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フロカリ / 求愛行動(カリム視点)

 好きな人ができた。他の誰にも抱いたことのない、特別に好きな人が。

 カリムには「好き」なものがたくさんある。家族や友人、宴にココナッツジュース、歌に踊りに魔法の絨毯。他にも切りがないほど挙げられる。
 そのどれもこれもが同じような熱量で好きだった。その中でも、一等特別な「好き」が出来たのだ。
 彼を見つけると自然と嬉しくなって、できるだけ傍にいたくなり、言葉を交わすことができたらそれだけで舞い上がってしまう程、気分が高揚する。彼がこっちを見てくれないと、ほんの少しだけ、寂しさを覚えたりもする。
 最初はこの現象はなんなのか分からず、自分の従者であるジャミルに相談したところ、嫌そうな顔をされながら「ただの風邪だ」と言い切られた。
 確かに、風邪をひいたときのように顔が熱くなったり、心臓が早鐘を打ったりすることもあるけれど、風邪ではないとカリムは思った。
 だから移動授業のときにたまたま出会った監督生にこの症状はなんだろうと相談したのだ。
 その結果、カリムの特定の相手にだけ起こる状態異常は、世間一般で言われる「恋」であるということが判明したのだ。
 カリム・アルアジームは彼――フロイド・リーチに恋をしている。
 そう言われたときは目から鱗が落ちた気分だった。まさか己が恋をするだなんて。
 しかし同時に納得する。フロイドは自由で、気分屋で、振り回されることもよくあるけれど、とても優しい人間……否、人魚である。
 とても優しい、というところに異議を申し立てる人々がいるのを知っているが、少なくともカリムにとってフロイドはとても優しい存在だ。
 飾らない言動は人によってはナイフのように感じるのかもしれないが、カリムにとってはハッとさせられることが多い。
 それに、フロイドはアジーム家の長子としてのカリムではなく、どこにでもいる普通の同年代の少年として、ただのカリムとして扱ってくれる。
 それがどれだけ嬉しいか、フロイドは分かっていないだろうが、カリムはよくよく知っている。
 さて、では恋する相手ができたらまずは何をするべきだろうか? カリムはいつだって好きな相手には素直に「好きだ」と伝えるが、特別な相手にはそれだけでは足りないだろう。
 倉庫にある宝石をあげるか? でもきっと、それではフロイドは喜ばないだろう。アズールだったら喜んでくれそうだけれども。
 フロイドのための宴を開いてみるか? 一瞬だけ良い案だと思ったけれど、宴の途中でフロイドが飽きてしまうかもしれない。フロイドのための宴でフロイドが飽きてしまったら悲しい。
 そうやって放課後の軽音部で悩んでいると、リリアとケイトがどうかしたのかと聞いてきた。
 これ幸いとばかりにカリムは二人に相談する。
 好きな人ができたこと、その人に想いを伝えるにはどうすればいいか、自分ではどうすればいいかわからないから知恵を貸してほしいこと。
 リリアとケイトはカリムに好きな人ができたことに驚いたが、すぐにどうやって想いを伝えるべきか一緒に考えてくれた。
「回りくどいことをせずに好きだと言ってみてはどうじゃ?」
「いつも言ってるけど、多分伝わってない」
「ああ、カリムくん素直だからね〜。相手には友達としての好きとしか思ってないんじゃないかな?」
 素直なところはカリムの美点だ。だが、素直すぎてそれが裏目に出ることもある。直接好きだと言っても伝わらないならどうしたらいい?
「ならば、手作りのものでも渡してみてはどうじゃ?」
「おっ、リリアちゃんそれ名案! カリムくんが心を込めて作った料理なら相手も自分勝手特別なんだって気づいてくれるんじゃない?」
 ぱちん、とウィンクをするケイトに、カリムはなるほど、と思った。
 カリムは自分で料理を作ったことがない。そんな己が手作りのものを渡せば、カリムにとって特別な相手だと気付いてくれるかもしれない。

 それならば善は急げだと今にも食堂のキッチンを借りに飛び出そうとしたカリムを、ケイトは慌てて引き止めた。
「カリムくん、何作るか決めてるの?」
「決めてないな! けど、何とかなるんじゃないか?」
 何時ものように根拠のない自信に満ち溢れているカリムに、ケイトは待ったをかける。
「こういうのはちゃんと決めてからじゃないとダメだよ。失敗したらジャミルくんに怒られるでしょ?」
「うっ、そうだな……」
 鬼の形相で怒る従者の顔を思い出してカリムは踏みとどまる。
 では、どうすれば良いだろう? そんな考えが顔に出ていたのか、ケイトがまた提案をしてくれる。
「お菓子でも作ってみたらどうかな、あれなら包丁も火も使わないし、トレイに教えてもらえば失敗しないだろうし。ね?」
「ふむ、レシピならわしが用意しても良いぞ?」
「あははー……、リリアちゃんのレシピはまた今度ね」
 ケーキ屋の息子で菓子作りが得意なトレイについていてもらえば、確かに失敗することはないだろう。
 早速、ケイトがトレイに連絡をとってくれた。トレイはカリムの話を聞くと、快く菓子作りを教えてくれることを快諾してくれた。
「簡単なクッキーを作ってみよう。それなら失敗することもないんじゃないか?」
 失敗の前にあまり、という言葉は伏せて、トレイはカリムに提案した。そもそも何をどのように作ればいいのかわからないカリムはそれに同意する。
 言われたようにしっかりと材料の分量を計り、ときにこれを入れたら美味しくなるんじゃないかと暴走しかけるのを止められて完成したクッキーは、形は歪だし色もあまり良くないけれど、カリムの初めて作ったものとしては上等な物ができた。
 味見をして、これなら大丈夫と御墨を付きをもらって、嬉々揚々とラッピングする。これを受け取っったフロイドがどんな反応をするか、想像するだけで楽しい。こうやって自分で作ったものを誰かにあげるのは初めてだった。

「形とか変だけど美味しいじゃん」
 翌日、早速フロイドに手作りのクッキーを渡してみたら、目の前で食べてくれて感想まで言ってくれた。あまりの嬉しさに踊りだしそうになってしまうが、ぐっと堪える。手作りお菓子作戦は成功したのだ。
 しかしフロイドの反応はそれだけで、頑張ったねぇと頭を撫でてくれたがそれで終わってしまった。
 これは気持ちが伝わっていないと鈍感なカリムでもわかる。一回だけでは駄目か、と、カリムは度々、トレイからもらったレシピをもとにクッキーを作ってはフロイドに渡してみた。ときにお茶を供してみたり、そのときにフロイドのことが好きだと伝えたが、それでも伝わっていないようだった。
 こうなってしまったらどうすればいいのかわからない。うんうんと唸っているところに、ジェイドが通りかかる。珍しく悩んでいるカリムに興味が湧いたのか、ジェイドは「どうしたのですか」と声をかけてきてくれた。
 そこでカリムは、自分がフロイドを特別な意味で好きだということをジェイドに話した。するとジェイドは少し驚いたような表情を見せてて、そのあとにんまりと笑う。その笑顔にどんな意味があるのかわからなかったが、とにかく双子のジェイドならば、フロイドに想いを伝えるにはどうすればいいか教えてくれるだろう。
「僕たちウツボの人魚の間では、口を大きく開けて見せるのが求愛行動になります。まぁ、威嚇ともとられることもありますが、カリムさんでしたらフロイドはそんなふうには捉えないでしょう」
 予想通り、ジェイドは人魚の間での求愛行動について教えてくれた。嬉しさでジェイドに感謝を告げれば、ジェイドはただただ楽しそうに笑い、「うまくいくといいですね」と言ってくれた。

 朝、学校までフロイドと一緒に行きたいと鏡舎でフロイドを待っていると、眠たそうなフロイドがオクタヴィネルに続く鏡から出てきた。
 逸る気持ちを抑えて、「おはよう」と挨拶を告げた後、カリムは思い切ってぐわりと口を開いた。するとフロイドは慌ててカリムの開いた口を抑えた。もしかしたら威嚇だと思われてしまったのだろうか。それはまずいとカリムは考える。
 求愛行動だと聞いていたが、人魚でもない自分がやっても意味がなかったのかもしれない。やはりここは陸のルールに則って、カリムはここ最近、何度も伝えてることをフロイドに伝えた。
「やっぱ言葉で伝えないと駄目だよな! 好きだぜ、フロイド!」
 そう言うと、フロイドは力が抜けたように座り込んでしまった。どうしたんだ、具合でも悪いのかと心配するカリムもフロイドに視線を合わせるようにしゃがみ込むと、フロイドが抱きついてきた。
 首元に顔を埋められ、頬がカッと熱くなる。こんなにフロイドと近づいたのは初めてだったから。
 すると、どこか弱々しい声でフロイドが訴えてくる。
「ラッコちゃんさぁ、ほんと……ほんとさぁ、そういうとこだからね……」
「そういうとこ……?」
 どういうとこだ?と思っていると、フロイドの顔が近づいてきて、薄い唇がカリムのそこと重ねられたのだった。畳む
    

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