えていない。いや、ただよく似ているだけの他人かもしれないことを。
「あ……その……」
「冒険者の方ですか? 宿屋はそこの道を左に行ったところにありますよ」
「え、いや、その……俺は金、を、持っていなくて」
何を言っているんだろうとライオスは思った。そんなどうでもいいことを喋って。しかも久しぶりに喋るものだから声の出し方も忘れている。
けれど青年は目を丸くすると、すぐにライオスのことを心配そうに下から覗き込む。
「街道で盗賊にでも遭ったんですか? 最近噂になっていますし」
「盗賊……そう! その、金を、払えば、許してくれるって……」
言葉尻にいくほど声が小さくなっていく。名も知らない盗賊には申し訳ないが、悪者になってもらおう。
それにしても盗賊なんているんだな、と呑気に考える。ライオスが街道を歩いていた時は誰とも、何とも遭遇しなかった。もはやこの世界でも魔物に嫌われているのだろうか。薄々と気づいていたが、とてもがっかりしてしまう。
そのライオスの反応をどう受け取ったのか分からないが、青年は「許せませんね」と呟いた。どうやら盗賊に遭って落ち込んでいると取られたらしい。ますます名も知らない盗賊に対して申し訳なくなる。
「とりあえず酒場に行きませんか? お金のことは心配しなくて大丈夫です。俺もこう見えて冒険者をやっていて、パーティを待たせてるところで……」
「ちょっと、カブルー! いつまで待たせるつもり!?」
酒場と思われる建物の入り口から濡羽色の長髪の女性が出てきた。ライオスは彼女のことも知っていた。カブルーのパーティにいた魔術師の女性だ。
名前は確か――、
「リンシャ! ごめん。待たせるつもりはなかったんだけど、この人が困っているみたいだったから。なんでも街道で盗賊に遭ったみたいで」
「盗賊? またなの?」
そうだ、カブルーが姉のように慕っていると言っていた女性、リンシャだ。そして先ほど、ただ容姿が似ているだけだと思った青年の名は。
「ああ、申し遅れました。僕の名前はカブルー。気軽に呼びすてで呼んでください」
そう言って握手を求められる。やはり彼はカブルーだった。記憶は、ないけれど。
数百年ぶりの再会に喜べばいいのか、それともすっかり忘れられていることに悲しめばいいのか。複雑になりながらもライオスはカブルーから差し出された手を握り返す。
「カブルー……よろしく」
「よろしくお願いします。ところで、あなたの名前をお聞きしても?」
「え、俺? ……あー、俺の名前は」
そうだ、名乗られたのだから、こちらも名乗り返さなければ失礼に当たる。
「俺の名前は……センシだ。こっちも、呼び捨てでいい」
気がついたらセンシの名前を名乗っていた。自分でも驚いたが、なんとか表情には出さなかった。けれど、リンシャの視線とカブルーの何か伺うような目から、偽名であることはばれているだろう。
「わかりました、センシ。では酒場に行きましょう」
離れていく手の温度に寂しく思いながら、カブルーとリンシャに連れられて酒場へと向かうのだった。畳む