2024/11/24 twst フロカリ / Dom/Subユニバースパロディ / Color続きを読む「あー……ダリィ」廊下の壁に体を預けながらなんとか歩くフロイドはそれだけ呟いた。実際彼の体の状態をこの上なく表した言葉である。倦怠感があり、体が重い。それもこれも、ジェイドが山を愛する会の活動と言って休みなのに早々と朝から山登りに行ってしまったせいである。そろそろ不調を来しそうだからプレイしてくれと昨夜のうちに頼んでいたと言うのに。この世界には男女の性別とは異なる、ダイナミクスと呼ばれる性がある。その性はDomとSubとNutral、稀にSwitchと呼ばれる四つに分かれている。DomはSubに対し、支配したいという欲求を持っている。支配と言っても躾やお仕置きをしたい、褒めてあげたい、世話がしたいなど、その欲求は多岐に渡る。逆にSubはDomに対して支配されたいという欲求がある。Domとは逆に躾されたりお仕置きされたり、褒められたり世話されたりなどの欲求。DomとSubはコマンドによるプレイをすることによって欲求を満たす。逆にいえば欲求が満たされないと、体調不良を起こしたり、下手をすれば死に至ることもあるらしい。NutralはDomでもSubでもない、いわゆる普通の人間だ。ダイナミクスによる影響を受けない。ちなみにSwitchはDomにもSubにもなれると言う稀な存在である。そしてフロイドはSubだった。躾されたいだのお仕置きされたいだのと思ったことは欠片もないが、定期的にプレイしなければ体調を崩した。フロイドは自分のダイナミクスを死ぬほど恨んだが――よりにもよって支配されたい側の性になるなんて――、フロイドのSubとしてのランクが高いため大抵のDomのコマンドは効かないことと、幸い双子のジェイドが同ランクのDomだったこともあり、ジェイド相手に定期的にプレイすることで体調管理を行なっていた。フロイドがSubであることを知っているのは家族とアズールくらいである。他の存在にこのことがバレたら舌を噛んで死んでしまいたくなるだろう。弱みを他人に晒すのは死に繋がるし、何よりDomだと思われているであろうのに実はSubだったと知られるのはプライドが許さなかった。アズールに知られるのだって本当は嫌だったくらいだ。なのに、この現状。欲求が満たされず、体調に異常が来している。この状態でサムの購買部に行き、抑制剤を買えば、フロイドがSubであると言うことがバレてしまう。普段から抑制剤を持ち歩かない己を一瞬だけ恨んだが、突発的に山に飛び出して行った片割れの方が恨めしい。自室に戻り、最悪な展開――サブドロップに陥ること――にならないよう体を休めていようかと踵を返そうとした時だった。いつもは軽い足が鉛のように重く感じて、うまく体を運べなかった。そうして廊下に倒れ込んでしまう。冷たい床に伏せって、短く息を吐く。これはかなりまずい状況だとフロイドは思った。限界になるまで我慢せず、もっと早くジェイドにプレイしてもらうよう頼めばよかった。なんなら昨夜のうちに済ませておけばこんなことにはならないのに。こんなことになるくらいなら「キノコを食べてください」と言うコマンドくらい聞いておけばよかったと後悔していると、パタパタと軽い足音が近づいてきた。「フロイド! どうしたんだ!?」聞こえたのはフロイドが普段、ラッコちゃんと言う愛称で呼んでいる相手、カリム・アル=アジームだった。たまたま通りかかったのだろう。倒れている巨体に驚きと心配の色を混ぜた表情でカリムは膝をついた。「……別にぃ、なんでもないし……」「なんでもないわけないだろ! どうしたんだ? 腹が痛いのか?」心配そうに顔を覗き込もうとしてくるカリムから顔を背けようとして失敗する。指先を動かすのも億劫だ。このままではサブドロップに陥るのも時間の問題かもしれない。カリムはポケットの中を漁りながら薬を探しているようだが、見当違いも甚だしい。腹痛くらいで倒れるわけないだろ、と心の中で毒づいた。「腹、痛ぇわけじゃねぇから……とにかくジェイド、呼んできて」カリムはフロイドの言葉を聞くと即座にスマホを取り出し、どこかに電話をかける。だが、すぐに困った顔をした。「ごめんフロイド、ジェイドに繋がらない……」どこまで山を登っているのかとフロイドは舌打ちしたくなったが、それすらやる体力がない。保健室に連れて行ってもらおうにもカリムの体格でフロイドを連れていくことなどできないだろうし、Domを呼んでくれと頼むなんてもってのほか。八方塞がりだ。「フロイド……顔色が本当に悪い、どうしたんだ? オレはどうすればいい? “教えてくれ“」カリムがそう言った瞬間、フロイドの口からするりと言葉が溢れた。「オレぇ、Sub、なんだよねぇ……。そんで今、サブドロップ起こしかけてんの……」言うつもりなんてなかったのに、言ってしまった。一体なぜ、と考えるよりも早く、カリムはどこか安心したように微笑んで、フロイドの頭に手を乗せて、優しく撫でる。「そっか、教えてくれてありがとうな。“良い子だ“」カリムが良い子と言いながら頭を撫でる、ただそれだけでさっきまで重たくて仕方なかった体が一瞬にして軽くなる。それどころか身体中に血が巡って、まるでぬるま湯に使っているような暖かさと多幸感に溺れそうになる。サブドロップに陥りかけていたのに、一転してサブスペースに入りかけていることをフロイドは自覚した。「……ぇ、あ……?」頭を上げて混乱するフロイドに、カリムは眉をハの字にして申し訳なさそうにする。「ごめんなフロイド、コマンドを使ったつもりはないんだけど、結果的にそうなっちゃったみたいだな。でも応急処置だと思って我慢してくれ」相手の了承を得ずにプレイすることはマナー違反だ。しかしそんなことはどうでも良い。兎にも角にも心地がいい。天国があったとすればここにあったのかと思うほど、フロイドは幸せな感覚に包まれていた。「ラッコちゃん……Domなの……?」「そうだぜ! 家の時の癖が出ちまったのかな。本当にごめんな、フロイド」ダイナミクスを他人に知られるのを嫌がる人間はたくさんいる。カリムはフロイドのダイナミクスを知らなかったから、フロイドも知られたくない方だったんだろうと判断して謝った。しかしカリムがDomだったとしても、フロイドも並のランクのSubではない。いくらサブドロップに陥りかけていたからといって、つい出てしまった程度のコマンドに応えるなんてことはしない。けれどカリムの言葉には抗えなかった。抗うと言う考えすら浮かぶ暇もなくただ応えていた。それだけでカリムが最高ランクのDomだとわかる。さすがはアジーム家の嫡男である。血筋からして違う。(やば……これ、ハマりそう……)“ハマりそう“。そう危惧したフロイドの予感は後に当たることになる。「“こちらに来てください“」「……」「おや? どうしたんですか、フロイド。また体調を崩しますよ」体調管理のためにジェイドとプレイを試みた時だった。フロイドはジェイドのコマンドに対してぴくりとも反応しなかった。いつもなら嫌々ながらジェイドの方へと向かい、大袈裟に「さすが僕の片割れ、よく出来ました」と褒められるのだが、フロイドの足は動こうとしなかった。「どうしたんでしょうね、これでは体調管理ができませんよ」「……この間さ、ラッコちゃんに助けられたって言ったじゃん」「ああ、サブドロップに陥りかけたらしいですね」「他人事みてぇに言うなし! ジェイドが朝から山登りに行ったのが原因なんだよ!」「その節はご迷惑をおかけしました……それで?」それで、と促してくるジェイドは心配そうにしていた。不可抗力とは言えフロイドが自分のダイナミクスをカリムにバレてしまったことを気にしているのではないかとか、さすがに罪悪感を覚えているらしい。フロイドは言い難そうに視線を逸らせながら、その時の詳細を語ることにした。「多分だけどさ、ラッコちゃん最高クラスのDomなんだよね」「僕たちよりもランクが上、と言うことですか」「そー。そんで、ラッコちゃんにとってコマンドのつもりないコマンドに応えたら、サブスペースに入りかけて……」「……カリムさんのDomとしてのクラスの高さがわかりました」つまりたった一回のコマンドでジェイドのコマンドでは物足りなくなってしまったのだ。カリムのコマンドに応え、褒められると言う多幸感を一度でも覚えてしまったら、まるで麻薬のようにそれしか受け付けなくなってしまった。「困りましたねぇ」「マジでジェイドのせいだかんな! どうすんのさ、これ!」「どうすると言われましても、カリムさんにプレイを頼むしかないんじゃないですか?」それこそ他人事のように言うジェイドに、フロイドは項垂れた。言葉にしなかっただけで、フロイドもそれしかないことはわかっていた。「とりあえずアズールに相談しに行きましょうか」「ラッコちゃんに借り作るの絶対嫌がりそうなんだけど」「けれどフロイドの生死に関わります。そんなこと言ってられませんよ」そうと決まれば即行動。双子はアズールの部屋に行き、ことの顛末を語った。寮長ゆえの一人部屋のため他人に聞かれる心配はないと言うことでフロイドは語った。カリムのコマンドを聞いたときいかに素晴らしい体験をしたか。もう並大抵のDomのコマンドを聞く気にはならないだとか。「頭の痛い話を持ってこないでください……」「こっちだって頭が痛いですよ」「泣くふりしても楽しんでるってわかってんだよ」メソメソとあからさまに悲しそうな表情を作るジェイドに対し、フロイドはその背中を蹴った。Nutralのアズールはサブスペースに入る悦楽を知らないが、フロイドがジェイドのコマンドを聞かなかったと聞いて驚いた。今まで二人でなんとかしてきたのに、それが破壊されてしまうなんて。なんというか、カリムという存在はあらゆる意味で規格外だ。「仕方ないですね……カリムさんにはフロイドの責任を取ってもらうということで話をつけましょう」「プレイして“もらう“じゃなくて責任取ってもらうなんだ」借りを作るのではなくむしろ被害者ぶって強請るというわけか、と納得顔のフロイド。ジェイドも「さすがアズールですね」と褒めている。「実際、勝手に向こうがコマンドを使ってフロイドがカリムさん以外のコマンドを聴けなくなってしまったんだから間違いではありません! 人をガメツイ奴のように言うのはやめなさい!」それもそうかとフロイドは頷いて「じゃあどうするのさ」と問う。「まずジャミルさんに話を通します」「え、ウミヘビくんにオレのダイナミクス知られんの嫌なんだけど」「陸の言葉に将を射んと欲すれば先ず馬を射よと言います。カリムさんのスケジュールを管理しているジャミルさんには話を通しておいた方が良いでしょう。カリムさんが突然実家の用事で、などと帰られても困ります。ちゃんと定期的にプレイしてもらうよう手筈を整えるならジャミルさんに話を通すことが必須です」「うへぇめんどくせー」「けれどアズールの言っていることも正しいです。ところでジャミルさんのダイナミクスは?」「Nutralだと言っていました」「言ってたっていうかそれ聞き出したんだよね?」アズールに対してジャミルがダイナミクスの話をするわけがないと踏んだフロイドはそう聞いてみたがスルーされた。「それではスカラビアのお二人を明日、モストロラウンジのVIPルームに呼び出しましょう」話はまとまったと、アズールは双子を部屋から追い出す。追い出された二人は仕方なく部屋に戻り、明日のためにとっとと眠ることにした。翌日、放課後。うまいことカリムとジャミルをモストロラウンジのVIPルームに呼び出すことに成功したアズールはニコニコと胡散臭い笑顔で二人を迎えた。「ようこそ、カリムさん。ジャミルさん」「おう、なんか大事な用があるんだよな? オレにできることならなんでも言ってくれ!」「カリム、軽率なことを言うな。どうせ碌なことじゃない」「それがそうでもないんですよ、ジャミルさん」アズールの後ろに控えていたジェイド一歩前に出る。190の巨躯に見下ろされるのは威圧感がある。ジャミルは少し体を引きつつ、「なんだ」と答えた。「僕のダイナミクスはDomでして」突然、自分のダイナミクスを晒したジェイドに、ジャミルは驚く。ダイナミクスを晒すのはそれだけデリケートなことなのだ。「そしてフロイドのダイナミクスはSubです」同じようにアズールの後ろに控えていたフロイドのダイナミクスも晒す。そこで、ジャミルは何があったかを察した。そういえば最近、カリムはフロイドが体調を崩していたところに出会し、ジャミルの薬を使って助けてやったと言ってきたことがあったなとジャミルは思い返す。「つまり、フロイドとカリムの定期的なプレイがお望みだと?」「……さすがジャミルさん。というか話が早すぎじゃありませんか? どこかで見ていたんですか?」「いや、アジーム家ではよくあることだ」よくあること。いやよくあって堪るか、とオクタヴィネルの三人はジャミルに視線を集める。「アジーム家の使用人にもSubは多い。そして、そのSubはカリムのコマンドにもならないコマンドを聞き、リワードをもらう。……どうなるかわかるか?」「……つまり、アジーム家にもカリムさんのコマンドしか受け付けないSubが大量にいる、と……」「そう言うことだ。ちなみにカリムは定期的に家に帰って使用人たちを一箇所に集めてプレイを行っている」うわぁ、とドン引きなオクタヴィネルの三人とは裏腹に、カリムは何が起こっているのかわからないといった表情でVIPルームに集まったメンツの顔を見渡している。そんなカリムにため息を吐きつつ、ジャミルは丁寧に説明してやる。「いいか、カリム。お前が軽率に出したコマンドのせいでフロイドがお前のコマンド以外受け付けなくなった。だからフロイドと定期的なプレイが必要だ。フロイドの生死に関わることだからオレたちに断る権利はない」「えっ、そんなことになってたのか?! フロイド、本当にごめん!」「そこまでは言ってないけど……別に謝んなくていーよ。ラッコちゃんがいてくれたおかげで助かったし」そしてまた危機を迎えているのだが。心から申し訳ないと思っていることがカリムからひしひしと伝わるため、フロイドは逆に感謝の意を表した。あの時、カリムが通り掛からなかったら、本当に死んでいたかもしれないのだ。だからカリムのコマンドしか受け付けなくなってしまったとしても安いものだろう。……多分。ジャミルがここまで協力的なのが不気味だが、これで定期的なプレイを確約できたことになる。アズールとジェイドは良かったですねとフロイドに声をかけ、ジャミルはどれくらいの頻度でプレイが必要か聞いてきた。カリムはというとVIPルームを訪れた時に出されたモストロラウンジの期間限定ジュースを飲んでいる。軽くカオスである。フロイドは遠い目をしながらプレイの頻度のすり合わせなどをすることになった。そうしてとりあえず、今。早速プレイしたいと言って、フロイドとカリムだけがVIPルームに残り、二人きりになっている。カリムにコマンドを出されてから一週間ほど経ち、少しばかり体が重くなり始めたところだった。「それじゃあフロイド、セーフワードは?」「ラッコちゃん、セーフワードが必要なプレイすんの?」「そんなつもりはないけど、マナーだろ? オレはフロイドの嫌がることをしたくないから、一応。な?」「……じゃあ、“飽きた“」「わかった。……“おいで“」フロイドから離れたところに座り直したカリムが、フロイドに向かって両腕を広げてコマンドを言う。それだけでフロイドの背筋にビリリと電撃が走るような感覚を覚え、足は自然とカリムの方へ向かった。カリムの正面に立つと、カリムは「“隣に座って“」と更にコマンドを出す。コマンド通りカリムの隣に座ると、カリムはフロイドの寮服の一部である帽子を取って、わしゃわしゃと撫でながら、満面の笑顔で。「良い子だ、フロイド!」それだけでもう駄目だった。くたりとカリムの方へ倒れ込み、力が抜けていく。多幸感が溢れる。身体中がぽかぽかする。心臓の音が耳元で聞こえるようだった。そんなフロイドを受け止めきれず、フロイドと一緒にソファに倒れ込んだカリムだったが、カリムはフロイドの頭に腕を回して、「良い子だなぁ」と続けて褒めてくれる。こんな感覚は知らない。まるで全身が溶けてしまったようで、幸せで幸せで他に何もいらないと言う感覚は。アジーム家の使用人はいつもこんな感覚をカリムからもらっているのだろうか。そう思うとずるい、とフロイドの中で嫉妬のようなものが芽生えた。定期的にカリムとプレイするようになってから、フロイドの機嫌は常に右肩上がりだ。体調は凄まじく良い。今ならリリアと戦っても良いところまで行きそうだとさえ思えるほどに。双子の論外の方が最近かなり上機嫌で気持ち悪い、とNRC内で実しやかに囁かれていた。実際事実なのだが。今日もカリムとプレイ予定だ。プレイする場所はモストロラウンジのVIPルームだったり、カリムの自室のどちらかだった。プレイ後のフロイドがしばらく使い物にならなくなるから、周囲の目のないところでプレイするしかない。今日はカリムの自室でプレイすることになっていた。そんなわけで、フロイドは上機嫌でカリムの部屋を目指す。もはや定期的にスカラビアにやってくるフロイドのことをスカラビア生はなんとも思ってなく、豪奢な廊下を歩いていても誰もフロイドを気にかけない。ノックもせず寮長専用の部屋に入ると、カリムがベッドの上で座っていた。「お、フロイド。時間通りだな!」「でしょ〜。オレってば良い子?」「ああ! 時間をしっかり守れるフロイドは良い子だ!」扉の前から動かないフロイドだが、カリムに褒められることで充足感を覚える。もっと欲しい、とカリムに早くプレイするように促した。カリムとのプレイはかなり軽いもので、「“おいで“」や「“今日あった楽しかったことを教えてくれ“」と言った内容ばかりだ。カリムのDom性は褒めることで欲求が満たされるらしい。フロイドはと言うと、別に躾やお仕置きなどされたいわけではないので――Subだからといってマゾヒストなわけではないのだから当然だ――、カリムとの簡単なプレイが気に入っていた。「フロイド、こっちに“おいで”」早速のコマンドにフロイドはすぐさまカリムに近づいた。するとカリムはいつも通り自分の隣を指して「“座ってくれ“」とコマンドを出す。身長差のせいでフロイドが立っていて、カリムが座っていると褒めることができない。だからいつもこうやって隣に座り、カリムが頭を撫で、「良い子」と言ってくれるのを待っている。そうして希望通りにカリムはフロイドの頭を撫でながら「良い子だなー!」とカリムも嬉しそうにリワードをくれる。また多幸感に包まれて、フロイドはカリムに絡みつくとベッドに倒れ込んだ。カリムも慣れたもので、その状態で頭を撫でてくれる。いつもならこれくらいでプレイが終わるのだが、カリムがいつもとは違うことを言い出した。「今日はもうちょっとプレイしていこうか」これ以上プレイしたら確実にサブスペースに入ってしまうと思ったが、「なんで?」と尋ねると、簡単な答えが返ってきた。「今度、一回実家に帰ってみんなとプレイしてくるんだ。だからしばらく間が空いちゃうから今のうちに溜める? なんて言うんだ? たくさんプレイして、フロイドの体調が悪くならないようにしておかなきゃと思って」カリムの言ったことに、フロイドは冷や水をかけられた気がした。そうだ、カリムはフロイドだけのDomじゃない。アジーム家にいるSubたちのDomでもある。自分だけが特別じゃないと思った瞬間、フロイドは凄く嫌な気分になった。「次はどんなコマンドが良い? あ、“今日あった楽しいことを教えてくれないか?“」それでもカリムは穏やかにコマンドを出してくる。フロイドがショックを受けていることに気づいていないようだ。フロイドはカリムのコマンドに応えようとした。しかし、フロイドの口から出たのは別の言葉だった。「“飽きた“」咄嗟に出たのはセーフワードだった。カリムは驚きで目を瞠り、フロイドも同様に驚いていた。カリムが実家に帰って、複数のSubたちとプレイすると考えたら、とてつもない嫌悪感に襲われて、気がつけばセーフワードを口にしていた。さっきまで覚えていた多幸感が消え、フロイドは起き上がる。「今日はもういいや、ありがとね。ラッコちゃん」セーフワードを使われたという衝撃に何もできないカリムを置いて、フロイドはそそくさとカリムの部屋から逃げ出した。カリムがアジーム家のSubともプレイしていることは前から知っていたのに、どうして急に嫌な気分になったのだろう。どうして、自分だけが特別だと思ったんだろう。混乱だけがフロイドの頭の中を支配して、その日のモストロラウンジで提供される料理はひどい有様だった。その結果、フロイドはアズールに呼び出されている。なぜかジェイドも一緒だ。「……で、どうしたんですか。今日はカリムさんとのプレイの日でしょう。なんでそんなに機嫌が悪いんですか」ズバリと指摘してくるアズールに、フロイドも「わかんねぇ」とだけ答える。今日のラウンジの売り上げが散々だったアズールはそんな答えで納得がいくわけがなく。「僕はDomではありませんが、答えなさい。このままではラウンジの経営に関わります」「……ラッコちゃんが実家に帰るって」「実家に? ……ああ、アジーム家の使用人の方たちとプレイしに帰るんですね。それがどうしたんですか?」「それが嫌だったから、セーフワード使っちゃった」アズールとジェイドは驚きに顔を染める。ジャミルから聞いていた通り、カリムは定期的に実家に帰り、使用人とプレイすると言うことはわかっていたはずなのに、なぜ?「ラッコちゃんのSubっていっぱいいるんだよね。オレはその中の一人だって、分からされたっていうか、ずっとオレはラッコちゃんの特別だと思ってたっていうか」だから、セーフワードを使ったと言う。アズールとジェイドは深いため息を吐く。フロイドはどうしてそんな反応されるか分からず、首を傾げた。自覚がないと言うのは恐ろしい。アズールはのろのろと顔を上げ、フロイドに指摘した。「あなた、カリムさんのことを好きになってしまったのですね」「……はぁ?」「自分以外のSubとプレイして欲しくないと言うのはそう言うことでしょう」確かにカリムといると気が楽だ。趣味が合うし、気を使わなくて良いし、わがままは聞いてくれるし、プレイの内容もフロイドに合わせてくれる。「ジャミルさんも言ってましたよ、アジーム家にいるSubで自分だけとプレイして欲しくてカリムさんを監禁しようとした人がいると」「はぁっ?! 何それ、聞いたことないんだけど!」「まぁ、醜聞ですしね。そのSubをカリムさんが説得して今もアジーム家で仕事をしているようですが」どこまで心が広いのやら、とアズールは呆れながら言った。そしてジェイドが口を開く。「フロイドはその一歩手前に来ていると言うことですね」「オレはラッコちゃんのこと監禁したりしねぇし」「でも、他のSubとプレイして欲しくないんでしょう?」そう言われて何も言い返せなくなる。SubにとってDomからのコマンドをこなし、リワードをもらうと言うのは大事なことだ。それがなければ体調を崩し、下手をすれば死に至る。頭ではわかっているのだが、感情がそれを認めたくなかった。それはつまり、フロイドはカリムが好きと言うことだ。「……オレがラッコちゃん好きなのは分かったけど、だからってどうすればいいの」「想いを伝えてみてはいかがですか?」「ラッコちゃん、オレのこと好きだとは思えないんだけど……」「定期的にプレイしているのですから、もしかしたらがあるかもしれませんよ」どんよりと重い空気を背負いながらフロイドは考える。もし告白して、断られたらもうカリムとはプレイできないのだろうか。それは嫌だ。絶対に。カリムでなければならないのだ。カリムは今、実家に帰っている。三日程度でNRCに帰ってくるとジャミルから聞いたが、三日後、想いを伝えるしかないのか。フロイドは不安を覚えながらカリムが帰ってくるまでの期間、不機嫌さを隠そうともせずに過ごすことにした。そして一日目ですでに体調に異常が来している。この間プレイを強制的に止めたからだろうか。ベッドに引きこもり、ただカリムが帰ってくるのを待つ。あと二日がこんなにも長いなんて。そう思いながらフロイドは眠りについた。三日後、荷物を携えたカリムが急いでフロイドの部屋にやって来た。「フロイド! 大丈夫か?!」フロイドの状態をジェイドから聞いていたのだろう。顔を青くしたフロイドを見て、荷物を放り出したカリムはフロイドに近づく。そして早くプレイを、と言うカリムをフロイドが止める。「その前に、話したいことが、あってさ」「話したいこと? なんだ、なんでも聞くぞ」なんでも、は軽々しく使うなと言われたのにカリムはすぐに忘れてしまうことにフロイドは少し笑った。「オレさぁ、ラッコちゃんのこと、好きになっちゃったんだよね」「オレもフロイドのこと好きだぞ?」「そういう意味じゃなくて、恋人になりたいって意味で」そう言うと、カリムはしばらく固まって、やがて顔を赤くした。「えっ、でも、え、な、なんでだ?」「プレイたり、遊んだりしてる間にさー、ラッコちゃんといると、居心地がいいって思うようになったんだよね。刷り込みかもしれないけどさ。この間、アジーム家の使用人たちとプレイしてくるって言われた時、正直ショック受けた。オレだけがラッコちゃんの特別なSubだと思ってたから」あの時思ったことをそのまま伝える。カリムは、視線をあちこちに向けて困っているようだ。「アジーム家の使用人のこと考えると、ラッコちゃんがプレイしなきゃいけないって言うのは分かってるんだけど、それでも嫌だった」「そ……なのか。だからセーフワードを使ったのか?「そう。馬鹿らしいでしょ」するとカリムは黙り込んで、何かを考えるように口元に手をやった。その頬は赤いままで、瞳も若干の潤んでいる。「オレとのプレイが嫌になったから、じゃないのか?」「そうだよ。むしろラッコちゃん以外とプレイしたくない」――だから責任とってよ、ラッコちゃん。起き上がったフロイドは、カリムの腹に抱きついて懇願する。カリムはそんなフロイドの頭をそっと撫でる。「……オレはアジーム家の嫡男で、Subもたくさん抱えてるんだ」「……知ってる」「でも、フロイドとのプレイは他のSubとのプレイよりも気持ちがいいんだ」「え?」顔を赤くしたまま、カリムは続ける。「使用人たちの体調管理のためにコマンドを使うのはやめられないけど、でもフロイドがオレの特別なSubになりたいって言うんなら」カリムは放り出した荷物から、ゴソゴソと何かを探し出した。それは銀色のチョーカーで、複雑な紋様が刻まれ、中央には赤い宝石が飾られている。一眼見ただけで高級品だとわかる。「これ見た時、フロイドのことが真っ先に浮かんだんだ。フロイドはつけてくれないかもしれないけど、って思って、本当は出すつもりはなかったんだけど」そう言って持っていたチョーカーをカリムはフロイドに渡す。これがどう言う意味か、分からないフロイドではない。DomからSubへ送られるパートナーの証、Colorだ。「パートナーって言っても歪んでると思うけど、オレの特別なSubはフロイドだけだから渡しときたくて」「……それってラッコちゃんもオレのこと好きってこと?」カリムは耳まで赤くして、「うぅ」と呻いたが、フロイドの言葉を認めた。いつ好きになったのか分からない。でも、プレイすることでフロイドとの時間が生まれ、一緒に過ごしていくうちにだんだんと好きになっていったのだとカリムは言う。それだけでフロイドは舞い上がりそうになったが、体調が悪くすぐにへたり込んだ。「フロイド、とりあえずプレイしようぜ!」「……分かった」じゃあ、と顔を赤くしたままのカリムが、一つのコマンドを出す。「“キスして“」思っても見なかったコマンドに、フロイドは一瞬目を瞠ったが、すぐにカリムの唇にそっと自分の唇を重ねた。ほんの数秒にも満たないキスだったけれど、フロイドは今まで以上の幸福感を覚えていた。唇を離してすぐ、カリムはフロイドにはにかみながら「良い子」と褒めてくれた。直後、フロイドがサブスペースに入ったことは言うまでもない。Colorをつけると言うことがどう言うことか、フロイドはよく分かっている。己がSubであるということを公言しているようなものだ。けれどフロイドはカリムから渡されたチョーカーを首に付けた。本当は金にしたかったらしいが、フロイドなら銀かなと悩んだんだと語られたチョーカーをフロイドは気に入っている。NRCにはDomが多く、フロイドのチョーカーを見てコマンドを実行しようとしてくる奴もいたが、ランクの低いそいつらを蹴散らしてフロイドは今日もカリムの元に行く。プレイだけじゃなく、恋人としての時間を過ごすために。畳む
「あー……ダリィ」
廊下の壁に体を預けながらなんとか歩くフロイドはそれだけ呟いた。
実際彼の体の状態をこの上なく表した言葉である。倦怠感があり、体が重い。それもこれも、ジェイドが山を愛する会の活動と言って休みなのに早々と朝から山登りに行ってしまったせいである。
そろそろ不調を来しそうだからプレイしてくれと昨夜のうちに頼んでいたと言うのに。
この世界には男女の性別とは異なる、ダイナミクスと呼ばれる性がある。その性はDomとSubとNutral、稀にSwitchと呼ばれる四つに分かれている。
DomはSubに対し、支配したいという欲求を持っている。支配と言っても躾やお仕置きをしたい、褒めてあげたい、世話がしたいなど、その欲求は多岐に渡る。
逆にSubはDomに対して支配されたいという欲求がある。Domとは逆に躾されたりお仕置きされたり、褒められたり世話されたりなどの欲求。
DomとSubはコマンドによるプレイをすることによって欲求を満たす。逆にいえば欲求が満たされないと、体調不良を起こしたり、下手をすれば死に至ることもあるらしい。
NutralはDomでもSubでもない、いわゆる普通の人間だ。ダイナミクスによる影響を受けない。ちなみにSwitchはDomにもSubにもなれると言う稀な存在である。
そしてフロイドはSubだった。躾されたいだのお仕置きされたいだのと思ったことは欠片もないが、定期的にプレイしなければ体調を崩した。
フロイドは自分のダイナミクスを死ぬほど恨んだが――よりにもよって支配されたい側の性になるなんて――、フロイドのSubとしてのランクが高いため大抵のDomのコマンドは効かないことと、幸い双子のジェイドが同ランクのDomだったこともあり、ジェイド相手に定期的にプレイすることで体調管理を行なっていた。
フロイドがSubであることを知っているのは家族とアズールくらいである。他の存在にこのことがバレたら舌を噛んで死んでしまいたくなるだろう。弱みを他人に晒すのは死に繋がるし、何よりDomだと思われているであろうのに実はSubだったと知られるのはプライドが許さなかった。アズールに知られるのだって本当は嫌だったくらいだ。
なのに、この現状。欲求が満たされず、体調に異常が来している。この状態でサムの購買部に行き、抑制剤を買えば、フロイドがSubであると言うことがバレてしまう。
普段から抑制剤を持ち歩かない己を一瞬だけ恨んだが、突発的に山に飛び出して行った片割れの方が恨めしい。
自室に戻り、最悪な展開――サブドロップに陥ること――にならないよう体を休めていようかと踵を返そうとした時だった。
いつもは軽い足が鉛のように重く感じて、うまく体を運べなかった。そうして廊下に倒れ込んでしまう。冷たい床に伏せって、短く息を吐く。これはかなりまずい状況だとフロイドは思った。
限界になるまで我慢せず、もっと早くジェイドにプレイしてもらうよう頼めばよかった。なんなら昨夜のうちに済ませておけばこんなことにはならないのに。
こんなことになるくらいなら「キノコを食べてください」と言うコマンドくらい聞いておけばよかったと後悔していると、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「フロイド! どうしたんだ!?」
聞こえたのはフロイドが普段、ラッコちゃんと言う愛称で呼んでいる相手、カリム・アル=アジームだった。
たまたま通りかかったのだろう。倒れている巨体に驚きと心配の色を混ぜた表情でカリムは膝をついた。
「……別にぃ、なんでもないし……」
「なんでもないわけないだろ! どうしたんだ? 腹が痛いのか?」
心配そうに顔を覗き込もうとしてくるカリムから顔を背けようとして失敗する。指先を動かすのも億劫だ。このままではサブドロップに陥るのも時間の問題かもしれない。
カリムはポケットの中を漁りながら薬を探しているようだが、見当違いも甚だしい。腹痛くらいで倒れるわけないだろ、と心の中で毒づいた。
「腹、痛ぇわけじゃねぇから……とにかくジェイド、呼んできて」
カリムはフロイドの言葉を聞くと即座にスマホを取り出し、どこかに電話をかける。だが、すぐに困った顔をした。
「ごめんフロイド、ジェイドに繋がらない……」
どこまで山を登っているのかとフロイドは舌打ちしたくなったが、それすらやる体力がない。保健室に連れて行ってもらおうにもカリムの体格でフロイドを連れていくことなどできないだろうし、Domを呼んでくれと頼むなんてもってのほか。八方塞がりだ。
「フロイド……顔色が本当に悪い、どうしたんだ? オレはどうすればいい? “教えてくれ“」
カリムがそう言った瞬間、フロイドの口からするりと言葉が溢れた。
「オレぇ、Sub、なんだよねぇ……。そんで今、サブドロップ起こしかけてんの……」
言うつもりなんてなかったのに、言ってしまった。一体なぜ、と考えるよりも早く、カリムはどこか安心したように微笑んで、フロイドの頭に手を乗せて、優しく撫でる。
「そっか、教えてくれてありがとうな。“良い子だ“」
カリムが良い子と言いながら頭を撫でる、ただそれだけでさっきまで重たくて仕方なかった体が一瞬にして軽くなる。それどころか身体中に血が巡って、まるでぬるま湯に使っているような暖かさと多幸感に溺れそうになる。
サブドロップに陥りかけていたのに、一転してサブスペースに入りかけていることをフロイドは自覚した。
「……ぇ、あ……?」
頭を上げて混乱するフロイドに、カリムは眉をハの字にして申し訳なさそうにする。
「ごめんなフロイド、コマンドを使ったつもりはないんだけど、結果的にそうなっちゃったみたいだな。でも応急処置だと思って我慢してくれ」
相手の了承を得ずにプレイすることはマナー違反だ。しかしそんなことはどうでも良い。兎にも角にも心地がいい。天国があったとすればここにあったのかと思うほど、フロイドは幸せな感覚に包まれていた。
「ラッコちゃん……Domなの……?」
「そうだぜ! 家の時の癖が出ちまったのかな。本当にごめんな、フロイド」
ダイナミクスを他人に知られるのを嫌がる人間はたくさんいる。カリムはフロイドのダイナミクスを知らなかったから、フロイドも知られたくない方だったんだろうと判断して謝った。
しかしカリムがDomだったとしても、フロイドも並のランクのSubではない。いくらサブドロップに陥りかけていたからといって、つい出てしまった程度のコマンドに応えるなんてことはしない。
けれどカリムの言葉には抗えなかった。抗うと言う考えすら浮かぶ暇もなくただ応えていた。それだけでカリムが最高ランクのDomだとわかる。さすがはアジーム家の嫡男である。血筋からして違う。
(やば……これ、ハマりそう……)
“ハマりそう“。そう危惧したフロイドの予感は後に当たることになる。
「“こちらに来てください“」
「……」
「おや? どうしたんですか、フロイド。また体調を崩しますよ」
体調管理のためにジェイドとプレイを試みた時だった。フロイドはジェイドのコマンドに対してぴくりとも反応しなかった。
いつもなら嫌々ながらジェイドの方へと向かい、大袈裟に「さすが僕の片割れ、よく出来ました」と褒められるのだが、フロイドの足は動こうとしなかった。
「どうしたんでしょうね、これでは体調管理ができませんよ」
「……この間さ、ラッコちゃんに助けられたって言ったじゃん」
「ああ、サブドロップに陥りかけたらしいですね」
「他人事みてぇに言うなし! ジェイドが朝から山登りに行ったのが原因なんだよ!」
「その節はご迷惑をおかけしました……それで?」
それで、と促してくるジェイドは心配そうにしていた。不可抗力とは言えフロイドが自分のダイナミクスをカリムにバレてしまったことを気にしているのではないかとか、さすがに罪悪感を覚えているらしい。
フロイドは言い難そうに視線を逸らせながら、その時の詳細を語ることにした。
「多分だけどさ、ラッコちゃん最高クラスのDomなんだよね」
「僕たちよりもランクが上、と言うことですか」
「そー。そんで、ラッコちゃんにとってコマンドのつもりないコマンドに応えたら、サブスペースに入りかけて……」
「……カリムさんのDomとしてのクラスの高さがわかりました」
つまりたった一回のコマンドでジェイドのコマンドでは物足りなくなってしまったのだ。カリムのコマンドに応え、褒められると言う多幸感を一度でも覚えてしまったら、まるで麻薬のようにそれしか受け付けなくなってしまった。
「困りましたねぇ」
「マジでジェイドのせいだかんな! どうすんのさ、これ!」
「どうすると言われましても、カリムさんにプレイを頼むしかないんじゃないですか?」
それこそ他人事のように言うジェイドに、フロイドは項垂れた。言葉にしなかっただけで、フロイドもそれしかないことはわかっていた。
「とりあえずアズールに相談しに行きましょうか」
「ラッコちゃんに借り作るの絶対嫌がりそうなんだけど」
「けれどフロイドの生死に関わります。そんなこと言ってられませんよ」
そうと決まれば即行動。双子はアズールの部屋に行き、ことの顛末を語った。
寮長ゆえの一人部屋のため他人に聞かれる心配はないと言うことでフロイドは語った。カリムのコマンドを聞いたときいかに素晴らしい体験をしたか。もう並大抵のDomのコマンドを聞く気にはならないだとか。
「頭の痛い話を持ってこないでください……」
「こっちだって頭が痛いですよ」
「泣くふりしても楽しんでるってわかってんだよ」
メソメソとあからさまに悲しそうな表情を作るジェイドに対し、フロイドはその背中を蹴った。
Nutralのアズールはサブスペースに入る悦楽を知らないが、フロイドがジェイドのコマンドを聞かなかったと聞いて驚いた。今まで二人でなんとかしてきたのに、それが破壊されてしまうなんて。
なんというか、カリムという存在はあらゆる意味で規格外だ。
「仕方ないですね……カリムさんにはフロイドの責任を取ってもらうということで話をつけましょう」
「プレイして“もらう“じゃなくて責任取ってもらうなんだ」
借りを作るのではなくむしろ被害者ぶって強請るというわけか、と納得顔のフロイド。ジェイドも「さすがアズールですね」と褒めている。
「実際、勝手に向こうがコマンドを使ってフロイドがカリムさん以外のコマンドを聴けなくなってしまったんだから間違いではありません! 人をガメツイ奴のように言うのはやめなさい!」
それもそうかとフロイドは頷いて「じゃあどうするのさ」と問う。
「まずジャミルさんに話を通します」
「え、ウミヘビくんにオレのダイナミクス知られんの嫌なんだけど」
「陸の言葉に将を射んと欲すれば先ず馬を射よと言います。カリムさんのスケジュールを管理しているジャミルさんには話を通しておいた方が良いでしょう。カリムさんが突然実家の用事で、などと帰られても困ります。ちゃんと定期的にプレイしてもらうよう手筈を整えるならジャミルさんに話を通すことが必須です」
「うへぇめんどくせー」
「けれどアズールの言っていることも正しいです。ところでジャミルさんのダイナミクスは?」
「Nutralだと言っていました」
「言ってたっていうかそれ聞き出したんだよね?」
アズールに対してジャミルがダイナミクスの話をするわけがないと踏んだフロイドはそう聞いてみたがスルーされた。
「それではスカラビアのお二人を明日、モストロラウンジのVIPルームに呼び出しましょう」
話はまとまったと、アズールは双子を部屋から追い出す。追い出された二人は仕方なく部屋に戻り、明日のためにとっとと眠ることにした。
翌日、放課後。
うまいことカリムとジャミルをモストロラウンジのVIPルームに呼び出すことに成功したアズールはニコニコと胡散臭い笑顔で二人を迎えた。
「ようこそ、カリムさん。ジャミルさん」
「おう、なんか大事な用があるんだよな? オレにできることならなんでも言ってくれ!」
「カリム、軽率なことを言うな。どうせ碌なことじゃない」
「それがそうでもないんですよ、ジャミルさん」
アズールの後ろに控えていたジェイド一歩前に出る。190の巨躯に見下ろされるのは威圧感がある。ジャミルは少し体を引きつつ、「なんだ」と答えた。
「僕のダイナミクスはDomでして」
突然、自分のダイナミクスを晒したジェイドに、ジャミルは驚く。ダイナミクスを晒すのはそれだけデリケートなことなのだ。
「そしてフロイドのダイナミクスはSubです」
同じようにアズールの後ろに控えていたフロイドのダイナミクスも晒す。そこで、ジャミルは何があったかを察した。
そういえば最近、カリムはフロイドが体調を崩していたところに出会し、ジャミルの薬を使って助けてやったと言ってきたことがあったなとジャミルは思い返す。
「つまり、フロイドとカリムの定期的なプレイがお望みだと?」
「……さすがジャミルさん。というか話が早すぎじゃありませんか? どこかで見ていたんですか?」
「いや、アジーム家ではよくあることだ」
よくあること。いやよくあって堪るか、とオクタヴィネルの三人はジャミルに視線を集める。
「アジーム家の使用人にもSubは多い。そして、そのSubはカリムのコマンドにもならないコマンドを聞き、リワードをもらう。……どうなるかわかるか?」
「……つまり、アジーム家にもカリムさんのコマンドしか受け付けないSubが大量にいる、と……」
「そう言うことだ。ちなみにカリムは定期的に家に帰って使用人たちを一箇所に集めてプレイを行っている」
うわぁ、とドン引きなオクタヴィネルの三人とは裏腹に、カリムは何が起こっているのかわからないといった表情でVIPルームに集まったメンツの顔を見渡している。
そんなカリムにため息を吐きつつ、ジャミルは丁寧に説明してやる。
「いいか、カリム。お前が軽率に出したコマンドのせいでフロイドがお前のコマンド以外受け付けなくなった。だからフロイドと定期的なプレイが必要だ。フロイドの生死に関わることだからオレたちに断る権利はない」
「えっ、そんなことになってたのか?! フロイド、本当にごめん!」
「そこまでは言ってないけど……別に謝んなくていーよ。ラッコちゃんがいてくれたおかげで助かったし」
そしてまた危機を迎えているのだが。心から申し訳ないと思っていることがカリムからひしひしと伝わるため、フロイドは逆に感謝の意を表した。
あの時、カリムが通り掛からなかったら、本当に死んでいたかもしれないのだ。だからカリムのコマンドしか受け付けなくなってしまったとしても安いものだろう。……多分。
ジャミルがここまで協力的なのが不気味だが、これで定期的なプレイを確約できたことになる。アズールとジェイドは良かったですねとフロイドに声をかけ、ジャミルはどれくらいの頻度でプレイが必要か聞いてきた。
カリムはというとVIPルームを訪れた時に出されたモストロラウンジの期間限定ジュースを飲んでいる。軽くカオスである。フロイドは遠い目をしながらプレイの頻度のすり合わせなどをすることになった。
そうしてとりあえず、今。早速プレイしたいと言って、フロイドとカリムだけがVIPルームに残り、二人きりになっている。
カリムにコマンドを出されてから一週間ほど経ち、少しばかり体が重くなり始めたところだった。
「それじゃあフロイド、セーフワードは?」
「ラッコちゃん、セーフワードが必要なプレイすんの?」
「そんなつもりはないけど、マナーだろ? オレはフロイドの嫌がることをしたくないから、一応。な?」
「……じゃあ、“飽きた“」
「わかった。……“おいで“」
フロイドから離れたところに座り直したカリムが、フロイドに向かって両腕を広げてコマンドを言う。それだけでフロイドの背筋にビリリと電撃が走るような感覚を覚え、足は自然とカリムの方へ向かった。
カリムの正面に立つと、カリムは「“隣に座って“」と更にコマンドを出す。
コマンド通りカリムの隣に座ると、カリムはフロイドの寮服の一部である帽子を取って、わしゃわしゃと撫でながら、満面の笑顔で。
「良い子だ、フロイド!」
それだけでもう駄目だった。くたりとカリムの方へ倒れ込み、力が抜けていく。多幸感が溢れる。身体中がぽかぽかする。心臓の音が耳元で聞こえるようだった。
そんなフロイドを受け止めきれず、フロイドと一緒にソファに倒れ込んだカリムだったが、カリムはフロイドの頭に腕を回して、「良い子だなぁ」と続けて褒めてくれる。
こんな感覚は知らない。まるで全身が溶けてしまったようで、幸せで幸せで他に何もいらないと言う感覚は。
アジーム家の使用人はいつもこんな感覚をカリムからもらっているのだろうか。そう思うとずるい、とフロイドの中で嫉妬のようなものが芽生えた。
定期的にカリムとプレイするようになってから、フロイドの機嫌は常に右肩上がりだ。体調は凄まじく良い。今ならリリアと戦っても良いところまで行きそうだとさえ思えるほどに。
双子の論外の方が最近かなり上機嫌で気持ち悪い、とNRC内で実しやかに囁かれていた。実際事実なのだが。
今日もカリムとプレイ予定だ。プレイする場所はモストロラウンジのVIPルームだったり、カリムの自室のどちらかだった。プレイ後のフロイドがしばらく使い物にならなくなるから、周囲の目のないところでプレイするしかない。
今日はカリムの自室でプレイすることになっていた。そんなわけで、フロイドは上機嫌でカリムの部屋を目指す。もはや定期的にスカラビアにやってくるフロイドのことをスカラビア生はなんとも思ってなく、豪奢な廊下を歩いていても誰もフロイドを気にかけない。
ノックもせず寮長専用の部屋に入ると、カリムがベッドの上で座っていた。
「お、フロイド。時間通りだな!」
「でしょ〜。オレってば良い子?」
「ああ! 時間をしっかり守れるフロイドは良い子だ!」
扉の前から動かないフロイドだが、カリムに褒められることで充足感を覚える。もっと欲しい、とカリムに早くプレイするように促した。
カリムとのプレイはかなり軽いもので、「“おいで“」や「“今日あった楽しかったことを教えてくれ“」と言った内容ばかりだ。カリムのDom性は褒めることで欲求が満たされるらしい。
フロイドはと言うと、別に躾やお仕置きなどされたいわけではないので――Subだからといってマゾヒストなわけではないのだから当然だ――、カリムとの簡単なプレイが気に入っていた。
「フロイド、こっちに“おいで”」
早速のコマンドにフロイドはすぐさまカリムに近づいた。するとカリムはいつも通り自分の隣を指して「“座ってくれ“」とコマンドを出す。
身長差のせいでフロイドが立っていて、カリムが座っていると褒めることができない。だからいつもこうやって隣に座り、カリムが頭を撫で、「良い子」と言ってくれるのを待っている。
そうして希望通りにカリムはフロイドの頭を撫でながら「良い子だなー!」とカリムも嬉しそうにリワードをくれる。
また多幸感に包まれて、フロイドはカリムに絡みつくとベッドに倒れ込んだ。カリムも慣れたもので、その状態で頭を撫でてくれる。
いつもならこれくらいでプレイが終わるのだが、カリムがいつもとは違うことを言い出した。
「今日はもうちょっとプレイしていこうか」
これ以上プレイしたら確実にサブスペースに入ってしまうと思ったが、「なんで?」と尋ねると、簡単な答えが返ってきた。
「今度、一回実家に帰ってみんなとプレイしてくるんだ。だからしばらく間が空いちゃうから今のうちに溜める? なんて言うんだ? たくさんプレイして、フロイドの体調が悪くならないようにしておかなきゃと思って」
カリムの言ったことに、フロイドは冷や水をかけられた気がした。そうだ、カリムはフロイドだけのDomじゃない。アジーム家にいるSubたちのDomでもある。
自分だけが特別じゃないと思った瞬間、フロイドは凄く嫌な気分になった。
「次はどんなコマンドが良い? あ、“今日あった楽しいことを教えてくれないか?“」
それでもカリムは穏やかにコマンドを出してくる。フロイドがショックを受けていることに気づいていないようだ。
フロイドはカリムのコマンドに応えようとした。しかし、フロイドの口から出たのは別の言葉だった。
「“飽きた“」
咄嗟に出たのはセーフワードだった。カリムは驚きで目を瞠り、フロイドも同様に驚いていた。カリムが実家に帰って、複数のSubたちとプレイすると考えたら、とてつもない嫌悪感に襲われて、気がつけばセーフワードを口にしていた。
さっきまで覚えていた多幸感が消え、フロイドは起き上がる。
「今日はもういいや、ありがとね。ラッコちゃん」
セーフワードを使われたという衝撃に何もできないカリムを置いて、フロイドはそそくさとカリムの部屋から逃げ出した。
カリムがアジーム家のSubともプレイしていることは前から知っていたのに、どうして急に嫌な気分になったのだろう。どうして、自分だけが特別だと思ったんだろう。混乱だけがフロイドの頭の中を支配して、その日のモストロラウンジで提供される料理はひどい有様だった。
その結果、フロイドはアズールに呼び出されている。なぜかジェイドも一緒だ。
「……で、どうしたんですか。今日はカリムさんとのプレイの日でしょう。なんでそんなに機嫌が悪いんですか」
ズバリと指摘してくるアズールに、フロイドも「わかんねぇ」とだけ答える。
今日のラウンジの売り上げが散々だったアズールはそんな答えで納得がいくわけがなく。
「僕はDomではありませんが、答えなさい。このままではラウンジの経営に関わります」
「……ラッコちゃんが実家に帰るって」
「実家に? ……ああ、アジーム家の使用人の方たちとプレイしに帰るんですね。それがどうしたんですか?」
「それが嫌だったから、セーフワード使っちゃった」
アズールとジェイドは驚きに顔を染める。ジャミルから聞いていた通り、カリムは定期的に実家に帰り、使用人とプレイすると言うことはわかっていたはずなのに、なぜ?
「ラッコちゃんのSubっていっぱいいるんだよね。オレはその中の一人だって、分からされたっていうか、ずっとオレはラッコちゃんの特別だと思ってたっていうか」
だから、セーフワードを使ったと言う。アズールとジェイドは深いため息を吐く。フロイドはどうしてそんな反応されるか分からず、首を傾げた。
自覚がないと言うのは恐ろしい。アズールはのろのろと顔を上げ、フロイドに指摘した。
「あなた、カリムさんのことを好きになってしまったのですね」
「……はぁ?」
「自分以外のSubとプレイして欲しくないと言うのはそう言うことでしょう」
確かにカリムといると気が楽だ。趣味が合うし、気を使わなくて良いし、わがままは聞いてくれるし、プレイの内容もフロイドに合わせてくれる。
「ジャミルさんも言ってましたよ、アジーム家にいるSubで自分だけとプレイして欲しくてカリムさんを監禁しようとした人がいると」
「はぁっ?! 何それ、聞いたことないんだけど!」
「まぁ、醜聞ですしね。そのSubをカリムさんが説得して今もアジーム家で仕事をしているようですが」
どこまで心が広いのやら、とアズールは呆れながら言った。そしてジェイドが口を開く。
「フロイドはその一歩手前に来ていると言うことですね」
「オレはラッコちゃんのこと監禁したりしねぇし」
「でも、他のSubとプレイして欲しくないんでしょう?」
そう言われて何も言い返せなくなる。SubにとってDomからのコマンドをこなし、リワードをもらうと言うのは大事なことだ。それがなければ体調を崩し、下手をすれば死に至る。
頭ではわかっているのだが、感情がそれを認めたくなかった。それはつまり、フロイドはカリムが好きと言うことだ。
「……オレがラッコちゃん好きなのは分かったけど、だからってどうすればいいの」
「想いを伝えてみてはいかがですか?」
「ラッコちゃん、オレのこと好きだとは思えないんだけど……」
「定期的にプレイしているのですから、もしかしたらがあるかもしれませんよ」
どんよりと重い空気を背負いながらフロイドは考える。もし告白して、断られたらもうカリムとはプレイできないのだろうか。それは嫌だ。絶対に。カリムでなければならないのだ。
カリムは今、実家に帰っている。三日程度でNRCに帰ってくるとジャミルから聞いたが、三日後、想いを伝えるしかないのか。フロイドは不安を覚えながらカリムが帰ってくるまでの期間、不機嫌さを隠そうともせずに過ごすことにした。
そして一日目ですでに体調に異常が来している。この間プレイを強制的に止めたからだろうか。
ベッドに引きこもり、ただカリムが帰ってくるのを待つ。あと二日がこんなにも長いなんて。そう思いながらフロイドは眠りについた。
三日後、荷物を携えたカリムが急いでフロイドの部屋にやって来た。
「フロイド! 大丈夫か?!」
フロイドの状態をジェイドから聞いていたのだろう。顔を青くしたフロイドを見て、荷物を放り出したカリムはフロイドに近づく。
そして早くプレイを、と言うカリムをフロイドが止める。
「その前に、話したいことが、あってさ」
「話したいこと? なんだ、なんでも聞くぞ」
なんでも、は軽々しく使うなと言われたのにカリムはすぐに忘れてしまうことにフロイドは少し笑った。
「オレさぁ、ラッコちゃんのこと、好きになっちゃったんだよね」
「オレもフロイドのこと好きだぞ?」
「そういう意味じゃなくて、恋人になりたいって意味で」
そう言うと、カリムはしばらく固まって、やがて顔を赤くした。
「えっ、でも、え、な、なんでだ?」
「プレイたり、遊んだりしてる間にさー、ラッコちゃんといると、居心地がいいって思うようになったんだよね。刷り込みかもしれないけどさ。この間、アジーム家の使用人たちとプレイしてくるって言われた時、正直ショック受けた。オレだけがラッコちゃんの特別なSubだと思ってたから」
あの時思ったことをそのまま伝える。カリムは、視線をあちこちに向けて困っているようだ。
「アジーム家の使用人のこと考えると、ラッコちゃんがプレイしなきゃいけないって言うのは分かってるんだけど、それでも嫌だった」
「そ……なのか。だからセーフワードを使ったのか?
「そう。馬鹿らしいでしょ」
するとカリムは黙り込んで、何かを考えるように口元に手をやった。その頬は赤いままで、瞳も若干の潤んでいる。
「オレとのプレイが嫌になったから、じゃないのか?」
「そうだよ。むしろラッコちゃん以外とプレイしたくない」
――だから責任とってよ、ラッコちゃん。
起き上がったフロイドは、カリムの腹に抱きついて懇願する。カリムはそんなフロイドの頭をそっと撫でる。
「……オレはアジーム家の嫡男で、Subもたくさん抱えてるんだ」
「……知ってる」
「でも、フロイドとのプレイは他のSubとのプレイよりも気持ちがいいんだ」
「え?」
顔を赤くしたまま、カリムは続ける。
「使用人たちの体調管理のためにコマンドを使うのはやめられないけど、でもフロイドがオレの特別なSubになりたいって言うんなら」
カリムは放り出した荷物から、ゴソゴソと何かを探し出した。それは銀色のチョーカーで、複雑な紋様が刻まれ、中央には赤い宝石が飾られている。一眼見ただけで高級品だとわかる。
「これ見た時、フロイドのことが真っ先に浮かんだんだ。フロイドはつけてくれないかもしれないけど、って思って、本当は出すつもりはなかったんだけど」
そう言って持っていたチョーカーをカリムはフロイドに渡す。これがどう言う意味か、分からないフロイドではない。
DomからSubへ送られるパートナーの証、Colorだ。
「パートナーって言っても歪んでると思うけど、オレの特別なSubはフロイドだけだから渡しときたくて」
「……それってラッコちゃんもオレのこと好きってこと?」
カリムは耳まで赤くして、「うぅ」と呻いたが、フロイドの言葉を認めた。いつ好きになったのか分からない。でも、プレイすることでフロイドとの時間が生まれ、一緒に過ごしていくうちにだんだんと好きになっていったのだとカリムは言う。
それだけでフロイドは舞い上がりそうになったが、体調が悪くすぐにへたり込んだ。
「フロイド、とりあえずプレイしようぜ!」
「……分かった」
じゃあ、と顔を赤くしたままのカリムが、一つのコマンドを出す。
「“キスして“」
思っても見なかったコマンドに、フロイドは一瞬目を瞠ったが、すぐにカリムの唇にそっと自分の唇を重ねた。ほんの数秒にも満たないキスだったけれど、フロイドは今まで以上の幸福感を覚えていた。唇を離してすぐ、カリムはフロイドにはにかみながら「良い子」と褒めてくれた。直後、フロイドがサブスペースに入ったことは言うまでもない。
Colorをつけると言うことがどう言うことか、フロイドはよく分かっている。
己がSubであるということを公言しているようなものだ。けれどフロイドはカリムから渡されたチョーカーを首に付けた。本当は金にしたかったらしいが、フロイドなら銀かなと悩んだんだと語られたチョーカーをフロイドは気に入っている。
NRCにはDomが多く、フロイドのチョーカーを見てコマンドを実行しようとしてくる奴もいたが、ランクの低いそいつらを蹴散らしてフロイドは今日もカリムの元に行く。
プレイだけじゃなく、恋人としての時間を過ごすために。畳む