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フロカリ / 恋のすゝめ

カリムが一人で中庭で昼食を食べている時――その日、いつも一緒に昼食を取っているシルバーは教員に呼び出されていなかったのだが――、廊下を歩くフロイドの姿を見つけた。
長身で特徴的なピーコックグリーンの髪色の彼はカリムにとってはひどく見つけやすく、大声をあげてフロイドのことを呼ぼうとした瞬間。フロイドの近くに真紅の薔薇を思い起こさせる髪色をした少年がいることに気がついた。
カリムと同じ寮長として親しくしているリドルがいた。リドルはフロイドに揶揄われているようで顔を真っ赤に染め上げ、怒っている。フロイドはそんなリドルの様子を見て楽しんでいるようだ。
フロイドがリドルを揶揄い、それに対してリドルが怒る。いつもの光景なのに、それを見てカリムは嫌な気分になった。
そのことを疑問に思うと同時に食欲が失せ、カリムは食べていた弁当に伸びていた食指を止める。ジャミルには申し訳ないが、弁当は残そう。
気がつけば二人はいなくなっていた。カリムの心に仄暗い感情を残して。

モヤモヤは午後になっても消えず、カリムの頭にはフロイドとリドルの姿が頭にチラついた。
そのせいで魔法薬の授業で失敗し、クルーウェルに課題を出され、軽音部の部室でリリアとケイトに手伝ってもらいながら必死に課題をこなしている。
「どうしたんじゃ、カリム。いつもはなんだかんだ真面目に授業を受けておるじゃろ。こんな課題を出されるなんて珍しいのぅ」
「そうだね、カリムくんにしては珍しいかも。なんか悩み事でもあったの?」
決して答えをそのまま教えるわけではなく、カリム自身が答えを導き出すように教えてくれる二人に質問され、カリムは「う〜ん」と悩ましい声を上げた。
そんなカリムの様子に、リリアとケイトは顔を見合わせる。
悩みとは無縁そうなカリムが、本当に何かに悩んでいるのかもしれない。これは聞き出さねばなるまい、とリリアとケイトは視線で通じ合う。
そそくさとカリムの前に置かれた課題を避け、「休憩にしようか」と少しばかり不自然に促す。しかしカリムはその不自然さには気づかず、素直に頷いた。
「で、カリムくん。悩みって? ほらほらぁ、けーくんに言っちゃいなよ」
「そうじゃぞカリム。悩みを抱えていては体に悪い。実際に授業に支障が出ておるようじゃし」
「えっ、なんでオレに悩みがあるってわかるんだ?」
カリムは驚いたように目を瞠り、リリアとケイトを見やる。
「同じ軽音部なんだから当然でしょ!」
「そうじゃそうじゃ、同じ部の仲間じゃろう。気軽に話してみるが良い」
カリムのわかりやすさについては言わずに、とにかく話を促すリリアとケイト。
それにカリムは唸りながら、話すべきか考える。いつも部活で会話したり、音楽を一緒に奏るリリアとケイトのことはもちろん信頼している。彼らになら、自分に起こる不可解な現象を相談してもいいかもしれない。
そうと決まれば早速カリムは今日の昼に起きたことを話すことにした。
「実は今日の昼、一人で中庭で弁当を食べてたんだけど」
「一人で? シルバーくんと一緒じゃないなんて珍しいね」
「シルバーは先生に呼び出されてて一緒に食べれなかったんだ」
普段、授業中も寝てしまうシルバーは罰として教員の手伝いをすることが稀にある。今日はたまたまその日だったと言えば、リリアもケイトも納得した。そのままカリムは続ける。
「で、廊下でフロイドが歩いてるのを見かけたから声をかけようと思ったんだけど……」
「思ったんだけど?」
「リドルが一緒にいてさ」
「えっ、リドルくんが?」
突然出された自分の寮の寮長の名前に驚くケイト。カリムの悩みにリドルが関わっているのなら、ケイトは積極的にカリムの悩みの解決に乗り出さねばと真剣に聞く姿勢になった。寮長同士のいざこざなんてとんでもない。
「フロイドがリドルを揶揄って、それにリドルが怒るんだ」
「いつものことじゃな」
「いつもの光景だねぇ」
「そう、いつものことなんだ」
だけど。しょんぼりと肩を落とすカリムは、らしくなく眉をハの字にして胸の辺りにギュッと握りしめた拳を当て、
「でも俺は、それを見て嫌な気分になったんだ」
「嫌な気分に?」
「カリムが?」
カリムが気分を害するなんて珍しいと二人は瞬く。朗らかで、明るくて、負の感情なんかまるで無縁そうなカリムが嫌な気分になるとはどういうことか。
「フロイドがリドルに構ってるのはいつものことなのに、オレはそれが嫌だったんだ」
辛そうに言うカリムを見て、リリアがふむと頷く。ケイトも何かを察したように口元を三日月のようにして笑みを浮かべていた。
「それって嫉妬じゃない?」
「うむ、フロイドがリドルに構っていたことに嫉妬しておったんじゃろう」
「……嫉妬?」
不思議そうに首を傾げるカリムに、ケイトはカリムの頬を指でつつく。
「そうそう、カリムくんってばリドルくんに嫉妬しちゃったんだよ〜」
「まさかカリムがフロイドのことを好きになるとは思わなんだ。じゃがフロイドとカリムは気が合うから納得でもあるのう」
うんうんと頷きあう二人にカリムはついて行けてない。何がそんなに楽しそうなのだろうか?
疑問に思ったことを抱えておくなんてことをしないカリムは、素直に二人に問うことにした。
「何でそんなに楽しそうなんだ?」
「いやー、恋バナって言ったらテンション上がっちゃうでしょ」
「うむうむ、それにカリムの恋バナじゃからのう。カリムに特別な人ができる日が来るとはめでたいことじゃ」
朗らかに笑い合うリリアとケイトとは真逆にカリムの顔色は血の気が引いたように蒼白になる。てっきり照れたり恥じらったりするものかと思いきや、それどころか何かを嫌がるように首を振った。
そんなカリムの様子は初めてで、ケイトは驚きを隠せない。
「違う、オレには特別な人なんていない」
「好きな人が出来るなんて、普通のことじゃん? そんなに気にすることないよ〜」
普通のこと、と言うと、カリムは今すぐにでも泣き出しそうな顔になってしまう。更に慌てたケイトは、「どうしたの?!」とカリムの心配をする。
「特別なんていらないんだ。カリム・アル=アジームに特別な人を作っちゃ駄目だなんだ」
誰にでも平等に慈悲を与え、特別な存在など作らない。次期アジーム家の当主となるカリムは無意識にずっとそう思ってきたし、そうしてきた。自分の命を狙う人間にも、家で働く使用人たちにも。
なのに誰かに入れ込んでしまったら、その誰かだけを特別扱いしてしまうかもしれない。他の何もいらなくなってしまうかもしれない。
いつか沢山の女性を嫁に迎えて子を作らねばならないというのに、その女性たちを拒絶してしまうかもしれない。そうなったらアジーム家の恥である。
涙を溜めながらそう訴えるカリムに、二人は複雑そうな顔をした。カリムは生まれが特殊すぎる。だから特別な人間をあえて作ってこなかったのは、カリムにとってある種の自己防衛だったのだろう。
リリアはそっとカリムに寄り添い、肩を抱く。
「確かにそうかもしれぬな。しかしカリムよ、そう悲観するものではない。特別な存在を作るということは尊いことじゃ。特にお主にとっては、狭い世界を広げることになるかもしれん」
「だけど、オレはアジーム家を継がなきゃいけなくて、父ちゃんみたいに誰にだって平等でなきゃいけないのに」
「そのアジーム家を継ぐのって、カリムくんじゃないとダメなの? 弟くんとか妹ちゃんとかに家督を譲るとか……」
「そうすると弟妹たちの命が狙われるようになる」
そう否定するカリムに、ケイトはギョッとする。その言い方はまるで自分の命が狙われるのは構わないと言いたげだ。いや、実際にそうなのだろう。カリムにとって、自分の命は大切だが、他人と比べれば安いものと思っている節が時折感じられた。
そのことが寂しいとケイトは思ったが、カリムの気持ちを考えると何も言えなくなる。
結局その日は泣き出しそうなカリムを慰めて部活は終わった。
カリムが寮に戻るとジャミルは目を赤くしたカリムに驚いて、何事かと聞いてきたがカリムは「なんでもない」を貫き通し、自室へと戻った。寮生たちもいつも元気なカリムが落ち込んでいる様子を心配していたが、カリムはそれをありがたいと思いつつ何も言うことはできなかった。
ベットに倒れ込み、昼間見たフロイドのことを思い出す。それだけで心臓がどくりと跳ね上がるものだから、カリムは自分の胸の真ん中を叩いた。
「フロイドはただの友達、特別なんかじゃない」
言い聞かせるように呟いて、目を閉じる。疲れていたのか、カリムはそのまま眠りについた。明日になったらいつもの自分に戻っていますように、と願いをかけながら。

起きたら翌日になっていた。カリムは目をぱちぱち瞬かせながら周囲を見渡す。テーブルの上に盛り合わせの瑞々しいフルーツが置いてあり、きっとジャミルが置いておいてくれたんだろうなと感謝する。
昨夜は何も食べなかったから、食べやすいフルーツを選んでくれたんだろう。それにカリムはこういったフルーツが好きだった。毒が仕込まれててもわかりやすいし、対策がしやすい。
こう言った思考になって、やっぱり自分は誰かを好きになる権利などないとカリムは思った。
もしカリムに恋人ができたとして、その恋人が狙われたらどうする。カリムには恋人を守ってやるだけの力はない。
そうだ、昨日のことは気のせいだったんだと思いながらフルーツを食べた。
そう思っていたのに、
「あれ〜、ラッコちゃんじゃん。顔色悪くない?」
鏡舎でフロイドと鉢合わせた。会うつもりなんて毛頭なかったのに、タイミングが悪すぎる。
「なっ、なんでもない! 大丈夫だ、心配してくれてありがとう!」
カリムは心臓が高鳴りつつあるのを自覚して、とにかくフロイドから逃げるように校舎へ向かった。残されたフロイドはぽかんとカリムの後ろ姿をただ見守るしかなかった。
それから何の因果かその日に限って何度もフロイドとエンカウントしてしまったカリムはフロイドのことを避けた。避けまくった。そうして――
「――なぁんでオレから逃げてんのぉ?」
フロイドの不興を買ってしまったカリムは、人気のない廊下で壁際に追いやられていた。
長い手足で行き場を遮られてしまって逃げ場がない。いわゆる壁ドンというやつだろうか。ケイトが前に貸してくれた漫画に描いてあった。
とにかくこの状況はまずい。顔が熱くなるのを感じながら、なんとか言い訳を考えなければ、とカリムが出した答えはこうだった。
「きょ、今日は人魚と話すと悪いことが起こるって占いで、」
「アズールとジェイドとは楽しそうに話してたじゃん」
授業が一緒になったときに二人と話してたのは本当だ。しかしなぜそれをフロイドが知っているのか、と疑問を覚える暇もなく、フロイドは「ねぇ、なぁんでぇ?」と圧をかけてくる。
なんと言ってこの場から逃げるべきかと必死で考えていた時、ふと天啓にうたれた。
そうだ、フロイドへの想いを認めて、そしてそれをフロイドに伝えればいいんだ。そうしたらフロイドはきっとカリムのことを気持ち悪がって、向こうの方からカリムを避けてくれる。
それはきっと寂しいが、フロイドのためにもそれが一番だと思ったカリムは、赤くなった顔をフロイドに向けた。
「じ、実は……オレ、フロイドのことが好きで、フロイドと一緒にいると心臓がドキドキするから逃げてたんだっ」
「え、そうなの? なーんだ、オレたち両想いじゃーん! オレもラッコちゃんのこと好きだよ、そういう意味で」
「……え?」
予想とは正反対の答えが返ってきてカリムの目は点になる。求めていたのは「何それ、気持ち悪ぅい」とか「ラッコちゃんがオレのこと好きとか無理なんだけど」と言った言葉で、決して両想いだとかなんだとかではない。
慌ててカリムはフロイドを止めにかかる。
「やめといた方がいいぞ、フロイド! オレ、他人に迷惑とかかけちゃうし、わがままだし、大雑把だし」
「そこがおもしれーんじゃん、ラッコちゃん。ていうかわがままってどこから来たの? 全然わがままじゃないじゃん」
「それに、えーっと、世間のこととかあんまり知らないし、宴とか大好きだし、馬鹿正直ってよく言われるし」
「だからそこが良いんだって。……何? ラッコちゃんオレにフラれたいの?」
そうだ、とは言えず、カリムはぐっと言葉を飲み込んだ。
ふーんと見下ろすフロイドは、「なんで?」とただただ疑問を投げかけてくる。
「……だって、オレはアジーム家の跡取りだ」
「逆玉の輿じゃん。親父とママに褒められるよ、オレ」
「もしオレの恋人とかになったら、命を狙われるかもしれないし」
「そこらの雑魚にオレが負けると思ってんの?」
「将来、嫁さんをたくさんもらって子供を作らなきゃいけないし」
「それはちょっと嫌かも」
最後の一言でやっぱり、とカリムは思う。たとえ両想いだったとしても、他にたくさんの嫁をもらうことが確定している人間と付き合えるかといえば、答えはノーだろう。
しかしそんなことで折れるフロイドではなかった」
「そうだ、ラッコちゃんが産めば良いじゃん」
「へ……? オレが産む?」
「そうそう、人魚は多産多死だから。オレとジェイドが生きてるのも過酷な世界を生き延びて来たからってわけ。他の兄弟はどうなったか知らねぇけど」
アジーム家ならたくさん生まれても大事に育ててくれるでしょ、とあっけらかんと言うフロイドに、カリムは話についていけなかった。
「アズールならラッコちゃんを人魚のメスに変身させる薬とか作れるでしょ。っていうか対価渡せば根性で作ると思うし。これで問題解決じゃね? じゃあラッコちゃん、オレと番になろ?」
アズールに問題を全投してカリムに付き合おうと迫ってくるフロイド。
フロイドを見上げるカリムの瞳から、ぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「……オレ、フロイドのことを好きでいて良いのか?」
「良いじゃん。好きでいてよ」
「フロイドが誰かに構ったりしたら嫉妬するし、もしかしたらフロイドのこと以外どうでもいいって思うようになっちゃうかもしれないけど良いのか?」
「え、なになに、ラッコちゃん誰かに嫉妬でもしてたの? それにラッコちゃんに特別扱いしてもらえるってこと? サイコーじゃん」
いつもの、ただ楽しそうな笑顔ではなくて、好きな人を見るような目でフロイドに見下ろされて、カリムは顔がますます熱くなった。涙も後から後から出てくる。
昨日、リリアとケイトをあんなに困らせたのに、こんなに簡単に解決してしまって良いのだろうか。なんだか申し訳なくなる。
「昨日、リリアとケイトにフロイドのこと好きでいられないって言ったんだ……」
「メンダコちゃんとハナダイくんに? 迷惑かけちゃったねぇ」
「謝りに行かないと」
「じゃあ今日の部活に一緒に行こうか?」
その提案に、カリムは指先でフロイドのシャツの端を掴みながらこくりと頷いた。

「え、カリムくんとフロイドくん恋人になったの?!」
「昨日の今日でとは驚きじゃのう」
「昨日はごめんな! お詫びに購買でたくさんお菓子買ってきたら!」
たくさんの高級菓子を並べられてリリアとケイトは目を丸くする。カリムの隣にいるフロイドは早速菓子の一つを取り上げて、封を開けていた。
あんなに苦しそうだったカリムが元気になって、リリアもケイトも安心したが、フロイドが一体何を言ったのかが気になる。が、それよりも。
「って言うかフロイドくん、部活は?」
「今日はラッコちゃんと番になった日だから休み〜」
「そんな休みはないと思うよ……」
自分の後輩を思いながら、ケイトはそれ以外何も言わなかった。
そんな二人を置いといて、リリアは興味深そうにカリムに話しかける。
「で、どうしてそんな簡単に話が纏ったんじゃ? ほれほれ、わしにも言うてみよ」
ほぼ野次馬のようになっているリリアに、カリムは照れながらフロイドに言われたことを思い返す。
「オレがアジーム家の跡取りだって言ったら、逆玉の輿って言ってくれて……」
「それはそうだけど、面と向かって言うこと……?」
「もしも暗殺者に狙われたりしてもフロイドなら負けないって」
「確かに、フロイドならユニーク魔法も防御に特化しておるし、身体能力も高いし問題なさそうじゃの」
「それに子供はオレが産めば良いって」
「はぁ?」
「ふむ?」
そこでリリアとケイトの声が重なる。男であるカリムに子供を生殖する器官はない。だと言うのにカリムが産むと言うのはどう言うことだ?
視線をフロイドに向けると、フロイドはのんびりとした声で答える。
「アズールに頼んでラッコちゃんが人魚のメスになる薬作ってもらって子作りすれば、ラッコちゃんが子供産めるじゃんって話。ちゃんとした人魚じゃないからせいぜい三十匹くらい生まれるんじゃないの?」
いや十分すぎる。それでもフロイドは「オレの兄弟もっといたらしいけどね〜」と宣った。
それにしても、それではアズールが不憫すぎやしないか? とケイトは思ったが、アジーム家にはきっと国宝級の宝が宝物庫に幾つもあるのだろうと考えるとアズールも努力するだろうことが目に浮かんだ。
リリアも「アズールならなんとかするじゃろ」と言っている。
とにかく、親しい友人が幸せそうにしていることが何よりだ。そうだ、今はそれだけでいい。
幸せそうに笑い合うフロイドとカリムを見て、ケイトは考えることを放り出した。畳む
    

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