2024/11/24 DiD,理想郷諧謔曲 カブライ / シャンフロパロ / 楽園開拓第一話続きを読む 世の中にはたくさんのゲームが溢れている。フルダイブゲーム、VRが流行りだしてからは加速度的に様々なゲームが販売されていった。 特にVRMMORPGというジャンルの中には、発売から半年もしないうちにVRMMORPGの金字塔とも呼ばれるゲームがあった。 その名もシャングリラ・フロンティア。 玉石混交のVRMMORPGの中で、間違いなく至上のゲームの一つと呼ばれている。発売されてからわずか半年で世界で最もプレイされたゲームとして世界記録に載っているのがその証だ。 NPCにも軍用AIなどを惜しげもなく搭載しており、まるで本物の人間と会話しているようだと評判である。 そんなゲームを、カブルーは友人たちの勧めですプレイしていた。 もともとゲームなどには興味はなかったが、友人たちがこぞって神ゲーであると語るのならば、その話に置いていかれないようにするためにカブルーはプレイしてみることにしたのだ。 初めて買ったVR機器やゲームの代金など初期費用は高かったが、始めてみるとこれは買ってよかったとゲーム初心者であるカブルーでもシャングリラ・フロンティアの面白さにのめり込んでいった。 初めてのフルダイブ型のゲームは、まるで自分の普通に体を動かすようにゲームのアバターであるカブルーの体も動いた。初めての体験に心が躍ったのを覚えている。 何かと器用に熟すカブルーはすぐにゲームに適応して、友人と一緒にパーティを組んではモンスターの討伐をしたり、新たな街を探したりと楽しんでいた。NPCがほぼ人間と変わらないことから、NPCとの会話も大事にしていたカブルーはプレイヤー、NPC間の間でも顔が広い。 現実でも人間好きが高じて友人が非常に多くいるカブルーの才は、ゲーム内でも遺憾なく発揮される。 そんな、ゲームも私生活も満喫していたカブルーの耳に一つの噂が聞こえてきた。 何でも、モンスター愛好家のクランに入らず、一人でモンスターについて調査しているプレイヤーがいるらしい。 そのプレイヤーはタンク職をしていて、その能力は非常に高いのだとか。たまたま一緒にクエストに同行したプレイヤー達は口々に一緒に戦っていてあんなに楽に戦えたのは初めてだったと言うのだ。 ただし相当な変人かつ人嫌いのようで、クランに勧誘してもフレンド申請しても素気無く断られるのだとか。 一人で受注できないクエストが発生した時のみ、その場限りのパーティを組むために向こうから声をかけてくるのが常らしい。 なんてそんなことを、カブルーこと、プレイヤー名「ブラウ」は己に声をかけてきたプレイヤー名を見ながら思い出していた。 変人プレイヤーの名は「ライオス」。そしてカブルーに声をかけてきたプレイヤーの名もまた、「ライオス」だった。「すまないが、一人では受注できないクエストが発生してしまったんだ。一時的でいいから俺とパーティを組んでくれないか?」 重戦士の鎧を装備した灰白色の髪をしたプレイヤーことライオスは、どこか冷めた眼差しでそう声をかけてきたのだ。それが人にものを頼む態度なのかと思うような物言いだったが、そんなことよりも噂の人物と出会ったかもしれないという好奇心が勝った。 カブルーは人好きのする笑顔を浮かべて彼の提案を受け入れる。「いいですよ、ちょうど素材でも狩りに行こうと思っていたところなんです」「ありがとう。アタッカーがいないと厳しいと思っていたんだ」 腰にロングソードを差した明らかに軽戦士の姿のカブルーに戦力を求めていたようだ。ちらりと見たライオスのレベルは五〇を超えている。カブルーはシャンフロを始めたばかりで、レベルはまだ三〇を少し超えたところだった。 レベルの違いは気にしないタイプなのだろうか。それとも三つ目の街、サードレマで受注するクエストなのだから、そこまで実力は求めていないのか。 人間という生き物が好きなカブルーは、噂を聞いた時からライオスという人物がどのような人間なのか気になっていた。こうして機会が来たのだからそれを逃す手はない。 ライオスからパーティーの申請が来たのを確認し、もちろん了承する。「ついて来てくれ」 そう言って歩き出したライオスの後をついて行くと、上級階層が住む上層エリアへと向かい始めた。 サードレマはファンタジーでよく想像されるタイプの大都会だ。中心に城があり、そこから街が円形のように広がっている。中心部はもちろん太公など城に住まう者たちが住んでおり、そのすぐ外側に貴族達が住む上層エリアがある。さらにそこから門を挟んで一般市民が住むような下層エリアがあるのだ。 上層に行けるのは太公の許可証がなければならない。入ろうとすれば門兵に止められてしまう。しかしライオスは、門兵のNPCに止められるどころか軽く挨拶を交わして上層エリアへと足を踏み入れた。 まさか上層エリアに行くとは思わず固まってしまったカブルーだったが、ライオスの「どうしたんだ?」という声にハッとして、ライオスと同じように門兵に頭を下げて上層エリアへと踏み込んだ。 初めて来る場所、平民達が住む下層エリアとは違った雰囲気にカブルーの興味がそそられたが、ライオスに置いて行かれるわけにはいかない。 カブルーでさえ貴族のNPCとの繋がりはないのに、ライオスは一体何者なんだ、ということの方が気になった。 やがて大きな屋敷の前に着くと、ライオスはドアノッカーをごんごんと鳴らして扉から少し離れる。すると中から老齢の執事が現れ、ライオスのことを確認すると顔を綻ばせた。「おお、ライオス様。よくいらっしゃいました。ご主人様がお待ちです」「待たせて申し訳ない。ようやく連れが見つかったんだ」「それは良かった。お連れ様も是非中へどうぞ」「……あ、ありがとうございます」 そう言って開かれた扉の奥は、一目で高価だとわかる調度品が並んでいる。ここにあるものをいくつか売るだけで、どれだけいい武器が買えるか。 そんなことを一瞬考えたけれど、それ以上に。ライオスが微笑んでNPCの対応を受け入れいたことの方に驚いた。 プレイヤー相手にはあんなに冷たい目をするのに、NPCには親しみを持って相手をしている。 それに。冷たくカブルーを射抜いた琥珀色の垂れ目が、ふにゃりと柔らかく笑みを浮かべたことに、カブルーは息を呑むほど見惚れてしまった。 ネタプレイに走らない限りキャラクリエイトは普通に行うものだ。ライオスの容貌は灰白色の短い髪に、琥珀色の垂れ目、身長は一八〇を超えたくらいか。 高身長だが特出するほど美形というわけではない。パーツが綺麗にあるべき場所に嵌まっているだけだ。 なのにカブルーはライオスの柔らかく笑った表情が衝撃を受けるほど美しいと思った。他のプレイヤーは彼のあの表情を知っているのだろうかと思うと胃の腑がむかつく気がした。 この感情はなんだとぐるぐると考えていると、執事のNPCが言っていたところのご主人様の元へ連れて行かれた。「やあライオス! 来てくれて助かったよ!」「こちらこそ、新しい魔物の情報と聞いて」 にこやかに挨拶し合う二人は仲の良い友人のように見えた。いや、友人なのだろう。こんな立派な豪邸を持つNPCと友人になるなんて、一体どんな伝手があったらなれるのかと疑問に思う。 しかしライオスは今ロールプレイ中。話しを遮るわけにはいかない。「私の持つ別荘の付近にある湖に魔物が出てね……対処してくれないか?」「魔物とは、どんな?」「ナックラヴィーだ」 ナックラヴィーと聞いてライオスの目が輝く。反対に、カブルーの顔は青ざめる。「湖にナックラヴィーが? 淡水はナックラヴィーの弱点のはずだ」「そうなんだ。きっと変異種かなにかだと思う。ライオス一人では心配だったが、連れもいるようだし、どうか君たちに処理を任せたい」 NPCの言葉と同時にポップアップが現れ、そこに書かれた内容にカブルーは絶句した。『クエスト「湖畔の狂馬」を受注しますか? 推奨レベル:65』 ライオスのレベルすら超えた推奨レベルと、変異種のモンスターという言葉に目眩がした。カブルーのレベルを三〇も上回る、それも変異種を相手にしろだ? 死ににいくようなものだ。 カブルーは喜んで『はい』を押そうとするライオスの手を止める。「待ってください! こんなの、無謀です!」「? どうしてだ? タンクとアタッカーがいればなんとかなるだろう」「……っ推奨レベルがどう考えても僕たちには見合いません!」「なんだ、そんなことか」 そんなことと言われ、カチンとくる。もっと高レベルの人を連れてくるべきだと進言しようとした時だった。「大丈夫だ。何があったとしても、俺が君を守りきる」 真顔で、真っ直ぐと視線を向けられて、そんなことを言われたのは。 現実のカブルーの顔が熱くなるのを感じた。咄嗟にアバターの頬を抑えて熱くないかを確認してしまった。きっと表情に変化はない、はずだ。 しかしなんて恥ずかしいことをさらりと言ってのける男なんだと、カブルーの中でライオスに対する認識を改める。本人は意識していないのだろうが、異性が聞いたら勘違いを起こしてしまいそうだ。 そうやって熱を持った頬を冷ましていると、ライオスがクエストを受注してしまった。こうなってしまえばカブルーも覚悟を決めるしかない。どうにでもなれ、という気持ちで『はい』を押した。 受注が決まったのならとカブルーはインベントリに入る限り武器を揃えた。勿体なくて普段使わないような武器も、今回は出し惜しみしている場合ではない。ライオス曰く、カブルーに回復薬は必要ないということを言っていたのを信じて。もしもこれで死んだら晒してやる、という気概も持ちながら。 貴族のいう別荘の場所は、サードレマからセカンディルに向かう道から逸れた森の中にあった。 森の中は木漏れ日がさして、小動物などの生き物の気配もして心地がいい。確かにここなら別荘を建てたくなると思うような場所だった。 その別荘で一度装備を整え、向かうは湖だ。湖に近づくにつれ、気配を殺して進むようになる。 森の向こうにきらりと光るものが見えたと同時に、ライオスがばっと手を伸ばしてカブルーに止まるよう合図する。「……ナックラヴィーがいる」 小声で呟くライオスの瞳は、先ほど何かが光った方向へ向いていた。どうやら光は湖面を反射したものだったらしい。つまり、湖がある。それがどういうことかわかって、カブルーは緊張した。 ナックラヴィーは本来は海の近くに出るモンスターだ。つまり旧大陸の最後の街、フィフティシアの近くで出るモンスターである。 そんなところに出るモンスターが、こんな場所に、しかも変異種として現れている。本当に倒せるのかと不安が襲ってくる。ちらりとライオスを見上げると、その表情にカブルーは目を瞠った。 ライオスの瞳は爛々と輝いて、じっと湖畔を見つめている。いや、視線の先を追うと、ナックラヴィーを見つめていた。 初めてナックラヴィーを見たカブルーはその姿に思わずえずきそうになった。 上半身は首のない人間のような姿をしており、皮膚がないため筋肉や血管がよく見える。腕の長さは地面に届きそうなほど長く、それが異様さを引き立てている。 下半身は馬のような四本脚ではあるが、とても馬とは思えないほど脚が太かった。(どこが狂馬だよ……! 化け物じゃないか……!) シャングリラ・フロンティアはグラフィックもリアルに寄せているし、綺麗なせいで筋肉の動きや血管の脈動がよくわかる。気持ち悪さに口元を覆い、ライオスの方へと視線を戻したがそちらにも驚くことになった。 ライオスが嬉しそうに笑っているのだ。それもどこか興奮したように。「ナックラヴィー……フィフティシアまで行ったことがないから初めて見たが、凄いな。フィフティシア付近ではあれが普通のモンスターとしてポップしているのか」 嬉しそうに早口で言う姿は本当に嬉しそうで、写真を撮ったりメモを取るのに夢中になっている。「そういえば、言うのを忘れていたがナックラヴィーは毒の息を吐くから気をつけてくれ。一応毒消し薬は持ってきているが、念のために伝えておく」 ナックラヴィーの顔のあたりを覆う霧のようなものが何かと思っていたら、毒の息らしい。そういう情報はもっと早く言え! とカブルーは文句を言いたくなった。「ナックラヴィーは本来、淡水が弱点なんだ。だから出会ったら川に逃げ込むといいんだが、この変異種はきっと逆に海水に逃げた方がいいんだろう。もっとも、この近くに海水なんてないけれど」 だから倒すしかない、と。声に出さないライオスの言葉の続きをカブルーはしっかりと聞き取れた気がした。「ナックラヴィーの後ろには回らない方がいい。後ろ蹴りされたらきっとそれだけでHPを持ってかれてしまう」「正面は毒の息があるんでしたっけ?」「正面は俺が対処するから問題ない、横から攻撃をしてくれ。大丈夫。俺と君ならあいつを倒せる」 ぽんとライオスに肩を叩かれて、言われる。たったそれだけでカブルーは出来るという気持ちになれた。 なんの確証もないのに、どうしてこんなにもこの人を信じたくなってしまうのは何故だろう。 カブルーはインベントリから片手剣を取り出し、準備をする。カブルーの準備が済んだのを確認したライオスは、カブルーの方へと向き直ると、詠唱を始めた。「わたしの歌よ、カバノキの歌、芽吹き、葉がしげり、やがて花をつけ、そして木々の間からのぼる太陽は森を温め、樹皮の下にかくされた命の液をくみあげる」 その呪文はカブルーのステータス全体を上昇させた。サブ職に付与術師でも設定しているのか詠唱に淀みがない。詠唱を全部覚えていることをに驚きつつ、その声の聞き心地の良さにもっと聞いていたいと思ってしまった。「よし、行こう」「は、はい。わかりました」 ぐっと片手剣を持つ手に力を入れ、ライオスと同時にナックラヴィーに向かって茂みから飛び出す。 バックアタックの形を取れたのが幸いしてまずはカブルーの一閃が入る。そこでようやくカブルーたちの存在に気づいたナックラヴィーが怒ったように体を赤く染め上げ、暴れ出した。 カブルーは咄嗟にバックステップでそれを避けライオスは真っ向から盾で受け止める。そのまま流れるようにシールドバッシュを発動させ、ヘイトをカブルーから奪う。「沼地の島として、平原の丘として、妖精丘の木として、月が欠けゆく空の星として、手の中の静かな剣として、先祖に愛される子どもとして、森の真ん中で、あらゆるものを前に勇敢でいられますように」 ナックラヴィーをいなしつつ、再びライオスの詠唱が聞こえる。しかしカブルーにはなんの効果もなかったからあれはライオス自身にかけたバフなのだろう。魔法職を取っていないカブルーにはどんな効果があるのかわからなかったが、それでもライオスの詠唱を再び聴けたのが場違いにも嬉しくなってしまう。「君っ! 攻撃を!」 ライオスの声でカブルーはハッと止めていた思考を戻し、ナックラヴィーへと向き直った。DPSが圧倒的に低いのだから長時間掛かると覚悟していたのに何をやっているのか。 ライオスの詠唱に聞き惚れている場合ではない。カブルーは剣を構え、ナックラヴィーへと走り出した。 ――戦闘が始まって数十分、カブルーは驚いていた。こんなにも戦いやすいのは初めてだ。ナックラヴィーのヘイトがこちらに向きそうになった途端、ライオスがヘイトを集めるスキルを発動させてナックラヴィーの攻撃を全て受け持ってくれる。おかげでこちらはやりたい放題だ。 まだ慣れていないスキルを試したり、新しい武器を試したり、やりたい放題だ。ここまでくると逆に楽しくなってくる。 最初にライオスがかけてくれたバフはなくなってしまったけど、無詠唱での同じバフが定期的に掛かることがあり、ライオスの視野が広いことが窺えた。 戦闘狂ではないが、まだまだ戦っていたいと思ってしまう。そんな一方的な戦いだった。 それもついに終わりを告げ、カブルーが覚えたての斬撃スキルを発動した際にクリティカルが発生し、それがトドメとなった。 巨躯はゆっくりと倒れ伏し、やがて光となって消える。ナックラヴィーの落とした素材はどれも貴重品ばかりで、どう使うか迷ってしまいそうだった。「凄いですよ、ライオスさん! こんな珍しい素材がたくさん……きっとフィフティシア近辺にいるナックラヴィーでも落とさないような素材ばかりです!」 興奮冷めやらぬカブルーに対して、ライオスはと言うと、素材に興味がないのか「全部君に譲るよ」と言ってきた。その発言にカブルーは驚く。「何を言っているんですか、これはほとんどあなたのおかげで手に入れたようなものです! あなたがヘイトを稼ぎ続けてくれたから倒せたのに、いらないなんて……」「でも君がいなければこのクエスト自体受けられなかった。それに、アタッカーは君一人に任せっぱなしだったし……俺にはこれくらいしか礼ができない」「礼なんてそもそも……要りませんよ! こんなの、僕しか得していない」 一方的に殴るだけの敵に対してスキルや武器の検証ができた上に、カブルーのレベルを三〇は上回る敵だったため、経験値がかなり入ってカブルー自身のレベルも上がっている。 それなのにお礼などと、むしろこちらが言いたいくらいだ。 しかしそれでもライオスは首を横に振る。そこでカブルーは気がついた。「もしかして……今までもクエストの報酬をほとんど他の人に渡してきたんですか?」「ん? そうだけど……それが何か問題があるのか?」 ありまくりだ! とカブルーは怒りたくなった。そんなのは公平ではない。報酬目当てでライオスに近づいてくる奴らがいくらでもいるそうだ。というより、確実にいる。「あなたのプレイスタイルを否定する訳ではありませんが、そんなカモになるような真似はやめてください。あなたのそのタンクとしての才能は素晴らしいものです。おかげで僕はレベルも上がりましたし、スキルの検証などもできました。とてもじゃないけど全部の素材を受け取るなんてできません」 そう言い切ると、ライオスはぽかんとした表情になり、その後ふわりと微笑んだ。「君は優しい人なんだな」 NPCに見せていたような、いや、それ以上に柔らかい微笑みを向けられ、カブルーは固まった。優しいなんて、当たり前のことを言ったまでだ。 そんな固まっているカブルーを放っておいて、ライオスは「それならこれとこれを貰おうかな」と素材を選んでいる。そしてなかなか動き出そうとしないカブルーに疑問を持ちつつ、残りの素材を拾い集めカブルーに譲渡してきた。 カブルーは衝撃を受けたまま、譲渡された素材を受け取る。その中には一番レアな素材もあったが、その時は気づかなかった。 NPCの別荘について、報告をした時点でクエストが終了した。クエスト報酬もかなり美味しいもので、カブルーはますますライオスのことが心配になる。ライオスに寄生してレベル上げやレアな素材を集めようとする輩が湧くのではないか。 ライオス自身は気にしていないようだが、カブルーがいい気がしなかった。ほんの少し一緒に行動して、会話を交わしただけでわかる。ライオスはお人好しで、自分に頓着しない。まさにカモがネギと鍋を抱えて歩いているようなものだ。 別荘から出て、ライオスがいざパーティを解散させようとした時に、カブルーはライオスの手を掴む。「あの」 ごくりと息を呑む。こんなことは滅多にしないけれど、今しかないと思ったのだ。「フレンドになってくれませんか? お役に立てるように頑張りますので」 カブルーからこうやってフレンド申請するのは初めてだった。大抵、誰とでも何度かパーティを組んだ後に相手がカブルーのことを気に入ってフレンド申請されることが多かった。 自分からフレンド申請をしたのなんてそれこそリアルの友人くらいだ。けれど、ライオスは特別だった。どうしても放っておけない。それに、先ほど見せてくれた笑顔。あれが忘れられなかった。 ライオスの目の前に表示されているであろうフレンド申請のポップを、ライオスは驚いたような目で見た後、ゆっくりと指が動いた。『フレンド申請を断られました』 ――は?「フレンド申請してくれるのはありがたいんだけど。こう見えてフレンドがいない訳じゃないんだ。心配してくれてありがとう」 いやいや、ここはフレンド申請を受理する流れだっただろう。違ったか? ――違ったか!? 呆然とするカブルーを置いて、ライオスはさっさとパーティを解散してしまった。 そして片手をあげて「それじゃ」と去ろうとする。慌ててカブルーはライオスにしがみ付いた。「待ってください! 俺の何が気に入らないというんですか!? 確かにまだシャンフロを始めたばかりの若輩者ですが、そこは慣れていきますしレベルも追いつきます。なんだったらライオスさんのクエストにいつだって着いて行きますし、インベントリ係になったって構いませんよ?!」「えっと、何が君をそんなに必死にさせているか分からないんだが……一回しかパーティを組んだことがない相手とはフレンドにならないことにしているんだ」 必死に縋って見せたがライオスはなんてことないように断ってきた。「それじゃあ何回パーティを組んだらフレンドになってくれるんですか?!」 もう形振り構っていられなかった。彼とフレンドになりたい。その一心でカブルーはライオスからフレンドになる条件を聞き出そうとする。「うーん……とりあえず、十回以上、かな……」 十回。今回たまたまライオスから声をかけられたが、次がある確証がない。そもそもライオスは噂になる程度に人嫌いだったということを思い出した。「多分もうないと思うけど……次一緒にクエストを受けることがあったらよろしく」 そう言うとライオスは颯爽と去っていった。残されたカブルーはふと気がついた。 ライオスから一度も、カブルーのアバター名である「ブラウ」と呼ばれなかったことを。 わかったことがある。ライオスは人嫌いな訳ではない。他人に興味がないのだ。そうでなければ初めて会ったプレイヤーにクエストに着いてきてくれるように頼まないだろう。いるらしいフレンドに頼めばいい。 武器や防具から判断して必要な時に必要な相手を適当に決めている。そんな相手と、十回以上パーティを組めと? カブルーはぎりぎりと現実でもゲーム内でも歯を食いしばった。 いいじゃないか、絶対にライオスのフレンドになってやる。そしてカブルーのアバター名「ブラウ」と呼ばせてやる。 この時、ただ友人たちとシャングリラ・フロンティアを楽しんでいただけのカブルーは死んだ。 ライオスのフレンドに、あの琥珀色の瞳に入ることが目標となった。それは下手したらユニークモンスターを討伐することよりも難しいことかもしれないが、それでもカブルーはそれを目標とした。してしまった。それがどんな感情からくるものか、この時のカブルーは気づかなかった。畳む
第一話
世の中にはたくさんのゲームが溢れている。フルダイブゲーム、VRが流行りだしてからは加速度的に様々なゲームが販売されていった。
特にVRMMORPGというジャンルの中には、発売から半年もしないうちにVRMMORPGの金字塔とも呼ばれるゲームがあった。
その名もシャングリラ・フロンティア。
玉石混交のVRMMORPGの中で、間違いなく至上のゲームの一つと呼ばれている。発売されてからわずか半年で世界で最もプレイされたゲームとして世界記録に載っているのがその証だ。
NPCにも軍用AIなどを惜しげもなく搭載しており、まるで本物の人間と会話しているようだと評判である。
そんなゲームを、カブルーは友人たちの勧めですプレイしていた。
もともとゲームなどには興味はなかったが、友人たちがこぞって神ゲーであると語るのならば、その話に置いていかれないようにするためにカブルーはプレイしてみることにしたのだ。
初めて買ったVR機器やゲームの代金など初期費用は高かったが、始めてみるとこれは買ってよかったとゲーム初心者であるカブルーでもシャングリラ・フロンティアの面白さにのめり込んでいった。
初めてのフルダイブ型のゲームは、まるで自分の普通に体を動かすようにゲームのアバターであるカブルーの体も動いた。初めての体験に心が躍ったのを覚えている。
何かと器用に熟すカブルーはすぐにゲームに適応して、友人と一緒にパーティを組んではモンスターの討伐をしたり、新たな街を探したりと楽しんでいた。NPCがほぼ人間と変わらないことから、NPCとの会話も大事にしていたカブルーはプレイヤー、NPC間の間でも顔が広い。
現実でも人間好きが高じて友人が非常に多くいるカブルーの才は、ゲーム内でも遺憾なく発揮される。
そんな、ゲームも私生活も満喫していたカブルーの耳に一つの噂が聞こえてきた。
何でも、モンスター愛好家のクランに入らず、一人でモンスターについて調査しているプレイヤーがいるらしい。
そのプレイヤーはタンク職をしていて、その能力は非常に高いのだとか。たまたま一緒にクエストに同行したプレイヤー達は口々に一緒に戦っていてあんなに楽に戦えたのは初めてだったと言うのだ。
ただし相当な変人かつ人嫌いのようで、クランに勧誘してもフレンド申請しても素気無く断られるのだとか。
一人で受注できないクエストが発生した時のみ、その場限りのパーティを組むために向こうから声をかけてくるのが常らしい。
なんてそんなことを、カブルーこと、プレイヤー名「ブラウ」は己に声をかけてきたプレイヤー名を見ながら思い出していた。
変人プレイヤーの名は「ライオス」。そしてカブルーに声をかけてきたプレイヤーの名もまた、「ライオス」だった。
「すまないが、一人では受注できないクエストが発生してしまったんだ。一時的でいいから俺とパーティを組んでくれないか?」
重戦士の鎧を装備した灰白色の髪をしたプレイヤーことライオスは、どこか冷めた眼差しでそう声をかけてきたのだ。それが人にものを頼む態度なのかと思うような物言いだったが、そんなことよりも噂の人物と出会ったかもしれないという好奇心が勝った。
カブルーは人好きのする笑顔を浮かべて彼の提案を受け入れる。
「いいですよ、ちょうど素材でも狩りに行こうと思っていたところなんです」
「ありがとう。アタッカーがいないと厳しいと思っていたんだ」
腰にロングソードを差した明らかに軽戦士の姿のカブルーに戦力を求めていたようだ。ちらりと見たライオスのレベルは五〇を超えている。カブルーはシャンフロを始めたばかりで、レベルはまだ三〇を少し超えたところだった。
レベルの違いは気にしないタイプなのだろうか。それとも三つ目の街、サードレマで受注するクエストなのだから、そこまで実力は求めていないのか。
人間という生き物が好きなカブルーは、噂を聞いた時からライオスという人物がどのような人間なのか気になっていた。こうして機会が来たのだからそれを逃す手はない。
ライオスからパーティーの申請が来たのを確認し、もちろん了承する。
「ついて来てくれ」
そう言って歩き出したライオスの後をついて行くと、上級階層が住む上層エリアへと向かい始めた。
サードレマはファンタジーでよく想像されるタイプの大都会だ。中心に城があり、そこから街が円形のように広がっている。中心部はもちろん太公など城に住まう者たちが住んでおり、そのすぐ外側に貴族達が住む上層エリアがある。さらにそこから門を挟んで一般市民が住むような下層エリアがあるのだ。
上層に行けるのは太公の許可証がなければならない。入ろうとすれば門兵に止められてしまう。しかしライオスは、門兵のNPCに止められるどころか軽く挨拶を交わして上層エリアへと足を踏み入れた。
まさか上層エリアに行くとは思わず固まってしまったカブルーだったが、ライオスの「どうしたんだ?」という声にハッとして、ライオスと同じように門兵に頭を下げて上層エリアへと踏み込んだ。
初めて来る場所、平民達が住む下層エリアとは違った雰囲気にカブルーの興味がそそられたが、ライオスに置いて行かれるわけにはいかない。
カブルーでさえ貴族のNPCとの繋がりはないのに、ライオスは一体何者なんだ、ということの方が気になった。
やがて大きな屋敷の前に着くと、ライオスはドアノッカーをごんごんと鳴らして扉から少し離れる。すると中から老齢の執事が現れ、ライオスのことを確認すると顔を綻ばせた。
「おお、ライオス様。よくいらっしゃいました。ご主人様がお待ちです」
「待たせて申し訳ない。ようやく連れが見つかったんだ」
「それは良かった。お連れ様も是非中へどうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
そう言って開かれた扉の奥は、一目で高価だとわかる調度品が並んでいる。ここにあるものをいくつか売るだけで、どれだけいい武器が買えるか。
そんなことを一瞬考えたけれど、それ以上に。ライオスが微笑んでNPCの対応を受け入れいたことの方に驚いた。
プレイヤー相手にはあんなに冷たい目をするのに、NPCには親しみを持って相手をしている。
それに。冷たくカブルーを射抜いた琥珀色の垂れ目が、ふにゃりと柔らかく笑みを浮かべたことに、カブルーは息を呑むほど見惚れてしまった。
ネタプレイに走らない限りキャラクリエイトは普通に行うものだ。ライオスの容貌は灰白色の短い髪に、琥珀色の垂れ目、身長は一八〇を超えたくらいか。
高身長だが特出するほど美形というわけではない。パーツが綺麗にあるべき場所に嵌まっているだけだ。
なのにカブルーはライオスの柔らかく笑った表情が衝撃を受けるほど美しいと思った。他のプレイヤーは彼のあの表情を知っているのだろうかと思うと胃の腑がむかつく気がした。
この感情はなんだとぐるぐると考えていると、執事のNPCが言っていたところのご主人様の元へ連れて行かれた。
「やあライオス! 来てくれて助かったよ!」
「こちらこそ、新しい魔物の情報と聞いて」
にこやかに挨拶し合う二人は仲の良い友人のように見えた。いや、友人なのだろう。こんな立派な豪邸を持つNPCと友人になるなんて、一体どんな伝手があったらなれるのかと疑問に思う。
しかしライオスは今ロールプレイ中。話しを遮るわけにはいかない。
「私の持つ別荘の付近にある湖に魔物が出てね……対処してくれないか?」
「魔物とは、どんな?」
「ナックラヴィーだ」
ナックラヴィーと聞いてライオスの目が輝く。反対に、カブルーの顔は青ざめる。
「湖にナックラヴィーが? 淡水はナックラヴィーの弱点のはずだ」
「そうなんだ。きっと変異種かなにかだと思う。ライオス一人では心配だったが、連れもいるようだし、どうか君たちに処理を任せたい」
NPCの言葉と同時にポップアップが現れ、そこに書かれた内容にカブルーは絶句した。
『クエスト「湖畔の狂馬」を受注しますか? 推奨レベル:65』
ライオスのレベルすら超えた推奨レベルと、変異種のモンスターという言葉に目眩がした。カブルーのレベルを三〇も上回る、それも変異種を相手にしろだ? 死ににいくようなものだ。
カブルーは喜んで『はい』を押そうとするライオスの手を止める。
「待ってください! こんなの、無謀です!」
「? どうしてだ? タンクとアタッカーがいればなんとかなるだろう」
「……っ推奨レベルがどう考えても僕たちには見合いません!」
「なんだ、そんなことか」
そんなことと言われ、カチンとくる。もっと高レベルの人を連れてくるべきだと進言しようとした時だった。
「大丈夫だ。何があったとしても、俺が君を守りきる」
真顔で、真っ直ぐと視線を向けられて、そんなことを言われたのは。
現実のカブルーの顔が熱くなるのを感じた。咄嗟にアバターの頬を抑えて熱くないかを確認してしまった。きっと表情に変化はない、はずだ。
しかしなんて恥ずかしいことをさらりと言ってのける男なんだと、カブルーの中でライオスに対する認識を改める。本人は意識していないのだろうが、異性が聞いたら勘違いを起こしてしまいそうだ。
そうやって熱を持った頬を冷ましていると、ライオスがクエストを受注してしまった。こうなってしまえばカブルーも覚悟を決めるしかない。どうにでもなれ、という気持ちで『はい』を押した。
受注が決まったのならとカブルーはインベントリに入る限り武器を揃えた。勿体なくて普段使わないような武器も、今回は出し惜しみしている場合ではない。ライオス曰く、カブルーに回復薬は必要ないということを言っていたのを信じて。もしもこれで死んだら晒してやる、という気概も持ちながら。
貴族のいう別荘の場所は、サードレマからセカンディルに向かう道から逸れた森の中にあった。
森の中は木漏れ日がさして、小動物などの生き物の気配もして心地がいい。確かにここなら別荘を建てたくなると思うような場所だった。
その別荘で一度装備を整え、向かうは湖だ。湖に近づくにつれ、気配を殺して進むようになる。
森の向こうにきらりと光るものが見えたと同時に、ライオスがばっと手を伸ばしてカブルーに止まるよう合図する。
「……ナックラヴィーがいる」
小声で呟くライオスの瞳は、先ほど何かが光った方向へ向いていた。どうやら光は湖面を反射したものだったらしい。つまり、湖がある。それがどういうことかわかって、カブルーは緊張した。
ナックラヴィーは本来は海の近くに出るモンスターだ。つまり旧大陸の最後の街、フィフティシアの近くで出るモンスターである。
そんなところに出るモンスターが、こんな場所に、しかも変異種として現れている。本当に倒せるのかと不安が襲ってくる。ちらりとライオスを見上げると、その表情にカブルーは目を瞠った。
ライオスの瞳は爛々と輝いて、じっと湖畔を見つめている。いや、視線の先を追うと、ナックラヴィーを見つめていた。
初めてナックラヴィーを見たカブルーはその姿に思わずえずきそうになった。
上半身は首のない人間のような姿をしており、皮膚がないため筋肉や血管がよく見える。腕の長さは地面に届きそうなほど長く、それが異様さを引き立てている。
下半身は馬のような四本脚ではあるが、とても馬とは思えないほど脚が太かった。
(どこが狂馬だよ……! 化け物じゃないか……!)
シャングリラ・フロンティアはグラフィックもリアルに寄せているし、綺麗なせいで筋肉の動きや血管の脈動がよくわかる。気持ち悪さに口元を覆い、ライオスの方へと視線を戻したがそちらにも驚くことになった。
ライオスが嬉しそうに笑っているのだ。それもどこか興奮したように。
「ナックラヴィー……フィフティシアまで行ったことがないから初めて見たが、凄いな。フィフティシア付近ではあれが普通のモンスターとしてポップしているのか」
嬉しそうに早口で言う姿は本当に嬉しそうで、写真を撮ったりメモを取るのに夢中になっている。
「そういえば、言うのを忘れていたがナックラヴィーは毒の息を吐くから気をつけてくれ。一応毒消し薬は持ってきているが、念のために伝えておく」
ナックラヴィーの顔のあたりを覆う霧のようなものが何かと思っていたら、毒の息らしい。そういう情報はもっと早く言え! とカブルーは文句を言いたくなった。
「ナックラヴィーは本来、淡水が弱点なんだ。だから出会ったら川に逃げ込むといいんだが、この変異種はきっと逆に海水に逃げた方がいいんだろう。もっとも、この近くに海水なんてないけれど」
だから倒すしかない、と。声に出さないライオスの言葉の続きをカブルーはしっかりと聞き取れた気がした。
「ナックラヴィーの後ろには回らない方がいい。後ろ蹴りされたらきっとそれだけでHPを持ってかれてしまう」
「正面は毒の息があるんでしたっけ?」
「正面は俺が対処するから問題ない、横から攻撃をしてくれ。大丈夫。俺と君ならあいつを倒せる」
ぽんとライオスに肩を叩かれて、言われる。たったそれだけでカブルーは出来るという気持ちになれた。
なんの確証もないのに、どうしてこんなにもこの人を信じたくなってしまうのは何故だろう。
カブルーはインベントリから片手剣を取り出し、準備をする。カブルーの準備が済んだのを確認したライオスは、カブルーの方へと向き直ると、詠唱を始めた。
「わたしの歌よ、カバノキの歌、芽吹き、葉がしげり、やがて花をつけ、そして木々の間からのぼる太陽は森を温め、樹皮の下にかくされた命の液をくみあげる」
その呪文はカブルーのステータス全体を上昇させた。サブ職に付与術師でも設定しているのか詠唱に淀みがない。詠唱を全部覚えていることをに驚きつつ、その声の聞き心地の良さにもっと聞いていたいと思ってしまった。
「よし、行こう」
「は、はい。わかりました」
ぐっと片手剣を持つ手に力を入れ、ライオスと同時にナックラヴィーに向かって茂みから飛び出す。
バックアタックの形を取れたのが幸いしてまずはカブルーの一閃が入る。そこでようやくカブルーたちの存在に気づいたナックラヴィーが怒ったように体を赤く染め上げ、暴れ出した。
カブルーは咄嗟にバックステップでそれを避けライオスは真っ向から盾で受け止める。そのまま流れるようにシールドバッシュを発動させ、ヘイトをカブルーから奪う。
「沼地の島として、平原の丘として、妖精丘の木として、月が欠けゆく空の星として、手の中の静かな剣として、先祖に愛される子どもとして、森の真ん中で、あらゆるものを前に勇敢でいられますように」
ナックラヴィーをいなしつつ、再びライオスの詠唱が聞こえる。しかしカブルーにはなんの効果もなかったからあれはライオス自身にかけたバフなのだろう。魔法職を取っていないカブルーにはどんな効果があるのかわからなかったが、それでもライオスの詠唱を再び聴けたのが場違いにも嬉しくなってしまう。
「君っ! 攻撃を!」
ライオスの声でカブルーはハッと止めていた思考を戻し、ナックラヴィーへと向き直った。DPSが圧倒的に低いのだから長時間掛かると覚悟していたのに何をやっているのか。
ライオスの詠唱に聞き惚れている場合ではない。カブルーは剣を構え、ナックラヴィーへと走り出した。
――戦闘が始まって数十分、カブルーは驚いていた。こんなにも戦いやすいのは初めてだ。ナックラヴィーのヘイトがこちらに向きそうになった途端、ライオスがヘイトを集めるスキルを発動させてナックラヴィーの攻撃を全て受け持ってくれる。おかげでこちらはやりたい放題だ。
まだ慣れていないスキルを試したり、新しい武器を試したり、やりたい放題だ。ここまでくると逆に楽しくなってくる。
最初にライオスがかけてくれたバフはなくなってしまったけど、無詠唱での同じバフが定期的に掛かることがあり、ライオスの視野が広いことが窺えた。
戦闘狂ではないが、まだまだ戦っていたいと思ってしまう。そんな一方的な戦いだった。
それもついに終わりを告げ、カブルーが覚えたての斬撃スキルを発動した際にクリティカルが発生し、それがトドメとなった。
巨躯はゆっくりと倒れ伏し、やがて光となって消える。ナックラヴィーの落とした素材はどれも貴重品ばかりで、どう使うか迷ってしまいそうだった。
「凄いですよ、ライオスさん! こんな珍しい素材がたくさん……きっとフィフティシア近辺にいるナックラヴィーでも落とさないような素材ばかりです!」
興奮冷めやらぬカブルーに対して、ライオスはと言うと、素材に興味がないのか「全部君に譲るよ」と言ってきた。その発言にカブルーは驚く。
「何を言っているんですか、これはほとんどあなたのおかげで手に入れたようなものです! あなたがヘイトを稼ぎ続けてくれたから倒せたのに、いらないなんて……」
「でも君がいなければこのクエスト自体受けられなかった。それに、アタッカーは君一人に任せっぱなしだったし……俺にはこれくらいしか礼ができない」
「礼なんてそもそも……要りませんよ! こんなの、僕しか得していない」
一方的に殴るだけの敵に対してスキルや武器の検証ができた上に、カブルーのレベルを三〇は上回る
敵だったため、経験値がかなり入ってカブルー自身のレベルも上がっている。
それなのにお礼などと、むしろこちらが言いたいくらいだ。
しかしそれでもライオスは首を横に振る。そこでカブルーは気がついた。
「もしかして……今までもクエストの報酬をほとんど他の人に渡してきたんですか?」
「ん? そうだけど……それが何か問題があるのか?」
ありまくりだ! とカブルーは怒りたくなった。そんなのは公平ではない。報酬目当てでライオスに近づいてくる奴らがいくらでもいるそうだ。というより、確実にいる。
「あなたのプレイスタイルを否定する訳ではありませんが、そんなカモになるような真似はやめてください。あなたのそのタンクとしての才能は素晴らしいものです。おかげで僕はレベルも上がりましたし、スキルの検証などもできました。とてもじゃないけど全部の素材を受け取るなんてできません」
そう言い切ると、ライオスはぽかんとした表情になり、その後ふわりと微笑んだ。
「君は優しい人なんだな」
NPCに見せていたような、いや、それ以上に柔らかい微笑みを向けられ、カブルーは固まった。優しいなんて、当たり前のことを言ったまでだ。
そんな固まっているカブルーを放っておいて、ライオスは「それならこれとこれを貰おうかな」と素材を選んでいる。そしてなかなか動き出そうとしないカブルーに疑問を持ちつつ、残りの素材を拾い集めカブルーに譲渡してきた。
カブルーは衝撃を受けたまま、譲渡された素材を受け取る。その中には一番レアな素材もあったが、その時は気づかなかった。
NPCの別荘について、報告をした時点でクエストが終了した。クエスト報酬もかなり美味しいもので、カブルーはますますライオスのことが心配になる。ライオスに寄生してレベル上げやレアな素材を集めようとする輩が湧くのではないか。
ライオス自身は気にしていないようだが、カブルーがいい気がしなかった。ほんの少し一緒に行動して、会話を交わしただけでわかる。ライオスはお人好しで、自分に頓着しない。まさにカモがネギと鍋を抱えて歩いているようなものだ。
別荘から出て、ライオスがいざパーティを解散させようとした時に、カブルーはライオスの手を掴む。
「あの」
ごくりと息を呑む。こんなことは滅多にしないけれど、今しかないと思ったのだ。
「フレンドになってくれませんか? お役に立てるように頑張りますので」
カブルーからこうやってフレンド申請するのは初めてだった。大抵、誰とでも何度かパーティを組んだ後に相手がカブルーのことを気に入ってフレンド申請されることが多かった。
自分からフレンド申請をしたのなんてそれこそリアルの友人くらいだ。けれど、ライオスは特別だった。どうしても放っておけない。それに、先ほど見せてくれた笑顔。あれが忘れられなかった。
ライオスの目の前に表示されているであろうフレンド申請のポップを、ライオスは驚いたような目で見た後、ゆっくりと指が動いた。
『フレンド申請を断られました』
――は?
「フレンド申請してくれるのはありがたいんだけど。こう見えてフレンドがいない訳じゃないんだ。心配してくれてありがとう」
いやいや、ここはフレンド申請を受理する流れだっただろう。違ったか? ――違ったか!?
呆然とするカブルーを置いて、ライオスはさっさとパーティを解散してしまった。
そして片手をあげて「それじゃ」と去ろうとする。慌ててカブルーはライオスにしがみ付いた。
「待ってください! 俺の何が気に入らないというんですか!? 確かにまだシャンフロを始めたばかりの若輩者ですが、そこは慣れていきますしレベルも追いつきます。なんだったらライオスさんのクエストにいつだって着いて行きますし、インベントリ係になったって構いませんよ?!」
「えっと、何が君をそんなに必死にさせているか分からないんだが……一回しかパーティを組んだことがない相手とはフレンドにならないことにしているんだ」
必死に縋って見せたがライオスはなんてことないように断ってきた。
「それじゃあ何回パーティを組んだらフレンドになってくれるんですか?!」
もう形振り構っていられなかった。彼とフレンドになりたい。その一心でカブルーはライオスからフレンドになる条件を聞き出そうとする。
「うーん……とりあえず、十回以上、かな……」
十回。今回たまたまライオスから声をかけられたが、次がある確証がない。そもそもライオスは噂になる程度に人嫌いだったということを思い出した。
「多分もうないと思うけど……次一緒にクエストを受けることがあったらよろしく」
そう言うとライオスは颯爽と去っていった。残されたカブルーはふと気がついた。
ライオスから一度も、カブルーのアバター名である「ブラウ」と呼ばれなかったことを。
わかったことがある。ライオスは人嫌いな訳ではない。他人に興味がないのだ。そうでなければ初めて会ったプレイヤーにクエストに着いてきてくれるように頼まないだろう。いるらしいフレンドに頼めばいい。
武器や防具から判断して必要な時に必要な相手を適当に決めている。そんな相手と、十回以上パーティを組めと?
カブルーはぎりぎりと現実でもゲーム内でも歯を食いしばった。
いいじゃないか、絶対にライオスのフレンドになってやる。そしてカブルーのアバター名「ブラウ」と呼ばせてやる。
この時、ただ友人たちとシャングリラ・フロンティアを楽しんでいただけのカブルーは死んだ。
ライオスのフレンドに、あの琥珀色の瞳に入ることが目標となった。それは下手したらユニークモンスターを討伐することよりも難しいことかもしれないが、それでもカブルーはそれを目標とした。してしまった。それがどんな感情からくるものか、この時のカブルーは気づかなかった。畳む