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2025/12/28 twst レオカリ / 運命の赤い糸の話 / お前が俺の運命続きを読む ぽかぽかと柔らかい日光が差し込む植物園にて、レオナはいつも通り微睡んでいた。今日は特に昼寝に適した気候だ。適度に空調管理された植物園、生い茂る葉によって出来た木陰、授業中だから煩い音もしない。 授業も特にサボっても問題ない授業だったし、最高の昼寝日和だ。 右腕を枕に、左腕を投げ出して横になって惰眠を貪っていると、レオナのライオンの耳がちりりん、と鈴の音を拾い上げた。同時に投げ出した左手の小指に違和感を覚える。目を開くのが億劫だったが、自分に何かが起きているとなると話は別だ。 ぱちりと目を開いて左手を見てみると、そこにはきらきらと存在を主張する小さな妖精がいた。妖精はレオナの左手の小指を見るとくすくす笑って、その度にちりんちりんと音を立てる。 レオナは妖精がレオナが起きている事を悟られないようにしつつ、突然左手で妖精を掴んだ。掴まれた妖精は驚いたように手の中で暴れたが、逃すわけにはいかない。「テメェ、人の指に何してやがる」 妖精というだけで誰かさんを思い出し、不愉快な気分になる。妖精は手の中でちりんちりんと喚いては暴れるだけだ。生憎、翻訳機なんて便利なものを持っているわけではないので何を言っているのか分からない。 仕方ないので自分で状況を理解するために左手に掴んだ妖精を放して手を見てみる。これ幸と妖精はすぐに逃げ出してしまうが、気にしない。 すると左手の小指、手袋の上から赤い糸が垂れ下がっていた。その赤い糸はどこまでも伸び、先が見えない。「あ? なんだこれは」 手袋を外してみるが、赤い糸はそれをすり抜けて指に巻きついたまま。掴んで千切ってみようにも異様なほど頑丈で、試しに“王者の咆哮“を糸にかけてみたが、無駄だった。厄介な悪戯をされたものだ。大体なんだ、この糸は。 レオナは「チッ」と短く舌打ちをして手袋を付け直すと、ご丁寧に手袋越しに赤い糸がぴょこんと結ばれていた。小さな蝶結びが可愛らしく揺れるのが腹立たしい。どうしても見えるようになっているようだ。「面倒くせぇ……」 はぁ……と溜め息を吐くと図書館へと向かうことにした。悪戯を仕掛けた妖精はさっき逃がしてしまったし、とにかく情報が欲しかった。 小指からぷらぷらと赤い糸が垂れ下がっているのがレオナ以外にも見えるのか、授業終わりの生徒が遠巻きでなんだあれとでも言いたげな視線が鬱陶しい。睨めばすぐにその視線は逸らされるがすぐにまた突き刺すような好奇の視線が集まる。 早く図書館に、と向かおうとした時だ。逆さまになった幼い容貌が目の前に現れた。突然逆さまの姿で現れた相手に一瞬、目を見開いたが知っている人物だったため、すぐに眉間に皺を寄せる。「いきなりなんの用だ、リリア」 不機嫌だと言う気分を露わにしつつ、逆さまの人物の名前を呼ぶ。するとリリアは、くすくすと笑いながら地に足をつけた。「くふふ、随分と可愛らしい悪戯をされておると思ってのぅ」「……テメェ、これが何なのか知ってんのか」 そう言えばこいつも妖精族だったなと思い出し、睨みながら問いただすとリリアは更に面白そうに笑みを深めた。レオナにとって嫌な笑いだと思った。「そう警戒するでない。赤い糸の先にいる運命の相手とキスすればすぐに見えなくなる悪戯じゃ」「あ? 運命の相手だと?」「知らんのか? 人間、誰しも運命の相手がいるものなんじゃよ。その相手は普段は誰か分からなくなっておるが、お主がかけられた悪戯はその赤い糸を通して一時的に相手が見えるようになっているようじゃな」 なんだその迷惑な悪戯は。レオナは頭が痛くなって米神に手を当てる。すると視界に赤い糸が見えて思わず舌打ちをした。「その悪戯を解除したら運命の相手と一生を添い遂げられるらしいぞ?」 運命の相手と添い遂げられる、だと。頭に浮かんだ恋人の太陽のような笑顔を、そんな都合の良いことがあるわけがないと掻き消す。何せお互い雁字搦めの立場だ。 片や夕焼けの草原の王になることができない第二王子。もう一方は世界有数の大富豪の跡取り。今は恋人同士であるが、学園を卒業したらどうせ離れ離れになる。学園にいる間だけの関係だとお互い割り切っている……そう、自分に言い聞かせている。 じっとりとした恋心だった。叶うはずがないと諦めていたものが、どうも相手も――カリムも同じ気持ちだったようでまさか実を結んで始まった関係。学生の間だけ、とお互いに言いながら過ごしてきた。 そんな時に、運命の相手? レオナは左手の小指の先から伸びる赤い糸の先に誰がいるのか、急に恐ろしくなった。 図書館に向かおうとしていた足はすぐに寮の方へと向き直り、カリムに会わないように足早に歩く。幸い寮への帰り道には特に誰にも会わずにレオナは自室へと戻れた。寮長室用の大きなベッドに身を投げ、両手を頭の後ろに回して枕にする。そうすれば赤い糸は見えない。 今日の昼はカリムと昼食を摂る予定だったが、レオナは行く気にならなかった。否、なれなかった。カリムの左手の細い小指に何もないと考えただけで、気でも狂いそうになる。 それだけ己がカリムに溺れているのだという事実に、今更ながらレオナは驚いた。怯えて会うこともできなくなるなんて。 運命なんて馬鹿らしい。そう思いつつも取っている行動は真逆だ。糸がカリムと繋がっていないという事実を分かっていながら、怯えて巣に籠っている。 それに、レオナ自身に赤い糸が巻き付いているのを見られるのも嫌だった。カリムから何か言われるのも、何も言われないのも考えたくない。 深く深く溜め息を吐き、レオナは瞼を閉じた。「――さん、……レオ……さん! レオナさん!」 近くから大きな声で自分の名前を呼ばれる。うっすらと目を開いて、不機嫌だとグルルと唸った。普段なら寝ているレオナを起こそうなんて真似をしないラギーがレオナを起こしたからだ。一体何の用だと睨みつけると、ラギーは一瞬たじろいだが、負けじとこちらを見つめてきた。「もう放課後っスよ! 今日の昼はカリムくんと飯食う約束をしてたんじゃないんスか? カリムくん、ずっと弁当食わずに待っててオレだけ飯食ってて申し訳なくなったじゃないスか」 眠りについてもうそんなに時間が経っていたのか。窓の外が赤くなっているのを見て、随分と寝ていたのだと自覚する。同時に、弁当を持って食堂でレオナを健気に待つカリムの姿が目に浮かび心が痛んだ。罪悪感を覚えて思わずふい、とラギーから視線を逸らし、ごろりと寝返りを打つとラギーは何かに気づいたように不思議そうにレオナの手を見た。「あれ? レオナさんも小指に糸巻きつけてるんスか? って何この長い糸!?」「……は? 俺以外に誰か小指に赤い糸巻き付けてるヤツがいたのか?」 今更糸が扉の先まで伸びていることに気づいたのか、驚いているラギーを無視して問いかける。半身起こして早く答えろと促せばラギーは糸に視線をやりつつ応えた。「いや、カリムくんの左手の小指にも赤い糸が巻いてあったんスよ。カリムくん曰く、午前中の授業を受けてたら急に糸が巻き付いててーって笑ってて……ってちょ、レオナさん?! どこ行くんスか!?」 ラギーの言葉を全て聞き終わる前にレオナは起き上がって部屋から飛び出した。走って向かう先はスカラビアだ。 糸を追うように走っていると、寮生たちが驚いたようにレオナを見て道を開ける。サバナクローから鏡舎に出て、スカラビアの鏡に飛び込むように入り込んだ。糸はスカラビア寮内へと続いている。心臓がどくどくと大きく鳴っているのが分かる。 糸の方向を目指せば、長かった糸はレオナの左手の小指の糸に吸い込まれるようにどんどん短くなっていく。途中、全力で走る多寮の寮長の姿にスカラビア寮生が「なんでキングスカラーがここに!?」と驚く声が聞こえたが、無視した。 奥へ、奥へと進んでいけば、糸はとある扉の向こうに伸びていた。大きくてやたらと豪華な扉は、スカラビア寮の寮長室だ。 ノックをすることも忘れて扉を開く。そこには長い黒髪の男がいた。 カリムの従者のジャミルだ。ジャミルは目を見開いてレオナを見た。レオナもレオナでジャミルがいるとは思ってもおらず、そしてまさかと思いすぐにジャミルの左手を確認する。褐色の男らしいその手から糸は垂れておらず、心から安堵した。 気を取り直して糸の先を探せば部屋の奥の方にあるベッドまで伸びている。ベッドは天蓋が閉じられており、この部屋の主人の姿が見えない。 一歩踏み出そうとすれば、ジャミルが前に出てきてレオナを止める。「なんでレオナ先輩がここにいるんです?」「恋人に会いに来るのに理由が必要か?」 はっ、と鼻で笑って見せるとジャミルは不愉快そうに顔を顰める。「生憎、カリムは今は何らかの呪いに掛かっているため会うことができません。お引き取りください」 なおも立ち塞がり、ジャミルはレオナを追い返そうとする。レオナはレオナで、呪いと称されたこの赤い糸に思わず笑いが込み上げた。呪い、確かに先ほどまでレオナもそう思っていた。しかし今はその呪いは、レオナにとって祝福となった。 だからジャミルに見せつけるように左手を持ち上げて手の甲を見せるように掲げた。「呪いってのはこれのことか?」 レオナの小指から垂れ下がる糸は確かにベッドの方に……正確には、ベッドの上にいるであろうカリムの元に伸びている。「なんでレオナ先輩にもそれが……」 驚きで目を丸くするジャミルの肩に手を置き、扉の方へと押し出した。押されるまま、ジャミルはレオナが開いた扉の向こうへと蹈鞴を踏む。「悪ぃがこれからは恋人同士の時間だ。従者サマは部屋で休んでな」 そう言って扉を閉める。ペンを取り出し、入ってこられないように施錠の魔法をかけた。いくら優秀だとカリムが褒め称えるジャミルでも解けないように魔法を構築して。同時に防音の魔法も掛ける。外から扉を叩いたり、カリムを呼んでいるであろうジャミルの声が部屋の中に聞こえてこないように。 そうして、ようやくレオナはベッドに近づき、天蓋のカーテンを贈り物の包み紙を破らないような手つきで丁寧に開いた。そこには左手を目の高さまで掲げて、小指から伸びる赤い糸を見つめるカリムがいた。「うーん、何なんだ? これ……ってレオナ?!」 どうやらカーテンにも防音の魔法がかけられていたようでカリムは先ほどのジャミルとレオナのやりとりを聞いていなかったらしく、開かれたカーテンの隙間から入ってきた明かりでレオナの存在に気づいたようだ。「レオナ、昼間は体調でも悪かったのか? 今は大丈夫か?」「ああ……」 カリムの心配そうな声を耳にしつつ、レオナは自分の糸が、カリムの左手の小指に伸びているのをその目で確認した。堪らずベッドに乗り上げカリムを抱きしめる。 突然の抱擁に驚くカリムに頬擦りをする。抱きしめる腕に力が入る。少し苦しそうにカリムが声を上げたから、少しだけ腕の力を抜いてやった。「突然どうしたんだ? オレ、何かやっちまったか?」「お前は何もしてねぇよ。やったのは妖精だ」「妖精……あ、もしかしてこの赤い糸に関係があるのか?」 そう言って左手を見せるカリム。糸はひどく短くなっていて、レオナとカリムを繋いでいる。「レオナの指にも糸が巻き付いてる! これ、呪いか何かなのか」「いや? 運命の相手が誰か分かるようになる、可愛い可愛い悪戯らしいぜ?」 左手を重ね合わせると、糸がゼロ距離になってカリムの指の糸とレオナの指の糸が混ざってしまったように直接繋がる。「糸が繋がった者同士、キスをすると消える……いや、見えなくなるらしい。そんで、キスをした相手と一生を添い遂げられるんだってよ」 この糸がどういうものなのか説明すると、カリムはぱちぱちと瞬いた。そしてどこか不安そうにレオナを見上げる。「一生……って、でも、レオナ、オレたち……」「妖精サマお墨付きの呪(まじな)いだ。雁字搦めな俺らはそいつに肖ってやろうじゃねぇか」 何か言いたげなカリムの言葉を遮って、レオナは続けた。いずれ来る別れの時に怯えながら過ごすのは辞めだ。カリムがレオナの運命だと分かったから。 運命なんてクソ喰らえだと、そう思って生きてきたが、こんな運命なら受け入れてやってもいい。 右手でカリムの頬を包む。そして少し上を向かせると、レオナはカリムの唇に噛み付いた。 すると赤い糸が伸びて、くるりくるりと二人を包み込むように円を描いた後、見えなくなってしまった。それでもレオナは口付けをやめず、カリムの口内を貪るように舌を伸ばした。「ん……んんぅ……ふっ、ぁ、れぉな……」 カリムの少し苦しそうな声を聞いてから唇を離す。カリムは肩で息をしながらレオナを見つめていた。その表情を見て、たとえ妖精の悪戯がなかったとしても、もうレオナはカリムのことを放せないのだと自覚した。「一生、俺の傍にいろ」「……オレもレオナの傍にいたい、けど、できるのかな」「できか、じゃねぇ。どうにかする」 口角を上げてカリムを見下ろせば、カリムはふにゃりといつもの快活な笑顔とは違う、レオナにしか見せない笑顔で頷いたのだった。畳む
2025/12/03 twst レオカリ / 初恋ラプソディ続きを読む レオナはナイトレイブンカレッジで開催されるマジカルシフトの大会に国賓として招かれ、観客席からその試合を見ていた。 どの試合もファールぎりぎりな展開を繰り広げていたが、その分、魔法の展開や司令塔たちの多彩な戦略が見れて、飽きないどころか楽しくて仕方がない。 国賓として招かれたと言われた時は面倒だと思ったけれど、試合を観賞している間は楽しくて仕方がなかった。 準決勝の試合に入る前、休憩時間として長くはないが自由な時間が与えられた。 そのタイミングで兄のファレナが、普段は見せないような表情で試合を見ていたレオナに気づいてか急に尋ねてきた。「そんなにマジカルシフトに興味を持ったのか?」 微笑ましいと言わんばかりの兄の問いに、レオナは一瞬だけ顎を引いて逡巡した後に頷いた。別に否定することでもない。レオナには魔法士の素質が十分にあったし、学生たちが使用する魔法がどんなものか見ているだけで楽しかったのは事実だ。 しかしその答えに満足したように笑う兄に、居心地の悪さを覚えてレオナは立ち上がった。「少し散歩してくる」 そう言って夕焼けの草原の王族に用意されたスペースから抜け出すと、背後から飛んできた「護衛を連れて行け」と言う声を無視して走り出す。 後ろから数人が追いかけてきそうな気配がしたが、不愉快だと睨みつけるだけで護衛たちは足を止めてしまった。 レオナはまだ両手で数えられる年齢になったばかりだが、魔法の扱いに長けていて、何よりも強力なユニーク魔法を持っている。レオナが生まれつき持ったユニーク魔法――王者の咆哮は、どんなものでも砂に変えてしまう魔法だ。旱魃が続くサバンナでは忌み嫌われる力でもある。 護衛や使用人たちは、その力を恐れている。気難しい第二王子の心持ちによって砂に変えられてしまわないかと怯えているのを、レオナは知っている。 ……せっかく楽しんでいたのに、水を差された気がした。石造りの廊下を少し歩くと、試合の熱に当てられた肌に涼しい風が撫でる。気づけば周囲にはあまり人がおらず、関係者しか入ってはいないところにいたようだ。 流石にここにいるのは良くないと判断したレオナは、踵を返そうとした時だった。視界の端にやたらきらきらした何かが入り込んだ。 きらきらした何かとは、少年だった。外見からしてレオナよりも数歳ほど幼い。光を浴びれば白銀にも見えるだろうパールグレーの髪と、大きなガーネットかと見紛う赤い瞳。遠くから見ても分かる繊細な金の刺繍が施された豪奢な白い衣装を着て、頭にはまた宝石や羽を飾り付けられた白いターバンが巻かれている。 もしここがスラム街だったら一瞬で攫われてしまいそうな少年は、とぼとぼと音がしそうな足取りで歩いている。その表情は暗く、どこか不安そうだった。 あの服は熱砂の国で見られるものだ。大方、熱砂の国の王族か、王族に並ぶ商人の子供が迷ってしまっているのだろうと察せられた。 あんなに綺麗に飾り立てられてるなら、よほど大事にされているのだろう。レオナは少年を見なかったことにしてその場から離れようかと考えていると、やや水気を帯びた一対の紅玉がレオナを捉える。 レオナがしまった、と思った瞬間に少年はこちらに走り出していた。逃げてしまおうかとも思ったが、少年の瞳があまりに必死だったから立ち止まって待ってしまう。「あ、あの……お前も迷ったのか?」 いきなり話しかけてきておいて随分と不遜な言葉遣いだ。ただ言葉の端から悪気は一切感じないため、これが普段の話し方なのだろう。レオナは「はっ」と鼻で笑った。「俺はテメェと違って迷子じゃねぇよ、お坊ちゃん」「そ、そうか。ごめん」 突き放すように言えば、少年は素直に謝った。短めな眉を不安げに歪め、ずいと距離を詰めてきたかと思えば、レオナの手を取った。突然、他人に手を触られてびくりとレオナの尻尾が反応する。 両手できゅ、とレオナの手を掴む少年は、瞳をさらに水気帯びさせてレオナを見上げてくる。「オレ……珍しいものが多くてついあちこち見てたら気がついたらここにいて……迷っちまったんだ」 素直に迷子であると訴える少年はいっそ潔かった。歳が近そうだからと警戒心を抱いていないのだろうか。少年が掴む手は、どんなものでも干上がらせて砂にしてしまう手だと言うのに。 久方ぶりに感じる他者の体温に一瞬だけ気を取られたが、これ以上付き合うつもりはないと手を振り払おうとするが少年も必死なのか手は離れなかった。「頼む! どこか人がいる場所まで案内してくれないか? お礼はするから!」 そう訴える少年に、レオナは耳を伏せた。――これは彼の望みを叶えてやらなければ手を離してくれそうにない。 もうすぐ準決勝が始まる時間になる。仕方ない、とっとと人気のあるところに連れて行くかと溜息を吐く。「分かった分かった。案内してやるから手を離せ」 鬱陶しくて仕方がないと言うと少年はパッと花が咲くような笑顔を見せる。安心したように綻ぶ表情に、思わず見惚れた。不安そうに瞳を暗くしていた時はどこか人形のようなイメージを抱かせていたが、笑った表情は生き生きとしていて可愛らしい。「ありがとう! オレはカリム! お前は?」「俺は……レオンだ」 咄嗟に出たのは適当な名前だった。どうせもう会わないだろう。ライオンの獣人の子供なんて、調べられたらすぐに本当はどういった存在か分かるだろうが、今はそんなこと関係ない。「レオンか! レオンと出会えてよかった。オレ、本当にどうすればいいか困ってて……」「へぇへぇ、そうかよ……。というか、手を離せって言ったよな?」「逸れたら嫌だから、繋いでたい……駄目か?」 あちこちに注意が散漫した結果、迷ってしまったからだろう。カリムは手を離したくないと訴える。 他人に手を握られることに慣れていないレオナは、カリムを脅かして手を離させてやろうと思った。「お前が掴んでいる手は、なんでも砂に変えちまう魔法の手なんだぜ。砂にされたくなかったら手を離せ」「魔法? レオンは魔法が使えるのか?!」 凄いな! と目を輝かせるカリムに、レオナは呆れる。人の話を聞いていたのか? 触れたものは人でさえも砂に変えてしまう、恐ろしい手だ。夕焼けの草原を護衛する大人たちでさえ恐れる手だ。そんな手を、カリムは恐れもせず握ってくる。「言っただろ、なんでも砂に変えちまう手だって。お前を砂にしちまうかもしれないぜ?」 意地悪く言ってみるが、カリムは何を言われているか分からないとばかりに瞬きをする。そうして、怖がるどころか破顔した。「なんでも砂にしちまう手なら、オレはもうとっくに砂になってるだろ? でもオレはまだ砂になってない。レオンの手は、オレを助けてくれる優しい手だ、こわくなんてないよ」 カリムの素直な、そしてきっと心からの言葉に、レオナは動揺した。国では恐れられ、忌避される力をカリムは怖くないと言う。それどころかぎゅっと先ほどよりも力を込めてレオナの手を握りしめる。 思わずレオナは呆然とカリムの顔を見つめる。カリムはどうしたんだ? と笑うばかりで、本当に怖くないらしい。右手に感じる柔らかい感触と子供らしい高い体温に、レオナの顔は熱くなった。そうだ、顔が熱く感じるのは手が熱いからだ。「…………そうかよ」 レオナは少しだけ力を入れてカリムの手を握り返した。 会場内を少し歩けば、すぐにカリムを探しているであろう大人たちが声を上げてうろうろしているのが、レオナの鋭い聴覚が捉えた。早く教えてやればいいのに、レオナはすぐにはそれを教える気にならなかった。この手が離れてしまうのがどうしても惜しい、と思ってしまったのだ。 しかし、距離もそう遠くない。カリムもやがて声に気づくだろう。その前に帰してやった方がレオナにとってもカリムにとっても良いに違いない。 尻尾をふるりと揺らした後、カリムに向き合う。「あっちの方からお前を呼ぶ声が聞こえるぞ」 まだ声が聞こえていないカリムが「そうなのか?」と嬉しそうに声を上げる。これでカリムとはお別れだ。きっともう会うこともないだろう。 カリムはとっとと行ってしまうかと思ったが、立ち止まったまま、何かを考えている。「もうレオンとはお別れなのか?」「……そうだな、もう会うことはないだろうな」 レオナがそう言うと、カリムは悲しそうな顔をする。どうしてそんな表情をするのだと、レオナは聴きたくなった。「そうだ、お礼……何が良いかな。あ、この宝石なんてどうだ?」 そう言ってカリムはターバンの装飾の宝石を外そうとする。レオナはそれを止めて、珍しい色をした羽の方を掴んだ。「宝石なんざいらねぇ。それよりも、こっちを寄越せ」「そんなので良いのか?」「こんなので良いんだよ」 レオナは丁寧な手つきでカリムのターバンから羽を取る。赤と青のグラデーションがかった鮮やかな羽がレオナの手に落ちる。「それじゃあレオン……オレ、行くな」 最後にきゅう、と手を握られるとカリムの手が離れていく。それを追いたくなる衝動を抑え、レオナはカリムの体温が残る手を握りしめた。「その羽を見て、オレのことを思い出してくれたら嬉しい! オレも、レオンのこと絶対に忘れないから!」「別に覚えて追いてくれなくて良い。……さっさと行け、かなり心配してるぞ」「わっ、まずい! それじゃあレオン、またいつか!」 カリムは笑顔で言うと声の方向へ走り去っていった。だから、もう会うことはないと言ったのに。レオナは羽をくるりくるりと回して、誰にも見つからないようにポケットにしまった。 ――その後、席に戻った時には準決勝試合が始まっていて、ファレナに心配されたが、レオナはそれを聞き流した。 後々レオナはカリムのことを調べたが、カリムはなんとアジーム家の長子であることが分かった。やはりもう会うことはないだろうとレオナはカリムから貰った羽を見つめた。 ◆ それから九年後。なんの因果かナイトレイブンカレッジにカリムが編入してきた。レオナが必修科目の出席日数が足りずにダブった二年の年だった。 レオナはカリムの存在をカリムが一年の頃から気づいていたが、積極的に会いに行こうとはしなかった。それが変わったのが、レオナが三年に上がり、カリムが二年にして寮長になった時だった。 カリムはやはりというか、レオナのことは覚えていないようだった。忘れないと言ったくせに、随分と薄情だ。とは言っても、あの時のレオナは偽名を名乗ったし、気づかれなくても仕方がない。 カリムはナイトレイブンカレッジの生徒に相応しくない朗らかな性格で、誰にでも親しげに接する。誰かが悩んでいたら同じように悩んで、誰かが辛いことがあったらそっと寄り添ってやる。そんなカリムはスカラビアの寮生からかなり慕われているようだった。 レオナとカリムの関係はただの先輩と後輩、同じ寮長であるというくらいで、他に関わりはなかった。 レオナが珍しく図書館で本を読んでいる時だった。レオナはカリムから貰った羽を、保存魔法までかけて大事にし、栞がわりに使っていた。 そこへカリムが課題を抱えてやって来たのだ。「よっ、レオナ。勉強か?」「違ぇよ。どこかのばかと違ってただの読書だ」「あはは……そう言われると何も言い返せないな」 レオナの許可なく同じテーブルに課題を広げ始めるカリムに、レオナは何も言わなかった。言うだけ無駄だ。それに、カリムと一緒にいるのは悪くない。羽を撫でながらカリムの様子を窺う。 相変わらず最上級のガーネットのような瞳が、今はノートと教科書に視線を落としている。窓から差し込む光りに照らされてきらきら光る髪も美しい。ターバンが少しよれているのは自分で巻いたからだろうか? レオナは本を読むことを放棄してカリムの観察をしていた。 するとカリムの口がゆるゆるとなんとも言い難い、擽ったそうな形で結ばれる。「あのな、レオナ。さすがにそこまで見られると緊張するぜ?」 照れたように言うカリムに、そんな感情を持ってたのかと感心する。否、確かに見すぎていた自覚はあるが。「簡単な課題に随分頭を悩ませてるから、ついつい見ちまったぜ。悪いなぁ?」「それ絶対悪いって思ってないだろ! ……ん? その羽、」 レオナが撫でていた羽にカリムは目を留める。するとカリムは目を瞠った。まるで信じられないものを見たとでも言うような表情だ。それからカリムの視線がゆっくりとレオナの顔へと移る。「レオン……?」 どこか震えた声だった。そんなことよりも、カリムの言ったことがレオナ重要だった。かつてレオナがカリムに教えた名前だ。レオナも思わず瞠目する。 忘れられていたのだと思っていた。あの時に教えた偽名を、まさか覚えているなんて。寮長として初めて会った時、カリムはレオナに気付かなかったのに。「な……んだよ、レオナがレオンだったのか!?」「……カリム、静かにしろ」「もっと早く言ってくれれば良かったのに! そうしたらオレ……!」「おい……っ」 気持ちが抑えきれないとばかりに立ち上がってレオナに話しかけるカリムを止めようと声を上げると、ごほんと態とらしい咳払いの音が響いた。 音の方を向けば、図書館の司書がいたし、複数の視線がこちらに向いていた。「図書館ではお静かに」 そうしてレオナとカリムは仲良く図書館から追い出された。よくぞ悪名高いサバナクロー寮長と、色々と話題を事欠かないスカラビア寮長が揃っているところに怖気もなくやってきてキビキビと二人を追い出したものだ。それくらい肝が据わっていないとナイトレイブンカレッジの図書館で司書などできないのだろう。 課題を抱えたカリムが申し訳なさそうにレオナに首を垂れている。「悪い……オレが煩くしちまったから……」「全くだ……」「で、でもレオナがレオンだってことをもっと早く教えてくれてれば良かったのに! レオナはオレのこと気付いてただろ?」 カリムの言うとおり、レオナはカリムを覚えていたし気付いていた。カリムは何も変わっていなかったから、すぐに気付いた。それでいて何も言わないことを選択した。馬鹿みたいに言われたとおり、羽を見るたびにカリムのことを思い出していたくせに。なんとなくバツが悪くなり視線を逸らした。 そんなレオナのことに気付いていないのか、カリムはレオナの前に立つ。正面で向き合い、カリムはレオナにまるで縋るように近づく。「オレ……レオナのこと全然気付けなかった……絶対に忘れないって言ったのに、ごめん」「――チッ、別に謝るようなことじゃねぇだろ」「だってレオナはその羽を大事にしてくれてるだろ? オレのこと、忘れずにいてくれたってことだ」 しょんぼりと項垂れるカリムの言葉にレオナは何も返せなかった。確かにちゃんと顔を合わせた時に全く気付かれなかったことには気落ちしたが、十年も前のことだから忘れられてても仕方ないことだと。普通なら忘れていて当然だ、ほんの数分だけ一緒にいた相手のことを覚えているなんて、分かるわけがない。「オレだってレオンのこと、忘れたことはなかったのに、またなって言ったのに」 悲しそうに肩を落とすカリムにレオナは焦る。「なんだってそんなに気にするんだよ……分からねぇな。それに俺はあの時にもう会うことはないって言っただろ」「でもまたこうやって出会えたんだ、奇跡みたいだろ? それなのにオレだけ……違うんだ、言い訳させてくれ!」 言い訳とは、レオナのことをすぐに気付けなかったことに対する言い訳か。ここまで来たら話を聞いてやらないとカリムの気がすまないだろう。仕方なくその言い訳とやらを聞いてやることにした。――けれど、その言い訳を聞くことをレオナはすぐに後悔することになる。「十年前に会った時よりもレオナがずっと綺麗だったから気付けなかったんだ! 悪い!」 そう言って頭を下げるカリムに、レオナは何を言ってるんだと頭を抱えたくなった。だが、カリムの言い訳は続く。「初めて会った時も綺麗な子だと思ってたけど、レオナと寮長として顔を合わせた時にレオナほど綺麗な人も見たことないなって……でもよく考えたらもともと綺麗な子だったんだからもっと綺麗になるのは当たり前だよなぁ。もしかしたら目元の傷があったから気付けなかったのかも……オレを助けてくれた時はなかったよな? あ、傷ができた理由とかを聞きたいわけじゃないんだ。それから――」「もういいからそれ以上何も言うな!」 カリムの口を抑え、言葉を遮る。レオナの手袋越しに不満を訴えるカリムの抗議の声が上がったが、これ以上は聞いていられないとばかりに耳を伏せた。なんだその理由は、綺麗だったから気付かなかった、だと? もしも今、カリムから手を離したらレオナを讃える言葉しか出てこない気がして手が離せなかった。 尻尾が落ち着きなくゆらゆらと揺れる。国でよく聞くおべっかだと思いたかったが、カリムは思考と発言がそのまま繋がっているような人間だ。つまりはカリムは心から思っていることを言っている。それがレオナを落ち着かなくさせたし、顔を熱くさせた。「んーっ、むーっ!」「……お前の言いたいことはよく分かったからこれ以上言い訳を続けようとするな、絶対にだ」 グルル、と威嚇するように喉を鳴らすとカリムは不思議そうに瞬きを繰り返した後にそれを了承した。警戒しながら手を離すとカリムはぷはぁっ、と息を吐き出した。「分かってくれたか?」「ああ……嫌ってほど分かったぜ。お前が本当に馬鹿だってことがな」「なんでだ!?」 レオナの言葉に驚くカリムだが、否定はしなかった。馬鹿という自覚はあるらしい。そんな自覚こそ捨ててしまえとレオナは思う。「でも良かったぜ、レオナがレオンだって分かって」 やりかけの課題を抱え直したカリムが嬉しそうに言う。「何がそんなに嬉しいんだよ。感動の再会でもしたかったのか?」 だから、どうしてそんなに嬉しいのかと問うた。それに対して、またしても爆弾を落とされるなんてことに気づくことなく。「オレの初恋はレオナだから!」 頬を淡く染め、花ひらくような笑顔を見せたカリムは、言いたいことを言いたいだけ言ったとばかりに踵を返した。「オレは寮に戻って課題の続きをやるよ。じゃあまたな、レオナ!」 軽やかな足取りで鏡舎に向かっていくカリムを、レオナは停止した思考で見送ることしかできない。 ――あいつはさっき、なんて言った? レオナは両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。ああ、なんだ、なんて奴なのだ、あいつは。未だ初恋を拗らせている人間に対して、なんてことを言うのか!「くそ、絶対に逃さねぇからな……」 サマーグリーンの瞳が、ぎらりと光る。捨てようと何度も思って捨てられなかった想いを拾い上げられ、それが一気に熱を持つのを感じた。畳む
2025/11/25 twst レオカリ / 生贄なレオナと神様なカリム設定 / 砂上の運命続きを読む カラカラに乾いてひび割れた大地に横たわり、世界に対する呪詛を紡ぐ。 何が神への生贄だ、神なんているわけがない。こんな国に雨なんて降るわけがない。 水の気配なんて欠片もない洞窟の最奥。岩が重なり合ってできたような洞窟で、岩の隙間からレオナを照らすように月明かりが差し込んでくるのが鬱陶しくて仕方がなかった。乾いた唇で、ちっ、と今にもかき消えそうな舌打ちをした。 雨が降らなくなってもうどれだけの月が過ぎたか。元からこの国は雨が少ない土地だったが、それにしたって酷い。 どれだけ雨乞いの儀式を行なっても雲ひとつない晴天は変わらず。干上がった水場が両手で数えきれなくなった頃、神の怒りだと誰かが言い始めた。どんなものでも乾いた砂に変えてしまうユニーク魔法を持つ忌み子が王族にいるのが間違いだと民達が吠え出したのは。民どころか王宮にいる者までもレオナの姿を見てはひそひそと、ライオンの獣人であるレオナには聞こえている声量で嘯く。 ――人さえも砂に変えてしまうなんて恐ろしい。 ――生まれつき砂に愛されている、呪われた御子だ。 ――レオナ様がお生まれになってから、雨が降らない日が多くなった気がする。 最後なんて完全に思い込みだ。レオナはまだ齢十歳だが、頭がよく過去にどれだけ雨が降ったかなどの記録を調べてみたが、レオナが生まれた年以降も他のどの年とも雨の降った回数は似たり寄ったりだった。 今年が異様に雨が降らないだけだ。しかし、自然の水が手に入らなくなった国民達からすればそんなことは関係のないことなのだろう。 第二王子を神への生贄にしろ、などと。不敬極まりない発言が許されてしまう程、民は追い詰められていた。 レオナの父や兄は必死に民を止めていたが、このままでは暴動が起きかねない。王宮に民が押し寄せ、レオナを無理に何処かへと連れて行きどこかで殺される可能性が上がってきた。日を追うごとに父や兄の焦燥に駆られて行くのが分かった。 だから、レオナから言ってやったのだ。「わたしが神の贄になりましょう」 それからは早かった。神に相応しいようにと貴重な水を惜しみなく使って身を整えられ、綺麗な服や――魔力を封じるアクセサリなどで着飾られ、そうして両腕と足を後ろできつく縄で縛られて神聖だといわれている洞窟に連れてこられたのは。 レオナを最奥の部屋に連れてきて横たわらせた者たちは、何かを成し遂げたとでも言うような高揚感に包まれながらレオナを置いて帰って行った。 最後の別れの際、父と兄は泣きながらレオナに謝った。レオナはそれを何の感情もなく見下ろしていた。 なにも二人を思ってあんなことを言ったわけではない。神などいないのだと、証明してやりたかった。自分が生贄になったからと言って現状は変わらないのだと教えてやりたかった。逃げるつもりなどなかったが、まさか魔力封じの首輪を着けらるとは思っていなかったが。そこだけが計算違いだ。 レオナが洞窟に捧げられてから三日間、未だ雨は降らない。もちろん神なんてものも現れない。空腹で腹が痛み、喉も口の中もからからに乾いて唇はひび割れている。 それでも、どうか雨なんて降ってくれるなよ、と。そんな願いを抱きながら瞼を閉じる。眠ってしまえば空腹も喉の渇きも気にならない。砂埃混じりの空気を深く吸い込み、同じように深く吐き出す。腹はぐるぐると鳴るし、乾いた空気が喉を傷めたがそんなことは気にしない。 ――そんな時だった。シャラン、と金属が擦れ合うような音が近くでしたのは。「おーい、大丈夫か?」 レオナ以外誰もいない筈の場所に、聞いたことのない声が響いた。レオナは目を見開き、声の主を探そうとしたが、探すまでもなくレオナの目の前にしゃがみ込んでいた。 白銀の髪にガーネットのような真っ赤で大きな瞳、褐色の肌。二の腕あたりには白い紋様が刻まれている。天井から差し込まれる月光を浴びて、きらきらと輝いているように思えた。見たことがない人間だった。「……誰だ、テメェは」「オレか? 悪いな、簡単には名乗れないんだ」 掠れた声で問えば、男は困ったように短めの眉をハの字にした。レオナはそんな男の様子に「そうじゃねぇ」と渇き切って喋りにくい口を動かした。「何者だって、聞いてるんだ」「ん? ああ、それなら答えられるぜ! オレは所謂、神サマってやつだな!」「は……ぁ? 神……?」 頭をガツンと殴られた気分だった。神なんて存在しないと証明するために生贄になったのに、まさか本当に神が現れるなんて。そんな馬鹿げたことがあってたまるか。「神なんて、いるわけねぇだろ」 けほり、と咳き込みながら言う。しかし男は少し難しい顔をしながら首を振った。「そんなことはないぜ? 現に、オレは声が聞こえたからここに来たんだ」「声? まさか、雨乞いを願う声でも、聞こえたのか?」 己を嘲るように男に言うと、男はこてん、と音がしそうに首を傾げた。まるでそんなこと聞いたことでもないようにと。「雨が欲しいのか? でもオレが聞いた声は、雨なんか降るなって声だったけど」 不思議そうに腕を組む男に、レオナは動揺した。それは自分が願っていた声だ。 第二王子を呪われた子と決めつけ、生贄に捧げてしまえと訴えた民や役人たちに対する恨みを、雨が降らないことを願うことで晴らしていた。このまま雨が降らずに朽ちていけばいい。そう思っていた。「この国は雨が欲しいのか? それとも、欲しくないのか?」「……もしも欲しいと言ったら、お前はそれを出来るのか」 不思議そうに呟いた男に、レオナは問いかけた。声が震えかけたのは隠せただろうか。酷く気弱になっていることを自覚しながら男の答えを待つ。「雨を降らせることくらいならできるぜ!」 男の答えはレオナに絶望を齎した。目の前が真っ暗になったような気さえした。だが、続いた男の言葉に顔をあげることとなる。「うーん、でもなぁ。この国に雨を降らすことはできないな」 難しい顔で、どこか申し訳なさそうに言う。それはどういうことだと聞こうとしたところで、レオナは咳き込んだ。さっきから乾いた喉で喋っていたから無理が出たのか。そんなレオナを見た男は慌てたようにレオナを起き上がらせる。 それから縛られた両手足の縄を見て困ったような表情をしたあと、男はくるりと指を回した。それだけで縄が消えてなくなり、手足が自由になる。 同じ体勢でいたせいで手足の痺れが酷いが、そんなことよりも先ほど男がしたことが気になった。縄を解いたのは魔法だろうか? それにしては魔力を感じなかった。「随分と手が汚れてるなぁ。まずは洗わないといけないな」 手を差し出せと言う男に、恐る恐る両手を出す。まだ魔力封じの首輪は取れていない。何があっても相手を砂にしてやることもできないのが癪だ。 何をされるのか、と思っていると、レオナの両手の上に水球が現れ、そこから綺麗な水が溢れ出した。重力に従い落ちていく水が、レオナの手を濡らす。勿体無さから掬おうと両手を器の形にしたが、男がそれを叱る。「まずはちゃんと手を洗うんだぜ! ほら、両手を合わせてゴシゴシって擦るんだ」 レオナの手を掴んで器の形を壊すと、一緒になって手を洗う。水はとめどなく溢れ、レオナは乾き切った口から唾液が滲みて出てくるのが分かった。「よし、そろそろ綺麗になったかな? ほら、喉が乾いてるんだろ。いくらでも水を飲んでくれていいんだぜ!」 男はレオナの手を離すとにこりと笑って見せた。手が自由になった瞬間、レオナは勢いよく水に口を付けた。喉を鳴らして水を飲み込む。水に毒が含まれているかどうかなんて気にならなかった。乾いていた喉が潤されていく。 男はにこにこと笑いレオナが必死に水を飲むのを見守っている。喉が潤ったことで周りに気をやれるようになったレオナは、慌てて水から口を離した。レオナが水から離れたタイミングで水球が小さくなっていき、なくなってしまう。 泥水でも、虫が浮かんでもいない綺麗な水だった。喉が乾いていたからかもしれないが、味もとびきり美味しくて、その水球がなくなってしまったのが一瞬惜しくなる。「美味かっただろ? 随分と喉が乾いてたんだなぁ」「……この国には雨を降らせられないってどう言うことだ」 先ほど聞けなかったことを漸く口にする。男はきょとんと瞬くと、「うーん」と唸り出した。「ここはオレの領域じゃないんだ。もしオレの領域だったり、誰の領域でもない場所なら雨を降らすこともできるんだけどなぁ。さっきみたいに小さな水球を出すくらいしかできないぜ」「誰の領域でもない……と言うことは、この国には神がいるのか?」「んー? そうだな。今は不在にしてるみたいだけど、いるにはいるみたいだな。この感じだと、数十年くらいはいなさそうだ。力になれなくてごめんなぁ」 もう数十年も神は不在にしている。つまり、レオナが生まれるよりもずっと前からこの国には神なんていなかった。「ハ……ハハハハハッ!!」 何が神の怒りだ、この国はとっくのとうに神から見放されていたんじゃないか。――何が忌み子だ、呪われた子だ。勝手に決めつけて、生贄に祀り上げて、結局は何の意味もなかった! 突然笑い出したレオナに男は驚いたように目を瞬き、大丈夫かとオロオロしている。そんな男を無視して、さらに問いかける。「ハハハ、ハッ、神サマよォ、この国に雨が降りそうかどうかなんてのは分かるか?」「へっ、雨か? そうだなぁ、水の精霊の気配が遠いから、次の雨が降るのは数ヶ月は先になるんじゃないか」 更に笑いが込み上がるかと思った。次は一体誰を生贄にするつもりだろうか? 皮肉げに口を歪ませる。「安心しろよ、どうせここの神もちょっとしたバカンスに出てるだけだって! 戻ってきたらちゃんと加護を与えてくれるだろ」 うんうんと頷く男に、ちょっとしたバカンスで数十年も加護を与えられないなんて、人種にとっては酷な話だとは伝えなかった。神にとって数十年なんて瞬きをする瞬間のようなものだろう。 とにかく上機嫌になったレオナは立ち上がろうと足に力を入れようとして、結局立ち上がることができなかった。ぐらりと傾いた体を男が抱き止める。水分は補給できたが、未だ空腹のせいでうまく体に力が入らないのだ。ぐうぅと腹から音が鳴る。喉の渇きが潤ったら他の欲求が顔を出してきたようだ。 男が微笑ましそうにレオナの背中を叩いて「腹が減ってるのかぁ」と笑うものだから、必死に抵抗しようとしたが腕に力が入らない。諦めて抱きしめられていると、男はレオナの顔を覗き込んできた。「何か食えばちゃんと家に帰れそうか?」 なんて呑気な質問だろう。両手足を縛られて放置されていた時点で察せられないのか。レオナは呆れたように目を眇めて縄で縛られた痕を男に見せる。「俺は生贄としてここで放置されてたんだ。帰れる場所なんてあるわけないだろ」「こっ、ここの神は子供を供えさせるのか? 随分と怖い神なんだな!?」 男は驚きつつ、今度はレオナを抱えたままゆらゆらと揺れ出した。何やら考え込んでいるようだが、抱き込みながらゆらゆら揺れるのはやめて欲しいとレオナは男の薄い胸を叩く。すると「そうだ!」と男が何か閃いたように声を上げた。「ならうちに来るか!」「……は?」「行く宛がないんだろ? だったらオレのところに来ればいい!」「おい、待て。話が急すぎるだろ――おい!」 それが良い! と言うや否や、レオナの腕を掴んで男は立ち上がった。レオナの意思などまるで無視だ。神というのは随分と勝手な存在らしい。 男が歩き出すと、ひび割れていた地面から一変して真っ白な空間が広がった。突然景色が変わったことにレオナは驚き、男に手を引かれるままついて行くしかない。 ふと男は振り返り、レオナを見下ろして口を開いた。「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ?」 きらきら輝く紅玉がレオナを見下ろす。そこには悪意も嫌悪、敵意も何もなくて、そんな風に見てくれるのは家族か侍従長のキファジぐらいだった。だからだろうか、いつもならそんな質問は軽く無視するのに、するりと名前が出てきた。「……レオナだ」 もう王族ではない。だからキングスカラーの姓は名乗らなず、名前だけ伝えた。すると男は嬉しそうに微笑む。「レオナか! 良い名前だなぁ。オレの名前はカリム。ここでは名前が道標になるから、もし迷ったらオレの名前を呼ぶんだぞ」「……簡単には名乗れないんじゃなかったのか?」「ここはもう神域だからな。いくらでも呼んでくれていいぜ!」 あ、でも現世では気安く呼んじゃダメだからな。と付け加えるカリムに、レオナはどこか呆れたようにため息を吐いた。 不本意にも手を繋いだまま白い世界を暫く歩いていると景色が変わってきた。 地面はレオナにとって慣れ親しんだ砂に青い空。少し離れたところに玉ねぎ型の屋根が特徴の白亜の宮殿が見える。レオナの国では見たことがない様式の建物だ。それもレオナが暮らしていた王宮よりも大きいかもしれない。 思わず見上げていると、不意に浮遊感に襲われる。カリムに抱き上げられたのだ。「今日からここがレオナの家で、オレがレオナの家族になるんだ。よろしくな、レオナ!」 間近で満面の笑顔を浮かべるカリムに、レオナは目を瞠る。来た道を振り返るが真っ白な道はもうなくなっていた。 生贄になると決めた時、もう帰ることはないだろうと思っていたが、それでもほんの少しの郷愁に駆られた。だがそんなことは気にしていられない。 まさか本当に神が現れて、殺されることなく生きているのなら、精々その生にしがみ付いてやる。どんなに生き汚いと言われようと、そうすると決めた。 そのためにはこのお人好しな神だって利用してやろう。「……ああ、よろしくな。カリム」 素直にそう言い返してやれば、カリムは殊更嬉しそうに微笑むのだった。畳む
2024/11/30 DiD カブライ / Blue Blood EngagementDBHパロディアンドロイドカブルー×人間ライオス続きを読む ライオスの子供時代は孤独だった。 仕事ばかりで振り返ってくれない父、ライオスを産んですぐに亡くなってしまった母。愛想は良いが、腹で何を考えているのか分からない使用人たち。 そういった大人たちに囲まれて育ったせいか、ライオスの幼少期は外との繋がりがなかった。 転機はライオスが五歳になった頃に訪れた。父が人型のアンドロイドの開発に成功したのだ。 ライオスが初めて父からもらったものは、女性の子供型アンドロイドのファリンだった。 髪が長く、ライオスと同じくらいの年齢の見た目をしたライオスにどこか似たアンドロイド。彼女をライオスの前に差し出すと父は短く「お前の妹だ」と言った。 妹。絵本で読んで知っている。本来なら亡くなった母から生まれるはずの妹を父からプレゼントされた。最初は父が何を考えているのか分からなかったが、ライオスは初めての同じくらいの歳の子供と出会えて嬉しかった。それがたとえアンドロイドであっても。 ライオスはファリンを連れて遊び回った。本を読んであげたり、木登りをしたり。 しかしそんなライオスを、周囲は奇異の目で見るようになった。アンドロイド相手にまるで本当の人間のように接するライオスのことを気味悪がったのだろう。 学校に行くようになっても友達を作らず、というよりもうまく馴染むことができず、結局ライオスの遊び相手はファリンだけだった。子供というのは残酷なもので、ライオスがアンドロイド相手に遊んでいることを理由にライオスを虐め始めた。 忘れもしない十一歳の冬、ファリンを連れて外を出歩いていたあの日のことを。ライオスのことが気に入らなくて仕方がないらしい連中が、ファリンのことを馬鹿にしてきたのだ。 そして五歳の姿の女の子を連れ歩くライオスを気持ちが悪いと言った。別にそれは構わない。ライオスは無視してファリンとその場を去ろうとした。するとライオスのその対応に怒りを覚えたらしい一人が、近くに落ちてあった木の棒を持ってライオスに殴りかかろうとした。「兄ちゃん危ない!」 殴られそうになったことに気づいていなかったライオスはファリンに突き飛ばされ、代わりにファリンが殴られた。ぼこりと音を立て、ファリンの頭が割れる。青い液体と機械仕掛けの体内が見える。 ライオスはそれを見てショックを受けた。「ファリン! ファリン!!」 ファリンが、ファリンが死んでしまう。どうしよう。すぐに気体になる青い血は止められなくて、こめかみのLEDリングが赤く光っていて。 ライオスは混乱していた。殴ってきた奴らも、アンドロイドを破壊してしまったことと、ライオスの異常なまでの動揺に怖気付いたのか走って逃げていった。 ライオスはファリンを抱え上げて父の元へ走った。走って、走って、ようやく父の元についた時。ライオスは出せる限りの声を張り上げた。「父さん! ファリンが怪我をしたんだ! ファリンを治して!」 父は冷めた目でライオスを見下ろし、ファリンのことを確認する。そうしてライオスの腕からファリンを受け取ると、どこかへ去ってしまった。 家の中、膝を抱えてファリンが帰ってくるのを待っていた。ファリンが死んでしまったらどうしようと頭の中ではそれだけしか考えられなかった。 食事を摂ることも忘れて、ただ父の帰りを待った。元気になったファリンを連れて父が帰ってくるのを待っていた。けれど、いつだって現実は残酷だった。 夜が明ける頃、父が一体のアンドロイドを連れて帰ってきた。アンドロイドはライオスと似た見た目をしていて、髪は肩くらいまでの長さ。年はライオスと同じか少し下くらいか。ライオスは嫌な予感がした。「ライオス、このアンドロイドがお前の妹だ」「兄ちゃん。ただいま」 にこりと笑う妹を名乗るアンドロイド。アンドロイドが歳をとることがないことぐらいライオスだって知っている。彼女は、ファリンではない。「お前がファリンに読み聞かせていた本のデータなどは入れておいた」 それだけ言うと父は去っていった。残されたのは、ライオスと子供型のアンドロイドだけ。ライオス自身が本の読み聞かせをしてやったり、一緒に木登りをしたファリンではないファリン。 一緒に遊んだ記憶がないのに、それをファリンと言えるのだろうか? ライオスはそんな疑問を抱きそうになるが、すぐにその疑問を掻き消した。代わりに自分より少し幼いファリンを抱きしめる。「……おかえり、ファリン」 アンドロイドに罪はない。罪があるのはファリンを壊した人間だ。アンドロイドを人間のように扱うだけで嘲笑し、馬鹿にしてライオスの尊厳を踏み躙ろうとする人間たちだ。 “新しい“ファリンを抱きしめながら、ライオスはファリンの頭を撫でてやった。 ライオスはこの時、初めて自分が涙を流していたことに気づいた。 時は流れていく。あの出来事があってからはファリンを家の敷地から出さないようにした。使用人たちにも極力会わせないようにして、ライオスは外の世界では一人で過ごすようにした。 “家“に帰れば自分を受け入れてくれるファリンがいる。代わりにファリンが家で寂しくないよう、犬を飼うことにした。父に頼んで大型犬を何種か、それぞれライオスとファリンで名前をつけ可愛がっている。 犬は良い。感情表現が直情的で何を求めているのか、何を嫌がるのかが分かりやすい。 ファリンとの仲も良好だった。ファリンはよくライオスのことを「兄ちゃん、兄ちゃん」と言って後を付いてくる。時折鬱陶しいと思うこともあったが、それ以上に可愛さが勝った。 相変わらず外の人間たちのライオスを見る目は冷たいが、ライオスはそんなことどうでもよかった。外の人間なんてどうでもいい。自分にはファリンがいる。 けれどもそれだけでは生きていけないのが人生である。万が一ファリンに何かあった時のために、ライオスは父の会社を継ぐため、勉強をしている。幸いにしてライオスはアンドロイドに対する意欲は強く、他の学問が駄目でもアンドロイド学に関しては抜きん出ていた。 おかげで父にも後継と認められ、大学に通いながらアンドロイドについて学んでいる。 父のことはあれから苦手意識から変わって、嫌悪を抱くようになった。けれど、アンドロイドと関わっていく上では必要な人物ではある。特に、ファリンのような型落ちしたアンドロイドの修理をするためにはその型番にあったパーツを用意する必要がある。 少しずつ部位を上位互換させていっているが、要所の大事なパーツは古いまま。アンドロイド製作者の息子という立場にいなければ手に入らないパーツもある。だから今の立場を重宝している。 そんなライオスの家を目的に近づいてくる人間は多々いたが、ライオスの人間に対する拒絶の空気を感じ取るとすぐに逃げていく。ライオスが信頼できるのは、愛玩動物やアンドロイドだけになっていた。 ある日のことだった。父から新しいアンドロイドを作ってみろと突然言われたのだ。 ライオスはしばらく混乱したが、一から自分が設計するということになって確かに嬉しかった。ライオスが初めて作るアンドロイドはきっとラインには乗らないだろう。つまり自分で自分専用のアンドロイドを作れと言う意味だった。 父なりのライオスを認めた証だったのだが、ライオスはそのことには気づいていない。 とにかく自分自身で理想のアンドロイドが作れると言うことに期待でいっぱいだった。 一体どういうアンドロイドを作ろうか? ライオスは考える。 万が一壊れてしまっても大丈夫なように記録媒体を移植できるようにしよう。今の技術では完璧にデータを保持することは無理だろうが、いつか完全にデータが移植できるように。 そうすれば、人間の成長に合わせて体を変えていくアンドロイドもできるんじゃないか、なんて。ライオスは夢を見る。 さて、それならばファリンが子供ではあるが女性型だから、男性型でも作ってみようか。 どう言うアンドロイドにしようか、などと街中で考えていると、ふいにスクリーンに映された青年が目に入った。 褐色の肌と青い目、くるりと巻き毛が特徴の黒髪。十人が十人振り返るほどの端正な顔立ち。「か、ぶ、るー……?」 映し出されたスクリーンに記された名前を読み上げ、ライオスはモデルか俳優かと考える。端正な顔立ちだが、ライオスは特に惹かれなかった。どんなに端正な顔立ちをしていても、彼は人間である。 ライオスはすぐに視線を背け、どんなアンドロイドを作るか考えるために急いで家に帰った。「ただいま、ファリン」「おかえり兄ちゃん!」 家に入るなりファリンが勢いよく出迎えてくれた。抱きついて、嬉しそうにしているファリンに、ライオスも思わず口元が緩む。ファリンは女性型のアンドロイドだから、自分で作るのは男性型のアンドロイドにしよう、そう頭の中でメモをした。 子供型ではなく、大人型で。それでもファリンの良き弟になるように。「ファリンはもうすぐお姉ちゃんになるんだぞ」「ファリン、お姉ちゃんになるの?」「そうだよ。今度俺がアンドロイドを作ることになったんだ。完成したら、ファリンはお姉ちゃんになる」「そうなんだ……! 嬉しい、楽しみにしてる!」 随分と下にあるファリンの頭を撫でると、ファリンは不意に部屋に置いてある大きなくまのぬいぐるみのところに行くと、「私、お姉ちゃんになるんだって」と語りかけていた。それが終わると、飼っている犬たちにまで報告に行ってくる! と駆け出してしまった。 よほど嬉しいのだろう。そんなファリンの姿を微笑ましく眺めつつ、設計に入る。ライオスの持つ知識を最大限に活用して、最新のアンドロイドを作り上げる。それを目標に、タブレットに筆を走らせた。 そうしてライオスがアンドロイドが作ることが決まって一年近く経ってから、アンドロイドが完成した。 ライオスは自分の研究室で起動する前にアンドロイドの外見を考えた時、ふと青い瞳が頭を過ぎった。 黒い巻き毛と褐色の肌、青い瞳。名前は……。「カブルー、そうだ。君の名前はカブルーにしよう」 なんとなく思いついた名前に決め、外見の設定も決めると早速準備した。 ブルネットの巻き毛、瞳の色の設定、肌の色の設定、名前の設定。どれも問題ない。 それならばライオスの作ったアンドロイドの、カブルーの目覚める時間だ。そっと電源を入れると、吸い込まれそうな青い瞳に光が宿る。 こめかみのLEDリングが緑色に光り、ぼんやりとしていた表情がしっかりしたものになっていく。「おはよう、君の名前はカブルーだよ」「カブルー……かしこまりました、マスター」 目覚めたばかりでどこか他人行儀なカブルーの物言いに、そんな設定したかなと思いつつ苦笑する。「そんな他人行儀な喋り方しなくていいよ。俺のことはライオスと呼んでくれ」「ですが……いや、分かりました。ライオス」「だから敬語もいらないよ、カブルー」「それはさすがに」 ぐいぐいと寄ってくるライオスに今度はカブルーが苦笑した。 彼には最新の機能をありったけ搭載している。それに適応するまでに数秒かかったのだろう。「調子はどうだい。機能の設定なんかは終わったかな」「はい、機能は正常に起動しています。問題ありません」 視線を左右に彷徨わせた後、カブルーは頷く。ライオスはそんなカブルーの様子にホッとして、それじゃあ自分たちの家へと離れに案内することにした。 離れに行く途中で使用人がカブルーを何度か見直していたが、ライオスは気にしなかった。しかしカブルーは気にしたようで、ライオスにそっと伺う。「……どうして僕をこの外見にしたんですか?」「うん? どうしてって……なんとなく思いついたから?」 顎に手を当てながらカブルーの外見を決めた時のことを思い出す。考えていた時にパッと思い浮かんだのが今のカブルーの外見、名前だ。 思ったまま伝えると、カブルーはじっとライオスを見つめた後ににこりと笑いながら「そうなんですね」と納得してくれた。 変なことを聞くなと思い、カブルーにどうしてそんなことを聞くのかと尋ねようとしたところでカブルーが早く家に案内して欲しいと言った。だからライオスの疑問は飲み込むことになった。「――兄ちゃん! ……と、誰?」 離れに着くと早速ファリンが出迎え、そしてライオスの後ろにいるカブルーについて聞く。 ライオスはファリンの目線に合わせるように膝を着くとカブルーの全身を見せるようにファリンを一歩前へと踏み出させた。 優しくファリンの背に手を添えると、ライオスはファリンとカブルーを向かい合わせる。「ほら、ファリン。前に言ってただろ? ファリンはお姉ちゃんになるんだって。彼はカブルー、俺の作ったアンドロイドだよ」「兄ちゃんが作ったアンドロイド!? じゃあこの人……カブルーがファリンの弟になるの?」「そうだぞ。カブルー、彼女はファリン。俺の妹だ」 カブルーはぱちりと目を瞬かせるとファリンとライオスを交互に見比べ、すぐに笑顔を浮かべるとライオスと同じように膝を折り、ファリンと目線を合わせる。「初めまして、カブルーです。えぇと……ファリン姉さん?」 姉さんと呼ばれたファリンは嬉しそうに瞳を輝かせると、カブルーの手を掴んだ。「ファリン姉ちゃんがお家を案内してあげる! ついてきて、カブルー!」 そのままライオスの許可も得ずファリンはカブルーを引っ張って言ってしまう。カブルーは一瞬だけライオスに視線をやったが、ライオスは見送るように微笑みながら手を振るからカブルーはおとなしくファリンの後をついて行くことになった。 ライオスは書斎にでも引っ込もうかと立ち上がった。 書斎に向かう途中、家中で少女の喜びに満ちた声と少し戸惑う青年の声が響く。その音はライオスにとって幸せで満ちていて、自然と笑顔が溢れた。 書斎に入って本を取り、ファリンがよく横になるソファに座る。途中、扉の外からファリンの「ここは兄ちゃんの書斎だよ! 今は兄ちゃんが中で本を読んでるから静かにね」という元気な声が聞こえたが、それ以降は静かだ。 しばらく本を読み耽っていたが、扉が開く音がしてそちらに意識が向かう。ファリンが来たのだろうかと思っていたが、予想を裏切ってそこに立っていたのはカブルーだった。 ソファの近くのサイドランプしか点けていなかったため、カブルーの青い瞳が暗がりに浮かび上がっているように見えた。 カブルーはライオスに近づき、ライオスの隣に腰を下ろす。「ファリン姉さんは随分と表情が豊かですね」「そうかな、ファリンは昔からああだよ」「昔って?」「俺が十一の時からかな」 ファリンが来てからもう十年以上経つと説明すると、カブルーは驚いた表情をした。「十年以上!? 最新のアンドロイドかと思いました……」「まぁ、定期的にメンテナンスしてるからね」 ファリンは大事な妹だからね、と語るライオスをカブルーは目を細めて見つめた。 カブルーの質問に答えたライオスは再び本に視線を落とそうとするが、カブルーが身を乗り出してライオスを見つめてきたので遮られてしまう。「なら……俺は?」 どこか不安げに聞いてくるカブルーに、ライオスはきょとんとする。何を聞いてくるのかと思えば、そんなことかと笑ってしまいそうになるが、カブルーの表情は真剣だ。 これはちゃんと答えないといけないとライオスは表情を引き締める。「もちろん、カブルーも大事な家族だよ」 カブルーの目を見つめ返して言うと、カブルーの目が一瞬見開かれて、それから柔らかい笑みの形になった。とても自然で、思わず美しいと思ってしまうような笑みだ。 カブルーはライオスの開いていた本の上に乗っかって、そのまま猫のように懐いてくる。 見た目に反して幼い行動に、こんな設定にしたかなと疑問を持ちつつ、それでもカブルーの自由にさせる。こうなっては本を読むのは中断するしかない。 膝の上に乗っかってくるカブルーの髪を撫でる。これはこれで穏やかな時間だ。 カブルーを作ることになってからお姉さんぶってファリンはライオスの膝で眠ろうとしないが、代わりにカブルーがしてくるようになるとは。想像もしていなかったが、こう言うのも悪くない。 傍から見たら成人男性同士の膝枕という構図に見えるが、ライオスにとってはカブルーも可愛い自分の弟のような存在だった。それにここにはファリンとライオス以外、誰もいない。 誰にも文句を言われないし、言わせない。ここはライオスだけの箱庭だ。 窓から差し込む夕焼けの光を浴びながら、ライオスは静かにカブルーの頭を撫でていた。畳む
2024/11/29 DiD カブライ / 翡翠に口付け続きを読む 眠りにつくと不安になるのは昔からだった。ウタヤが魔物に襲われる前は、眠りとは安寧をくれるものだったのに。あの日を境に眠りとはカブルーにとって悪夢という形で過去を見せつけてくる時間となった。 迷宮から魔物が溢れ出て、人を喰らい、そして死んだ人が魔物になってまた人を襲う。あれ以上の悪夢が果たして存在するのだろうか。 今はもう顔も思い出せない実母の亡骸を、泣き縋ることすらできずにカナリア隊に引き取られた。 その日から忘れるなとばかりに悪夢が追いかけてきて、カブルーの不眠症は発症した。養母はひどく心配し一緒に眠ることが多かったし、カブルーの成長にも悪影響を与えた。 歳を追うごとに眠るという作業には慣れていったが、悪夢には慣れることはなかった。いつも限界まで起きて、気絶するように眠るか寝酒をすることで無理やり眠りにつく。そうすることで深く眠りに落ち、夢を見ることはない。 そんな日々を何年も送ってきた。きっとこれからもそうなのだろうと思っていた。 だから、とても意外だった。ソファに横になって、いつの間にか眠りに落ちていた自分に。 腹の上には読んでいた仕事の書類が束になっていた。ここはどこだ、とあたりを見回すと、我らがメリニ王、ライオスの私室であることに気づく。 確か雑談をしながら作業をしていたはずだ。簡単な仕事だからお互い執務室に赴くまでもないとカブルーはソファで、ライオスはよく魔物の絵を描いたりする机に着いて話しながら。 それが気がつけばカブルーは眠りに着いていた。外を見ると日も傾いていて、結構な時間眠っていたことが窺える。顔を青くし、ライオスはどこにいるのかと探していると、部屋の扉が開かれた。 そこには手にティーセットを持ったライオスがいて、ライオスはカブルーが起きているのを見て嬉しそうに笑う。「目が覚めたのか。随分と気持ちよさそうに寝てたから起こすのが忍びなくてそのままにしてしまったが、大丈夫だった?」「え、はい、あの。仕事に支障はないですが……気持ちよさそうに寝ていた? 俺が……?」 こんなにすっきりとした目覚めはいつ以来だろうと考えるほど、カブルーの頭は冴えていた。同時に困惑もした。 あんなに眠るのが苦手なのに、気がついたら眠っていたなんて。初めての経験だった。否、もしかしたら実母に育てられていた時はそんな日もあったかもしれないが、ウタヤが壊滅してからは初めてだ。 頭がすっきりした状態で困惑するカブルーを他所に、ライオスは持っていたティーセットに紅茶を淹れている。甘い香りが立ち、カブルーはソファから立ち上がりふらふらとライオスに近づいた。「はい。珈琲の方が良かった?」「いいえ、気にしません。ありがとうございます」 ライオスが手ずから淹れてくれた紅茶に文句があるわけがない。むしろ主君にそんなことをさせてしまったことに恥いるくらいだ。きっと寝起きのカブルーのために用意してくれたのだろう。 暖かな湯気の立つティーカップを受け取り、一口、口の中に含む。爽やかなフルーツの香りが鼻腔を通り、これが非常に美味しい。目覚めにはピッタリだ。「すみません、王にさせることじゃなかった」「王とか臣下とか、そんなことは関係ないよ。俺はゆ、友人のカブルーにお茶を淹れてあげたかっただけだから」 柔らかく笑うライオスに、なんだか照れ臭くなる。彼に年下扱いされるのは癪だ。実際に四つほど歳が離れているが、たかが四つの差。それに普段はどちらかといえばカブルーの方がライオスの面倒を見ているのに。 たまに兄のように振る舞うライオスに、カブルーは少しばかり不満を抱いていた。 実際、三つ歳の離れた妹がいるライオスにとっては四つも歳が離れていたら弟のように感じるのかもしれないが。カブルーはライオスの弟になりたいわけではない。 唯一無二の臣下として、友人として、一人の男として。そう扱って欲しい。言えばライオスはきっとそのように扱っていると言ってくれるだろうが、たまに出てくる「兄らしさ」をどうにかしてほしい。カブルーに兄はいないのに、無性に甘えたくなってしまう。そう思うのがまた悔しくもあった。「この紅茶、西方から取り寄せた茶葉ですか?」「ああ、マルシルが気に入ってて。俺もこの爽やかな口当たりの良さが気に入ったから分けてもらっているんだ」「へぇ……」 マルシル。メリニの顧問魔術師であり、ライオスが冒険者だった頃の仲間の一人だ。ティーカップを傾けながら相槌を打つ。 マルシルはカブルーが勝手に絶対に勝てない相手と思い込んでいる相手でもある。ライオスはよくマルシルの笑顔が好きだと言う。その度にカブルーは彼女には勝てないと思う。そもそも勝つ勝たないとはなんだ、と言う話になるのだが。 美味しかった紅茶に渋味を感じるようになってしまった。カブルーはその紅茶を一気に飲み干す。「それじゃあ仕事に戻ります」「俺もまだ終わってないから、一緒にしよう」 再び書類に手に持ち、ライオスは机に、カブルーもソファに座り直して仕事に取り掛かる。簡単な書類だったから、あっという間に終わったがモヤモヤが残る。今夜は眠れそうにないなと思った。 とっぷりと日が落ちて、月と星が煌めく頃。カブルーはやはり寝付けずにいた。ベッドに横になったのに目を閉じるが、眠気がやってくることはない。 昼間に寝てしまったのもあるだろうけれど、それだけではない。 夜が来るたびに、魔物に怯える幼い自分が顔を出す。ここではライオスのおかげで魔物は現れないと言うのに、未だトラウマは治らない。 寝酒でもしようと厨房に向かうと、灯りがついていた。誰がいるのかとこっそり近づき、中を覗く。 そこにいたのはライオスだった。美味しそうな香りが漂い、何か作っていることが伺える。「何してんですか、あんた」 思わず出た声にライオスはびくりと反応した。こっそり隠れて夜食を摂ろうとしたのだろう。食事の管理を徹底しているのに何をしているのだと咎めるような声になってしまった。「か、カブルー……ちょっとお腹が空いてしまって……」「だからと言ってこっそりと夜食を作るのは駄目ですよ。何のために食事制限していると思ってるんですか」「分かっているよ……でも小腹が空いて仕方がないだ」 切なそうに腹を撫でるライオスに、カブルーもしょうがないと苦笑した。 カブルーはライオスの隣に立って何を作っているのか覗いてみる。鍋の中は黄金色したスープに、均等に切り分けられた野菜が漂っていた。 鍋から美味しそうな香りが漂ってくると、カブルーの腹も空腹を訴え出した。カブルーの腹がぐぅと鳴ると、ライオスが目を細めて「一緒に食べる?」と言った。優しげに微笑まれながら言われてしまうと、断ることなんてできなくなる。「……食べます」「やった。これでカブルーも共犯だ」 嬉しそうに笑って鍋をかき混ぜるライオスの姿に、カブルーの眦が下がる。 ――こういうところが可愛いんだよな、この人。カブルーは思う。 懐に入れた人間にはとことん甘く、甘やかせてくるし甘えてくる。その代わりにここまでくるのにどれだけ大変だったかと思うと、涙が浮かびそうだ。 スープの器を二つ用意して、スープを分ける。元々一人分だったものを二人分にしたせいか量は少なくなってしまった。 それでもライオスは嬉しそうに器とスプーンを持ってテーブルに着く。しかしすぐに食べ出したりはせず、カブルーを見つめてくる。カブルーが同じようにテーブルに着くのを待っているらしい。カブルーもスプーンを持ってライオスの正面に座った。「いただきます」「――いただきます」 ライオスが自然といただきますを言うから、カブルーも釣られて言う。そうして二人はスープを食べ始める。野菜の甘味と調味料の塩気の塩梅が美味く、スープを飲む手が止まらない。 一人分を二人で分けたからかすぐに器は空になってしまった。そのことを勿体なく、まだ食べたいと言う欲が出てくる。「美味しかった?」 顔を上げるとすでにスープを完食したライオスが頬杖をついてカブルーのことを見つめていた。小首を傾げて問いかけられて、カブルーの頬が熱くなる。ずっと見られていたのかと思うと恥ずかしくなった。頬をぐいっと拭って返事をする。「美味しかったですよ。料理が上手いんですね」「それはセンシのおかげかな。迷宮攻略中に色々と料理を作ってきたから」 懐かしげに空になった器の縁をなぞるライオスの瞳は、どこか寂しそうでもある。 迷宮が恋しいのだろう。だが、彼はもう迷宮に行くことは叶わない。先日は自然迷宮に勝手に行ってヤアドに怒られていたが、あれで王としての自覚が芽生えたのかそれ以降は勝手に城から抜け出すことがなくなった。 正直、冒険者として自由だったライオスをメリニという檻に縛り付けているとカブルーは思っている。彼はもっと自由でありたいのに、国民やカブルー達のことを思ってこの城に留まってくれているのだ。 そのことが申し訳ないと思ったことがないと言えば嘘になる。けれど、おかげでメリニは魔物に襲われる心配もなく、多種族の人々が飢えることなく暮らせる国になっているのだから、彼がいなくなってしまったらこの国は立ち行かなくなるのも事実。 複雑な気持ちになりながら、カブルーはライオスを見つめた。ライオスの代わりなどどこにもいない。「ライオス……」「さ、夜食も食べたし寝ようか」 なんと声をかければ良いのかと悩んでいるうちに気持ちを切り替えたらしいライオスが、明るい声で部屋に戻ろうと促す。カブルーはそれに頷くことしかできなかった。 部屋に戻ってベッドに横になると、スープのおかげで体が温まったからなのか、過去のことを思い出さずに寝入ることができた。 翌日。謁見と会議を終えてぐったりとしているライオスの元に重なった書類を置く。それを見たライオスはどこから出したのか分からないような声を上げた。「これ、今日中にやらなきゃいけない書類?」「はい。今日中に承認していただかなければならない書類です」 俺も手伝うんで頑張りましょう、と言えばライオスはしおしおになりながら羽ペンを手に取った。 これでもライオスの元に届く前に厳選した書類だが、何せメリニは生まれたばかりの国。王の承認をもらわなければならないことがまだまだたくさんある。 もっと楽に仕事をさせてやりたいとカブルーも思っているが、なかなかそうはいかない時期だ。 嫌そうな顔をするもののライオスは逃げようとしない。それは彼自身、この国を大切に思っているからだろう。そんな彼の頑張りに報いなければと自然と思わされる。こういった求心力が彼を王たらしめるのか。 かりかりと羊皮紙にライオスの名前が刻まれる音が響く。それを聴きながらカブルーも仕事を始める。「そういえばカブルーにあげたいものがあったんだ」 ふと思い出したようにライオスが顔を上げ、ごそごそと机の引き出しを漁り出した。それに釣られてカブルーは立ち上がり、ライオスに近づく。しばらくしてライオスは「あったあった」と言うと何かを取り出した。 机の上にことりと小さな音を立てて置かれたのは、翠色の綺麗な宝石だった。宝石とは珍しいと思っていると、ライオスはカブルーを見上げてにこりと笑う。「これを君にあげるよ」「これを……俺に?」 まさか魔物が結晶化したものじゃないだろうな、と疑いの目を向けると、ライオスは慌てたように両手を振った。「違う違う。これはファリンが持って帰ってくれた物なんだ。翡翠という宝石で、君の誕生月の宝石らしい」 誕生月の宝石なんてそんなロマンチックな物をよこしてくるとは、何を考えているのかとやはり疑いの眼差しをむけてしまう。「信用がないな……まぁいいけど。この石は心の平穏を与えてくれたり、邪気を払うと言われているらしい。君、不眠症だろ?」「え、なんでそれを……」「遅い時間なのに部屋の明かりがついているのをよく見るから、そうかなって」 だから、それ。そう言って机の上に置かれた翡翠を指差す。「気休めだけれどお守りにどうだろうと思って。この国には魔物は現れないし、カブルーにとっても安らかに過ごせるようになってほしい」 窓から差し込む光を鈍く反射させるその石を、カブルーは目を見開いて見つめていた。ライオスに不眠症のことがバレていたことに驚いたし、それを和らげようと思ってくれていたことにも驚いていた。 カブルーはライオスからたくさんのものを貰っているのに、それでもなおライオスはカブルーに与えようとしてくれる。本当に身内に入れた人間にはとことん甘い人だ。その甘さを独り占めしたいと思ってしまうこの感情はどこからきているのか。思考を放棄して、机に置かれた宝石を手に取った。 小粒のそれを光に翳して、まじまじと見つめる。翠色が綺麗に光を反射させてカブルーの頬を一部同じ色に染める。「嫌だった?」「いいえ! そんなわけありません!」 ライオスに石を取り上げられないようにカブルーは手を背後に隠した。まるで子供じみた仕草だったが気にしていられなかった。ライオスがわざわざ用意してくれた物を取られたくなかった。 これはもう自分の物であると主張するように警戒していると、ライオスが両手を上げて「取らないよ」と苦笑した。「そんなに気に入ってくれたなら嬉しい」「……あんたがこういうのよこしてくるなんて珍しいですね」「言っただろう? 君が安心してこの国で過ごして、この国を第二の故郷にしてくれたらいいと思っただけだよ」 そうやって優しく笑って見せるライオスに、カブルーの涙腺は緩みそうになった。もうとっくに、メリニは自分の第二の故郷だと言いたかったが、今声を出したら情けない声になってしまえそうで言えなかった。手の中の翡翠をぎゅっと握りしめる。それだけで胸の中にある不安が消えていくようだった。 ライオスから翡翠をもらった日の夜、カブルーは今日中に終わらせなければならい全ての仕事を終わらせ、湯浴みも済ませて服を脱ぎ散らかすといそいそとベッドに潜り込んだ。枕元には翡翠を置いて。 やがて眠りに落ちたカブルーは、メリニの街に魔物が雪崩れ込んでくる夢を見た。 ライオスが魔物の手によって殺されそうになったところで飛び起きる。冷や汗が止まらず、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。 ――今日はもう眠れそうにない。そう思って枕元を見ると、翠の石が窓から差し込む月明かり受けて鈍く光っている。それを見ただけで悪夢で感じていた不安が解消されていくのを感じた。 ばたりとまたベッドに倒れ込んで、翡翠をじっと見つめる。すると昼間に交わしたライオスとの会話を思い出す。それだけで安心感に包まれていき、自然と瞼が重くなった。 動かすのも億劫になった手を持ち上げて、翡翠を手に掴み、顔の近くに取り寄せる。そして温度をもたない宝石にそっと口付け、カブルーは眠りについた。 その日を境に、カブルーは悪夢を見ることがなくなったのだった。畳む
2024/11/29 DiD カブライ / 年下の男の子続きを読む 都内にある某高校の前にて。詰襟の制服と、成長途中の体躯が目立つ中学生と思わしき少年が立っていた。 少年とはいえその顔はひどく整っており、横を通り過ぎる女子高生たちはひそひそと声を立て、少年に声を掛けるか掛けまいかと色めき立っている。高校生と中学生で些か歳が離れているが、それを無視しても良いと思えるほど少年は端正な顔立ちに、顔を赤める女子高生もいた。 そんな少年は芯が入っているように背筋をピンと伸ばし、誰かを待っているようだった。その雰囲気が声を掛けるかどうかを迷わせるのだ。 校門から昇降口をじっと見つめていた青の瞳がきらりと光る。そして片手を挙げ、ぶんぶんと大きく振る。「ライオス!」 呼ばれたのはその高校で一番の変人と有名な生徒の名前だった。薄茶の髪をした青年は、自分に向けられた声に下に向けていた視線を上げる。「カブルー?」 少年の名を呼んだ。ライオスにカブルーと呼ばれた少年は早く来いとばかりに手を振る。ライオスは不思議そうに首を傾げた後、駆け出してカブルーの元へと行く。 カブルーは走り出したライオスを見ると腕を振るのをやめ、今度は腕を組んであからさまに怒っています、という態度を取り出した。「どうしたんだ、カブルー。学校まで来て」 やっとカブルーの元に辿り着いたライオスの一声に、カブルーはギャンと喚き始めた。「どうしたんだ、じゃないですよ! 今日は一緒に買い物に行こうと約束してたじゃないですか! いつまで待っても来ないから迎えに来たんです!」 そういえばそうだった、と今更になって思い出したような顔をするライオスを、カブルーはじとりと睨みつけた。「今度は何があったんですか」「いや、具合が悪いから掃除当番を代わってくれと言われて」「それでおとなしく代わったんですか?」「そうだけど……」 カブルーはこれみよがしに大きなため息を吐く。それからびしりと伸ばされた人差し指をライオスに向ける。 ライオスはそれに対して「人を指差ししたら駄目だぞ」と指を降ろさせる。そんな理由で手を握られたカブルーはなぜか顔を赤らめながら、それでも口を開く。「今度からは俺と約束があるから交代できないと言ってください」「でも困っていたら助けてやるべきじゃないか?」「あんたにそう言ってくる人間は大抵困っている人間じゃありません。そんな奴より俺を優先してください」 傍から聞けばまるで恋人同士のような会話である。彼女のわがままに振り回される彼氏のようだ。 どういう関係? と奇異の目が向けられるが、二人はお構いなしに会話を続ける。「どうして困っていないとわかるんだ? 俺には本当に困っていたようにしか見えなかった」「ライオスにはそう見えていたかもしれませんが違います。これは断言できます。良いから俺の言うことを聞いて。俺が言ったことで間違ったことはありますか?」「……ないな」 でしょう、とどこか得意げなカブルーは「今度からは断ってくださいね」とライオスに釘を刺す。ライオスは困惑した表情だ。「君との約束がない時は?」「それでも俺との約束があると言って良いですよ」「嘘を吐くのは苦手なんだが……」「嘘じゃなければ良いんですね。それじゃあ明日からもちゃんと俺に付き合ってください」「まあ良いけど……」 この会話を聞いていた周囲の一部は、これで今度からライオスに掃除当番を押し付けても断られるんだろうなと思う。それにしても、カブルーという名の少年は何者なんだ? ライオスに対して馴れ馴れしくあり、親しげでもある。 興味を持ったらしい二人組の女子生徒が、ライオスたちに寄って行った。「トーデンくん、その子って誰? 凄く格好いいじゃん! 紹介してよ〜」 まずは軽いジャブ。どういう関係か、あわよくばカブルーにお近づきになりたいという欲を隠さずに――ライオス相手に何かを隠すという行為は無意味であると知っているからだ――近づく。 ライオスに声を掛けたのだが、それに答えたのはカブルーの方であった。「初めまして、カブルーと申します。ライオスの幼馴染です」「えっ、こんな格好いい幼馴染がいたの!?」 教えてくれてもよかったじゃん! ときゃらきゃらと色めく女子高生に、ライオスは誰だろうという視線を向けている。そんなライオスの脇を肘で小突いたカブルーは、「あんたのクラスメイトだよ」と小声で伝えていた。どうしてそんなことをカブルーが把握しているのかというと、文化祭の折に覚えたらしい。カブルーは物覚えがいいなぁとライオスは感心しきりである。「格好いいと言っていただけて光栄です。では、僕たちは用があるのでこれで」 そう言ってカブルーはライオスの腰に手を回して立ち去ろうとする。それがあまりに自然な動きだったため、女子高生たちも、周囲から見ていた者たちもそのまま見送ってしまいそうになった。 いやいやおかしいだろう。中学生男子が高校生男子の腰を抱き、エスコートしていくのは。「ま、待ってよカブルーくん! あたし達と一緒にお茶とかしない?」 女子高生は慌ててカブルーたちを引き止めようとした。しかし、返ってきたのはぞっとするような冷たい視線だった。「あなた達も確かライオスと同じ受験生ですよね? 悪いですが、お茶をする余裕はライオスにはないので」「う、そう言われると辛い……」 がくりと肩を落とすライオスと、相変わらず冷たい視線のカブルーに、女子高生達は何も言えなくなった。ライオスの勉強の進み具合を知っているような物言いや、これ以上自分達に関わるなという空気に当てられてしまったのだ。「さ、ライオス。まずは本屋に行きましょう。そしたら家で勉強ですよ」「君はまだ受験生じゃないじゃないか」「来年は俺も受験生ですから。今から勉強を始めても問題ありません」「でもここを受けるんだろ? 言っちゃなんだが、君ならもっと頭のいい学校を狙えると思うんだけど……」「俺がここがいいと言ってるんです。いいから行きましょう」 そうやって言い合いながらカブルーとライオスは去っていった。好奇心でやり取りと見守っていた生徒を残していって。 結局、あの二人はただの幼馴染だったのだろうか? それにしては、カブルーという少年のライオスを見つめる目つきやライオスを触れる手つきがそれだけではないと感じさせるものだった。 その日から学校一の変人に、彼には厄介な幼馴染がついていると噂が立つようになったのだった。畳む
2024/11/29 DiD カブライ / 痛いの痛いの飛んでいけ続きを読む 夜になると脚がしくしくと痛む。最近はその痛みがひどく、新生メリニが建国して数年が経ち、ようやく不眠症が治ってきたと思ったらこれだ。カブルーは本を抱え直して黄金城にある自室を目指す。 今日も膝の辺りが痛む。早くベッドに入って休みたい。ベッドに入ったところで治るわけではないが。かといって朝になったら痛みは治っているから医者に見せるほどでもない。 なんだこれはと思っていると、その答えは彼の王にあっさりと齎された。「君、身長伸びたか?」 ライオスが身長を測るように手をかざす。 はぁ? とトールマンの男性平均身長に満たないことがコンプレックスであるカブルーが、喧嘩でも売ってるのかと若干苛立って返事をしようとするが、はたと止まる。以前はしっかりとライオスを見上げていたが、今では目線の位置が近い。 確かに身長が伸びているようだと気づいたカブルーは、最近起こる自分の体の異変に納得がいった。「だから脚が痛むのか……」 この歳で成長痛で悩んでいたのかと思うと少し恥ずかしい。そんなカブルーの声を耳聡く拾ったのか、ライオスがカブルーの脚を見る。「脚が痛む? 成長痛かな」「聞こえたんですか……実はここのところ毎晩脚が痛くてなかなか眠れなくて」「カブルーの体が大きくなっている証拠だけれど、眠れないのはいただけないな……よし。今夜、君の部屋に行ってもいいかい?」「えっ?」 痛みで夜眠れないのと、部屋に来るのと何の関係が? いや、ライオスが部屋に来てくれるのは嬉しいけれど。そうやってぐるぐる考える複雑な表情をカブルーが見せると、ライオスは微笑む。「脚を摩ってやったら少しはマシになるかもしれないだろう? 俺の手は人より暖かいし、効果はあるんじゃないかなって」 下心も何もない善意を寄せられて、カブルーは少しがっかりしたものの、それ以上に驚嘆する。「それは王がすることじゃないです!」「王としてではなく、友人としてカブルーの役に立ちたいんだ」「その気持ちは嬉しいですが、実際に俺はあんたの臣下であんたは王なんだから、そこらへんのとこちゃんとしてくださいって言ってんですよ!」 そう言うと、ライオスが少し剥れた表情になる。友人のために行動を起こせないとは、王というのはなんて面倒くさい職業なんだとでも言いたげだ。 かといって特に難病を患っているわけでもないのに王自ら臣下の部屋に赴くなんて、あってはいけないだろう。 そう重ねて言えば、今度はライオスはこう言い出した。「じゃあ君が俺の部屋に来ればいいんだ」 臣下が王の部屋に赴くのは別に良いだろうと言うライオスに、確かにそれはそうだけれどと考えかけたが、それがどういう意味を持つのかと言うことに気づく。「それって、俺にライオスの部屋で一夜明かせと言うことですか……?」 恐る恐る尋ねると、ライオスは何を当たり前のことをとばかりにあっさりと頷く。「そうに決まっているだろう。大丈夫だ、俺の部屋のベッドは広いから」 ベッドが広いとかそういう問題ではない! 暴れ出したくなるのを堪えてカブルーは頭を抱えた。王が臣下と同衾したとなれば、一体どんな噂が流れるだろうか。 カブルーとしては外堀を埋めていくために噂が流れることぐらい構わないが、それでライオスに不名誉なレッテルが貼られたりしたら自分が許せない。 うんうんと悩んでいると、ライオスがおずおずと上目遣いでカブルーの瞳を覗き込んだ。「俺に摩られるのは嫌か……?」 自分より背が高いくせにどうして上目遣いなんてできるんだ、とか、そんな顔すればなんでも許されると思うなよ、とか。言いたいことは山ほどあったが、カブルーが言えたのはただ一言だけ。「今夜、部屋にお伺いします……」 ライオスの部屋に赴き、痛む脚を摩ってもらうことが確定した。 そうして夜を迎える。 カブルーは王の寝室の前で、扉をノックすることもできずに立ち尽くしていた。ライオスから話を聞いていたであろう守衛が、カブルーの存在を気にしてちらちらと視線を向けてくる。その視線は早くノックでもして中に入れと言っていた。約束しているんだろう、と。 そうなのだが、中に入ってしまえば最後。ライオスの匂いでいっぱいの部屋で、ライオスのベッドの上で、ライオスに脚を摩られることになる。果たして耐えられるのか、己の理性。 今も脚が痛むが、それ以上に心臓が痛い。非常に早鐘を鳴らしている心臓を、どんと胸の上から強めに叩いた。 ライオスにその気がないことは分かっている。自分たちはまだ良き友人だ。しかし、だからと言ってカブルーは好いた相手の部屋のベッドの上で何もしないでいられるほど自分が聖人ではないことも理解していた。 だから迷っている、このままライオスの部屋に入ることに。しかし訪ねなければ約束を反故することになる。そうすればライオスは悲しむだろうと思うとここから立ち去るわけにもいかず。 何度もノックをしようと手を持ち上げ、待て待てと理性がそれを降ろさせる。守衛の視線が、いっそ代わりにノックでもしようか? と言いたげなものに変わり始め、カブルーの足の痛みも限界を見せ始めた頃。 扉は開かれた。それも内側から。「カブルー? なんだ、来ていたのか。迎えに行こうかと思っていたよ」「仕事が溜まっていて。ちょうど今来たところです」 嘘を吐けもう十分は立ち尽くしていただろうと守衛の視線が語っていたが、カブルーは笑顔で無視をする。だが、これでもうあとには引けなくなった。扉は開かれてしまったのだ。他の誰でもない、ライオスの手によって。 この一晩、何事もなく過ごすということを固く決意して、カブルーは足を踏み出した。 ――そして分かりきっていたことだが、決意も覚悟も今や風前の灯となっていた。 ライオスにベッドに招かれ、横になり、脚を優しく摩られる。痛む箇所を的確に摩ってくれて、その手の温度も相まってか、カブルーの脚の痛みが和らぐ、と同時にどこかが硬くなりそうになるのを必死に堪えていた。カブルーの頭の中は今、主要国家の都市名がずらりと並んでいる。「痛みは引いてきたかい?」「ええ、おかげさまで脚の痛みが引いてきました」 代わりに別の部分が痛いですとは決して言わない。そんなこと思っていないという笑顔で答える。「ふふ、君の役に立てたなら嬉しいな。いつもカブルーには助けてもらってばかりだから」「そんなことないですよ。ライオスだって良き王として頑張っています」「そうかな。カブルーに言ってもらえると自信がつく」 逃走癖があるというライオスが投げ出さずに玉座に着いているだけでありがたいのに、苦手な書類仕事も人と関わることも、全部頑張っているではないかと思いながら言うと、ライオスは頬を染めて照れくさそうに微笑んだ。 今この瞬間には大変よろしくない笑顔である。カブルーは咄嗟にかつて食べたハーピーの卵焼きの味を思い出してなんとかことなきを得た。「カブルー、このまま眠ってしまってもいいんだよ」 我が君よ、この状況では全然眠れないです。むしろ起きそうなんです。カブルーはそんなことを心の中で訴えながらも、健気に「主君が起きているのに眠れません」と答えた。忠臣としては百点満点の答えだが、実際は残念な理由である。「そういえばカブルー、髪も伸びてきたね」「そうですね……切りに行く余裕がなくて。たまに自分で切っているんですけど」 言った通り、一応横に広がりすぎないように自分で髪を切ってはいるが、じっくりと専門の職人に切ってもらっていない。 ライオスに指摘されて急に変ではないかと心配になってきた。カブルーは自身の手先が器用なつもりではいたが、もしライオスに変だと思われたら耐えられないかもしれない。「へぇ、自分で切っているのか! うまいなぁ、よく似合っているよ」 今度、俺の髪も切ってもらおうかなぁ。なんて言いながら脚を摩ってくれるライオスに、カブルーは呼吸を止めて一秒、真剣な表情になってしまった。ライオスはカブルーの表情の変化には気づかなかったが。 声が震えそうになるのを堪え、「ライオスの髪が伸びてきたら切ってあげますよ」となんとか答えることができた。切り落としたライオスの髪を自分はどうするのだろう。なんて飛んでいきそうになる思考を必死に掴みながら。「あの、ライオス。もう脚の痛みは十分取れたので……」 これ以上ここにいるのはまずい、と思って切り出す。本当に痛みは取れたし、今からなら自室に戻って安らかに眠れる気がする。そう思って言ったのだが、ライオスは「そうか?」と言うと、「じゃあ寝ようか」 とカブルーの隣に身を寄せて横になってしまった。これにはもう、カブルーにとって呼吸が止まるどころの話ではなかった。思考も止まったし時間も止まったような気がした。 しかし伊達に次期宰相候補と呼ばれているわけではないカブルーである。「いやあの、俺、自分の部屋に戻るんで」「なぜ? そうしたらまた脚が痛みだした時に俺が摩ってあげられないだろう? それに言っただろう、今夜はこの部屋で一夜を明かせって」「えっ、でも、えっえっ」「ほらほら、睡眠は大事なんだから眠れるうちに寝よう」 ぽんぽんと背中を優しく叩かれ、寝かしつけられる。 ――こんな近距離で眠れるか! そう思っていたのに、ライオスの体温が心地よく、自然と瞼が重くなってくる。ライオスの声がだんだんと遠くなっていき、気がついたら朝を迎えていた。実に健全な夜だった。 噂が流れることもなく、ライオスに変なレッテルが貼られることはなく。カブルーの成長痛が治るまで健全な夜は続いたのだった。 不健全な夜を迎えられるようになったのは、それから更に一年経った後のことである。畳む
2024/11/27 DiD カブライ / 誕生祭のその後で続きを読む ライオスは部屋へと戻ってくると、ベッドの上にぐったりと倒れ込んだ。 朝は祭りの開催を待つ国民たちの前で自分の誕生日に挨拶をし、諸外国から来たお偉方の面談をやっと終えたかと思えば立食パーティー。主役でありながらもやはり挨拶などで食事を楽しむ暇もなく。 善意も悪意も含まれた視線をずっと感じているのは居心地が悪く、早々に立食パーティーも辞した。「疲れた……誕生日ってこんなに疲れるものだったのか……」「お疲れ様です。立派でしたよ」 言いながら部屋に入ってきたのは、立食会場から立ち去ったライオスを追ってきたであろうカブルーだった。 その腕には籠と取り皿とカトラリーを持っている。それをぼんやりと見ていると、先日カブルーが言っていたことを思い出した。 ――特別なチーズケーキと、チーズケーキにぴったり合うワイン。 ベッドから降りて窓際にあるテーブルに近づく。カブルーはテーブルの上にワンホールのチーズケーキと、ワインのボトルを一本。グラスを二脚それぞれ用意すると、持っていたであろうナイフを取り出した。 綺麗に切り分けられたケーキを取り皿に分けられ、ライオスの前に供される。「……どうぞ、今日は本当にお疲れ様でした」「ありがとう。カブルーやヤアドのおかげで助かったよ……」 カブルーがテーブルに着くのを待って、ライオスはフォークを手に取った。ベリーのソースが掛かっていてとても美味しそうだ。 翼獅子の呪いによって常に小腹が空いている状態のライオスは食べすぎないように食事制限をしている。だからこれは久しぶりの甘味になる。「そんなに見つめてないで食べて良いですよ」「なんというか……感動して……本当にありがとう、カブルー」 言われたままにケーキをフォークで切り分け、口に含む。ベリーの酸味とチーズケーキのほんのりとした甘さが合ってとても美味しい。久しぶりの好物に相合が崩れる。「美味しいですか?」「うん、すごく。誰が作ってくれたんだ?」「実はセンシさんに。材料に魔物は使われていませんが、センシさんはお菓子を作るのも上手いんですね」「センシが!? いつ来ていたんだろう、俺にも会いに来てくれたら良いのに」 久しぶりの仲間の名前を聞いてテンションが上がる。同時に、自分を訪ねてくれなかったことに肩も落とす。 するとカブルーが少し照れ臭そうにしながら「センシさんは城に来ていないですよ」と答えた。 ならばどこで? とライオスが首を傾げると、カブルーは少し考える仕草をし、ややあって口を開いた。「実はファリンさんやミスルンさん……転移魔術を使うエルフの人です。二人に最近センシさんを見かけなかったか聞いて、頼みに行ったんですよ」 ちょうど近くの自然迷宮にいてくれて助かった、と言うカブルーに、ライオスはますます感動した。 カブルーが己のためにそこまでしてくれたことが嬉しくて。こんな風に祝って貰ったのはいつぶりだろう。 冒険者時代は誕生日どころじゃなかったし、あってもファリンにちょっとしたプレゼントを貰ったくらいだ。 ファリンのプレゼントも嬉しかったが、カブルーからのプレゼントもとても嬉しい。ちゃんと友人と呼べる人からの初めて誕生日プレゼントだからだろうか。嬉しさからか、ライオスはワインを飲むペースを早めていった。「ところでライオス、プレゼントも用意しているんですが」「プレゼント? これ以上もらっても、俺はカブルーに返せるものなんてないよ」 確かにプレゼントもあると言っていた気がするが、チーズケーキとワインだけでも十分だ。 これ以上もらってしまったら、本当にライオスがカブルーに返せるものなんてなくなってしまう。すでにこんなにも幸せで、贅沢な時間をもらっているのに。 けれどカブルーは首を振って、「俺が受け取って欲しいと思っているだけです」と籠の中から小さな箱を取り出した。 目の前に差し出されたそれを手に取ると、視線で開けてほしいと促される。 細かい細工の施された、きっとこの箱自身にも価値があるんだろうと思わせる箱を開けてみると、綺麗な青い宝石が嵌ったネックレス。 装飾の類をつけないライオスにネックレスを送る意味を問うようにカブルーを見つめると、カブルーは真剣な表情になっていた。「ライオス、俺はあんたが好きだ」 面と向かって好きだと言われて、すでにワインのおかげで赤くなっていたライオスの白い肌がさらに赤く染まる。 真剣な表情でそんなことを言われてしまえば、何か変な勘違いをしてしまいそうになる。カブルーは顔が良いから余計に。「お、俺も好きだよ」 それでも照れながらライオスはなんとか答えた。なんだろう、好きだと言い合うのは恥ずかしいなと思っていると、カブルーの手がライオスの手を掴んだ。「俺の好きはあんたの好きとは違うんですよ」 それはどういう意味だ? と思っていると、急にカブルーの顔が近づいてくる。 ちゅっと音がして唇から少し外れた場所にキスをされて、ライオスは固まる。「本当は唇にしたかったんですけど、我慢しました」「唇に……」「恋愛的な意味で好きってことですよ」 ふ、とどこか諦めを含んだ笑顔で、カブルーはライオスの持つ箱を見た。「それは俺の気持ちです。ずっと変わらず、あんただけに捧げます。だから、持つだけ持っておいてくれませんか?」 身につけてくれなくていい、ただ持っていてほしい。そう呟くカブルーに、ライオスはどこか寂しくなってしまう。近くにいるのに、距離を感じてしまう。 ライオスがカブルーに声をかけようとする前に、カブルーは自分の分の取り皿とグラスを持って立ち上がった。「残りのケーキは全部食べてもいいですよ、今日だけは特別です。明日からはまた食事制限しますから」「あ、うん……いや、待ってくれ、カブルー!」「それでは、失礼します。ライオス、あなたが生まれてきてくれて本当に良かった」 ぱたんと扉が閉じられる。残されたチーズケーキとワイン、それからネックレス。 ライオスは再びフォークを取り、チーズケーキを口に含む。センシの作ったケーキは美味しい。けれど、なぜだかさっきよりも美味しいとは思えなかった。畳む
2024/11/26 DiD カブライ / 誕生祭前日譚続きを読む ライオスが王に名乗りあげてから七日七晩が明けた後、ヤアドに真っ先に誕生日はいつかと聞かれた時はなんだと思っていた。 だが、誕生日が近づくにつれて城下が、城の中が祭りの準備で盛り上がっていく様子を見て、その理由を察した。 なるほど、王の誕生日は国民にとっての祝日か。ライオスは衣装係に着せ替え人形のように衣装を取っ替え引っ替えに着せ替えられながら鏡をぼんやりと見つめていた。 もう何着目だろう。こんなに衣装を用意するぐらいならもっと別のところに使った方がいいんじゃないか? 衣装係はああでもない、こうでもないと嬉々として衣装を選び続けている。一体着せ替え人形はいつまで続くのだろう。そう遠い目をしていると、部屋にノックの音が響いた。「失礼します。陛下、衣装は決まりましたか?」「カブルー……見ての通りだよ」 いくつも並び立つ、衣装を着たトルソーを横目にライオスはぐったりとしながら応える。そんなライオスの様子にカブルーは笑いつつ、一枚の紙を差し出した。 少しでも着せ替え人形状態から逃れられるのならばと縋るようにその紙に手を伸ばしたが、その内容を見てまた顔を顰めた。 誕生日当日のスケジュールがぎっしり詰まっている。国民に向けた挨拶はまぁ良い。その後の諸外国からの使者との面談の多さときたら、頭が痛くなる。しかもその後は城の広間で立食形式の食事になるらしい。 きっとここでも挨拶だのなんだので、ライオスはまともに食事を取ることができないだろう。 せっかくの誕生日だと言うのに、ライオスにとって楽しい一日にはならなそうだ。 がっくりと項垂れるライオスとは対照的にカブルーはどこか楽しそうだ。それもそうだろう、彼は人と関わるのが大好きなのだから。 自分もカブルーのような能力が欲しかったと以前二人で飲んでいた際に愚痴をこぼしたことがあるが、カブルーはそれを「あんたにはそんな能力必要ないですよ」と笑い飛ばした。 普段あれだけ人の顔を覚えろと言うのに。矛盾していないかと問えば、「ライオスが出来るようになったら、俺はいらなくなっちゃうでしょ?」なんて返された気がする。 そんなことはないのに。ライオスがカブルーのようにすぐに他人の顔や特徴が覚えられるようになっても、カブルーのようにうまく立ち回れる気がしない。 だからカブルーはライオスにとって必要だ。そう述べた時のカブルーの顔は、どんな顔をしていたっけ?「現実逃避しないで、誕生祭での立ち回りについて考えてください」「うぅ……わかったよ」 衣装係の者たちにこのトルソーの中から衣装を選んでくれと頼むと、ライオスは衣装部屋からカブルーと共に出た。 ずらりと並ぶ外国の名前と、聞いたことがあるようなないような分からない人名が連なっている紙をペラペラと捲る。「王様の誕生日って大変なんだな」「何を他人事に言ってるんですか。あなたの誕生日ですよ」 おかしそうに笑うカブルーにムッとする。ライオスは本当に困っていると言うのに、カブルーは相変わらず楽しげだ。「ところで、ライオス」 人気がない場所だからか、カブルーが畏まったように陛下と呼ぶことなくライオスの名を呼ぶ。ライオスはカブルーに名を呼ばれるのが好きだった。 なぜかカブルーはライオスの名前を大切なものを扱うように呼ぶのだ。その響きが気持ち良い。「そのスケジュールは一応夕方までのスケジュールなんですよ」「それはつまり……夜は空いているってこと?」 期待しながらカブルーに問うと、カブルーはこっくりと深く頷いた。そして悪戯な笑みを浮かべる。 もし近くに侍女などがいたらその魅力的な笑みに腰を抜かしてしまう者もいただろう。カブルーは城内の侍女たちに人気があった。「そして俺は王のための特別なチーズケーキと、チーズケーキにぴったり合うワインを用意してます」 まるで内緒話でもするように語るカブルーに、ライオスの瞳に光が戻る。「誕生日の夜は俺と二人でケーキを食べながら飲みましょう。プレゼントも用意してるんで期待しててください」 だから頑張って覚えましょうね、と紙を指さされる。 目の前に餌を釣り下げられたなら仕方がない。ライオスは紙に載っている貴族や氏族の名前を頭に叩き込むことにしたのだった。畳む
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